↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/90

すれ違いの始まり

昨日あれだけ距離が近かったのに、当日の朝はなぜか空気が重かった。


ぼくが「おはよう」と言うタイミングを逃し、アイツも何か言いかけては飲み込んで、結局、目も合わせられないまま準備が進んでいった。


(なんで……昨日あんなに話せたのに)


胸の奥がずっとざわついていた。



■ 本番5分前

体育館の裏の控えスペース。ぼくは原稿を握りしめたまま、ア(・)イ(・)ツ(・)を(・)探(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。


でも――

どこにもいない。


役員の子が慌てて走ってきた。


「香織、まだ戻ってきてない!別の係の仕事が終わらんで、今まだ裏でバタバタしよるって!」


(……嘘やろ?

 昨日あれだけ言ってたのに

 “緊張したらうちの方見てイイけん”って……)


胸が締めつけられる思いがした。


その時だった。


「ナオ!!」


体育館の裏口から、息を切らしたアイツが飛び込んできた。


髪は乱れて、

頬は赤くて、

目は潤んでいた。


「ごめん……!ほんとにごめん……!

間に合わんかもしれんって思って……

昨日あんなこと言ったのに……

嘘になるやんって……

どうしても……伝えたくて……!」


涙目で、声が震えていた。


ぼくは一瞬、言葉を失った。



(……なんで‥‥なんで、ぼ(・)く(・)の(・)為(・)にここまでしてくれるん?)


胸の奥が熱くなった。


ぼくはゆっくり息を吸って、アイツの肩にそっと手を置いた。


「……お前が、こうやって来てくれただけで十分。」


アイツが目を見開いた。


「昨日の言葉が嘘になるとか、そんなこと思わんでいい。

 オレは……お前が来てくれたことだけで、もう大丈夫やけん。」


アイツの目から、涙が一粒こぼれた。

その涙が、アイツの気持ちを表していた。


「ナオ……」


ぼくは原稿を握り直した。


「本番は、必ず成功させる。お前が信じてくれた分、全部返すけん。」


アイツは唇を噛んで、小さくうなずいた。


「……うん。ナオなら、絶対できる。」


体育館の緞帳が開き、先生が声をかけた。


「ナレーション、準備して!」


ぼくは深呼吸をして、ステージへ向かった。


背中で、アイツの小さな声が聞こえた。


「……頑張ってね」


その一言が、ぼくの背中を強く押した。



☆☆☆



別の係の仕事が、思ったより長引いた。


飾り付けのテープが剥がれたり、先生に呼ばれたり、後輩が泣き出したり。


気づけば時計は、本番10分前を過ぎていた。


(やばい……ナオ、もう控えにおるやろ?……)


胸がざわざわして、手が震えた。


昨日、あんなこと言ったのに。


「緊張したら……うちの方見てイイけん」


あれは、ただの励ましじゃなかった。


1年ぶりに近くで話して、胸の奥がずっと熱くて、気づいたら口から出ていた言葉。


(嘘になる……このままじゃ、昨日の言葉が嘘になる)


その瞬間、私は走り出していた。


体育館の裏の通路は薄暗くて、足音だけが響いていた。


息が切れて、喉が痛くて、でも止まれなかった。



控えスペースの方へ曲がった瞬間、

見つけた。


原稿を握りしめて、不安そうに周りを見ているナオ。


胸がぎゅっと締めつけられた。


「ナオ!!」


声が震えた。息も整ってない。涙でにじんで視界が滲む。


ナオが驚いた顔で振り向く。


「ごめん……!ほんとにごめん……!」


言葉が止まらなかった。


「別の係が終わらんで……

 間に合わんかもしれんって思って……

 昨日あんなこと言ったのに……

 嘘になるやんって……

 どうしても……伝えたくて……!」


涙が一粒、頬を伝った。


(ほんとは……もっと言いたいことあるのに)


でも言えなかった。


ナオはゆっくり近づいてきて、そっと肩に手を置いた。


「……お前が、こうやって来てくれただけで十分。」


その言葉が胸に刺さった。


ナオは続けた。



「昨日の言葉が嘘になるとか思わんでいい。オレは……お前が来てくれたことだけで、

 もう大丈夫やけん。」


涙が止まらなかった。


(なんなん……なんでそんな言い方するん?……だって、ナオ、クラスが離れて全然話してくれなくなったやん。私がナオのクラスに行っても、全然話してくれんやん。私だけこんな気持ちなん?)


胸の奥が熱くて、苦しくて、でも嬉しかった。


ナオが原稿を握り直す。


「本番は、必ず成功させる。お前が信じてくれた分、全部返すけん。」


その言葉に、私は小さくうなずいた。


「……うん。ナオなら、絶対できる」


本当にそう思った。


ナオなら、きっと大丈夫。


先生の声が響く。


「ナレーション、準備して!」


ナオがステージへ向かう背中を見つめながら、

私は胸の奥でそっとつぶやいた。


(……頑張ってね)


その声は、

 ナオの背中に届いた気がした。



☆☆☆



ナレーション付きのスライドショーは、予想以上の盛り上がりだった。


笑い声、拍手、3年生の涙、先生たちのうなずき。


ぼくの声が体育館に響くたび、アイツの言葉が胸の奥で支えてくれている気がした。


読み終えた瞬間、体育館全体がふわっと温かい空気に包まれた。


(……終わった)


達成感と、ほんの少しの寂しさが胸に広がった。


幕が閉じた瞬間、現実が一気に押し寄せてきた。


「片付け手伝ってー!」

「次のクラス、準備入って!」

「原稿返してー!」


役員もナレーションも、全員がバタバタと動き回る。


ぼくもマイクを返したり、スライドの先生に挨拶したり、

椅子を運んだりしているうちに――


アイツの姿が見えなくなった。


(……あれ?

 どこ行ったんやろ?)


探す余裕もないまま、時間だけが過ぎていった。


さっきの“本番5分前の奇跡”がまるで夢みたいに遠く感じた。


片付けが終わる頃には、体育館はもういつもの放課後の空気に戻っていた。


アイツは別の係の子たちと話していて、ぼくはぼくでクラスの仕事に呼ばれていた。


目が合いそうで、

合わない。


声をかけられそうで、

かけられない。


昨日の帰り道の距離感も、今朝の気まずさも、5分前の涙も、全部が胸の奥で混ざっていた。


(……なんか、いつも通りに戻ったな)


そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。


でも、それを表に出すことはできなかった。


ぼくもアイツも、何事もなかったかのようにそれぞれの“日常”へ戻っていった。



☆☆☆



スライドショーが終わった瞬間、体育館に大きな拍手が響いた。


ナオの声は、最後まで震えずに届いていた。


(……よかった。ほんとに、よかった。)


胸の奥がじんわり温かくなった。


でもその余韻に浸る暇はなかった。


「香織~!こっち手伝って!」

「飾りの片付けお願い!」

「先生が呼んどるよ!」


あちこちから声が飛んできて、私はすぐに走り回ることになった。


ナオの方を見たかった。

声をかけたかった。

“ありがとう”って言いたかった。


でも――

 どんどん距離が離れていく。


体育館の端で椅子を運びながら、私は何度も視線を向けた。


(どこ……ナオ、どこにおると……?)


でも、ナオもナオで別の係に呼ばれて動いていた。


目が合いそうで、合わない。


声をかけられそうで、かけられない。


(……さっきの、夢みたいやね)


本番5分前に泣きそうになって走ってきた自分。

ナオの言葉。

肩に置かれた手の温度。


全部が胸の奥でまだ熱いのに、周りの空気はもう“日常”に戻っていた。


体育館の照明が明るくなり、3年生が帰っていき、先生たちが次の準備を始めていた。


私は最後の段ボールを運びながら、ナオの姿を探した。


でも――

 もう見つからなかった。


(……話せんかった)


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


でもその痛みを誰にも見せることはできなかった。


「香織~、帰るよー!」

「はーい!」


呼ばれて、私は振り返らずに体育館を出た。


廊下に出た瞬間、さっきまでの熱がすっと冷めていくのを感じた。


(……なんか、昨日と同じやね)


ナオと話せなかった。目も合わせられなかった。

本番前のあの時間だけが、ぽっかり浮いているみたいだった。


(でも……ナオ、すごかった)


その言葉だけが胸に残った。


そして私もナオも何事もなかったかのように自分の“日常”へ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。