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止まったままの時計

気づけば、大学4年の春が近づいていた。


就活。

卒論。

友達との最後の飲み会。

慌ただしい日々の中で、

ぼくはひとつだけ揺るがない気持ちを抱えていた。


(……関西に残ろう)


地元に戻る選択肢もあった。

家族も喜ぶだろうし、友達もいる。


でも――

ぼくは関西の企業への内定を選んだ。


理由は、誰にも言っていない。


(……アイツが、関西にいるから)


あの日、駅で見た横顔。

あの“えっ!?”という表情。

名前を呼んだ時の振り返り方。


全部が、ぼくの胸の奥にずっと残っていた。


ぼくは電車に乗るたびに、無意識に車内を見渡すようになった。


吊り革を握っている人。

窓際に座っている人。

ホームでぼんやり立っている人。


(……いないかな)


そんなはずない。

ここは関西の大都市。

人が多すぎる。

会える確率なんて、ほとんどゼ(・)ロ(・)に(・)近(・)い(・)。


それでも、ぼくは探してしまう。


あの日の続きが、まだ胸の奥で止まったままだった。


スーツを着て、

朝の満員電車に揺られながら、

ぼくはふと窓に映る自分の顔を見る。


(……大人になったな)


でも、胸の奥の“あの場所”だけは、大学2年の夏からずっと変わっていなかった。


アイツは今、どこで何をしているんだろう。

医大は6年だから、まだ学生かな。医大生って忙しいんだろうな。


(……会いたい)


会えるはずがない。


それでも――


(……会いたい)


その気持ちだけは、

社会人になっても消えなかった。



社会人になって最初の春。スーツの肩はまだ固くて、

革靴は足に馴染んでいなかった。


朝の満員電車。

吊り革を握る手に、少しだけ汗が滲む。


(……今日も人多いな)


でも、ぼくは無意識に車内を見渡してしまう。


窓際に座る人。

スマホを見ている人。

眠そうに立っている人。


(……いないか)


そんなはずない。

分かってる。

でも、探してしまう。

午前中はメール対応。

午後は先輩に同行して取引先へ。

帰社したら報告書。


(……しんど)


デスクに戻って、ふと隣の席の同期を見る。


「今日、昼飯食べた?」

「いや、まだ……」


そんな会話をしながら、ぼくは心のどこかで思っている。


(……アイツも、こんなふうに忙しいのかな)


医学生がどんな事を勉強しているのか想像もつかないけど、

きっと毎日大変なんだろう。


そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなる。


でも同時に、少しだけ痛くなる。


仕事帰りの電車。

窓に映る自分の顔は、朝より少し疲れている。


(……今日もいないか)


ホームに立つ人の横顔が、一瞬だけ似て見える。


(……あれ?)


心臓が跳ねる。


でも、近づくと全然違う人だった。


(……だよな)


期待して、

落ち込んで、

また期待して、

また落ち込む。


そんな日々が続いた。


土曜日。

繁華街の人混み。

買い物袋を持った人たちが行き交う。


ぼくは会社ので仲良くなった同期と歩きながら、無意識に周囲を見てしまう。


(……いないかな)


同期が笑いながら言う。


「お前、なんか探してんの?」

「いや、別に」


そう答えながら、胸の奥が少しだけ痛む。


社会人になっても、

忙しくても、

疲れていても、


(……会いたい)


その気持ちだけは、大学2年の夏からずっと変わらなかった。


ぼくの時間は、あの日から止まったままだった。


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