電車とアイツ
大学2年の夏休みの短い帰省。
駅に降り立った瞬間、湿った空気と懐かしい匂いが胸に広がった。
(……帰ってきたな)
関西の生活にも慣れてきたけど、地元の空気はやっぱり落ち着く。
夜。
地元の居酒屋で、中学時代からの連れと久々に顔を合わせた。
「お前、関西どうなん?楽しい?」
「まぁ……それなりに」
くだらない話で笑い合って、
昔みたいに肩を叩き合って、
気づけば時間があっという間に過ぎていた。
昔話に花を咲かせている時、ぼくは何気なく聞いてみた。
ずっと地元に残っていて中学時代の友達ともたくさん連絡とっているコイツなら、ひょっとして知ってるんじゃないかと・・・
「……なぁ、そう言えば、副委員長してたアイツって今どうしてるか知ってる?」
連れは「ああ」と軽く頷いた。
「どっかの医大に行ったらしいよ。後は分からんな」
(……医大)
胸が温かくなる。
(そっか……夢、ちゃんと追ってるんだ)
安堵と、少しの誇らしさと、言葉にできない感情が胸に広がった。
帰省はあっという間に終わり、ぼくは再び関西へ戻る新幹線に乗った。
駅のホームは、夕方の光に照らされていた。
始発・終着駅ならではの、あの独特のざわめき。
電車は何本も並んでいて、発車まで時間がある始発列車は、ドアを開けたまま、ゆっくりと息をしているみたいだった。
ぼくは自分の乗る電車を待ちながら、なんとなく向かいのホームを見た。
その瞬間――
胸が、ヒュッと縮んだ。
向かいのホームに停まっている、出発を待つ電車。
まだ発車まで時間があるのか、車内には数人が立っていた。
その中のひとり。
ドアのすぐそばで、
吊り革を軽く握って立っている女の子。
横顔。
髪の長さ。
伏せたまつげ。
立ち姿。
(……似てる)
ぼくは思わず息を飲んだ。
(アイツ……?)
いや、違う。
そんなはずない。
ここは関西で、アイツはどこかの医大で忙しい日々を送っている。
頭では分かっているのに、視線が離れなかった。
ぼくの電車はまだ来ない。
向かいの電車もまだ発車しない。
時間が、妙にゆっくり流れた。
彼女はスマホを見ているわけでもなく、
ただぼんやりと前を見ていた。
その“ぼんやりとした視線の向け方”が、あまりにもアイツに似ていた。
(……違うよな)
そう思おうとするたびに、胸の奥がざわついた。
ぼくは気づけば、向かいの電車の中の彼女から目を離せなくなっていた。
まるで、“見ていないと消えてしまう”そんな気がした。
ホームのアナウンスが流れても、
人が横を通り過ぎても、
ぼくの視線は彼女に吸い寄せられたままだった。
(……会いたい)
胸の奥で、小さく、でも確かにそう思った。
そう思った瞬間だった。
彼女がふと顔を上げた。
そして――
ぼくと目が合った。




