それぞれの2年
最初にアイツの名前を冊子で見つけてから、もう半年が過ぎていた。
3年生になると、一気に受験モードになるのか、あれからどんなに頑張っても上位者にぼくの名前が載る事は無かった。
そして、ぼくはと言うと、あれからもずっとアイツの姿を探していた。
バスの乗り換えのたびにベンチを見て、
夕方の光を見るたびに胸が痛くなった。
でも――
会えなかった。
二年間.一度も。
(……そろそろ、区切りをつけなきゃ)
そう思うようになっていた。
胸の奥の痛みは、もう“想い”というより“重さ”になっていた。
6月のある放課後。
教室にはクラスメイトがまだ何人も残っていて、ざわざわとした空気が漂っていた。
ぼくは席で教科書を閉じたところだった。
その時――
前の席の女子が、友達の女子を連れてぼくの前に来た。
1年生の時から同じクラスで、たまに話す程度の子。
明るくて、
よく笑って、
どこかアイツに似ている雰囲気があった。
でも、
まさか。
「……北村くん、好きです」
教室が一瞬で静かになった。
全員がこちらを見ていた。
ぼくの心臓が、一瞬だけ止まった。
(……なんで、今)
驚きと戸惑いと、そしてほんの少しの“救われたい気持ち”。
胸の奥がざわついた。
彼女は真っ直ぐぼくを見ていた。
周りの男子は一斉に囃し立てる。
一瞬、逃げようかと考えた。
でも、これ以上逃げたくなかった。
ぼくは、ずっと塞ぎ込んでいた。
アイツに会えない痛みを抱えたまま、前に進めずにいた。
(……前に進んでみても、いいのかな)
そんな気持ちが、胸の奥で小さく灯った。
そして――
クラス中が見ている中で、ぼくは小さくうなずいた。
「……うん。よろしくお願いします」
その瞬間、教室中が揺れた。
彼女は涙ぐんで笑って、ぼくの手をぎゅっと握った。
ぼくは、その温度に少しだけ救われた気がした。
でも――
胸の奥のどこかが、静かに痛んだままだった。
(……香織)
その名前が、心の奥で小さく響いた。
付き合い始めて最初の頃、ぼくは彼女と一緒にいる時間をできるだけ大切にしようと思っていた。
放課後に一緒に帰ったり、昼休みに少し話したり。
彼女はよく笑う子で、
ぼくが何か言うと、
「それ分かる〜」って嬉しそうに返してくれた。
(……悪くないな)
そう思う瞬間もあった。
でも、“悪くない”って思ってる時点で、どこかズレていたのかもしれない。
ある日の帰り道。
彼女が楽しそうに話している途中で、ぼくは無意識に空を見上げていた。
夕方の光が差し込んで、胸の奥がきゅっと痛くなる。
(……アイツ)
名前を呼んだわけじゃないのに、心の奥に影が差す。
「ねぇ、聞いてる?」
彼女が笑いながら言った。
「あ、ごめん。ちょっと考えごと」
「そっか。うん、大丈夫」
笑ってはいたけど、
その“うん、大丈夫”が少しだけ硬かった。
次の週。
昼休みに彼女がぼくの席に来た。
「今日、帰り一緒に帰ろ?」
「ごめん、今日はちょっと……」
「そっか。じゃあまた今度ね」
笑顔だった。
でも、目だけが笑ってなかった。
その日の放課後、彼女が友達に言っているのが聞こえた。
「なんかね、距離あるんよね。嫌われてるとかじゃないと思うけど……なんか、壁?」
ぼくは聞こえないふりをした。
でも、胸の奥が痛くなった。
彼女はぼくに合わせようとしてくれていた。
ぼくが話さなければ、彼女も話さない。
ぼくが笑えば、彼女も笑う。
でも、その“合わせてくれている感じ”が逆に苦しくなっていった。
(……ぼく、何してるんだろう?)
彼女を傷つけたくない。
でも、自分の心も偽れない。
その矛盾が、毎日少しずつ積み重なっていった。
受験の追い込みでバタバタと月日が流れた、9月の終わり。
帰りの昇降口で、彼女がぼくの袖をそっと掴んだ。
「ねぇ、尚文くん」
「ん?」
「……私のこと、ちゃんと好き?」
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
答えようとしたけど、言葉が出なかった。
彼女は、ぼくの沈黙だけで全部分かったみたいだった。
「……そっか。うん。分かった」
その“分かった”は、怒ってるわけでも、責めてるわけでもなくて。
ただ、静かに諦めた人の声だった。
ぼくは何も言えなかった。
彼女は小さく笑って、
「また明日ね」と言って去っていった。
その背中が、少しだけ震えていた気がした。
☆☆☆
ナオの名前を冊子で見つけたあの日から、私は毎回、全国模試の冊子が配られるたびに胸の奥がざわつくようになった。
(……今日、あるかな)
そんな期待と、期待しちゃいけないという気持ちがいつも胸の中でぶつかっていた。
3年生になると、寮の空気も学校の空気も一気に受験モードになった。
みんなが焦って、
みんなが必死で、
私もその中にいた。
でも――
冊子を開くたびに、私はまず“科目別成績”の欄を探した。
(……いない)
ページをめくる手が、
いつも少しだけ震えた。
何度も何度も目で追った。
でも、どこにもナオの名前はなかった。
(……そっか)
胸の奥が、じんわり痛くなった。
寮の部屋に戻って、机に冊子を置いても、
ナオの名前が頭から離れなかった。
(……頑張ってるよね?ナオ)
そう思うたびに、胸の奥が温かくなって、同時に苦しくなった。
会えないまま、もう二年。
連絡も取れない。
どこにいるかも分からない。
でも、
名前なら――
名前だけは、
同じ冊子の中で会える気がした。
だから、私は探し続けた。
(……忙しいのかな)
(……部活が大変なのかな)
(……勉強、苦手だったっけ?)
(……もしかして、もう私のことなんて……)
考えたくないことまで、勝手に浮かんでしまう。
でも、どれも確かめようがなかった。
だから余計に、胸の奥がざわざわした。
半年間、私はずっとナオの名前を探していた。
見つからないたびに、胸の奥が少しずつ沈んでいった。
でも、探すのをやめることはできなかった。
(……ナオ)
名前を心の中で呼ぶたびに、あの日の夕方の光が胸に蘇る。
あの時のナオの顔。
あの時のナオの声。
あの時のナオの口パク。
全部が、まだ胸の奥に残っていた。




