↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/90

伝え合う想い

あの夕方の再会から、気づけばもう1(・)年(・)が経っていた。


季節はひと回りして、街の空気も、制服の重さも、あの頃とは少し違っている。


でも――

胸の奥に残った“あの日の温度”だけは、ずっと変わらなかった。


ぼくはあれから、乗り換えのたびにバスターミナルで無(・)意(・)識(・)にアイツの姿を探すようになっていた。


ベンチ。

県外行きの乗り場。

あの日、アイツが座っていた場所。


でも、会うことは一度もなかった。


(……そりゃそうだよな)


アイツは寮生活。

ぼくとは違う場所で、違う時間を生きている。


分かっているのに、探してしまう自分がいた。


そんなある日、学校で全国模試の結果冊子が配られた。


上位の名前と高校が載っている、毎回恒例の薄い冊子。


いつもなら、中を見る事なんて無かったのに、

家に帰って何気にその薄い冊子を開いてみた。


ぼくは特に期待もせず、何気なくページをめくっていた。


その時だった。


――目が止まった。


(……え?)


そこに、見慣れた名前があった。


アイツの名前。


高校名も、あの日聞いた県外の学校と一致している。


間違いない。


胸の奥が、一気に熱くなった。


(……アイツだ)


名前を見つけただけなのに、まるでアイツがすぐ隣にいるみたいに嬉しくなった。


カタカナで書かれたアイツの名前は、何故だか一人だけ違って見えた。


でも同時に、胸の奥に静かな痛みが広がった。


(……アイツは、ちゃんと前に進んでるんだ)


ぼくとは違う場所で、

違う毎日を生きて、

努力して、

結果を出している。


あれから1年も経っている。


立ち止まっていたのは、ぼくだけなのかもしれない。


自分だけが立ち止まっているように感じた。


でも――

それでも。


(……ぼくも、頑張ってるって伝えたい)


せめて、ぼくも前に進んでいるって、

アイツに胸を張って言えるように。


ぼくは冊子をそっと閉じて、深く息を吸った。


冊子を閉じても、胸の奥の熱は消えなかった。


(……アイツ、頑張ってるんだな)


それが嬉しくて、

誇らしくて、

でも同時に胸が痛くなる。


アイツは前に進んでいるのに、

ぼくはまだ、あのバスターミナルの影を追いかけている。


声に出すことも、直接会うこともできない。

連絡も取れない。


でも、この冊子でなら。


全国模試の上位に名前が載れば、アイツの目に触れるかもしれない。


ぼくの名前が、アイツの手元に届くかもしれない。


今、アイツの名前を見つけた時のぼくのように。


(……それでいい)


それだけでいい。


胸の奥に、静かに火が灯る。


ただの勉強じゃない。

ただの受験勉強でもない。


これは――

アイツに届くかもしれない“ぼくの声”だ。


会えなくても、

話せなくても、

すれ違ってばかりでも。


名前なら、きっと届く。


(……もう一度、会いたい)


その願いを胸の奥にしまって、ぼくは決めた。


勉強して、必ず上位者に載る。


静かな部屋に、シャープペンの音だけが響いた。



☆☆☆



あのバスターミナルで再会してから、もう1年以上が過ぎた。


季節が変わるたびに、

私は帰省するたびに、

あのターミナルでナオの姿を探した。


ベンチ。

乗り場。

夕方の光。


どれもあの日のままなのに、ナオだけがいなかった。


(……また会えんかった)


当時は携帯もなく、実家も引っ越してしまって、連絡手段は何もなかった。


だから、偶然の出会いに賭(・)け(・)る(・)しかなかった。


でも、偶然は一度も起きなかった。


ある日、学校で全国模試の結果冊子が配られた。


受験した生徒の上位の名前と高校が載っている、薄い冊子。


私は最初、ただの成績表だと思っていた。


でも、ページをめくった瞬間、胸の奥がざわついた。



(……ひょっとして)



ナオも、これを見てるかもしれない。


ナオも、この冊子を手にしているかもしれない。


ナオも、私の名前を探しているかもしれない。


そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


(……だったら)


ここに私の名前を載せたい。


ナオが見つけてくれるかもしれない。

ナオの目に触れるかもしれない。


私は机に向かった。


ただの勉強じゃない。

ただの受験勉強でもない。


これは――

ナオに届くかもしれない“私の声”だ。


会えなくても、

話せなくても、

すれ違ってばかりでも。


名前なら、

きっと届く。


(……もう一度、会いたい)


その願いを胸の奥にしまって、私はページを開いた。


シャープペンの音が、静かな部屋に響いた。



———初めて、私の名前が薄い冊子に載った。


先生やクラスメイトは私の頑張りを讃えてくれた。


(……ナオなら…)


(……ナオなら、何て言ってくれただろう…)


(……私の声、届いてるかな)




———三か月後、次の模試の順位冊子が配られた日。

私はいつもより少しだけ震える手でページをめくった。


上位の欄を、ゆっくり追っていく。


(……やっぱり無いか‥誰も見てないよね…)


その時――

目が止まった。


(……え?)


総合順位ではなく、科目別上位の一覧。


そこに、見慣れた名前があった。


ナオの名前。


高校名も、いつの日か聞いた学校。


間違いない。


胸の奥が一気に熱くなった。


(……ナオ)


名前を見つけただけなのに、まるでナオがすぐ隣にいるみたいに嬉しくなった。


ページの文字が滲んで見えた。


(……届いたんだ)


私の声が。

私の想いが。

私の“頑張ってるよ”が。


冊子を通して、ナオに届いた。


そして、ナオの“声”もちゃんと私に伝わったよ。


胸の奥が、痛いほど温かかった。


ナオの名前を冊子で見つけたその夜、私はずっと胸の奥がポカポカしていた。


嬉しくて、

誇らしくて、

でもどこか苦しくて。


(……届いたんだ)


私の“声”が。

私の“頑張ってるよ”が。


あの卒業式の日の涙も、

あのバスターミナルで偶然会ったあの日の想いも。


全部、ナオに届いたんだと思ったら、胸の奥が熱くなった。


寮の部屋は静かで、窓の外には夜の風が流れていた。


私は机に向かって、白い便箋を一枚取り出した。


宛名を書く欄は、空白のまま。


(……届かんのにね)


そう思いながらも、ペンを握った。


便箋に最初の一文字を書いた瞬間、胸の奥がキュウっと締め付けられた。


言葉が止まらない。

書いても書いても、足りない。


ナオに伝えたいことが、一年分あった。


何度も書いて、

何度も消して、

何度も書き直した。


気づけば、便箋は何枚も重なっていた。


最後の一行を書き終えた時、胸の奥がじんわり熱くなった。


私は便箋をそっと折って、

封筒に入れた。


宛名は書かない。

書けない。


でも、捨てられなかった。


机の引き出しの奥に、そっとしまった。


(……届かんでもいい)


でも、

いつか。


いつかもし、奇跡みたいな再会があったら。


その時は――

渡せたらいいな。


私は小さく息を吐いて、机の灯りを消した。


夜の静けさが、胸の奥にそっと降りてきた。



☆☆☆



アイツの名前を見つけてから三か月がたった。


そんなにすぐに結果が出る程甘くは無い。これが2回目の挑戦だった。


冊子を開いた瞬間、胸の奥が一瞬だけ止まった。


総合成績の欄には、やっぱりぼくの名前はなかった。


(……分かってたよ)


総合じゃ太刀打ちできない。

全国の猛者たちに混ざって勝てるほど、ぼくは器用じゃない。


でも――

科目別なら。


ぼくが一番得意な、あの科目なら。


一か八かでそこに全力を注いだ。

他の科目を削ってでも、一点でも上に行けるように。


(……見つけてほしい)


その思いだけで、机に向かい続けた。


そして今日、

その欄に――

ぼくの名前があった。


家に帰って、部屋の灯りをつけた。


机の上に冊子を置いて、そっと指でアイツの名前と自分の名前をなぞった。


(……アイツ、見てくれるかな)


ぼくがアイツの名前を見つけた時みたいに、

胸が熱くなってくれたらいいな。


ぼくが嬉しかったように、

アイツも嬉しくなってくれたらいいな。


(……届くかな。ぼくの声……)


そう呟いた言葉は、アイツに届いてるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。