伝え合う想い
あの夕方の再会から、気づけばもう1年が経っていた。
季節はひと回りして、街の空気も、制服の重さも、あの頃とは少し違っている。
でも――
胸の奥に残った“あの日の温度”だけは、ずっと変わらなかった。
ぼくはあれから、乗り換えのたびにバスターミナルで無意識にアイツの姿を探すようになっていた。
ベンチ。
県外行きの乗り場。
あの日、アイツが座っていた場所。
でも、会うことは一度もなかった。
(……そりゃそうだよな)
アイツは寮生活。
ぼくとは違う場所で、違う時間を生きている。
分かっているのに、探してしまう自分がいた。
そんなある日、学校で全国模試の結果冊子が配られた。
上位の名前と高校が載っている、毎回恒例の薄い冊子。
いつもなら、中を見る事なんて無かったのに、
家に帰って何気にその薄い冊子を開いてみた。
ぼくは特に期待もせず、何気なくページをめくっていた。
その時だった。
――目が止まった。
(……え?)
そこに、見慣れた名前があった。
アイツの名前。
高校名も、あの日聞いた県外の学校と一致している。
間違いない。
胸の奥が、一気に熱くなった。
(……アイツだ)
名前を見つけただけなのに、まるでアイツがすぐ隣にいるみたいに嬉しくなった。
カタカナで書かれたアイツの名前は、何故だか一人だけ違って見えた。
でも同時に、胸の奥に静かな痛みが広がった。
(……アイツは、ちゃんと前に進んでるんだ)
ぼくとは違う場所で、
違う毎日を生きて、
努力して、
結果を出している。
あれから1年も経っている。
立ち止まっていたのは、ぼくだけなのかもしれない。
自分だけが立ち止まっているように感じた。
でも――
それでも。
(……ぼくも、頑張ってるって伝えたい)
せめて、ぼくも前に進んでいるって、
アイツに胸を張って言えるように。
ぼくは冊子をそっと閉じて、深く息を吸った。
冊子を閉じても、胸の奥の熱は消えなかった。
(……アイツ、頑張ってるんだな)
それが嬉しくて、
誇らしくて、
でも同時に胸が痛くなる。
アイツは前に進んでいるのに、
ぼくはまだ、あのバスターミナルの影を追いかけている。
声に出すことも、直接会うこともできない。
連絡も取れない。
でも、この冊子でなら。
全国模試の上位に名前が載れば、アイツの目に触れるかもしれない。
ぼくの名前が、アイツの手元に届くかもしれない。
今、アイツの名前を見つけた時のぼくのように。
(……それでいい)
それだけでいい。
胸の奥に、静かに火が灯る。
ただの勉強じゃない。
ただの受験勉強でもない。
これは――
アイツに届くかもしれない“ぼくの声”だ。
会えなくても、
話せなくても、
すれ違ってばかりでも。
名前なら、きっと届く。
(……もう一度、会いたい)
その願いを胸の奥にしまって、ぼくは決めた。
勉強して、必ず上位者に載る。
静かな部屋に、シャープペンの音だけが響いた。
☆☆☆
あのバスターミナルで再会してから、もう1年以上が過ぎた。
季節が変わるたびに、
私は帰省するたびに、
あのターミナルでナオの姿を探した。
ベンチ。
乗り場。
夕方の光。
どれもあの日のままなのに、ナオだけがいなかった。
(……また会えんかった)
当時は携帯もなく、実家も引っ越してしまって、連絡手段は何もなかった。
だから、偶然の出会いに賭けるしかなかった。
でも、偶然は一度も起きなかった。
ある日、学校で全国模試の結果冊子が配られた。
受験した生徒の上位の名前と高校が載っている、薄い冊子。
私は最初、ただの成績表だと思っていた。
でも、ページをめくった瞬間、胸の奥がざわついた。
(……ひょっとして)
ナオも、これを見てるかもしれない。
ナオも、この冊子を手にしているかもしれない。
ナオも、私の名前を探しているかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
(……だったら)
ここに私の名前を載せたい。
ナオが見つけてくれるかもしれない。
ナオの目に触れるかもしれない。
私は机に向かった。
ただの勉強じゃない。
ただの受験勉強でもない。
これは――
ナオに届くかもしれない“私の声”だ。
会えなくても、
話せなくても、
すれ違ってばかりでも。
名前なら、
きっと届く。
(……もう一度、会いたい)
その願いを胸の奥にしまって、私はページを開いた。
シャープペンの音が、静かな部屋に響いた。
———初めて、私の名前が薄い冊子に載った。
先生やクラスメイトは私の頑張りを讃えてくれた。
(……ナオなら…)
(……ナオなら、何て言ってくれただろう…)
(……私の声、届いてるかな)
———三か月後、次の模試の順位冊子が配られた日。
私はいつもより少しだけ震える手でページをめくった。
上位の欄を、ゆっくり追っていく。
(……やっぱり無いか‥誰も見てないよね…)
その時――
目が止まった。
(……え?)
総合順位ではなく、科目別上位の一覧。
そこに、見慣れた名前があった。
ナオの名前。
高校名も、いつの日か聞いた学校。
間違いない。
胸の奥が一気に熱くなった。
(……ナオ)
名前を見つけただけなのに、まるでナオがすぐ隣にいるみたいに嬉しくなった。
ページの文字が滲んで見えた。
(……届いたんだ)
私の声が。
私の想いが。
私の“頑張ってるよ”が。
冊子を通して、ナオに届いた。
そして、ナオの“声”もちゃんと私に伝わったよ。
胸の奥が、痛いほど温かかった。
ナオの名前を冊子で見つけたその夜、私はずっと胸の奥がポカポカしていた。
嬉しくて、
誇らしくて、
でもどこか苦しくて。
(……届いたんだ)
私の“声”が。
私の“頑張ってるよ”が。
あの卒業式の日の涙も、
あのバスターミナルで偶然会ったあの日の想いも。
全部、ナオに届いたんだと思ったら、胸の奥が熱くなった。
寮の部屋は静かで、窓の外には夜の風が流れていた。
私は机に向かって、白い便箋を一枚取り出した。
宛名を書く欄は、空白のまま。
(……届かんのにね)
そう思いながらも、ペンを握った。
便箋に最初の一文字を書いた瞬間、胸の奥がキュウっと締め付けられた。
言葉が止まらない。
書いても書いても、足りない。
ナオに伝えたいことが、一年分あった。
何度も書いて、
何度も消して、
何度も書き直した。
気づけば、便箋は何枚も重なっていた。
最後の一行を書き終えた時、胸の奥がじんわり熱くなった。
私は便箋をそっと折って、
封筒に入れた。
宛名は書かない。
書けない。
でも、捨てられなかった。
机の引き出しの奥に、そっとしまった。
(……届かんでもいい)
でも、
いつか。
いつかもし、奇跡みたいな再会があったら。
その時は――
渡せたらいいな。
私は小さく息を吐いて、机の灯りを消した。
夜の静けさが、胸の奥にそっと降りてきた。
☆☆☆
アイツの名前を見つけてから三か月がたった。
そんなにすぐに結果が出る程甘くは無い。これが2回目の挑戦だった。
冊子を開いた瞬間、胸の奥が一瞬だけ止まった。
総合成績の欄には、やっぱりぼくの名前はなかった。
(……分かってたよ)
総合じゃ太刀打ちできない。
全国の猛者たちに混ざって勝てるほど、ぼくは器用じゃない。
でも――
科目別なら。
ぼくが一番得意な、あの科目なら。
一か八かでそこに全力を注いだ。
他の科目を削ってでも、一点でも上に行けるように。
(……見つけてほしい)
その思いだけで、机に向かい続けた。
そして今日、
その欄に――
ぼくの名前があった。
家に帰って、部屋の灯りをつけた。
机の上に冊子を置いて、そっと指でアイツの名前と自分の名前をなぞった。
(……アイツ、見てくれるかな)
ぼくがアイツの名前を見つけた時みたいに、
胸が熱くなってくれたらいいな。
ぼくが嬉しかったように、
アイツも嬉しくなってくれたらいいな。
(……届くかな。ぼくの声……)
そう呟いた言葉は、アイツに届いてるような気がした。




