第8話 沈む太陽
ヴェラがヒロを運び込んだのは、魔王城から遠く離れた廃村だった。
かつては魔族が暮らしていたらしいが、戦争が始まってから人の姿はない。崩れた家々の中で、かろうじて屋根の残っている一軒にヒロを寝かせた。
ヴェラは傷口を洗い、薬草を煎じた。魔族の薬は人間にも効くのか分からなかったが、他に手段はない。
ヒロは三日間、ほとんど動けなかった。
肩の火傷は深く、脇腹の傷も塞がっていない。聖剣は部屋の隅に置かれたままだった。
「飲め」
ヴェラが木の器を差し出す。
ヒロは身体を起こし、器を受け取った。
薬は苦かった。
「まずいか?」
「ああ」
「なら、効いている」
ヒロは薬を飲み干した。
ヴェラは黙って器を受け取る。彼女の動作には、四天王として戦っていたときの鋭さがなかった。
窓の外では、夕日が廃村の屋根を赤く染めていた。
「あなたは、なぜ戻った?」
ヒロが尋ねた。
ヴェラは少し考えた。
「借りがあった」
「そうか」
「それだけではない」
ヴェラは窓の外を見た。
「あなたは私を殺さなかった。あのままでは、私は魔王に捨てられていた。あなたが来なければ、いずれ同じ場所で死んでいた」
ヒロは黙っていた。
「あなたは、怖くないのか?」
「何が?」
「死ぬことが」
ヒロはすぐには答えなかった。
窓の外で、太陽がゆっくりと地平線へ沈んでいる。
「死にたくはねぇな」
ヴェラはヒロを見た。
「怖くないわけではないのか」
「痛いしな」
「ならば、なぜまた行く?」
ヴェラの問いに、ヒロは身体を起こそうとした。
肩に激痛が走る。
それでも、壁に手をついて立ち上がった。
「負けたから」
「負けたのに?」
ヒロは窓の外を見た。
沈みかけた太陽が、雲の下から最後の光を投げている。
「太陽だって、一回沈むだろ」
ヴェラは、その言葉の意味を理解できなかった。
ヒロは焼けた肩を押さえながら、立っている。
**「夜があるから、明日の俺がもっと眩しいんだよ」**
ヴェラは黙ってヒロを見ていた。
それは敗北した者の言葉には聞こえなかった。かといって、負け惜しみにも聞こえない。
ヒロは魔王に負けた。
その事実を認めたうえで、もう一度向かうつもりなのだ。
「また負けるかもしれない」
「ああ」
「それでも?」
「行く」
ヒロは部屋の隅に置かれた聖剣へ近づいた。まだ満足に歩けない。それでも、剣の柄を握ることはできた。
ヴェラが立ち上がる。
「何をする?」
「魔王城へ戻る」
「傷が治っていない」
「知ってる」
「今度は死ぬぞ」
ヒロは聖剣を腰に下げた。
「そうか」
窓の外で、太陽が沈んだ。
廃村は夜の中へ沈んでいく。
だが、ヒロの目には、明日の光がすでに見えていた。




