第7話 初めての敗北
玉座の間が炎に包まれた。
黒い炎は天井まで届き、石の床を赤く焼いていく。ヒロは聖剣を盾にしていたが、炎の勢いを止めることはできなかった。
熱が、肌を焼く。
左肩だけではない。胸元も、腕も、足も熱にさらされている。服の一部が焦げ、皮膚から血が流れた。
ヒロは一歩、後ろへ下がった。
その足元へ、魔王の影が伸びる。
黒い影から生まれた槍が、ヒロの脇腹を狙って突き出された。ヒロは身をひねってかわしたが、完全には避けられない。槍の先端が脇腹を裂き、赤い線が走った。
ヒロは反撃した。
聖剣が魔王の首を狙う。だが、魔王は片手で刀身を受け止めた。白い光が黒い掌に触れ、激しい火花を散らす。
「無駄だ」
魔王が剣を押し返した。
ヒロの身体が後方へ飛ぶ。背中から石柱へ叩きつけられ、肺から息が抜けた。
それでもヒロは立ち上がった。
聖剣を握る手に力を込める。肩は焼け、脇腹からは血が流れている。視界の端が暗くなっていた。
「その姿で、まだ己を特別だと思えるか?」
魔王の声が響く。
ヒロは自分の腕を見た。
赤い血が、指先から床へ落ちている。
魔王は表情を変えなかった。
「ならば、その姿のまま消えろ」
魔王の背後で、巨大な魔法陣が開いた。
炎ではなかった。黒い光が渦を巻いている。あれを受ければ、立っていることすらできない。ヒロは見ただけでそう判断した。
聖剣を構える。
魔法陣から黒い奔流が放たれた。
ヒロは横へ跳んだ。だが、傷ついた身体は思うように動かない。黒い光が足をかすめ、床を削りながら彼の身体を弾き飛ばした。
ヒロは玉座の間の壁を突き破り、隣の廊下へ転がった。
聖剣が手から離れる。
身体を起こそうとしたが、腕に力が入らなかった。耳鳴りがする。指先が動かない。
魔王が、崩れた壁の向こうから歩いてくる。
「終わりだ、異世界の者よ」
ヒロは床に落ちた聖剣を見た。
距離は数歩しかない。だが、今の身体では立ち上がることさえ難しかった。
魔王が右手を掲げる。
ヒロは剣へ手を伸ばした。
指先が柄に触れる。
しかし、握ることはできなかった。
黒い炎が迫る。
その直前、玉座の間の奥から一本の槍が飛んできた。
槍は魔王の足元へ突き刺さり、爆発した。魔王がわずかに身を引く。
ヒロの視界に、黒い髪が映った。
「こちらへ!」
ヴェラが立っていた。
彼女はヒロの腕をつかみ、崩れた廊下の奥へ走り出す。
「離せ」
「黙っていろ。死にたいのか」
ヒロは返事をしなかった。
背後で魔王の咆哮が響く。城全体が揺れ、天井から石片が落ちてきた。
ヴェラはヒロの身体を支えながら、城の裏手へ続く隠し通路へ入った。
ヒロは一度だけ、背後を見た。
魔王の姿は炎の向こうに消えている。
ヒロは敗北した。
その事実を、ヒロは理解していた。




