第6話 魔王
魔王城は、荒野の果てにそびえていた。
黒い石で築かれた城壁は、空を覆う雲よりも暗い。門の左右には魔族の兵士が立っていたが、ヒロが近づくと誰も止めようとはしなかった。
十万の軍勢を抜け、四天王の一人を倒した男が来る。
その知らせは、すでに城内へ届いていた。
重い扉が開く。
ヒロは長い廊下をひとりで歩いた。壁に掛けられた松明の炎は青く、足音だけが石壁に反響している。
やがて、巨大な扉の前に着いた。
扉が内側から開かれる。
その先には、広大な玉座の間があった。
最奥の玉座に、ひとりの男が座っている。
黒い外套をまとい、頭には二本の角がある。身体から漏れ出す魔力は、空気そのものを重くしていた。玉座の周囲には誰もいない。それだけで、ここにいる者の力が分かる。
男がゆっくりと立ち上がった。
「我こそ、この世界を統べる魔王――」
「お前が魔王?」
ヒロが言葉を挟んだ。
魔王は眉ひとつ動かさなかった。
「いかにも」
ヒロは魔王を見た。
長い旅の先で、ようやく辿り着いた相手だった。魔王の周囲には、これまでの敵とは比べものにならないほど濃い魔力が渦巻いている。
聖剣の柄を握る。
「魔王か」
ヒロは一歩、前へ出た。
**「俺の前じゃ、ただの黒歴史だろ」**
玉座の間に、静寂が落ちた。
魔王の目が細くなる。
「戯言を」
右手が上がった。
空気が震え、床に黒い紋章が浮かび上がる。次の瞬間、巨大な炎が渦を巻いてヒロへ迫った。
ヒロは横へ跳んだ。
炎が床を焼き、石材が赤く溶ける。熱風だけで頬の皮膚が焼けた。
ヒロは着地と同時に走った。
聖剣を振り上げ、魔王の肩へ斬り込む。だが、刃は魔王の身体へ届かなかった。
黒い魔力の壁に阻まれ、聖剣が弾かれる。
ヒロは距離を取った。
魔王は玉座の前から動いていない。
「異世界の加護を受けた者か。なるほど、確かに人間としては強い」
魔王の周囲に、いくつもの黒い火球が浮かんだ。
「だが、我を討つには足りぬ」
火球が一斉に放たれる。
ヒロは走りながら斬り払った。ひとつ、ふたつ。三つ目をかわす。背後で爆発が起き、床の破片が背中を打った。
四つ目の火球が、正面から迫る。
ヒロは聖剣を構え、真正面から受けた。
白い光と黒い炎がぶつかり、玉座の間全体が揺れた。
ヒロの足が床へ沈む。
聖剣を握る腕が震えた。
それでも、炎は止まらない。
魔王は初めて、わずかに口元を上げた。
「どうした。貴様の輝きは、その程度か」
ヒロは歯を食いしばった。
「……」
押し返すことができない。
炎が聖剣を包み、ヒロの身体へ迫ってくる。
彼は剣を横へ弾き、炎の直撃を避けた。だが、完全にはかわしきれなかった。
黒い炎が左肩を焼く。
焦げた布の匂いが、玉座の間に広がった。
ヒロは焼けた肩を見た。
魔王が言う。
「ひざまずけ。そうすれば、苦しまずに終わらせてやる」
ヒロは聖剣を握り直した。
「赤も悪くねぇな」
血が、腕を伝って落ちていく。
ヒロは顔を上げた。
**「今日の俺にはよく似合う」**
魔王は黙って手を伸ばした。
黒い炎が、先ほどよりも大きく膨れ上がる。
ヒロは前へ踏み込んだ。
次の瞬間、玉座の間が炎に包まれた。




