3.悪役令嬢と処刑人
ようやく今世に戻ってきました
歴史書には、勇者は魔王と相打ちになったと記されているの。
裏切りを知るのはあの場にいた人たちだけ。
彼らはもうとっくの昔にお墓の下だし、思い出した私は誰にも言うつもりもないから、真実は永遠に歴史の闇の中に埋もれている。
絵本で読んだ勇者の最期に、幼い頃の私は感動したんだもの。
とくに、勇者のことが好きだった魔法使いが、死にゆく勇者に愛の告白をするシーンなんて、涙無しでは読めないのよね。物語として完璧よ。
勇者と魔法使いの性別が、絵本によって違うんだけどね。それはそれ。子供には理解の難しい、勇者が途中で入れ替わったっていうエピソードを省くと、どうしても矛盾が生じるから。
大人向けの小説には、入れ替わりの所もちゃんと書いてあるわ。
いえ、むしろそこがクライマックスとまで言えるわね。
私も、勇者の兄が自分の力に疑念を抱き、仮の勇者であっても精一杯頑張ろうと振り切るまでの苦悩を描いた小説がお気に入りだったわ。
もう読むことはないでしょうけどね。
だって、私は今、処刑台に立っている。
私には未来どころか明日だってないかもしれないんだから。
それはすべて、彼次第。
突き飛ばされて、たたらを踏んで。
顔を上げたら、彼と目が合った。
私は、瞬き三回分くらいの時間で二つの前世をすべて思い出したのよ。
彼が誰であるのか、すぐにわかったわ。
そして、ここで出会う理由も。
私は現世では、公爵令嬢。
王家の血も受け継ぐ、なんなら順位は低いけど王位継承権もある令嬢。
そして、王太子の婚約者。未来の王妃様。
彼は処刑人。
処刑人は汚れた仕事をする者として忌避される身分。
高貴な身分の者とは接触を禁じられている。顔を合わせることすら禁止。
そういう決まりが、この国にはある。
だから、私は罪を着せられたのね。
彼と会うためには、私の冤罪が必要だった。
私はここに来なければ、彼に会うことができなかったんだもの。
運命って、本当に皮肉だわ。
同じ時、同じ国、同じ種族に生まれ変わらせたのに、今度は身分の壁?
それを乗り越えさせるために、ずいぶんと無茶なことをしてくれたものよね。
私は生まれたときから、王家の誰かと結婚することが定められていた。
それが王太子だったのは、年回りがちょうどいいのと、私が優秀だったから。
あと、魔力が豊富だったというのも理由ね。これはたぶん、前世で勇者だったことが影響していると思う。
あの頃に使えた魔法を、今も難なく使う自信があるわよ。
二回分の前世のすべてを忘れていたから、私は王太子との婚約を受け入れていたの。
相手は反発していたけどね。
私はそれを、馬鹿だなぁと思いながら見ていたわ。
血筋でも能力でも、私以上の伴侶はいないんだもの。
王太子は私と結婚するしかないのよ。
私も王太子と結婚するしかないの。
お互いに好きになれなくても、仕方がないことなのよ。それが身分に付随する責任ってもの。
だけど運命の神様は、やってくれたわ。
私と王太子は同い年で、王立学園に通っていたの。貴族の子女は、ここを卒業することで一人前と認められるのね。
だから、たとえばどこかの貴族が養子を迎えた場合、その養子は学園に入学しなければならない。
聖女様がそれよ。平民として暮らしていたのだけど、聖なる力があると神殿に認められて、縁のある男爵家に養子として迎えられたの。
当然、聖女様は王立学園に通い始めたわ。
平民育ちの素朴な受け答えが可愛いと感じてしまったんでしょうね。王太子は彼女を気にかけるようになって、あっという間に恋仲になってしまった。
私は、王太子にだいぶ蔑ろにされたし、聖女様に言い掛かりも付けられたわ。
私が聖女様をいじめてる? 冗談じゃない。しないわ、そんなこと。
私は、別に王太子の心が私になくても一向にかまわないもの。
むしろ放っておいてくれれば、煩わしくなくなって快適よ。
聖女様は、私がいくら王太子を愛していないと言っても、信じなかった。
彼女は執拗に、でも儚げで健気っぽく私を責めたわ。思い返せば、必ず人前でやっていたわね。私を貶めるには、目撃者が必要だったのよね。
王太子はまんまと彼女の計略にはまっていた。聖女様をいじめる犯人は私だと信じて疑わなかったわ。
そして、私の知らないところで、決定的な事件が起きる。
聖女様が開いたお茶会でのことよ。
そこで出されたお茶が、聖女様が私にプレゼントされたものだと知って、みんなが怪しんだのですって。
試しに使用人が毒見をしたら、哀れ。使用人は倒れてしまいました。
幸い、致死量ではなかったから、命に別条はなかったそうなんだけどね。
私は知らない。
聖女様にお茶なんて差し上げてないわ。
私には覚えがないものなのに、なぜか証拠が出てしまったのよね。
私は高級茶葉店でお茶を購入して、一度家に持ち帰ったあと毒を混入して、手紙を添えてその毒入りのお茶を聖女様の自宅に届けたんですって。
その全部が無意識にできるものならば、私は夢遊病もいいところよ。
しらばっくれるなと怒鳴られても、知らないものは知らないの。
嵌められたと察したときには、もう証拠が出揃ってしまっていたわ。
私が書いたという手紙、見事に私の筆跡だったわよ。
それを見て私は悟ったわ。
これは、もうダメね。言い逃れできる隙は無い。
この用意周到さは、王太子にできることではないわね、と。
おそらく、周り中が敵だったわ。
私の家も、一枚も二枚も噛んでいた。
お茶に混ぜられた毒物が、私の部屋から発見されたんだもの。協力者が身内にいなければできないことだわ。
さらに聖女様を公爵家の養子として迎え入れたんだから、真っ黒よ。
それを狙っていたんでしょうね。
私が王太子と結婚してもただの王太子妃でしょう? まあ、すごいことなんだけど。
それよりも、聖女様を家から嫁入りさせられたら、神殿にも王太子にも恩が売れるって考えたんでしょう。
うちの家、権力大好きだから。娘くらい平気で売るわよね。
私はさっさと家から縁を切られて、孤立無援の獄中暮らし。
いくら無実を訴えても取り合ってもらえなかった。
まあ、それも二日くらいのことだったんですけどね。
私も人望が無いわけではなかったから、誰かが余計な手助けをする前に、ってことでしょう。
実際、こっそり牢屋を訪ねてきて、無実を証明してみせるから耐えてくれって言ってくれた人もいたわ。
あの人は無事かしら。殺されていないといいのだけど。
そして、三日目の朝。私は髪を乱暴に切られて、ここに引き出された。
まさに急転直下だったわ。
公爵令嬢が大転落よ。
王太子は笑いが止まらないでしょうね。
よかったわね、みんなに協力してもらえる恋で。
あなた一人ではできなかったでしょうからね、こんなこと。
私は、処刑台の上から王太子の方なんて見なかったわ。そんなの時間の無駄よ。
だって、目の前には彼がいるから。
やっと会えたんだもの。
目を逸らしてなんか、やるものですか。
大きな斧を両手で持った彼は、私と目が合うと顔を紙くずを丸めたみたいにしわくちゃに歪めて。そして、すぐに無表情になったわ。
あぁ、よかった。
彼も私を覚えている。
運命の神様は意地悪だから、ちょっと疑ってしまったけど。
彼が私を覚えている。
それは何よりも安心できることだった。
私は気を抜くと満面の笑みを浮かべそうになる顔を、グッと引き締めて。堂々と顔を上げて、彼に歩み寄った。
私と向き合うと、彼は大きく息をついてから斧を振り上げ、一閃。
本来だったら私が跪くのを待って、振り下ろされるはずの刃。
痛みなんてなかった。
だって彼が切ったのは、私を拘束していた縄だったから。
「見事だわ。そんなに大きな刃なのに、ずいぶんと繊細なことができるのね」
パラパラと縄が落ちて、私は自由になった手を彼に差し出した。
王太子が「何をしているんだ?!」と騒いでいるけど、彼はそちらに目も向けず私に言った。
「これもだな」
彼はまた斧を一閃させた。
キーン! という高い音と共に魔力封じの腕輪が砕け散った。
普通はできないのよ、そんなこと。どんな刃物でも砕けないの。この腕輪は。
腕輪の対応量以上の魔力を刃に乗せていない限りは。
「さすが元魔王!」
私は振り返りざまに、処刑台の上に昇ってきた兵士たちを薙ぎ払った。魔法ってやっぱり便利ね。突風で一吹きよ。
「元勇者もやるじゃないか!」
彼は楽しげに言いながら斧を大きく振り抜く。群衆が投げたであろう石礫が空中で砕け散った。
王太子が叫んでいる。
「処刑人が裏切ったぞ! 何をしている、誰でもいいから殺せ! 早くあの女を殺せ!!」
兵士たちが包囲網を敷き、ジリジリと近付いてくる。
私の魔法を警戒しているのでしょうね。
魔王と勇者がいた時代から四百年。現代で強力な魔法を使う人は、滅多にいないわ。
ましてや、悪虐とはいえただの令嬢を処刑するだけの場に、配備なんてされてるはずもない。
兵士たちは槍や剣を手にして一斉に飛び掛ってきた。
私は右手側。彼は左手側。視線を交わして対応する。
風魔法だけならなんとかなるとの目算かしら? 残念なお知らせよ。私は火魔法の方が得意なの。
迫って来る兵士の皆さんに火球をお見舞いしてあげたわ。
彼も雷撃をいくつも放って兵士たちを地に沈めている。
惜しみなく放たれる火と雷の魔法。紅と紫で彩られて、今日の処刑台はきっと忘れられないくらい綺麗に見えるはずよ。
その真ん中で背中合わせに立って、私は興奮のあまり「オーッホッホッホッ!」と高笑いしてしまったわ。
彼が吹き出しながら振り返って、私はちょっと正気に戻ったの。
「変わってない! 昔から全然変わってないなぁ! 安心したよ!」
「あぁぁぁごめんなさい、楽しくなっちゃって、つい! だってだって、私たち、周り中が敵なのよ? それでもあなたと一緒なら、負ける気がしないの!」
「それは俺もそうだな。お嬢様が……いや、そういえば名前を知らないな。俺から名乗るべきか。俺はダグラス。平民だからただのダグラスだ」
「あら奇遇ね、ダグラス。私もつい最近、平民になったの。ブランシュよ。家名はなくてただのブランシュ」
「よろしく、ブランシュ。これから長い付き合いになる、でいいのかな?」
ためらうような彼の問いに、私は腰に手を当てて思わず彼を睨みつけてしまった。
「あったりまえじゃないの! 六百年前から決まってたことよ! 私はあなたと一緒にいるの! ずっと、ずっとこの時を待っていたんだから!」
涙目になっ私の頭をポンポンと叩いて、ダグラスは苦笑した。
「たくさん待たせて済まなかった。不安になる必要なんて、全然なかったな。一緒に行こう、ブランシュ。どこまでも」
「どこまでも、いつまでも、ね?」
私たちは微笑みを交わした。
次の瞬間、ダグラスは私を横抱きにして上昇し、処刑台を見下ろした。
私が立っていた辺りに、矢が何本か刺さっている。あらら。意外と早く弓箭兵が来たのね。
「当たらないけど、飛び道具は厄介よね」
「そうだな。そろそろお暇しようか」
「ええ。あ、でも待って。ちょっとだけ意趣返ししたいわ」
空中に留まっていれば恰好の的となる。
ダグラスは飛んでくる矢を雷撃で落としながら笑い声を上げた。
「ああ、いいよ。ちょっとでいいの?」
「殺すと面倒事になるもの。ねぇ、雷合わせてね」
私はダグラスの腕の中で上半身を捻って、王太子と聖女様の方を向いた。
二人は真っ青な顔で私たちを見上げている。私を殺すのに、こんなに手こずるなんて想像もしていなかったのでしょうね。
私もダグラスと再会できるなんて思いもしなかったもの。
長い間、さんざんすれ違わせてくれたけど、運命の神様は最後にバッチリ決めてくれたわ。
私は風魔法の応用の拡声魔法を使いながら声を張り上げた。
「聖女と結婚したいがために婚約者を無実の罪に陥れ、己の欲を満たす愚かな王太子よ! 罪を罪とも思わず、色欲に囚われ聖者としての心を捨て去った聖女よ! よく聞きなさい! 私はあなたたちを正当化させる礎ではないし、なるつもりもないわ! 意思表明ととも僭越ながら! 神に代わって、天誅ーーーー!!」
私は指先を王太子たちに向けた。同時にバリバリという音が響き、紫電が彼らの体を包んだ。
辺りに焦げ臭い匂いが立ち込める。
一瞬の静寂ののち、広場には悲鳴や怒号が渦巻いた。
「ちょっと死にかけるくらいで済ませたから、安心していいよ」
ダグラスは真面目な顔でそう言って、王都を出るべく移動し始めた。
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