4.ブランシュとダグラス
最終話です
どうぞ楽しんでください
ダグラスの横顔を夕日が染めている。
きっと私の顔も夕日色になっているでしょう。
私たちは山奥の一本の木の前で佇んでいた。
古い古いその木の樹齢は六百年以上。樹皮は干乾びてところどころ剥がれ、枝ぶりにも葉の茂り方にも勢いがない。
ダグラスは哀しげに目を伏せて、老木の幹を撫でる。優しく、労わるように。
王都を出たあと、私たちは一度こっそり戻って、ダグラスの家に行ったの。
お金や私の着替えなんかを用意するためにね。
私、貫頭衣みたいな囚人服のままだったから。さすがに目立つし、役人が見たら一目で捕縛対象として認識されてしまうもの。
とりあえずダグラスの服を借りて、折ったり縛ったりして着ているわ。
髪が短いから、男の子に見えないこともないわね。
私はてっきり、派手に王都を出ていったのは、こうして支度を整えるための陽動なんだと思ったんだけど、違うんですって。
単純にうっかりしただけなんですって。
二人で爆笑しながらの旅支度だったわよ。
それから私たちは再び王都をあとにしたわ。今度は静かに目立たないようにね。
私たちの行く先は決まっていた。
どこへ行く? となったときに、二人の声が重なったの。
「「約束の……」」
約束の場所。
春になったら、花でいっぱいになる山。
いつかきっと見せてあげると言った彼は、生まれ変わってダグラスになった。
彼は少し浮かない顔をしている。
私もきっと、困った顔をしているでしょうね。
だって、六百年は長い。
人の営みはかつての風景を少しずつ変えていったわ。
山の木々は減り、野は開拓されて農地になった。
「たぶん、もうあの光景は見られないと思う」
残念そうなダグラスの肩を叩いて、私は片目をつぶった。
「私もそう思うけど、行ってみるだけ行ってみない? そうしたら私たち、次に踏み出せる気がするのよね」
「……次? え、次の転生……」
「しないわよ。まだ当分そんな予定はないわよ。そうじゃなくて、私、ずっとあの約束を支えみたいにしていたんだけどね。ダグラスと再会して、思い出したのよ」
ダグラスは黙ったまま私の話に耳を傾けているわ。
昔、よく見た光景。
私が小国のお姫様だった頃。
夢中で喋る私をあなたはそうやって、優しく見守っていたわよね。
私は、その時間こそが大好きだったのよ。あなたもきっと、そうだったと思うの。
「私たち、あの山を見るために再び出会ったわけではないでしょう? もし山を見て『昔のままだったね、よかったね、じゃあ目的も果たしたし、解散!』ってなるかしら? ならないわよね、そうよねよかったわ」
「相違はないが勝手に代弁しないでよ。でもブランシュの言いたいことはわかった。……約束は、確かに俺たちを繋ぐものではあったけど、その繋がりこそが大事だって言いたいんだな?」
「そうなの。約束をどうでもいいとは言わないわ。だけど、山が今どうなっていても、私がダグラスを愛していることに変わりはないし、ダグラスが私を……あら? どうしたの?」
ダグラスが眉間にシワを寄せて頭を抱えている。
急な頭痛かしら? 鎮痛剤、荷物の中にあったかな?
「……なんでブランシュは、昔から、そう照れがないんだろうなぁ。どうしてそんなにあっさり口にできるんだろう……」
「決まってるわ! 事実だからよ!」
「事実だろうと俺は照れるんだよ」
「額にキスしてくれた時も真っ赤だったものね。あ、そうだわ!」
「そのいいこと考えたって顔、嫌な予感しかしないよ」
「いいことよ! 言葉にするのが照れくさいのなら、行動で示してくれても……」
「愛してる! ブランシュを愛してる!」
真っ赤な顔のダグラスは、まるで叫ぶみたいにそう口にした。
行動でも言葉でも、どちらでもよかった私は、彼に満面の笑みを返したわ。
「ありがとう、ダグラス! 私も愛してるわ!」
「わかってる! それはわかってるから、もう勘弁してくれないか? 心臓が忙しない……」
「そうね。一日一回で許してあげる。異論は認めないわ。一日一回、愛してるか額にキス。ずっと離ればなれだったたんだから、これくらいしても許されるのよ」
高飛車に言い切る私にダグラスはうめき声を上げながら、それでもしっかりと頷いてくれた。
勝ったわ。ダグラスって優しいから、結局は私の意見を受け入れてくれるの。
だから私は己を律することを忘れちゃダメなのよ。わがまま放題していたら、嫌われてしまうものね。
それから私たちは逸れていた話を元に戻して、とりあえず六百年前のダグラスの故郷に行くことにしたの。
正午過ぎくらいに出発して、休憩を挟みながらお空の旅を楽しんで。その山に着いたのは、夕方近くだったわ。
開けた場所に降り立ったダグラスは、辺りを見回して少し落胆したように言ったわ。
「やっぱり、木が違ってるな。あの花の木じゃない」
「病気でやられちゃったか……寿命かもしれないわね。種類によっては五百年くらいが限度の木もあるって、聞いたことがあるわ」
慰めにもならない私の言葉にダグラスは曖昧に頷いて、それから思い直したように顔を上げた。
「ごめん、少し探してみていいかな? どこかに、まだ一本くらい、あるかも……。無駄になるかもしれないけど……」
「無駄だなんて思わなくて結構よ。今の私はあなたといれば上機嫌なんだから。一緒にいる時間が無駄になるわけがないわ」
「うぐっ……またそういうことを、恥ずかしげもなく……ま、いいや。ありがとう」
ダグラスはまた私を抱き上げて、あちこちを飛び回って木を探し始めたのだけど……。
ねえ? 私、思うの。
愛してるって言うのと、額にキスするのと、私を横抱きにするの。照れの比重って、そんなに変わらないんじゃないのかしら?
もちろん小狡い私は彼に答えを求めなかったわ。
だって、彼が横抱きも照れると気付いてしまったら、してくれなくなりそうなんだもの。
そんなのイヤよ。
わざわざ好機を潰すようなことはしないのよ、私。
そうしてお日様が向こうの山の端に落ちる頃、ダグラスは一本だけ残っていたその木を見つけたの。
古い古いその木の樹齢は六百年以上。
樹皮は干乾びてところどころ剥がれ、日の当たらない所は苔むしている。
枝ぶりにも葉の茂り方にも勢いがない。
ダグラスは哀しげに目を伏せて、老木の幹を撫でた。優しく、労わるように。
「おそらく、こいつだけだな。残っているのは」
「ずいぶん古いわね。きっと、あの頃からここにいたのよね」
私の言葉に、ダグラスは目を閉じた。
瞼の裏には、きっとかつて見た光景が広がっているのでしょう。
それは古の小さな国の話。
春になるとみんなで花を見るために出かける、仲の良い家族の思い出。
それを覚えているのは、ダグラスと、もしかしたらこの木も……。
「ねえ、ダグラス。私、あなたと家族になりたいわ。たくさんたくさん子供を産んで、あなたの家族をたくさん作りたい」
感傷に任せて口にしたのは、よく考えるとちょっと恥ずかしい言葉だった。
だけどダグラスは照れなかったの。
嬉しそうに微笑んで、少しだけ涙ぐんで。彼は私を抱きしめた。
私は彼の腕の中で目を閉じたわ。
少し肌寒くなってきた、夜の迫る山の中。とっても暖かかった。
「ありがとう、ブランシュ。俺もブランシュの家族になって、君の家族を作るよ。たくさん、たくさん」
「きっと楽しいわよ」
「ああ。賑やかだろうね」
私が木の梢を見上げると、彼も同じ様に見上げたわ。それが嬉しかった。
一緒に、同じものを見る。
同じ景色のなかにいる。
それだけでもこんなに幸せなのに、この先にもっともっと幸せなことがたくさんあるのよ。
「春になったら、この木を見に来ましょう? きっと花をつけているわよ。まだまだ元気そうだもの」
「そうだね。きっとまた咲いてくれる」
そうして、花の下で思い出話をするの。
家族の話。かつての国の話。
私は兄ちゃんの話をするかもしれない。
ダグラスは王城を責めたときの話をするかもしれない。
勇者の、魔王の話もしましょう。
今世でようやく一緒にいられるようになった私たちは、そうやって長かったすれ違いの時間を埋めていくのよ。
楽しみだわ。
約束よ、ダグラス。
終わり
読んでくれてありがとね!




