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第8膳 親友たちの背信

(良かった、誤魔化せたな……)


あの後、北野さんは一度。


「えっ、マッシュルームの話ですか?」


と問い返してきたもののすぐにそれ以上追求することもなく、食事に移ってくれた。

ひょっとしたら心配しすぎだったのかもしれない。


ともあれそんなこんなで放課後の軽食を終えて、カラオケ屋に向かう。

そして店の前で――。


「さて、じゃあ最終確認するよ? これからカラオケ参加できる人!」


 美鈴(みすず)の声に一斉に手を上げる俺と北野さん、そして……。


「あれ?」

「――っ!?」


 早馬(そうま)と美鈴が手を上げていない!

 代わりに――。


(うわ、やられた!)


 にっこり微笑んでいる二人。


「じゃあこれでいこうか」

「ああ、賛成! つーわけで仲良くな?お二人さん」


 そう言いながらすたすたとこの場を離れようとするのだ。

 その顔にはしてやったりと言わんばかりのイタズラ心が満ちていた。


「いやいや、ダブルデートするんじゃなかったのかよ!」

「んー、それはまた今度でいいかな。これを機にもっと距離を縮めとこう?」

「そうそう」


 おい、北野さんからも何か言ってやれよ!

 そう思いながら振り返ってみると――。


「私は……大丈夫です」


 まるでお礼を言うかのようににこりと笑いかける、その視線の先に居たのは……美鈴?


 ――小さく応援するようにガッツポーズをとる幼馴染の少女をみた瞬間、すべてを察した。

 そうか、さっき美鈴がメッセージのやり取りしてた"友人"って……。


(結局、覚悟できてないのお前だけじゃねーの?)


 ――!

 ああ、そうだな。


「――じゃ、行こうか、北野さん」

「は、はい!」


 ぐっと彼女の手を掴み、店内に足を踏み入れた。

 根拠のない無形の希望しかない世界なんか……もう戻るつもりもない。


「いらっしゃいませ」

「高校生二人で、機種は――」


 覚悟がまだできていないのは当然だ。

 大丈夫、きっとそれでいい。

 何しろ俺たちは二日ほど前までは他人同士だった仲だ。

 そして、だとしても……。


 俺は北野さんのことをすごく想っているつもりだし、北野さんだって今朝言ってくれたのだ。

 今後も"ずっと"交際を続けていきたい、と。

 ……カラオケ屋に二人で入るぐらいのことで照れている場合じゃない。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「はぁ……はぁ……」


 北野さんは……いつの間にかブレザー制服の前ボタンを幾つかはだけ、目のやり場に困るような状態になっていた。

 狭い部屋が二人の熱と、汗のにおいに満ちている。


「良かったよ……」

「わたしも、です」


 そう言いながら服を正し、グラスを片手によろよろと立ち上がりソファに尻餅をつく北野さん。


「大丈夫。俺が行ってくるよ」

「あ、ありがとうございます……では抹茶オレを」


 精も根も尽き果てたと思しき北野さんを部屋に残し、ドリンクバーに向かう。


 ――誤解してほしくないのだが、別に変なことをしていたわけではない。

 ただ、二人で歌を次々と歌い続けただけなのだ。


 最初ふたりでカラオケルームに飛び込んだ時にはどうしようかと思った。

 共通の話題なんて持ってきてないぞと。


 昨日と同じような感覚に見舞われそうになった俺の前で――先にマイクを手に取ったのは北野さん。

 ……卓越した英会話能力で海外のロックを歌い上げる彼女。

 その雄姿を見るうちに負けん気を刺激されたのだろうか……いつしか俺も十八番の演歌を熱唱していた。

 あまりカラオケは得意なほうとは思っていないけど、演歌だけは祖母に仕込まれたせいか自信がある。


 そして、いつの間にかこっそり北野さんがアニソンにシフト。

 ――英語の歌詞が多めのものを選べばバレないと踏んだのだろうか……?


 でも別にそれでいい、むしろそっちのほうが実はありがたい。


(なるほど、今日はそういうのもアリなのか――じゃあそれなら!)


 オタク系のレパートリーを隠す必要のなくなった俺も追随し――二人あわせて全19曲。

 ……ごちそうさまでした!


「北野さんもアニメ見るんだ?」

「ええ、日本のアニメは向こうでも見られましたから」

「向こう?」

「あの――私、イギリスで暮らしていたのです、二年前まで」


 ……。

 正直に言おう。

 艶やかな黒髪がトレードマークの北野さんとその経歴がどこかしらアンマッチだと思ったのは事実だ。


 でも、少し考えて――むしろいろいろなことが腑に落ちた。


 いつも読んでいた、彼女の近寄りがたさを演出していた洋書もきっと、北野さんにとっては特別なものでも何でもない。

 みんなと距離を置いていたのもきっとこの国自体にまだ馴染みがなかったからなのだろうと。


「刀を使うような人が沢山出てくるような作品が……好きだったのですよね」

「ああ、分かるわかる。こう、剣とか刀が好きって日本人の魂をくすぐられるって言うのかな?」

「ええ、確かにどこか懐かしさを感じていました――全然馴染みがないはずですのに」


 それなら今度、あの漫画の単行本を勧めてみるか、きっと喜んでくれると思いたい。

 頭の中でいくつか北野さんが喜びそうな漫画をリストアップしてみる。


「でも、慶喜(よしのぶ)さんもアニメ見ていらっしゃるのですね。こちらの若い方も見ているのだと分かってほっとしました」

「ああ、結構定着してる感じだよ? テーマソングとか歌番組にも出てくるし」

「それで慶喜さんは最近はどんなアニメを見ていらっしゃるのですか?」

「――!?」


 言えない、言えるわけがない――!

 女子高生の生活を描いたような四コマ原作のアニメが好きだなんて。

 まして、ちょうど目の前にいるような黒髪ロングの美少女メイドが推しキャラだなんてこと!


「ふふ、大丈夫、分かりますよ?」


 だが、何も言わなくてもそんな俺のそんな反応から察したのだろう。


「女の子の出てくるアニメが好き……とかですよね?」

「……う、うん」

「気にする事ではないと思います。かくいう私だって好きな殿方が何人かいますから。ああ、もちろんアニメの中の、です」


 そう言いながらくすくすと笑う彼女。


(良い娘だな……)


 ああホントに、俺には勿体ない子だ。

 気が早いと言われるかもしれないけど、結婚生活で一番大事なのは趣味への理解と聞いたことがある。

 趣味を理解してもらえなかったばかりに高価な模型を全部捨てられたという話もネットで何度も見たことがあるし……。


「あ、でも現実での浮気は許しません。それははっきりと言いますね」

「あはは、そりゃそうだ、大丈夫、三次元の浮気は絶対しない」

「昨日来てくれたのが慶喜さんで……私も本当に良かったです!」


 うんうん、どこかの誰かとは違うのだ、誰かとは。

 まあ、アイツも口で言ってるだけで本当は美鈴一筋なんだろうけど――。


 ……。


 ぐぅ~~。


 ふたりの間に浮かび上がった良い雰囲気を一気にぶち壊す腹の虫の音。

 自分は先ほど色々と食べたのでこれはきっと軽めに済ませた北野さんのものだろう。

 時刻はもう18時半、本来なら夕食の時間なのだ。


「ごめん、お腹空いた!」

「慶喜さん!?」

「もしよかったら、このまま夜ご飯食べてから帰ろうか!」


 ――でも、敢えてこちらのものということにし、自分のぶんの抹茶オレを一息に飲み干して立ち上がる。

 ついでに北野さんの門限が何時ぐらいなのか今後のために知っておきたい。


「それなら、メイドに連絡を入れておかなくてはなりませんね」

「北野さんの家にもメイドさん居るんだ?」

「バイトですけどね。住み込みじゃなくて」


 そう言ってスマホを取り出し、連絡を入れる許嫁。

 俺が立ち上がった瞬間、彼女はぺこりとお辞儀をした。


カラオケ屋でまだあまり馴染みのない人がアニメや特撮。

あるいはマイナーなドラマの歌を歌っていると何だか急に嬉しくなってくるのは私だけでしょうか。

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