第7膳 ムネ VS モモ ~フライドチキン屋の舌戦~
「なあヨシノブ? 今日はヒマか?」
早馬の声に時計の針を確認する。
午後4時前、いつもならさっさと家に帰るか部室に顔を出す時間。
だが、明日はうちの学校――私立陽羽学園の創立記念日で休み。
定期テストが終わったばかりということもあって比較的真面目なヒナ高の生徒も今日の夜はハメを外す者が多い。
「これからみんなでカラオケ行くんだけど……」
「メンツは?」
「オレとみすずっち」
うんうん、定番の茶道部トリオか。
「それと北野さんも呼ぼうぜ! ってみすずっちが」
「えっ!?」
「ほら、そうすればダブルデートになるだろ?」
――ああ。
<<今度、ダブルデート行こうね!>>
今朝のメッセージを思い出す。
程なくして。
「やほー、早馬に慶喜も揃ってるね!」
文字通り、北野さんを引っ張ってきた美鈴。
早馬の机のうえにぴょこんと腰掛ける。
「――あ、あの、これは何の集まりなのでしょうか。酒井さん」
「ん、ヒナ高恒例! 創立記念日前のどんちゃん騒ぎ?」
「慶喜さんも参加されるのですか?」
「あ、うん……その予定だけど」
ふぅと一息ついて北野さんが首を縦に振る。
「分かりました、私も参加してもよろしいですか?」
「ああ、ヨシノブとの熱いデュエット頼むぜ!」
「デュエットできるかどうかは分かりませんが……それでは用事を済ませたらすぐ合流します」
というわけで遅れて来るという北野さんを待っている間。
俺たちがタムロしているのは学校からほど近いフライドチキン屋。
雨の日も風の日も、店の入り口に立っている白ヒゲの人形がトレードマークの全国チェーンだ。
みんな考えていることは同じなのだろう。
ガラス張りの狭い店内はヒナ高の制服を着た生徒たちでほぼ満席だ。
「へっへー、プレミアムチキンごちそうさま!」
「うぅ、男の子のほう、絶対結城君だって思ってたのに!」
「あんなん分かるわけないって! ……次は負けないかんね?」
今すれ違ったのは同じクラスの女子たちか、どうも誰がご飯をおごるか賭けでもしていたらしい。
うち一人、ホクホク顔の子がこちらに手刀を切りながら、頭を下げてきている。
まるで感謝の気持ちでも表しているかのように。
(――賭けの内容って、まさか、な。)
そんな彼女らを尻目に今、俺が手にしているのはこの店ではド定番の和風チキンカツバーガー。
柔らかいバンズに収まっているのはみたらしを彷彿とさせる、砂糖醤油ベースのタレがじっとり沁み込んだチキンカツ。
しかし、そのカツはサクサクとした食感をギリギリのところで保っている。
そしてこれがまた、キャベツにたっぷり絡まったマヨネーズの酸味とよく合うのだ。
他に目を引く限定品がない限り、この店に来た時はいつもコレ。
そこにポテトとメロンソーダを合わせるのが鉄板チョイス。
「ホント、いつ見ても旨そうに食うよな」
「だよね、まるでこの世全ての喜びを体現したかのように……」
俺の向かいの席に座った早馬、そしてスマホで誰かにメッセージを送りながら美鈴も追随する。
……いやいや大袈裟だろう?
それに――今の俺はすごくお腹が空いている、何しろ昼飯を食べ損ねてしまったのだ。
「ひょっとしたら御利益があるかもしれないな!」
とうとう拝みはじめた早馬をよそに、俺は今日一日のことをもう一度思い返すことにした。
あの後、教室に帰ってきた俺と北野さんの二人を待っていたのは祝福ムード……。
確かに、美鈴からのメッセージの通りだった。
あるいは彼女がクラスの一軍女子としての影響力を行使してくれた結果かもしれない。
ただし、それはクラスメイトほぼ全員からの興味に満ちた視線。
そして熱烈な"インタビュー"とセットになったもの。
昼休みがはじまるや否や……。
「千寿殿ォ!? 我ら三人の"童貞の誓い"を忘れたかッ!?」
「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、操を同じとし……」
(ああ、入学当初にノリでやったやつ!)
「で、実際どこまで行った?」
「その誓いを破るようなことはしてないし、今後も当分するつもりはないから!」
「ホントでありますか? 食いしん坊将軍、女の子の操を喰らうとか――」
――はぁ、席のほうに殺到してきたヤツらの顔を思い出すだけでも頭が痛い。
あいつら、俺のことをどんな目で見ているんだ!?
ふと北野さんの席のほうを見る。
女子のほうもあまり変わらないようで美鈴と、級長の渚さんがうまくフォローしてくれていたから良かったようなものの……。
そうでなければ北野さんが明日から不登校になってもおかしくなかったかもしれない。
(きっとアイツらも退屈だったんだろうな)
おおむねパターン化してきた高校生活に退屈し始めていたのは俺と同じ。
それを覆すだけの刺激的なニュースが欲しかったのだろう。
もっとも当事者としてはたまったものではないが。
そして、そんなヤツらとの受け答えを済ませている間に、非情にも昼休みのチャイムは鳴り――。
北野さんと一緒に学食に行く約束を果たせぬまま、俺は昼食を食べ損ねてしまったというわけだ。
これまでの経緯を思い返しながら、遅めの昼食を胃袋に収めてゆく。
ずっしりホクホク感に満ちたポテトがこれまた嬉しい。
見れば親友二人もオリジナルチキンを真ん中に盛り、サイドメニューと共にパクつきながら話を続けている。
メープルシロップたっぷりのふんわりビスケット……アレもなかなか素敵な逸品だ。
「ああ、もう本人に聞くか……なあ、ヨシノブ」
「ん?」
「お前、モモ派だっけ? ムネ派だっけ?」
「あー、うん、わたしも興味あるよ、それ……慶喜ってどっちなんだろ」
「ムネ派に決まってるだろ?」
そう言いながら俺は二人が間に盛っていたオリジナルチキンからムネ肉を取って、かぶりついた。
じゅわっと沁み出す旨さのエキスが口内を満たす!
骨の隙間にこびりついた肉を舌先でつついて器用に剥がし、貪ってゆく。
油で揚げたというより、むしろ茹でたと言ったほうがいいほどの柔らかさだ。
「え、お前モモ派じゃねーのかよ? さっそく浮気警報発令じゃん!」
「いやいや、早馬じゃないんだから! まあ意外だなーとは思うけどさ?」
……え????
何を言ってるんだ?
「ああ、あれか? 掴めるぐらいがちょうどいい、みたいなやつ?」
「早馬、さすがに気が早いってば!」
いや、掴めるって……?
二人が言っているのが、女性のどこに魅力を感じるかという話題だったことに気付いたのは数秒ほど考えた後のこと。
――そして。
「皆さん、お待たせ致しました。予定より早く用事が終わりましたので……」
フライドフィッシュとコーラを載せたトレイを持って北野さんが後ろから姿を見せた時のことだ。
「……あの、掴めるぐらいがいいって、何の話なのですか?」
「あ、ああ――」
無い知恵を振り絞って必死にごまかす方法を考える。
こういったことの経験はもちろん、免疫すら無いであろう北野さんにありのままを伝えたらどうなることか……。
「な、生のジャンボマッシュルームってさ、気持ち悪いよね?」
「ジャンボマッシュルーム……ですか?」
「うん! 掴めるぐらいのサイズが理想だよね、って話をしてたんだ!」
――もうちょっとうまいごまかし方はなかったのだろうか。
今日この時ほど、自分で自分のことを情けないと感じたことはなかったかもしれない。
クリスマスイヴには一日早いですがフライドチキンの回を。
ちなみに24日に元ネタになったお店に(予約なしで)行くのは自殺行為だと思いますのでご注意くださいませ。
皆さんは和風チキンカツバーガーとチキンフィレバーガー、どちらがお好きでしょうか?
面白いと思って頂けましたらブクマ・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)して頂けると励みになります
―――――――――――――――――
この作品はフィクションですが和風チキンカツバーガーの美味しさは本物です。




