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第9膳 それはボルシチラーメンよりも暖かくて


「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」


支払いを終えて、カラオケ屋を出ようとした俺たちだったがレジカウンターに置いてあった小さな箱に気付く。


【――被災地の子供達のためにあなたの善意を】


ああ、9月にあった台風か……。

ここ最近、二年前の飛行機事故のヤツに代わってあちこちで見かける募金箱だ。


「あの、すみません、少し待って頂けませんか?」


そう言いながらカバンから財布を取り出す北野さん。

ためらいもなく、すっと1000円札を取り出して穴に収める。


「北野さん、優しいんだね」

「いいえ、こういうのを見ると他人事だとは思えないだけです」


実際、彼女の動作には気取ったところはまったく見られない。

まるでそうすることが当然なのだと骨の髄までしみこんでいるかのようで――。


(生まれついての聖女様? もしくはお姫様といった感じだな……)


英国紳士や淑女が学ぶノブレス・オブリージュとはこういうことを言うのだろうか。


「少しでも力になれれば、と思うだけです」


彼女の表情は心なしか悲しそうだった。


――――――――――――――――――――――――――――



 カラオケ屋を出た後……。


「ずっと行ってみたいと思っていた店があるのです」


 北野さんの先導に従い、すっかり陽の落ちた街を進む。

 辺りには仕事帰りのサラリーマンたちの姿もちらほらと……。


 彼女に誘われて向かった先にあったのは老舗の洋食屋。

 昭和初期に創業して以来、日本の洋食を牽引してきたと言っても過言ではない有名な店。

 ……この街にも出店していたのか。


 とはいえ、団体さんとかちあってしまったのだろうか、正面に並んでいるのは長蛇の列。

 これでは入るまでにあと何十分かかるのか分かったもんじゃない。


「どうしよう?」


 と北野さんに聞こうとして彼女の視線の向いた先に気がついた。

 彼女が見ていたのは表の立派なゲートではなく裏にある小さな出入り口。

 すぐ脇に『麺』と一文字書かれた看板がかけられている。


 ――ああ、そういえば聞いたことがある。

 この系列の洋食店は裏口で立ち食いラーメンを食べることができると。

 最近はグルメ漫画でも取り上げられている有名なネタだ。


 でもデートで立ち食いラーメンはどうなんだ?と一瞬考えたものの……。


「良かった! こちらが目当てだったのです」

「北野さん?」

「以前本で読んで興味あったのですけどこういう場所、一人で入る勇気がなくて」


 あ……!

 そうか、男の俺が一人で甘いものを食べに行くのに勇気が要るようなもので、北野さんにとっては……。


「構いませんか?」

「ああ、寒いしラーメン、いいな!」


 四人も入ればいっぱいになりそうな立ち食いカウンター。

 でも、今回は並ばずすぐに入店することができた。


 入口横の自販機で食券を購入。


 醤油ラーメンに……。

『ボルシチ(ボリウム満点)』それに『(天下一品)コールスロー』


「え、二つあわせて100円!?」


 ――え!


()内の説明がちょっと気になるが迷わず押そう!

 同じものを北野さんが購入したのを確認し、奥のカウンターに並ぶ。


「いらっしゃいませ」


 厨房は洋食店と共有。

 客席にほど近い場所に置いてある巨大な寸胴からもうもうと湯気が立ち昇り、10月下旬の外気に冷えた立ち食いエリアを温めてくれる。

 浮かんでいるのは数えきれないほどの食材。


 少し離れたところでトンカツを切って皿に盛りつけているシェフがいる。

 奥にはチキンライスの上にふわりと卵を載せている人も。

 ――そういえばここの店はオムライスでも有名だった。

 一流洋食店の厨房の全景をすぐ近くで拝める贅沢……これだけでも来た価値がある。


 やがて、程なくして。


「ボルシチとコールスローお待ちしました!」


 ガラスの小鉢に入ったコールスローはさっぱりしたビネガードレッシング仕立て。

 大きめに切ったキャベツを心の中に芽生えた野生そのままにバリバリかみ砕く。

 そうだ、今の俺はワイルド系草食男子だ!


 続けてビーツの赤味が眩しいボルシチに取りかかる。

 ラーメンをこれから腹に入れるのにスープ??

 どうしてそんなものを?


 一瞬、思い悩んだもののキャベツとジャガイモをたっぷりくつくつ煮込んだボルシチ、滋味あふれるその香りは堪え難く――。

 ついつい匙を進めてしまい、気付いた時には。


「やっちゃったな」

「ええ、もう少しゆっくり味わうべきでした……」


 苦笑する北野さん、その表情には軽い後悔の念が見て取れる。

 そう、俺も北野さんもさらりと平らげてしまっていた。

 ――気持ちを切り替えて、次にいこう。


 程よく体が暖まり、お腹も満たせた。

 とは言え、野菜で得られた満腹感だから全くイヤな重さも感じないのもいいところだ。


 きっとここの店はラーメンに相当な自信があるのだろう。


 冷え切った体で、あるいは空腹に任せて一気に掻き込むことなど良しとしない、きちんと向き合って味わってほしい。

 そんな心意気がカウンターの奥から伝わってくる。


 そしていよいよ本命様が到着だ。


「ラーメンお待ちしました」

「待ってました、食べましょう!」


 ああ、激しい湯気を立てる一杯にいざ挑まん、麺をひとくち啜り込む!


 口の中に広がる力強い卵の味。

 噛めばかむほどその風味は増してゆく。


 こげ茶色の澄んだスープはストレートな醤油ベース。

 だが、醤油ラーメンにありがちな余計な塩辛さは感じさせない――。


(何故だ!?)


 ……その答えはすぐ目の前にあった。

 もうもうと湯気をあげながら、大量の香味野菜を煮詰めている目の前の寸胴。

 そういえば、先ほどここからスープをとって丼に入れていたような……。

 きっとその優しさに満ちた旨味が塩味を中和しているのだろう。


 紅く色付けされたチャーシューは見た目に反して薄い味つけ。

 だが、シンプルに肉の旨味を引き出すことに特化したコレ、決して悪くない。


「肉を食べてる感じがします」


 肉食系女子の北野さんも御満悦。

 たまに落ちる髪を掻き上げながら美味しそうに食べている――うん、来てよかった!


「あと、ごめんなさい――練習してはいるのですけど」


 ?

 何のことか、と思い彼女の右手を見て納得する。

 ああ、長期間英国に居たせいか箸の持ち方がぎこちない。

 といっても基本的な食べ方がキレイなせいか、横で見ていて不快さを感じるほどではない。


(それに父さんたちに紹介するのはまだ先のことだろうから……)


 トッピングされたインゲンも嬉しい。

 醤油味のスープにマッチして、程よい安心感を与えてくれる。


 全体的にハイレベルにまとまった中華めんだ。

 そう、「ラーメン」ではなく懐かしさを感じる「中華めん」。

 手堅くまとまっているが、せっかくの珍しい『洋食屋のラーメン』なのだ。

 もうちょっと冒険をしてもいいかな――?


 そんな勝手な感想を抱きながら箸を進め……。


「……!?」


 ――ごめんなさい!訂正したい。

 メンマ!

 ああ、求めていたものはこのメンマに詰まっていた。

 とても強く味付けされた数枚のメンマこそがこの丼を「中華めん」ではなく「ラーメン」へと変える。

 そう言っても過言ではないほどのインパクトを持っていた。


 柔らかく煮込まれた優しい食感。

 しかし中から滲み出すのは甘さと辛さ……刺激に満ちた調味エキス。


 麺に絡めて食べるもまた旨し。


 ズズ……

 ちゅるる!!


 先ほどチキンを食べたばかりで、そこまでお腹は空いていなかったのだが――気づけば一息に食べ終わってしまっていた。

 元々、厨房に満ちた湯気、それにボルシチで暖まっていたこともあって、ラーメンを平らげた体はすっかり汗にまみれている。

 最後に卓上のコショウを多めに振り、レンゲでスープを飲み干して〆る。


 ――うん、この店はやはり洋食屋だ!


 そう、ラーメンにこってりを求める人にとっては賛否が分かれるだろうがこの店のラーメンの正体。

 それはこの国の人々の体に合わせて進化し続けてきた、すごく真っ当に胃に優しいスープ料理。


 きっと風邪をひいた日でもこれならペロリと平らげられるに違いない。


「「美味しかったです、ごちそうさまでした!!」」

「はい、お粗末様!」


 素晴らしい和洋折衷ありがとうございました!

 俺の横で一緒に手をあわせ、頭を下げる黒髪ロングの英国淑女と顔を突き合わせて笑みを浮かべながら狭い店を出る。


「手、繋ごうか」

「はい!」


恋人繋ぎは俺たちにはまだ早いかな?

だから互いの手をギュッと固く握りしめる。


「暖かい……生きてるって感じがしますね」

「ああ」


体中に広がってゆく温もり。

それはきっと……ボルシチとラーメンの影響というだけではないのだろう、そう思えた。


メリークリスマス!

……ですが今年はあまりクリスマス感がなくて寂しかったりします。

来年か再来年か、早いうちにまた皆さんでクリスマスらしさを満喫できるようになるといいですね。


面白いと思って頂けましたらブクマ・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)して頂けると励みになります


―――――――――――――――

この作品はフィクションですが洋食店のボルシチとラーメンの美味しさは本物です。


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