第17膳 夢で逢えたら
「千寿殿ぉ、打ち上げに出発しますぞ! って……北野さんも!?」
すぐ近くで叫ぶ友人の声で意識をわずかに取り戻す。
あ、いつの間にか俺、寝てたんだ。
起きなくちゃ……でも、体がまだ追い付いていないのか全然動かせない。
「ごめんなさい、慶喜さんは疲れているのです」
そう、実際とても疲れていた。
文化祭の準備が本格化してからというもの……毎晩遅くまで色々やるべき事があったからだ。
もちろん学生の本分、予習復習だって欠かせない。
そんなわけで……特にこの数日間は四時間ぐらいしか寝ていないのだ。
(うん、ちょっと無理しすぎたか?)
辺りを包むのは爽やかなシトラスの香り――。
ああ、この匂いはいつも明里さんが使っているフレグランスだろう。
「北野さんも打ち上げ参加するのですよね?」
「ええ、あとから私たちも追いつきますから、先に行ってくださいな」
そして俺のすぐ『真上』から聞こえる彼女の声。
そう言えば先ほどから何か柔らかく、暖かいものを頭に敷いて寝ているような気が……。
あれ?というか俺、いつの間に横になってたんだ……?
だが、そのあたりの状況を確認する間もなく俺の意識は再び闇のなかに落ちてゆく。
なんだかとても楽しい夢を見た気がする。
お城や石畳の街、ダンジョンのある異世界モノの夢だ。
子供っぽいと笑いたければ笑ってもいい。
夢の中で俺は刀を手にして、魔王に立ち向かうサムライだった。
そして横にはいつも相棒が居た。
杖を銃のように使いこなして戦うフリルたっぷりの服に身を包んだ少女……黒く長い髪が特徴的だった。
俺と彼女は強い信頼で結ばれているようで何度も背中を合わせてゴブリンどもを、あるいはオーガどもを迎え撃ち……。
やがて、戦い続けた末に二人きりで魔族の大群に取り囲まれた時も――。
ああ、もっと夢をみていたい、冒険を続けたい。
あと数分だけ……!
幾度かそう思い、やっと振り切ってがばりと体を起こしたときには……。
―――――――――――――――――――――――――――
時計の針は夜9時前、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
どうやら俺はベンチの上に横になっていたらしい。
そしてメイド服に身を包んだ明里さんが俺の頭を膝に載せたままの姿勢でうつらうつらと微睡んでいた。
「……まけま、せん。たとえわたしたちがたおれても……」
ずっと膝枕してくれてたんだ。
……あれ?すごく嬉しいけどさっき呼びに来たアイツに見られてた、よな。
その事実に気付いた瞬間、顔がかぁぁっと熱くなる。
とりあえず彼女も起こそう。
「あ、明里さん!」
「え……! もうこんな時間ですか!?」
「ああ。まさかこんなに寝入ってしまうなんてな……」
スマホにはクラスメイト達からの未読メッセージが多数。
……今から合流しても打ち上げはとっくに終わっているだろう。
「早く行かないと、です」
立ち上がろうとする明里さんだったがすぐによろけて再びベンチに腰を落とす。
「あれ?」
魂が抜けたような声を出す彼女の体に触ってみると……。
(ッ!?)
明里さんの体はとても冷たかった。
俺とそれほど変わらない小柄な体がふるふると震えていた。
わずかな灯りに浮かぶ彼女の顔は人形のように美しかったけど、とても青白い。
そうか――上着があるとは言え、こんな衣装を着たまま外で三時間以上も居れば……。
下にシャツとズボンを着こめる袴とは違うのだ。
『大丈夫、何かあっても――明里さんは俺が守るから』
そう言ったのに何という失態を――!
すぐに明里さんを暖めないと!
頭ではそう考えるけどだからといって……。
(こういう時は抱いてしまえばいいんだよ!)
いやいや、そんなわけにはいかないだろ!?
代わりになるものを探せば……ちょうど近くに見つかるドリンクの自販機。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「慶喜さん……」
体にぐっと力を込めて立ち上がり、ふらつきながら粒入りのコーンスープを二本購入。
アルミ缶から掌に伝わってくる熱――よし、これがあれば明里さんを助けられる!
「なんだか不思議な夢を見たのです……」
「夢?」
「その、なんだかゲームに出てくるファンタジーの世界に行く夢で……」
力なくそう呟きながら、コーンスープを受け取る明里さん。
彼女が缶を開けるのを確認し、自分も同じように缶を開封し、口を付けた。
「その夢の中で格好いい侍の人と旅をしていたのですけど、その人の顔はちょうど……」
「ああ」
ざくざくとモロコシの粒を噛み潰しながら飲むブイヨンの旨味たっぷりのスープ。
とても暖かくて、ほっとする懐かしい味で……。
「その、……うん。俺も見たよ、たぶんそれと同じ夢」
「え?」
「笑わないでほしいんだけどさ……こっちは杖を銃みたいに使う素敵な魔法使いのメイドさんが一緒だった」
「――!?」
こんな風にちょっと童心に帰って、たわいもない話をしながら喉を潤す時にちょうどいいのだ。
「あと一歩で魔王倒せたハズなのに……そっちはどうだった?」
「はい、結局最後は私たち二人とも力及ばず……」
「そっか」
不穏な台詞とは裏腹に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった。夢の中でも俺たちが最後までパートナーを見捨てて逃げるタイプじゃなくて、さ」
「ふふ、それは違いないですね」
そう言って笑みを浮かべる彼女の頬に、少しだけ赤みが戻っていた。
コーンスープのおかげなのか……。
それとも夢の中の二人が最後の力を振り絞って元気をこっちの明里さんに分けてくれたのか。
「大丈夫? 動ける、かな??」
「はい、でも――」
そこまで口にして、少し言いよどむ明里さん。
うん……?
「あ、あの……」
「うん……」
「あ、あの、もう少し……体温を分けてくれると嬉しいです!」
「体温を分けて、って……」
――。
それってつまり……。
じっと彼女の恥ずかしそうな眼を見つめる。
きっと、今の俺と同じような目をしているのだろう。
(な? だから最初っからこうしとけ、って言っただろ?)
うるさい。
「こういうことでいい、のかな」
「はい――」
心の中に居るもう一人の自分に言葉を返しながら、俺は彼女をそっと抱きしめた。
お返しとばかりに彼女の両手が、まるですがりつくように俺の背に回る。
しばらく無言でそうしていると……二人の間からじんわりと暖かいものが生まれてきた。
すぐにその温度は全身に広がってゆく。
抱きしめている明里さんの、人形のように冷たかった体に再び生命の熱が満ちてゆくことに安堵する。
それをすぐ近くで実感できることがとても嬉しくて――。
そっと彼女の艶やかな黒髪を撫でおろした。
「ごめん、俺のせいで打ち上げ行けなくなってさ」
打ち上げの幹事を他の人に頼んだのは不幸中の幸いだった。
クラスメイト達はきっと、俺のオススメの中華料理の店で無事ごちそうにありつけたと思いたい。
「ううん、何かおいしいものを食べて帰りましょう」
そうだな、何にしよう。
幸い、今日は土曜日だ。
ちゃんとした店もまだそれなりに開いているだろう。
「何か食べたいもの、リクエストあるかな?」
「そうですね――お任せします」
そして、すっかり体温を取り戻した彼女は満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「慶喜さんと一緒に食べるご飯が……私にとっては一番のごちそうですから」
文化祭編、これにて終了となります!
次回よりいよいよ新章突入です。
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