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第15膳 和解の一皿、カリーヴルスト

 午前9時。

 屋上階段でのひと悶着の後、わずかに体を休めていよいよ本番に挑む。

 明里さんの様子も何度か確認してみたけど……今ではすっかり安定しているようだ。


「今日はオーナー頼むぜ?」

「あかりんにカッコいいところ見せないとね?」

「ああ、二人もサブリーダーよろしく!」


 もちろん自分でも店内に目を凝らすことは忘れない。

 でも、どうしたって見落としが出ることもある。

 調理担当の控えている家庭科室の様子も確認しなければならないのだからなおさらだ。


 そこを補うため、今回は早馬と美鈴にサブリーダーの役割をお願いすることにした。

 フロント業務の合間に何か変わったことがあったら見ておいてほしい、と。


「おう、任せとけって」

「うん、慶喜はどんと構えておいてよ!」


 慣れない仕事だけど、これなら十分イケるだろうと思っていた。

 だけど――正直に言って俺はオーナー業と言うものを舐めていた。

 サブリーダーの二人を通じて入ってくるクレームの山ときたら!

 しかも大半がくだらないものばかりだったのだ――例えば。


「オーナー、教頭と生活指導の先生から……ここには酒は置いてないのか?」

「置いてないと伝えてほしい」


 まあ心配する気持ちはわかる。

 毎年やらかす奴もいるし……まして店名が店名だ。


「再度同じメンツから質問だ、本当の本当に置いてないのか?」

「ああ、置いているわけがない。何なら調査してもらっても構わないよ」


 慌ててその旨を伝えに行く早馬だったが、やがて顔を真っ青にして……。


「オーナー、教頭と生活指導の先生からクレーム! 今すぐビールを置け、だってさ!」

「……ま、真面目に仕事しろと伝えてくれ」


 ヒナ高の、特に特進クラスは校則の縛りはそこまで厳しくはない。

 それは真面目な生徒を信頼してのことというが、流石にこれはどうなんだ!?


 あるいはこんな案件もあった。


「ねえ、オーナー! 客から製品に髪の毛が混入していたってクレームだよ!」

「わかった、すぐに誰か女子を向かわせてやんわり説得してくれ、護衛をつけるのを忘れるな。」

「うん、了解、クラスで一番可愛い子を向かわせるよ!」


 え、一番かわいい子って誰だ?

 まさか明里さん、じゃないよな……と心配になりながらも待っていると。

 やがて早馬が血相を変えてバックヤードに飛び込んでくる。


「――オーナー! 店内で暴動が発生した!」


 え、暴動!?

 さっきのクレーマーが暴れてるのか?


「いや、クレーム対処にあたっていた美鈴がクレーム客を折り畳んで振り回してる!」


 いや待て――クラスで一番可愛い子ってそういうことか!?

 確かに美少女なのは認めるが自分で出てどうにかしろとは言ってない。

 これじゃ客の方に護衛を付けておかなければオチオチ営業もできやしないぞ!


「あ、甘いもので罠を張って捕獲してくれ――」

「あ、ああ、決死隊を編成してどうにか鎮圧してみるさ」


 決死の覚悟で出てゆく早馬を見ていると胃が痛くなってきた……。

 父さん御用達の胃薬でも飲もう。


 ともあれこんな感じのドタバタ劇を繰り広げながらも客の入りは上々だ。

 この調子なら昼過ぎには完売だろう。


 本命は外からも一般客の来る明日、二日目なので今日は早めに店じまいしよう。

 みんなも部活の手伝いにも行きたいだろうし、少し体を休めて文化祭を楽しむ時間があってもいい。


「じゃ、わたし達も茶道部いってくるよ!」

「慶喜さん、あまり無理はしないでくださいね?」

「ああ、明里さん……ごめん、俺は行けなくてさ」

「あーあ、ついにお前らも名前呼びか、めでたいな!」


 手伝いに出る美鈴たちを見送った後、教室で書き物の仕事に移ることにした。

 どうせ誰も見ていないので紋付き袴も脱いで制服姿に着替えておく。


 収益や在庫のチェックなどなど……。

 やらないクラスもあるようだが、きちんと書類にして交代要員に渡せるようにしておけば明日はもっと俺も個人的に動きやすくなるはず。

 あとで楽をするためなら、今苦労するのは仕方がない。


 ――。


 こくりこくり。


 zzZ……。


 !?


 危ない!寝てしまうところだった。

 考えてみればここ数日ちゃんと寝ていないのだ。

 何か甘いものを口に入れて目を覚まそう。

 お菓子でもあるといいのだけれど。


 教室の中に入ってくる物音に気付いたのはちょうどその時のこと。


「あの、今は閉店中です。また明日来てくれれば――」


 そう言いながらバックヤードから顔を出した俺は驚愕した。

 眠気など一瞬で吹っ飛んでしまった!

 何故なら、教室に入ってきたのは――。


 筋肉質で大柄な体。

 よく日焼けした浅黒い肌。

 そして坊主ヘア……威圧感をたっぷり放つ青年。


 先日、俺が闘茶対決で制した読弦 丈だったからだ。



「なぁ。千寿、久しぶりだな?」


 ニィっと笑う読弦、『お礼参り』に来たのだろうか。

 怯えているのをどうにか隠したいところだが、二歩三歩と思わず後ずさりしてしまう。

 スマホで早馬辺りに助けを求めたいところだが手が動かない。


 だが、そんな俺に殴りかかってくるわけでも、掴みかかってくるでもなく。


「――頼みがあるんだが聞いてくれるか?」

「あ、ああ」


 さて、何を要求してくるのだろうか。


「ここに旨いカレーソーセージがあるって聞いたんだが、俺にも食わせてくれよ!」


 ――うん?

 彼の口から出たのは意外な言葉だった。


「アンタが作ったヤツだって六組の奴等から聞いたんだが?」


 それなら店が開いている時に来ればよかったのに……言葉が喉元まで出かかったところで気がつく。

 あ、そうか!例の誓約書か……!


(まったく、律儀なヤツだな)


 ああ、本当にな……でも、同時にすごくほっとした。

 誰かを疑い続けるのは決して気持ちいいことじゃない。


「分かった、待っててくれ」


 そう言いながら席を立ち、家庭科室に向かう。

 食材は保管用のサンプルを少し多目にとっておいたから何とかなるか。


(おい、追い返さなくていいのか?)


 ああ、アイツが今までしてきたことは決して簡単に許されることではない。

 でも、罰を決めるのは俺じゃない。

 それは風紀委員会の仕事だろうし、客として来た相手を冷たく追い返すつもりもない。


(まあいいか)


 だから一切の雑念を払ってフライパンを振る。

 十分後――俺たちはカリーヴルストの載った皿を挟んで会話を弾ませていた。


「うめぇ!!」


 何度も楊枝を伸ばしてガツガツとソーセージを貪ってゆく読弦。

 合間に飲んでいるジンジャエールは俺からのサービスだ。

 カクテル用だけど、どうせ一度開けたらさっさと飲んでしまったほうがいいし。


 おいおい、もっと味わって食えよ、と言いたくなるがにっこり笑ってる顔を見るとそれを言う気も失せてしまう。


「なあ、最近さ……メシがうめぇんだよ!」


 そう言うアイツから煙草の匂いはもうしない。

 ああ、そりゃ食事も美味しく感じることだろう。


「うん、ルール守るのもたまにはいいだろ? 今度いい店紹介するよ」

「お、助かる。アンタ、なんか舌が肥えてそうだしな」


 そんな感じで語らいながら俺も自分のぶんのカリーヴルストを一口。

 落ち着いて食べるのはこれが初めてだったけど……うん、旨い。

 昔、神戸で食べたモノに比べれば幾分落ちるだろうけどこれなら胸を張って出せる味だろう。


 口に入れた瞬間、突き抜けるカレー粉の風味。

 そして遅れて肉の旨味とケチャップの甘みが脳に届き、疲れた頭を癒してゆく。

 これなら後の事務作業も何とかこなせそうだ。


 やがて、談笑しながら食事を終えた後……。


「旨かった! ごちそうさまでした! ――あと、本当に申し訳ない!」


 読弦は唐突に机に両手をつき、深々と頭を下げた!


「え?」

「ほら、前の時、ちゃんと謝れなかったからさ」


 あ、うん――。

 そういえば……あの日。

 二度目の戦いの後、アイツは特に何も言葉を発することなく部室を後にしたのだ。

 こっちは部屋に突撃してきた女子たちの対応で手一杯。

 とても呼び止められるような状況ではなかったし。


「北野さんにも……伝えとくよ」

「そうしてくれ、本当に悪かったって!」


 それだけを言い残し、代金を机に置いて――彼は教室を出て行った。


(なあ、アイツ大丈夫なのかな……?)


 ――大丈夫じゃないかな。

 旨いものを食べて、笑顔になれる奴に根っからの悪党は多分いない。


あけましておめでとうございます!今年も一年よろしくお願いします。

格付けチェックを見ても思うのですがやっぱり食べ物の味の違いが分かる

美食家ってカッコいいですよね。

いつか大人になったら慶喜にもワインのテイスティングをさせたいところなのですが……。


面白い、続きが気になる、慶喜たちが大人になるまで続けてほしい!と思って頂けましたら

ブクマ・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)して頂けると励みになります!

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