第14膳 もちろん、わかった上で言っています
文化祭一日目……早朝。
「これでよし――」
「良い感じに整いましたね」
「本当だよ、オーナーの引いた図面が良かったんだろうね」
いやいや、ここまでうまくできたのはクラスのみんなが協力してくれたからこそだと思う。
皆で手分けして教室の壁にレンガ状の装飾材を張り終わり、ところどころに小型のツリーを置いて彩りを増せば一足早いクリスマス酒場風の内装の出来上がりだ。
「お疲れ様! 衣装合わせと最終チェックが終わった人から朝まで休んでください」
そう言いながら更衣室から帰ってきた男子たちの衣装を確認してみるが、やはり先日予想したようにひどい光景だ。
女子たちも流石に苦労して設営したこの酒場の雰囲気をブチ壊すのは嫌だったのだろうか。
全身タイツや女装を指定された者こそ居なかったものの……それ以外はフリーダム。
各国の民族衣装どころか吸血鬼や魔法使い……慌てん坊のサンタクロースに配管工のゲームキャラまでウロウロし始めた。
これではドイツというより、もう異世界の酒場といったほうがいいかもしれない。
「お、ヨシノブはもう着替え終わったのか、早いじゃん」
すらりと執事服を着こなしてみせた早馬が声をかけてくる。
「いいよな、早馬はそういうの似合っててさ」
「いやいや、お前のほうが似合ってるじゃん」
そう言ってもらえるのは嬉しいが俺が着ることになったのは紋付き袴。
先日の闘茶イベントで一部の女性ファンが目覚めてしまった結果らしいが……洋風酒場のオーナーの服装としてはミスマッチにも程があるだろう。
「いやさ、どこの世界のドイツに紋付袴を着た酒場の店主が居るんだよ……」
「ほら、日独同盟ってやつじゃね?」
ああ、その言葉は知っているさ、でもそれは負けフラグだろう?
コイツは、そしてこの服を指定した女子たちはこのクラスを東西分裂させるつもりなのだろうか。
そして更に向こうからやってきたのは数人の女子の友人と共にメイド服に身を包んだ美鈴。
「お、二人とも出来上がってるね!」
男子たちの欲望。
もとい動きやすいようにという気遣いが反映された結果、スカートは相当なミニ丈なのだがかなり似合っている。
「あれ? ところで北野さんは? 一緒だったと思うんだけど」
「うん、それなんだけどさ……オーナー。ちょっと迎えに行ってあげてくれないかな?」
……迎え?
「アレはたぶんオーナーじゃないとどうしようもないと思うんだ」
「「だよねー」」
俺じゃないと……って一体どんなトラブルなんだ。
「分かった、すぐ迎えに行くよ」
「良かったよ、場所はね――」
――――――――――――――――――――――――――――――
「北野さん……」
「!? 慶喜、さん」
先日――顔合わせの翌日に二人で逃げ込んだ屋上に続く階段の最上段。
彼女はそこにうずくまるように腰を下ろしていた。
「あの、やっぱりこれは恥ずかしいと思うのですが」
短いスカートを押さえ、うつむいたまま口を開く北野さん。
その顔が赤く染まってしまっている。
あー、うん。
何が起きたのか、一目でよく分かった。
(な? 俺の言った通りだっただろ?)
ああ、似合っている、いや、似合いすぎてしまっているのだ。
黒いオーバーニーソックスも、短いスカートも。
そして、スレンダー気味な上半身を彩るフリルたっぷりのブラウスも……。
そして気が付いた。
彼女の体付きが実際は自分よりいくらか先を行っているものだということにも。
いつも、制服姿で一緒に居る時は、身長がさほど変わらないのもあって全然意識してなかったのに。
なるほど、そりゃ他の男に行かせるわけにはいかないよな。
美鈴の心遣いにはちょっと感謝するが……。
さて、どう対処すればいい――?
(素直に行くしかないだろ? お前らしさ全開でな)
しかないか……。
ったく、誰のせいでこんなとんでもないことになったと思ってるんだ。
あの会議の最中、あんなこと言われなければ、判なんか押さなかったのに――。
すぅぅと息を吸い込む。
まだ陽が登る前の冷たい空気はいつもと違って、すっきり爽やかな味だ。
「俺は好きだよ」
「え――?」
きっと目の前の北野さん以上に――今、自分の顔がかぁっと熱い。
「北野さんがすごく恥ずかしいの分かってる。でも……」
ごくん、とツバを呑み込み目を閉じた。
なぜって――?何故なら今、目を開けていたら。
「俺だって男だからさ、やっぱり――その、似合ってて魅力的だと思う」
今の、いつも以上に魅力的な彼女をじっと見ていたら……。
彼女のスカートの付け根に目がいってしまうし、そしてそれを続けていたら……。
「慶喜、さん?」
「北野さんをその、変な目で見てしまうかもしれない」
ああ、分かっている。
いつか俺は間違いなく彼女を――してしまうことになる男なのだ。
結婚って、許嫁って……そういうものだから。
そして、その未来を知っていることが、今、俺をますますおかしくしている。
でも、ちょっと待て、今そんな感情を抱くのは少し早い、だから。
パン! と自分の両手で頬を叩き、もう一度ひんやりおいしい空気を吸い込んだ。
蛇のように鎌首をもたげ、理性を突き破って暴れたい……そんな欲望が急速に落ち着いてゆくのが分かる。
うん、大丈夫、まだ少し頑張れる。
「慶喜さん!?」
今はその前に言うべきことがあるだろう?
やるべきことがあるだろう?
今しかできないこの幸せな学園生活を、まだ二人で続けていくために――。
「教室に戻ろう」
「え、で、でも……」
「大丈夫、何かあっても――明里さんは俺が守るから!」
最初、彼女はうつむいたまま何も言わなかった。
ダメだ届かなかったか、俺が慌てた表情を見せ始めた頃。
彼女は、明里さんは……くすくすと笑い始め、そして。
「本当――慶喜さんって、たまにすごく格好いいんですよね」
「たまには余計だと思うよ!?」
あ、良かった――いつもの俺だ。
俺、戻ってこられたんだ。
「そんな私の好きな格好でこんなこと言われたら……絶対ズルすぎると思うんです」
そう言いながら、何かを噛み締めるように明里さんはぎゅっと胸に手を当て、立ち上がった。
そうだ、そう言えば彼女はサムライキャラが大好きだったな。
「分かりました――何かあった時、手の届くところに居てくださいね?」
「ああ」
「今日はずっと、慶喜さんの目の届くところに居ますから」
いやいや、彼女は分かっているのか?
一番危ないのは他の男子ではなく俺だってことに!
さっきだって、そういう目で見てしまうかも、ってはっきり言ったはずなのに。
「ずるいのはどっちだよ、そんな、そんな格好でさ……」
意を決して一歩づつ階段を下りてゆく明里さんに追随する前に、もう一度自分の足の間をこっそり確認。
(紋付袴で良かったな)
「ああ、全身タイツなら、いや普通の服でも終わってたかもな」
和装が似合うと言われるちょっと低めの自分の身長に……今日この時だけは感謝した。
面白い、続きが気になる。将来の嫁のメイド服姿が見放題だなんて慶喜うらやましくね?と思って頂けましたらブクマ・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)して頂けると励みになります!




