第13膳 会議は踊る、そして進む
放課後の家庭科室、二人の級長と担任の望月 桜先生の見ている前で俺はシャツの腕をまくり、丁寧に手を洗う。
「旨いもんならヨシノブに任せときゃいいだろ」
そんな感じで俺の案に投票してくれた友人たちのためにもここでしくじるわけにはいかない。
そう、これから俺は文化祭のメニュー、その試作品の調理に入る。
料理するほうに回るのは久しぶり――気持ちを集中させよう。
「では始めてください!」
男子級長の影山が声をかけるのと同時に……調理開始!
フライパンにオリーブオイルを敷いてくるりと伸ばす。
ほどなくして。
白を基調とした清潔な家庭科室に油の踊る音が響く。
ぱちぱち……パチパチ!
火を通した油が放つ香ばしい匂い。
充分に場が整ったのを確認してザク切りのフランクフルトソーセージを加えて――コロコロコロ。
さっと焼き色がつくまで中火で炒めたら皿に取り出そう。
もちろん、このソーセージの旨味に満ちた油を捨ててしまうのは勿体ない。
軽く片栗粉をまぶしたジャガイモを揚げ焼きするのに使わせてもらう。
ケチャップをベースにハチミツとウスターソースを適量加えて作っておいた特製ソースを、皿に盛りつけたソーセージにかける。
塩味強め、芳醇なスモークの薫りが甘いトマトの匂いに上書きされ、食欲を掻き立てるのだ。
このままでも充分においしいのだが今回は盛り付けた上からカレー粉を振りかけて――。
「よし、できた!」
ベルリン市民のソウルフード、しっとり柔らかい味付けのカリーヴルスト(揚げ焼きポテト付き)。
ノドが乾かない甘口仕立て……完成!
「当日はキャベツの酢漬けを添えようと思います」
「ふむ、そちらは事前にまとめて準備できますね」
「はい」
本当はザワークラウトを付けるのが正しいスタイルなのだがアレは好き嫌いが別れるだろうし。
「ビールが欲しくなりそうな味ですね~」
目の前に盛り付けられた料理をバクバクとやりながら桜先生が呟く。
「味よし、調理時間よし、得票数も問題なし……そうだね、これでいこう」
女子級長の渚さんも太鼓判を押してくれた。
「うちのクラスの出し物はドイツ料理店……『ノーベンバー・フェスタ』で決定だよ!」
ああ、長いから略称ノブ・フェスでいこう。
俺の名前と似ているし、ちょっと親近感が湧いてくる。
ノンアルコールのカクテルをいくらか並べて、ちょっと向こうの酒場風にしてみるのもいいかもしれない。
もしくは向こうの11月らしく、一足早いクリスマス・マーケット風の装飾を施してみるか……。
「そういうわけで千寿君、今日から君はこの店のオーナーだ、頑張りたまえ」
――え?
オーナーって……何……?
「ああ、リーダーだよ、リーダー」
怪訝そうな表情を浮かべた俺に渚が告げた。
「まずは運営本部を作ろう、いわゆるタスクフォースってやつさ!」
――――――――――――――――――――――――――――
こうしてスムーズに始動したドイツ料理店ノブ・フェス計画だったが次の日、さっそく暗礁に乗り上げた。
全ての細かいことをホームルームで決めるわけにはいかないので文化祭のリーダーを担当する者は親しい友人の中から能力のある者を選んで運営本部を作るのが普通だ。
俺もそれに倣うことにした。
早馬と美鈴はそれぞれ男子と女子の間で顔が利くので連絡役として勧誘。
北野さんも几帳面な仕事は得意そうなので声をかけるとして……。
いつもの茶道部メンバーに更に今回は何人か応援を入れておく。
こんな感じの無難な人事と思っていたのだが――。
……人選をどうにも間違えてしまったらしい。
「ドイツってさ、地味なんだよ」
「あ、わかりますぞ、美園殿!」
おい!お前らは嬉々として俺の案に票を入れていただろう?
「こう、フランス料理ってわけにはいかないのかな?」
「インド料理もいいですよ! 酒井さん!」
「お、あかりん分かってるね! あとは中華かなー?」
……そして女子二人。
現場の調理担当を殺す気なのだろうか。
「ま、集客はもっと力を入れてもいいと思うな。そうでなくてもカリーヴルストなんて知名度低いし」
「集客……宣伝、とか?」
「んー、たとえば女子全員メイド服とかどうよ? ドイツっぽくなるんじゃね」
「おおっ!? いいですな! 美園殿!」
あ、おいこら待て!
オーナーを無視して己のリビドーを満たす提案で勝手に盛り上がる男子二人をどうにか制止しようとするが。
「――いや、その……ドイツとメイドって関係ないと思うんだけど」
「は? ドイツと言ったらヨーロッパだろ? メイドと言ってもヨーロッパだろ?」
「千寿殿、3文字のうち2文字は一致しておりますぞ」
もはや、理屈もへったくれもない暴論を振りかざす早馬たち。
そしてそんな彼の提案を横聞きしたのか。
「んー?」
「どうしましょう……?」
美鈴と北野さんが好みの海外料理の話題を一段落させ、顔を付き合わせて考え込み始める。
「いいとは思うんだよ。ま、そういうの着る覚悟してたしね? ちょっと楽しみだったし」
「わ、私も! 皆さんが喜んでくれるのなら」
そう言いながら北野さんの視線が俺のほうに向かっているのがちょっと嬉しい。
「たださぁ――女子だけってのが気に入らない!」
「え、それじゃ男子も執事服で……?」
「んー、それもいいんだけど……」
値踏みするように俺たちを、特に俺と早馬の二人を何度も見比べる美鈴
「みんな似合う衣装が全然違うと思うんだよ、だからさ」
「男子の衣装は一人づつ女子みんなで決める、これでどうかな?」
「へー、面白そうじゃん?」
冗談じゃない!
それ、つまり、生殺与奪の権利を女子に明け渡すってことだぞ、早馬。
どんなとんでもない格好させられるかわかったもんじゃない。
何よりこんな案、通した時点でもうただのコスプレ喫茶にしかならない。
――ドイツレストランの世界観などたやすく崩壊してしまうだろう。
どうにか議論を元の方向に軌道修正できないか、冴えたアイデアを出そうとするが。
「千寿殿! よく考えるでござるよ!」
そんな俺を引き留めるように……。
「千寿殿は女子のメイド服姿を見たくないでござるか?」
「ああ、美鈴のミニスカメイド姿も見てみたくね?」
は?たったそれだけのためにクラスの男子全員の生殺与奪の権利を女子に渡せと?
全身タイツや女装、着ぐるみが徘徊する伏魔殿をこの学園に作り出すつもりか――?
そりゃ確かに北野さんのは見てみたいし、美鈴のだってちょっとは気になるけど!
喉元から出かかった、その気持ちをどうにかぐっと堪えて"もう一人の自分"の声に耳を傾ける。
きっと彼なら冷静な意見を……。
(北野さんの絶対領域を見てみたくないのか?)
――ああ、なんだお前もかよ!?
結局、数分ほど悩んだ末に……俺は承認印に判子を押した。
さよなら俺のドイツレストラン。
ようこそ、よくわからん伏魔殿。
ハロウィンは10月末で終わったぞチクショウ!
実は作者の通っていた高校には文化祭がありませんでした。
受験生に悪いから文化祭はやりませんとか今にして思うと寂しい学校でした!
というわけで、これから数話の文化祭編についてはかなり想像交じりで書いております。
一応取材はしたつもりでいますがもしおかしいところがあったら指摘して頂ければと思います。
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