第七十話
真っ白のハガキに来年の干支の絵を下書きしているところをみかちゃんに見られた。
「へえ。馨って、年賀状描くんだ。貰ったことないから知らなかったあ」
めっちゃ嫌味っぽく言ってきた。
「去年(?)今年(?)の分は描いてないよ。丁度、包丁グサリをやった時期だから」
「思い出させちゃって、ごめんね」
「いいよ。来年は猫年だから『マルちゃん』描こっと」
クリスマスの日。「にゃー」と猫の「マルちゃん」が家に遊びに来て、檸檬ちゃんに一目惚れされて可愛がられて「もう飼っちゃいなよ!」ってゴリ押しされたのだ。今まではみかちゃんが煙草を吸っている時によくベランダに寄ってきてたのに、みかちゃんが煙草を吸わなくなったからか、マルちゃんは室内まで侵入してきたのだ。たぶん、マルちゃんはみかちゃんが好き。でも、凛とした顔立ちとグレーの毛並みがとても可愛くて僕はマルちゃんが好きだ。
「ふふっ、猫年って何?マルちゃんを描きたいだけでしょ?」
「うん、捏造する」
「俺も数年ぶりに年賀状作ろうかなあ?『新しい家族が増えました』って」
「良いんじゃない?」
と僕は関係ないみたいな軽い返事をしたのが、地雷だったのだろう。
「よし。馨、制服に着替えて」
「え?」
「家族写真、撮るの」
と楽しげに言われた。
みかちゃんはスーツ、僕は制服でマルちゃんを抱えながら、カメラの前に立つ。3、2、1、パシャッ。
「マルちゃん、あっちだよ。あっち向いて!」
という瞬間の僕が撮れた。それを見て、みかちゃんは声を出して笑う。
「あははっ、やっぱ馨は可愛いね〜♡」
「絶対に馬鹿にしてるじゃん!消して!!」
「やだよっ」
とカメラを手に、みかちゃんは嬉々として逃げ回る。
「もう、格好良く撮ってよ……」
と落ち込んで愚痴る僕を、パシャリ。またあの人は僕のネタ写真を増やして遊んでる、と勘づいて、逆に一瞬だけ変顔をした。
「ふふっ、あ、撮れなかった。もう一回!」
「やだよーっ」
と仕返しした。仕切り直し。
今度はみかちゃんにマルちゃんを抱っこしてもらって、パシャリ。
「んんっ、やばい、俺めっちゃ舐められんだけど」
とマルちゃんに顔を舐められるみかちゃん。
「あははっ、マルちゃんに愛されてんじゃん!」
その写真の出来を見て、咄嗟にそうコメントしたが、言ってて脳内にはてなマークが浮かんできた。みかちゃんを愛してるのって、僕じゃね?
「マルちゃん、お腹空いたのかな?」
ってマルちゃんのご飯を用意しようとする僕の彼氏を引き止めて、もう一枚。……パシャリ、でキスの瞬間を撮った。
「成功した?」
と僕はその写真をすぐさま確認しに行く。あー、僕とみかちゃんが重なっちゃって、キスしてる感が出てないなぁ。これほぼ僕の"背中"じゃん。
「馨、そういうのは先に言っとくべきじゃない?」
「ごめん、みかちゃん。もう一枚撮ろ」
って僕が言うと、みかちゃんはうんざりしたように目をぐるりと回した。こういうのは子供っぽくて、嫌なのかな……。
「馨は向こうにいて、俺がシャッター押す」
「分かった」
みかちゃんはカメラを少し弄って、シャッターを押すと、僕の隣りに、カメラに対して横向きになるように立つ。僕はどうしたらいいのか分からなくなって、目の前にいるみかちゃんにどうキスをしようか、なんて考えては一人であたふたしていた。
「しないの?」
と、みかちゃんは首を傾げて、僕の出方を伺っている。僕が自信なさげに目を泳がせていると、みかちゃんの方からキスをしてくれた。しかも、結構ディープなの。
「シャッター音、聞こえない……」
「んっ、動画だから」
何それ、恥っず!!!絶対に見返せないやつじゃん。
「は、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいよ。でも、馨がしたいんでしょ?」
「いや、動画は聞いてない……」
「俺だって、キスするなんて聞いてなかった……」
このまま問答を続けていると喧嘩になりそうだ。
「ふふっ、やめよっか」
「そうだね」
と話はまとまったが、せっかくなので、グロいもの見たさでさっきのキスシーンを見返した。
「いや、僕キョドりすぎ」
「うわあああ、無理。羞恥心で死ぬ」
「みかちゃん単体で欲しい」
「馨、顔真っ赤じゃん」
お互いに精神的苦痛を受けて、エネルギーを消耗した。が、僕的には「馨がしたいんでしょ?」って責めるみかちゃんが軽く性癖に刺さったので、捨てるのが少々惜しくなってきている。そこだけボイスで欲しい。
「消しちゃう?」
「消さないの?」
「みかちゃんの部分だけ切り取ってからでいい?」
「は?何で俺だけ辱めを受けなきゃいけないの?」
「みかちゃんは可愛いよ〜っ♡」
「馨だって顔真っ赤で可愛い♡」
「じゃあ、消します!」
「一思いに消してくれ」
ポチッと押すと、データを削除しています……。と僕達のハメ撮りが消えていく。あーあ、消えちゃった。
「でも僕の脳内のブルーレイには残ってるんで」
「へえ、馨はそれに書き込んだんだあ。俺は脳内の4K ULTRA HD Blu-rayに今までの馨との記憶を全て高画質で入れてるけどね!」
「ふふっ、何そのマウントの取り方。やっぱオタクだわぁ……」
「うっ、キモかった?」
やば、みかちゃん傷付けた。
「ううん。それぐらい、僕との思い出を大切にしてくれてるんだよね?」
とカメラを置いて、みかちゃんの頭を撫でる。
「うん……」
「だったら、全然キモくないよ。寧ろ、嬉しい♡」
「ああ、やば。沼だわあ、馨」
みかちゃんはそう言いながら僕を抱きしめて、数秒経っても離れようとしなかった。
「にゃーん、にゃーん」
とマルちゃんが自己主張をするまでは。
「あ、マルちゃん。ご飯だね」
若干、ムッとして、マルちゃんを睨んでしまった。ていうか、年賀状にはどの写真を使うんだろ。
自分の幸せそうな顔を年賀状で見るとは思わなかった。印刷したのはいいが、これを人様に渡すとなったら究極に恥ずかしくなってきた。でも、最期の年賀状だし?馨は可愛いし?引越しをする予定なので来年は年賀状を送らないでくださいの文言付きで、年賀状で幸せアピールしてきた人達に送り返した。次いでに、お粥にも送っといた。問題は、碧先生。さすがに送っとくか。そこら辺の柄付きの年賀状を一枚買って、
「昨年は、というよりか、私が入社してから、長い間ずっとお世話になりました。今年もあと残り少ないですが、よろしくお願いします。塩 蜜柑」
はあ、暗いか。暗いよなあ。新年に終わりを匂わせるなんて。でも碧先生は俺が、馨達の代の卒業と同時に辞めるって知っている。もう、会えなくなるのか。
「……みかちゃん、」
俺が啜り泣いていると、馨は何も言わずにそっと胸を貸してくれる。そして俺の髪を撫でて、人一倍心配そうな顔をするんだ。
「ごめん、また泣いちゃった。悪い癖だね!」
「ううん、みかちゃんがつらいのは僕も分かってるよ」
とその優しさと抱擁がまた俺を泣かせに来ている。
「馨」
「何?」
「……好きだ」
「え?」
薫は聞こえてても尚もう一度言わせたいようで、意地悪く聞こえないフリして聞き返してくる。
「好き、めちゃくちゃ好き」
「可愛い、初めてシラフで告白された」
と額にキスされた。
「嘘、俺もっと言ってるよ?」
「嘘、みかちゃんは酔うかセックスしないと、『好き』って言ってくれないじゃん。そんな口下手なところも好きだけどさ」
「酔ってる時もセックスしてる時も、本心だから。その場限りの適当な言葉じゃないから」
「分かってるよ。そういう時じゃないと、なかなか言えないよね」
馨は俺のことは全てお見通しのようで、使い古した教科書のように、記憶にだけ残しておいて、俺のことは捨ててしまうのだろうか。家族になってしまった故に、出会った頃の胸のときめきを失ってしまった。お互いにお互いのことを分かりたいと思っていたけれど、知りすぎてしまった先にあるものとは───。
「馨、勉強はどう?」
「それなりかな。模試の結果も良かったし、受験で酷く事故らなければ順当に受かると思う」
「馨の学力なら、もう少し上を目指せば良いのに」
「それ碧先生からも言われた。でも僕は、この家から通える範囲じゃないと受験しないよ」
「じゃあ、私立も受けたら?立地良いよ?」
「お金ないんで」
「それは心配しなくていいから」
「みかちゃんは?何かやりたいことないの?そのお金で」
「んーーー、こうやって馨と暮らせてるのが幸せだから……」
「受験が終わったら、思いっきりみかちゃんと遊ぶって決めてるから、何か考えといて。その日は仕事も学校も無しで、丸一日、二日でも良いけど、何も考えずに楽しもうね♡」
「馨は何処へ行きたい?」
「みかちゃんが行きたい場所なら何処でも」
「それ、困っちゃうなあ」
「ふふっ、今回はみかちゃんの番だよ」
馨はカフェオレを片手に勉強を再開する。今回は俺が頭を悩ませる番か。馨との旅行、ん?そういえば、馨と外泊って今までしたことなくない?高級ホテル取っちゃおーって、浮かれすぎ?
俺の恋人は馬鹿だ。クリスマスにバイトのシフトを入れて、サンタクロースの格好で配達するのは百歩譲って良しとして、仕事終わり、恋人の俺の前で
「もうサンタクロースは疲れました」
って愚痴ってから、サンタクロースを辞任するのはどうかと思う。あれ、聖なる夜って何だっけ?精根尽きた恋人はこれから何してくれるの?俺がわざわざ慣らしたのは何のため?ジングルベルは鳴らさないよ?もうシングルベッドで一人で寝たい。
「くまぁ、サンタクロースが何で赤いか知ってる?」
「コカ・コーラの宣伝じゃないんですか?」
何でここだけ博識なんだよ。ムカつくから包丁取り出して、
「刺されても血が目立たないからだよ♡」
と満面の笑みで脅した。
「クリスマスプレゼントは刺殺ですか」
何も驚いた様子もなく平然としている彼に呆れた。
「ああもういいや、ニューヨークチーズケーキ食べる?」
「え、買ってたんですか?それとも、俺じゃない配達員に運ばれた??」
「俺がわざわざ店舗まで足を運んで買ったの。店舗受取でしか予約できなかったから」
「麗さん、俺とのクリスマスをそんなに楽しみにしてくれていたなんて……」
「最近の若者はイベント事には興味が無いのかい?」
というジジくさいことを言って、ニューヨークチーズケーキを真っ二つに切った。
「そういう訳じゃないんですが、頑張って頑張ろうとして頑張りすぎて空回りしちゃいました」
「は?」
「恋人はサンタクロース、本当はサンタクロース」
と突如歌い始める。
「その歌詞そこしか知らないだろ」
てゆーか、間違えてるし。
「ふふっ、麗さん、メリークリスマスですっ♡」
と陽気に抱きしめられた。
「は?」
「プレゼントは、俺です」
その自信は何処からくるのやら。
「はああ??」
「い、いらないですか?」
と若干、キョドる。
「いや、プレゼントならリボンぐるぐる巻きにしてこいよ」
「そこですか」
「うん、そこだよ。俺、アメリカの子供みたいに包装紙をビッリビリに破いて開けるのが好きなタイプなの」
「じゃあ、この服……」
「する訳ないじゃん」
「ですよね、解釈一致で逆に嬉しいです」
ナンダコイツ。
「で、君の何処がサンタクロースなの?」
と俺がプレゼントをせがむと、彼は曇りがかった表情を見せた。
「理想では、麗さんが喜ぶプレゼントがしたかったんです。が、麗さんの好みが分かんなくて。麗さんの好みって、俺と違うじゃないですか。麗さんが良いと思うものは俺には理解できなくて、麗さんはハイセンスすぎて、俺が選んだ中途半端な物を渡しても使わなそうだし。麗さんの好きなブランドをどれだけ見て回っても、麗さんが喜ぶものが選べる気がしなくて、だったら、麗さんが欲しいものを俺が買ってあげようと思って……五十万、ここに入っています。暗証番号は麗さんの誕生日です。ぜひこれでトータルコーディネートしてください」
とクレカを渡された。
「こんなのいらない」
「でも俺、麗さんのために頑張って五十万……」
「だからいらないの。これは君の将来のために使って」
「麗さん、そしたら俺はどうしたら、どうすれば良いんですか?」
そんな潤んだ目で見つめられても困る。
「クマ、俺が嬉しいのはぁ……例えば、無性にコンドームが欲しい時に、コンドームを買うためだけに出歩いて、恥を忍んでレジに通すのは癪だしぃ、かと言って、通販でコンドームの半分くらいの送料払って、今すぐ手に入れる訳でもないのにポチるのもムカつくしぃ、そういう時に、送料無料で即配してくれる配達員がいてくれると嬉しいんだけど。俺が言ってること分かる?」
「あ、あぁっ!それは馬鹿でも分かります!麗さん、今すぐコンドーム買ってきましょうか!??」
「それはいらない、ストックあるし」
「麗さんんんん、俺は他の誰でもない麗さん専用の配達員になりますっ♡♡」
って強く抱擁をされた。
「それ、パシリって言うんだよ」
「麗さんの脚になれるのなら大歓迎です!!」
その眩しい笑顔にグラッときた。
「やめて、そーゆー献身嫌いなの」
「え?」
「君、彼女とかできないの?そんなに顔が良いのに」
「だって、麗さんの彼氏だから……?」
「浮気しないの?」
「痛い目見たから……」
「あはっ、ごめんね!俺が馬鹿だった。俺さ、今まで傷付く恋愛しかしてこなかったから、正しい恋愛が分かんないや。君を死なせそうで、怖いよ」
「どうゆうことですか?」
「重すぎる愛は苦手なんだ。俺に興味ないくらいが丁度良い。ただ俺の言うことを聞いて、たまに俺を慰めてくれる愛玩動物でいて欲しい」
なんて気持ち悪い愛を俺はほざいているんだろうか。犬飼えよ、って話なんだけど。
「分かりました。でも、好きってのは伝えていいですか?」
「良いよ」
「大好きですっ♡」
……好き、じゃないじゃん。馬鹿。
死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい……ああ、クソ。何でこうなるんだろう。僕はこの世の不幸の元凶か?正月で浮かれている奴らも、旅行計画で浮かれている恋人も、全部全部目障りで、つい、また、八つ当たりで殴ってしまった。こんな悪い腕が切り落とせれば良いなって思って、手首に包丁ぶっ刺したけど、全然切れなくて、鋸かチェーンソーで解体して欲しい。そもそも懐胎しなけりゃ良かった。チョリソーになって逝きたい。凶器の沙汰でカーペットに血液をベット。なのに、ギリギリで笑気の沙汰を保っているのは、みかちゃんが僕の手をレイズしてくれるから。
「馨、自分の手を切り落とそうなんてしないで」
「でも……みかちゃんを……」
「大丈夫、大丈夫だよ。それ以上に馨は、その手で俺を幸せにしてくれるでしょ?」
「ああああ、最悪だ。みかちゃんに気ぃ遣われて、慰められて、」
オキシトシンが分泌された。殴った犯人は僕であるのに、罰されずに蜜を啜った。味を占めた、舌が欲している。彼の唾液を飲んだ。
馨に激しく抱かれるなんて慣れている。出会った当初はもっと優しく抱いてくれたなあ、なんて過去を懐かしんでなんかいない。虚しいとか思ってない。ただ、馨にとって俺は中古品になったんだと、そう感じるだけだ。愛用品であれば、それで良い。馨は受験のストレスを感じていない様子を見せながらも、日々が過ぎ去って行く毎に、焦燥の色をほんのりと見せる。受験日まで後二週間ほど、脳内に詰め込むだけ詰め込んで、それで生じたストレスを俺に叩き込むんだ。俺は馨の役に立っているのならば、それで幸せだよ。
「馨の精液も、弱いところも、全部受け入れてあげる」
殴られて犯されて泣かされて、ボロボロになりながらも両手を広げると、馨が抱きしめてくれる。
「最低な彼氏で、ごめん……」
そうやって、首筋にキスをされた。
「馨じゃなきゃ、こんなにも愛せないよ」
馨に殴られた瞬間、過去の苦い記憶がフラッシュバックする。死んだはずの奴にぶん殴られたような。でも、軽傷で済んでいるのは、それが馨だからだ。
「みかちゃんは、僕の何処が好きなの?全部って、ひっくるめないで。逃げないで」
先手を打たれた。本当に、君の全部が好きなのに。
「……馨の努力家なところが好き。ストイックに生きているところが好き。それで時々、病んじゃうところも好き。特に、俺に甘えてくるところが好き。執着深くて嫉妬深くて独占欲が強いところも好き。俺のこと死ぬほど愛してくれるところが、大好き」
「それだけ?」
「他にも、優等生なところとか、絵が描けるところとか、身体付きが良いところとか、家事ができるところとか、拗ねると子供っぽいところとか、でも頑張って大人ぶってるところとか、俺を真似てお酒飲んではすぐに潰れて『好き好き』連呼してくるところとか……」
「みかちゃん、もう良いよ。分かったから……」
「そうやって照れているところも、可愛くて好きだよ?」
と言うと、もっと照れるところとかも。
彼はとても腹黒な天使だ。僕の自己破壊の意思をことごとく曲げてくる。が、それが結果として、僕の生命を救っていることになる。やり手の天使だ。天使は人間に共感してくれるばかりだと思い込んでいた。僕の天使は、共感せずに一歩離れたところで傍観している。自由意思を尊重するのと、無関心は一緒であるように感じてしまう。けれど自由を履き違え、間違えた意思は優しさで包み込んで泡沫となり消えていく。今はただ歌を歌い、馬鹿みたいに踊っていようぜ。また太陽が顔を見せるまで。
「今日から、また学校か」
「嫌だ?」
「別に」
また塩対応の塩先生が見られると思えば、楽しみだ。
「なあなあ、俺、ジャック・スパロウから年賀状来たんだけど」
と教室に入ると、ザキが笑いながら話しかけてきた。
「キャプテンね。僕はベーコンから来た」
「あははっ、ベーコンってあのベーコン?」
ってザキが馬鹿っぽく食べる仕草をしている。
「哲学者のフランシス・ベーコンだよ。Knowledge is power. 知らないの?」
「それぐらい知ってるわ。知識は力なり、ってアレだろ?」
「そ。受験期のメンケアしてくれたんだあ」
It is impossible to love and to be wise. はベーコンの恋の名言であると言われているが、僕に年賀状をくれたベーコンは、It is possible to love and to be wise. と僕を励ましてくれた。
「馨はメンタルさえ安定してれば余裕だよな、A判定だし」
そのメンタルが安定しないから困ってるんだけど、って思いながら、余裕そうな表情で微笑んだ。
「うん。ザキは?D判定はどうにかできそうなの??」
「クリスマスと正月、缶詰になってやったけどさ……」
「柿缶だ」
「不味いよ。そもそも向いてない、勉強に」
「ふふっ、僕の受験が終わったら教えてあげるよ?」
「俺、浪人する前提じゃねーか」
ザキに肩を小突かれる。
「あっけおめ〜!今年もよろしくね〜ん☆」
と教室に入ってくるや否や、鬼ハイテンションで絡んできた飴ちゃん。
「「うっわ……」」
「は?何でドン引きしてんの??」
「いや、今回のミントカラーも可愛いね……」
僕はやんわりと苦笑した。
「お砂糖ちゃん、そんなに嘘下手だったっけ!??」
「あーあ、受験期の黒髪マッシュが恋しいわあ」
「あはっ、もう優等生イジりすんなよーっだ!」
と飴ちゃんはあっかんべーをするように舌を出して挑発してから、ザキの尻に蹴りを入れた。
「痛って!!けどよぉ、お前が優等生枠とかイジんない方がおかしいだろ」
飴ちゃんは指定校推薦で見事、大学受験を終えた。飴ちゃんの先生方に媚び売る姿が見られなくなるのは、ちょっぴり寂しい。
「ごっめん、こんな見た目でもザキよりは頭良いからあ!定期テストで俺に勝てたことあったっけ?」
見た目こそ遊び人だが、根は真面目な努力家、それが飴 霰という男だ。効率重視でスマホで動画見てんなあって思えば、倍速視聴で勉強してたり、音楽じゃなくてリスニング聴いてたり、赤シートよく持ってるし、勉強系アプリ結構入ってるし。他人の懐に入るのも上手で、飴ちゃんの山勘は結構当たる。最初から指定校推薦を狙って、部活とか課外活動とかにも参加してるのは賢い生き方してるなあ、って感心する。
「ふざけんなよ、受験が終わったからって……」
ザキが飴ちゃんの胸ぐらを掴んだ。こんな分っかりやすい煽り、いつもなら適当に流してんのに。受験期でピリついてるせいだ。
「何?文句あんの??」
だからって、飴ちゃんのは彼が努力してきた結果だし。お互いのプライド的に譲りそうにない気がする。
「ザキ、お前の第一志望どこだっけ?」
「は?馨と同じとこだけど」
「で、判定は?」
「ああもう、分かった。勉強する……」
ザキが渋々、自分の席へと戻っていった。
「……地雷、踏んじゃったぁ」
飴ちゃんが情けなさそうに笑った。
「ザキ、相当ストレス溜まってんね」
「そりゃあ、そうだよね。目指してるとこが、超難関じゃん。俺なんかとは全然違う……」
「飴ちゃんは凄いよ?ちゃんと努力して、指定校を勝ち取って、見事に合格した。それを揶揄ってたザキが悪いって」
「それ、ザキにも言いそう。受験期に地雷踏んだ飴ちゃんが悪いって。事実、お砂糖ちゃんの滑り止めにもならない大学だしさあ」
「ふふっ、僕は何処の大学も滑り止めにはしないけど?それに何処の大学でも、結局はそこで何をするかが大事だと思わない?大学は目的じゃなくて、交通手段だよ」
「じゃあ何で、お砂糖ちゃんはそんなハイレベルなところ目指してんの?」
「何でだろ。学費が安くて家から近くて、勉強環境が整っているから、かな?」
「あはっ、ナチュラルに面接で使えそー。良いなあ、学歴コンプとは無縁そうで」
「僕の母親が僕の学歴コンプだからね。考え方を継承したくない」
「ふふっ、まじウケんだけど」
「高校受験で僕が落ちまくって、ヤバいぐらいに悲惨だったから。でもここに来られて、素敵な人達に出会えて、すげー良かった」
「馨ちゃんそれ、わざと落ちたでしょ?」
「え」
「ザキと一緒に通うために、わざと落ちたでしょ?」
「ふふっ、さあ?覚えてないね」
「ねえ、大学へ行っても俺のこと忘れないでね?」
「その台詞、そっくりそのまま返したいよ。飴ちゃん、すぐ陽キャグルに行きそうだもん」
「どうだろ。こういう格好は好きだけどさあ、根暗だし、ゲーマーだし、『意味ない会話ダルぅ』とか思っちゃうタイプだしぃ。あ、ブーメランか」
「あはっ、意味ない会話ばかりしてごめんね!」
「お砂糖ちゃーん、それは分かってんじゃん。意味ないじゃなくて、どーせ忘れる奴とは無駄に会話したくないってこと。それだったら、お砂糖ちゃんは背反でしょ?」
「んーーー、それさ、楽しかったはずの思い出が、いつか忘れたくなるほどのトラウマになったら、どうするの?」
「え?」
「例えば、僕が想像を絶するグロ注意で飴ちゃんの目の前で死んだらさ、僕との思い出は楽しかっただけじゃなくなっちゃうんじゃないかな?」
「……ちゃんと区切るよ、そこは。ちょっぴり悲しさに覆われちゃうけどね。だからって、死んじゃダメ。分かった?」
「分かってるよ」
と言ったが、あまり分からなかった。僕には大切なものを失った経験がない。みかちゃんよりも大切なものは何一つだって僕にはないから、みかちゃんを失ってしまったら、僕は何を目的に生きていけばいいのだろう、と常日頃から考えている。もし、飴ちゃんが言っているように、死の悲しさと生の楽しさを区別ができるのであれば、僕の中でみかちゃんは永遠に風化しない。ただ、リロードしても更新されないだけで。




