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第六十八話

「馨くん、リハ終わったよ!音、聞こえてた〜?」


「お疲れ様です。聞こえてましたよ。『ハニートースト』歌うんですね」


檸檬ちゃんからまた連絡がきた。スタジアム会場だから、音漏れがよく聞こえてくる。


「うん!今日は何と言ってもクリスマスイブだから、恋愛の歌が多めだよっ♡」


「ふふっ、ドキドキしちゃいますね!今日は餅丸さんは招待してるんですか?」


「あー、何かクリスマス特番の生放送だって。正月が終わるまではたぶん会えないかなあ。ザクリサブレが面白いからしょうがないんだけどねっ☆」


「そうなんですか、残念ですね」


「でも大丈夫だよ?今日は馨くんも兄ちゃんもいるから。た〜っくさん一緒に遊んじゃお!!」


こんな時までエンターテイナーとして振る舞う檸檬ちゃんのことが、僕は時々心配になる。無理してないかな?って。


「はい、めちゃくちゃ声出しますね。モネちゃんのこと、声が枯れるまでめいっぱい呼んで、叫びます」


「ガチオタの馨くん、イメージ無いんだけど笑」


「前回の僕とは一味も二味も違いますよ」


「砂糖じゃなくなったの?笑」


「いや、苗字はまだ砂糖ですけど……オタク度が違いますから……」


「あははっ!見れるのめっちゃ楽しみだなぁ♡」


「僕も、モネちゃんに会えるの、今まですごく楽しみにしてました。勿論、今もすっごく楽しみです!!」


と送ってから即既読が付いて、返信が数分待っても返ってこない。檸檬ちゃん、たぶん忙しいだろうから、もうスマホ置いちゃったかな?そんなことを考えて、そろそろみかちゃんの元へと戻るか、って思ってると、ピコンピコン、と檸檬ちゃんから連絡が来た。


「どっちが良いと思う?」


とサンタ帽をかぶった自撮りとトナカイのカチューシャを付けた自撮りと、二枚、写真が送られてきた。


「え、両方とも可愛すぎ」


あっ、やば。心の声が勝手に。


「えーっ、決めてよぉ!笑 今ね、月隊と花隊でどっち付けるか会議してんの。私はどっちでも良いんだけどさ、馨くんはどっちが好み??」


「僕は、んーー、両方とも好きなんですけど、どちらかと言えば、トナカイカチューシャのが好きですね。ツノ生えてるのが可愛いです」


「了解っ!でも確定じゃないから、どんなコスかは会う時までのお楽しみねっ☆」


「あーもう、楽しみが多すぎますって!!さっきからずっとドキドキしっぱなしですよ」


「じゃあ、もう一個、追加していい??」


「何ですか?」


「でもまあ、これは私の楽しみだから、馨くんの楽しみになるかどうかわかんないんだけど……またライブ終わりにラーメン食べに行かない?」


「勿論、良いですよ。逆に僕なんかで良いんですか?」


「馨くんが良いんだよぉ!前回すっごく楽しかったから、どっかのタイミングでまた一緒にラーメン食べたかったんだよね〜♡」


「そんなこと言って貰えるなんて、すごい嬉しいです」


「えへへっ、私も嬉しいなあ!それじゃあ、またライブ終わりに。あっ、兄ちゃんには内緒にしといてね!たぶん、オタクストップかけられるから笑」


「はい、分かりました。バレないように気を付けます」


可愛い頑張れスタンプが送られてきた。ん、待って。っていうことは、檸檬ちゃんと二人きりでラーメン食べるのか。それもクリスマスイブの夜に。あー、前はそれほどオタクじゃなかったから、普通に親戚のノリで行けたけど、今は、大丈夫なのか??ライブでモネちゃんの魅力を堪能しまくった後に、生きてるか?僕。キモオタって思われるんじゃないの??やっと、わかった。みかちゃんがファンと兄とで関係を区別する意味が。……まあ、約束しちゃったし。とりあえず、みかちゃんに何処いるかだけは送っとこ。


「馨、何でこんな隅っこで蹲ってんの?」


みかちゃんが心配した面持ちで僕を見つめてくる。


「別に、何でもない」


それに僕は素っ気なく返して、彼の手も借りずに立ち上がった。ああ、風が冷たい。


「俺がオタク仲間の人達と仲良くしてたから、いじけてた?」


「ううん、僕と反りが合わなかっただけで、みかちゃんの楽しみを奪っちゃいけないじゃん?ただ、寒かっただけ」


「そう……」


彼の表情は曇ったままだ。


「みかちゃん、大丈夫だって!僕は僕でちゃんと楽しんでるよ?今だって月花少女隊の動画見てたし、わあ、ライブものっすごく楽しみ!!」


若干大袈裟に演技しながら、嘘ついちゃった。作り笑いが止まらない。


「馨、あのさ、帰りは……」


「あーいいっていいって、飲みに誘われてるんでしょ?行ってきなよ」


「でも、今日はクリスマスイブだし……」


「今日は、前夜祭。明日がクリスマスでしょ??明日もたーっぷりプレゼント貰うから、覚悟してねっ♡」


檸檬ちゃんみたく、相手を喜ばせる完璧な嘘が付ければ良いのに。僕のハニートラップに単純に引っかかってよ、マイハニー。そんなことを思いながら、彼の首に両手を回して軽くハグみたく身体を寄せて、可愛こぶって小首を傾げた。


「ふふっ、今日の馨、可愛いなあ♡♡」


そんな優しい微笑みを見せられると、胸がキリッと痛む。


「え、いつもは可愛くないの?」


「より一層、可愛く見えるってことだよ!」


知ってるよ、そう言うだろうって分かってた。


「このツインテールのせい?」


と僕が自分のツインテールを持ってみかちゃんに見せてると、みかちゃんがそれに触ろうとしてきて、それを避けて、って鬼ごっこのように会場前で燥いで、


「はは、馨、待ってよぉ」


って少し息が上がりながら、追いかけてくるみかちゃんが超絶可愛い。だから、みかちゃんに捕まった瞬間、僕はみかちゃんを掴まえた。


「身体、温まったね」


「俺は暑いくらいなんだけど」


「あーあ、折角の恋人からのハグに文句付けるの?」


「ううん、文句なんて付けようがないよ」


「ふふっ、僕以外に抱きしめられちゃダメだからね」


「分かってる」


その言葉を聞いて、僕は安心して、みかちゃんから離れた。だけどちょっとは繋がってたくて、手だけは繋いでた。


もうすぐ始まるって時刻、緊張からか時間がとても長く感じる。ドクドクと一定のリズムで心臓の音が僕の胸の中で鳴り響く。その度に胸が苦しい。法被を着て、サイリウムを手にして、準備万端。なはずなのに、このまま酸欠になって倒れてしまいそうなほど、僕の身体はコンクリのように固まっていた。自然な呼吸の仕方を忘れたみたいに、息を吸って吐くので精一杯だ。


「みかちゃん、いざモネちゃんに会えるってなったら、緊張でゲロりそう……」


「あはっ、俺もそうだよ!大丈夫、大丈夫。あとは思いっきり楽しむだけだから」


そうやって、僕の背中をさすってくれた。みかちゃんが隣りにいてくれると心強い。もし僕一人だったら、会う前に卒倒してる。


「そうだね、しかも結構良席じゃない?」


「ふふっ、アリーナ席引き当てた俺に感謝してくれても良いんだよ?」


「あははっ、ありがと♡」


みかちゃんを見てるだけで癒される。周りがみんな敵だらけに見えても、みかちゃんだけは僕の味方。


「あっ、ライブ前に記念撮影しよっか」


と一緒に自撮りして、僕のスマホにも共有される。お揃いの法被、紫色のサイリウム。イケメンのみかちゃん。ああ、何ていい彼氏なんだろ。最新のミュージックビデオがスクリーンに映し出される。それの掛け声をみんなで言いながら、


「やば、愈々だ」


と気分を昂らせていた。みかちゃんも楽しそうに掛け声やってる。「モネちゃーん」って、可愛いなあ。ミュージックビデオが終わる。音が途切れる。その瞬間、会場がさらに盛り上がる。だって、始まる直前っていう合図だから。

そして、鐘の音が鳴り響く。シャンシャンと鈴の音も聴こえてきた。あっ、これって、「gospel」じゃない??


「クリスマスアレンジされてるね!」


ってみかちゃんも気付いたみたい。月花少女隊のみんながダンサーとともにステージの幕が上がって出てくる。そして、メンバー順々にカメラに撮られていく。


「「モネちゃーん!!」」


と僕達はサイリウムを振りながら、叫んだ。モネちゃん、あのトナカイカチューシャしてる。まじ可愛い。そして、最新曲を含む三曲を披露してから、


「「月より花より私を見てっ!こんにちは、月花少女隊ですっ!」」


とメンバーみんなでいつもの挨拶をして、個人の自己紹介を軽くしていく。メンバーが何か一つ動くだけでも可愛すぎる。


「はーいっ!月花少女隊の輝くリーダーっ!ピカピカピカリですっ!今日はクリスマスということで、みんなの輝く一等星になっちゃうぞ〜☆」


「「わーっ!!」」


「はい、月花少女隊のクールなトナカイ、万能 玲音奈です!ふふっ、今日は何故かツノが生えちゃいましたね」


「「可愛いーっ!!」」


「私はぁ、月花少女隊の踊るトナカイっ!石葉 クロエですっ!みんなにプレゼント届けに来たよ〜!!」


「「ありがとーっ!!」」


「はーい、月花少女隊のふわふわお姉ちゃん!穂篠 美礼でーす!今日は、あっ!サンタさんになりましたぁ♡」


「「姉さーんっ!!」」


「はいっ!月花少女隊の二足歩行のトナカイっ!東海林 蒙寧ですっ!わあ、みんなのところまで駆けちゃおうかな??」


とモネちゃんのコメントの途中、隣りのみかちゃんが爆笑してた。


「あははっ、二足歩行のトナカイって、何?可愛すぎ♡♡」


それは僕も思って、ニヤケた。けど僕はそれよりも、僕達の居場所をモネちゃんに認知して欲しくて


「モネちゃーん、こっち!!こっち来て!!!」


と手を上に高くあげて、一生懸命に紫色のサイリウムを振っていた。……あっ、客席を見渡しているモネちゃんと一瞬だけ、目が合った気がする。そして、真正面を向き直してからモネちゃんは「ふふっ」と微笑んだ。僕達を見つけた、から??いや、自意識過剰か。


「私は、月花少女隊の可愛いサンタさんっ!発地 桜実ですっ!みなさんと私は、ふたつでひとつのぉ?」


「「さくらんぼぉ!!」」


「あははっ!今日だけはクリスマスだしぃ、『カップル』でも良いかもねー??」


「「きゃーっ!!」」


「はいはーいっ!私は月花少女隊の元気の源っ!狐鉄 杏乃ですっ☆みんなぁ、今日はたっくさんの元気をみんなにプレゼントするから、覚悟してねっ!」


「「はーいっ!!」」


ああ、まじで楽しすぎる。叫びすぎて指先まで血液が回んない。手が震えてきた。けど、わあああ、生のモネちゃん超絶可愛いいいい!!!


「「みんなぁ、メリークリスマス!!」」


「「メリークリスマス!!」」


「いやあ、凄いね!!クリスマスイブにこんなにもたくさんの方に来て頂いて、とっても幸せでーすっ♡」


「「わーっ!!」」


「私達、月隊はトナカイに、そして……」


「花隊はサンタさんになっちゃいました〜っ!みんなぁ、どお??似合ってるぅ??」


「「似合ってるーっ!!」」


「ほら、二足歩行のトナカイ、ちょっと駆けてきて!」


とクロエさんがモネちゃんに「おいでおいでー」ってしてからかってる。それにモネちゃんは悪ノリして、動物っぽく手を前にして、産まれたての子鹿のように脚をわざと震わせながら、歩いていった。それだけで会場はわーきゃーしてしまう。


「だって、私の挨拶『生きる彫刻』なんだもーんっ!『生きるトナカイ』じゃ普通だし『トナカイの彫刻』もなんか違うしぃ、みんなぁ、『二足歩行のトナカイ』良いよね〜??」


「「めっちゃ良いよーっ!!」」


会場内が笑いに包まれる。「ファンのみんなは優しいから」ってクロエさんに言われてる。でも本当、モネちゃんらしくて良いと思う。


「じゃあ、ここにいるみんなを甘々にしちゃう♡次の曲、いってもいいかな〜??」


「「わーっ!!」」


「私達に惚れる準備できてるぅ??」


「「わーーっ!!!」」


「それじゃあ、いっくよ〜っ☆『ハニートースト』」


この曲は、付き合ってるハニーに溺愛されて、何度も何度も惚れちゃうよ、って曲。僕もカラオケでよく歌うポップで楽しい曲だ。


「「ハニー、ハニー、大好きよ!!」」


「君の顔、身体、言葉、匂いまでも、何もかもっ♡」


「「ハニー、ハニー、愛してる!!」」


「君のせいで、また、骨抜きにされちゃうわ♡」


ちらっとみかちゃんを見ると、案の定みかちゃんはステージに夢中で、モネちゃんを目に焼き付けようと必死だ。


「ハニー、ハニー、大好きよ。私の胸が、妬け()げてしまうほどに」


「ハニー、ハニー、愛してる。私がたとえ、骨だけになったとしても」


その楽しそうな横顔をちょっぴり奪いたくなって、肩を組んで、こうやって耳元で一緒に歌う。


「君が好き」


あ、やっば。こっち見た。


「う〜〜〜っ、いぇい!!いぇい!!いぇい!!」


「「いぇい!!いぇい!!いぇい!!いぇい!!いぇい!!いぇい!!」」


あははっ、超楽しい〜〜〜っ!!!あ!モネちゃーん!!手振ってくれた!!

ジャーン、と曲が終わって、メンバーがステージ上から捌けていく。


「馨、狡いよそれは」


「ごめんね、テンション上がっちゃってさあ……」


「また歌ってよね、俺だけのために」


ってめちゃくちゃ照れてるみかちゃん、可愛すぎる。


「ふふっ、もう僕の十八番だよ」


ああ、やばいなあ。今回のライブ、片想いから失恋ソングまで、聞いてはいたけど恋の歌がたっくさん。胸がドッキドキしてくる。


「あははっ、熱っついね〜♡」


「本当、十二月とは思えないよ!!」


「まだまだクリスマスイブは終わらないよ!!私達と熱々の夜を過ごそうね〜♡」


「「わーっ!!」」


「ちゅっ♡」


と可愛く投げキッスを飛ばす桜実ちゃん。それにまた会場が沸く。「え、私もやりたーい!」とモネちゃんが手を上げる。


「桜実が正面にやったから、私は右側に……」


と僕達の方を向いてくれた。大歓喜!!!


「どうしよどうしよ」


って一人パニックになっていた。そして、モネちゃんが「ちゅっ♡」って今度はちょっとリップ音気味の大人びた投げキッスを飛ばす。やば、こっちまで照れてくる。小悪魔だ。


「モネちゃん!!愛して、ごほっ、んんっ……」


あっ、みかちゃんが喉壊して、


「モネちゃーん!!愛してる!!!大好きだよ!!!」


僕はみかちゃんの分までモネちゃんに愛を叫んだ。そしたら、ニコッてしてくれて、こっちに手を振ってくれた。モネちゃんは僕にファンサしてくれた、ここら辺のオタク全員はそう思っているだろう。


「こーゆーのは、玲音奈みたいなクール系がやるのが面白いんだよ」


って左側に玲音奈さんの背中を押してくピカリん。


「え、私はこういうのには慣れてな……ちゅっ♡」


とめちゃくちゃ照れながらやって、ピカリんに泣き付くように抱きついていた。


「あははっ、よく頑張ったね〜☆」


と慰めてるピカリんもめちゃくちゃ良い。


そして、夢のような時間はあっという間に過ぎ、僕達はガラガラの喉と、銀テープを持って、会場を後にした。


「わあ、最高だった〜♡」


最後の最後まで名残惜しそうに、こっちに手を振ってくれていて、「気を付けて帰ってね〜!」とか「いい夢見てね〜♡」とかずっと夢見心地にさせてくれた。


「モネちゃん、いっぱいファンサしてくれたね!」


「やっぱ、このド紫法被のおかげかな?」


「あははっ、だから、ごほっごほっ……」


「あーあ、みかちゃん叫びすぎ」


「だって、モネちゃ、ごほっ、んんっ、あー」


「そうだね、モネちゃん可愛すぎたね」


「馨、俺の分まで叫んでくれて、ありがとう」


「ううん、こちらこそ。こんな楽しいところに連れてきてくれて、ありがとう」


「このまま一緒に帰ろっか」って手を繋ごうとも思ったけど、みかちゃんのスマホに着信が入ってて、ヤスさんから飲みの誘いに、みかちゃんも行きたそうだし、手持ち無沙汰な僕はみかちゃんの分の法被も受け取って、畳んでた。そして、みかちゃんのトートバッグにグッズを潰さないように入れて、はい、また傍から見たら格好良いみかちゃんに元通り。僕はトートバッグを持ちながら、ヤスさんと合流したいみかちゃんについて行く。


「あっ」


と気付いて手を振ってるみかちゃん。それ、恋人の僕にもやってるやつ。


「シオ、今日のモネちゃん可愛すぎたな?」


その問いかけに、うんうんうんうんって声が出なくて、ただひたすらに頷いている。そんなみかちゃんが可愛い。


「あの、ヤスさん、どうか、みかちゃんをよろしくお願いします。今、喉が潰れてて、あまり声が出ないんですけど、いっぱい喋りかけてあげてください。あと、喉を潤そうと、お酒たくさん飲むと思うので、あまり飲み過ぎないように、お水も適度に飲ませて欲しいです」


「あー、馨、いいって」


とみかちゃんが恥ずかしそうに、僕の肩に顔をうずめてくる。その拒みも聞かずに僕は最後まで言い切った。


「分かった、何か馨くんのが保護者みたい」


「馨は心配性なの」


「だって、みかちゃんに何かあったら……あっ、僕の連絡先、何かあったらすぐに連絡ください。酔い潰れて運べないでも、店内でゲロ吐いたでも、何でも、僕が対処するので」


「ふふっ、何かあったらすぐに君に連絡するよ」


「それと、みかちゃん、お酒でお薬飲まないでね?」


「もお、やんないって」


と多少ウザがられてるのを感じる。だって、薬が効きすぎたり、逆に効果が無くなったりしたら、大変じゃん。前にみかちゃんが薬をお酒で飲んでるのを目撃して、かなり喧嘩になったんだ。


「それじゃあ、気を付けて!楽しんできてね!!」


これ以上続けると、僕の母さんみたいになってしまう気がしたから、その感情を抑え込んで、みかちゃんを笑顔で送り出した。


「あっ、待って。忘れ物」


とみかちゃんがこっちに駆けてきた。あっ、そういえば、このトートバッグの中にみかちゃんの財布入ってた。僕はそれを取り出して、みかちゃんの方へと差し出した。


「ふふっ、大事なの忘れてるよ?」


って。みかちゃんはそれを受け取らずに、駆けてきた勢いのまま、僕を強く抱きしめると


「馨も、気を付けて帰ってね。すげー可愛いから」


優しい口調から、一転、襲われそうで、身震いした。その濁声で、そんな言葉を囁かれたら、「格好良い〜っ♡」って、ついて行きたくなっちゃうじゃん!!罪!!罪な男、確定!!!僕の心の誘拐犯。は、財布もトートバッグごと愉しげに奪い去って行った。


「シオ、やっぱ馨くんって……?」


「んん"っ、ん?何??」



街中はイルミネーションとカップルでごった返した、闇鍋状態。そんな中、男女二人で、家系ラーメン屋に訪れた。この友達二人の片方がかの有名アイドルであるだなんて、僕の巫山戯た風貌を見ては誰も思わないだろう。


「馨くん、ツインテール可愛い♡」


「檸檬ちゃんのが僕の百倍可愛いですよ」


「私達、どお見えるかな〜?やっぱカップル??」


と小声で聞いてくる檸檬ちゃんは、僕とどう僕と思われたいんだろう。檸檬ちゃんが机をトントンッと二回指先で叩いた。その下には、十二月限定、カップルの方、同一ラーメン二杯ご注文で、十パーセント引き、の文字。あー、分かっちゃった。


「檸檬ちゃんって、最後の一品とかに弱い人?」


「え〜っ♡何で分かんの??」


と彼女っぽく演じてくる檸檬ちゃんはほぼ役者だ。


「ふふっ、格好良い彼氏、演じられるかなぁ??」


なんて僕が自惚れた独り言呟いて、調子乗って笑っていると、檸檬ちゃんが、


「呼び捨てにして。勿論、敬語はなしで、ねっ☆」


ってリクエストしてきた。僕、いっつも彼氏にはちゃん付けしてるのにぃ。


「檸檬」


「なぁに?」


「可愛い♡」


……無理っ!!!呼び捨てとか、無理っ!!!てゆーか、これで合ってる?彼氏ってこんなのだっけ??なんか僕だけ格好悪くない??一人で取り乱してばっかで。そもそも、この可愛さの破壊力に毎回耐えてる餅丸さん、凄い!!!


「馨、何ラーメンが好き?」


え、その、『馨』って言い方。みかちゃんのまんまだ。一瞬、みかちゃんに呼ばれたのかと錯覚するくらい。やっぱり兄妹だから、とっても似てる。だったら、あの可愛さの破壊力に毎回耐えてる僕、凄くね???


「塩ラーメン」


「じゃあ、私もそれにしよっ!すいませーん、塩ラーメン二つで」


「ニンニクはぁ……」


「「なしで」」


「そうだよね〜!」


と店員さんは返答が分かりきった質問をしたという様子を見せた。店員さんが厨房へと戻って行ったのを確認すると、ちょっぴり小声で檸檬ちゃんが、


「私達、後でキスすると思われてるね♡」


って、何だか胸の中がモワモワするような照れくさくなること言ってきて、僕は頭を冷やそうとお冷を一口飲んだ。


「当たり前じゃん、カップルなんだから」


冷静を装った、やけにつっけんどんな態度。僕ってこんなに嘘下手だったっけ?


「へえ、馨はもっとワンコ系かと思ったなあ」


そう言って彼女はニヤニヤしながら僕の顔をジロジロと見てくる。それは、照れ隠しのツンだから。てゆーか、その言い方、ほぼみかちゃん。


「み、見ないでください……」


僕は恥ずかしくてそっぽ向いて、顔の前に両手を持ってきた。だけど、檸檬ちゃんったら容赦がなくて、その僕の手を掴むと、指を絡めた恋人繋ぎをしてくる。


「顔、真っ赤だね♡」


「……狡いよそれは」


僕が手出しできないの、分かってて。僕のが圧倒的不利じゃん。みかちゃんとの付き合い始め頃、僕は死にたがりだったから、言わば何でもできた。「嫌い」って言われても、じゃあもう、後は死ぬだけだって、単純に割り切れたから。何度も何度も「好き」って言えた。近くで彼を愛でていられれば、それで僕は幸せだった。いくら傷つこうとも、お互いにすぐ死んじゃうんだし、平気だった。でも、みかちゃんから何度も何度も「好き」って言われる度に、僕の命に重みが増していった。その本気度が伝わってくる度に苦しくなった。生きることから逃げだしたくもなった。けど、やっぱりみかちゃんから離れられないほど、どうしようもなく僕はみかちゃんを好きだった。だから、みかちゃんを傷つけたくない。みかちゃんに嫌われたくない。失ったら怖いものがあるって、こういう感覚なんだ。ごめん、檸檬ちゃん。檸檬ちゃんとは恋人ごっこでも、キスはできない。檸檬ちゃんだって、そうじゃないのかな?今は婚約指輪してないけどさ。


塩ラーメンが二杯、運ばれてきた。熱々で湯気が立っているそれを檸檬ちゃんは、あまり冷まさずにすぐに口に入れようとして、案の定、


「熱っ!!!」


って唇を火傷しそうになってた。


「大丈夫?ほら、お冷」


「んっ……ぷはぁ、ありがと。めちゃくちゃ熱かったあ」


なんて泣き言言ってる檸檬ちゃん。僕はそれを横目に見て楽しんで、檸檬ちゃんの分のラーメンを冷ましといた。


「ふぅ、次からは気をつけてね。はい、ある程度は冷ましといたから……」


檸檬ちゃんの何かを期待するような目。


「食べさせてくれないの?」


という口パクが理解できてしまった。僕の馬鹿。


「ふふっ、口開けて?あーんっ♡」


「ん〜っ♡おいひぃ♡」


食リポで見せるような可愛らしい微笑みともぐもぐしてる口。それと、ラーメンの油で少し唇がつやつやしてる。あーーー、何考えてるんだろう僕。


「喜んでくれて良かったよ」


「次は馨も、ほら、あー……」


檸檬ちゃん、それ、自分のラーメンじゃん。そしたら、その、関節キスになっちゃうよ!??


「僕は、いい」


「何照れてんの?」


「照れてなんかないよ。てゆーか、同じラーメンじゃん。自分で食えるし……」


あっ、言い過ぎちゃった、かな?でも、檸檬ちゃんが僕のできないこと強要してくるから。


「あはは、そうだよね!私も自分のたーべよっと!」


僕に傷付いてることを悟られないための愛想笑い。それがさらに僕の胸を深く抉る。何か救済の手はないのか?


「檸檬、ラーメンの具材ならどれが一番好き?」


「やっぱ味玉かなぁ?普通の卵にはない、あの味わい深さが……って、え、くれるの?」


「うん」


「でも、一個しかないんだよ??」


と檸檬ちゃんは吃驚した様子で、聞き返してくる。


「あげる。檸檬が『美味しい』って幸せそうに食べる姿が見たいから」


「あ……ふふっ、兄ちゃんみたい」


そうやって彼女は幸せそうに微笑んだ。みかちゃんとのいい思い出が彼女の中にもあるんだと思って、胸が熱くなった。


檸檬ちゃんが会計を済ませた時、「坊っちゃん、飴玉あげるよ。彼女さんと食べな?」って、店員さんが気を利かせて、良いとこなしの僕に飴玉を一つくれた。


「ありがとうございます。檸檬、待ってよ」


と店員さんにお辞儀をしてから、足早に店から出る彼女を僕は追いかけて、店を出た。この飴玉は檸檬味だから、彼女に手渡そう。


「お腹いっぱ〜い!幸せっ♡」


彼女は僕の腕に彼女みたいに抱きついてくる。


「そうですね」


「あっ!敬語に戻した!!」


「だって……」


恋人ごっこは、おしまいじゃん。


「ん〜っ!!距離置かれてる感が、嫌なんだけど……」


と不満げに口を尖らせて、僕の顔を覗き込んでくる。嫌そうにしてる顔まで可愛いって、何事?


「でも、檸檬ちゃんのが歳上だし、僕よりもずっと凄くて……」


「しーっ、たかが一歳差でしょ?」


檸檬ちゃんに人差し指で唇を塞がれてしまった。


「いや、」


「だ〜めっ!馨、お願いだから、ね?」


僕の首に腕回して、貴方から小首を傾げてお願いされたら、そりゃあもう、僕としては従うしかないわけで。


「しょうがないなあ、分かったよ。でも『檸檬ちゃん』って呼ばせてよね」


「やった!!ありがとっ、馨♡」


と彼女は喜んだ様子で僕に勢いで抱きついてきた。体温が上がってしまう、僕の生理反応に嫌悪する。


「あー、違和感しかない」


こんな冷たいことしか言えない僕と一緒にいて、彼女は楽しいんだろうか?そもそも、僕の自意識過剰なんじゃないだろうか?友達のように接すれば良いはずなのに、何故か彼女の前だとひどく緊張してしまう。


「馨、あのさ、二人きりになれる場所、行かない?」


という誘い文句にドキマギして、ノコノコついて行く僕は、よく小さい頃に誘拐されずに済んだものだ。なんて、僕なんかとそうゆうのなんか、あるわけないのに、何意識しちゃってんの?バカみたい。ああああ、切りたい。脚がズタズタになるまで切り裂きたい。


「檸檬ちゃんでも、カラオケとか行くんだね」


「うん、メンバーと一緒に行くこともあるよ?」


「へえ、じゃあ……」


「あー、自分達のは歌わない歌わない!!散々ボイトレして歌ってんのに、わざわざカラオケでやることじゃないじゃん?」


「あははっ、確かに!」


「馨は?何歌うの??」


「みかちゃんの前だと月花少女隊の曲が多いけど、友達の前では流行りの曲とかド定番とか、まあ、大抵タンバリン叩いてる」


「ふふっ、馨ってそーゆー子なんだあ」


と意味深にニヤケられる。


「何?おかしい??」


「いや、何でもないよ。ただ、ふふっ、ちょっぴり嬉しいだけ」


「何が?」


「あーもう、野暮なこと聞くなぁ……」


不満げに目をそらされた。察してよ、と言うように。


「もしかして、檸檬ちゃんもタンバリン係??」


「うっ、私はタンバリン&ドリンクバー係だから!!」


と図星をつかれた檸檬ちゃんは、僕と張り合うように強めに主張してきた。


「あはっ、何で強がってんの?」


「別に何でもない!!」


鶴の一声のように檸檬ちゃんがそう言うと、カラオケの宣伝の音声も止まり、カラオケボックスなのに奇妙にも静まり返った。


「……ごめん、怒った?」


僕は隣りに座っている檸檬ちゃんに、座り直すとともに少し近付いて、ソファに置いてあるその手に自分のを重ねた。そして、彼女の顔をチラッと覗き込むと、彼女の顔が真っ赤になっていて僕はどうしたらいいのか混乱した。


「……いーや、怒ってなんかないよ?ただ、惨めったらしくて、ああもう、嫌になっちゃうよね〜☆……えへへっ、なぁんて」


彼女は笑顔のまま泣いていた。でもそれは笑い泣きなんてもんじゃなくて、苦しさを覆い隠す嘘がもう、限界を超えている証明だった。


「大丈夫?」じゃないのはとっくに分かってる。「無理しないで?」なんて、何も知らない僕が何言ってんの?そして、「話せば楽になるよ」ってのは、真っ赤な嘘。


「……飴でも舐める?」


僕はポケットから飴玉一つを取り出して、彼女に見せた。


「ぷっ、あははっ!!このタイミングで!!?あはは、あーもう、馬鹿みたい……」


吹き出して馬鹿笑いした彼女は笑い疲れたように、ソファの背もたれに寄りかかった。


「あっ、ごめん。何て言えばいいのか分からなくて……」


「いーよ、それで。馨といると、悩んでるのが馬鹿らしくなってくるなぁ」


またお得意のニヤケ顔。それでも、ちょっぴり機嫌が治ったみたいだから、その顔が見れて僕は嬉しかった。


「嫌味、ですか?」


「違う違う!究極の褒め言葉だよっ♡」


アイドルウィンク飛ばして、僕の心をその愛嬌で落としにかかる。檸檬ちゃんって、本当にあの人に似て狡い人だ。


「本当に?」


「嘘じゃないよ?悩みを吹き飛ばしちゃうくらい、一緒にいて、楽しいって、ことだから……」


あっ、あの檸檬ちゃんが、照れた(?)こんな表情、初めて見たかも。ヤバい、僕の心の中の怪物が、檸檬ちゃんにどんどんと興味を示している。


「檸檬ちゃん……」


と名前を呼んで、徐に彼女の顔に手を添えると……電気が走るような痛み。僕は最大限の理性を働かせて、自分の脚にナイフを突き刺すみたいに、思いっきり拳を振り下ろした。


「馨っ!!?」


「あはは、えーっと、心配しないで?これがいつもの僕だから」


意味わかんない言い訳。


「そうやって、いつも、自分を傷付けてるの?」


檸檬ちゃんの鋭い眼光。


「……生きてるだけで傷付いてくよ。自分で傷付けなくも、他人に傷付けられるから。食器棚にも保管されてない僕は、ただの生身の人間」


嫌になる。こうやって、楽しくなるはずの時間を、僕の愚痴で浪費しているこの瞬間も。


「他人って、誰?誰が、馨を傷付けるの?」


「んー、誰なんだろう?正確には分かんないけど、何なんだろうね。僕は親から愛されて育ってきたわけじゃないからさ、誰も僕のことなんか必要としていない、むしろ、存在が邪魔なんじゃないか、って考えがいつまでも僕の中に残ってるんだ。だから、それを日常生活の中で実感した時が、かなり傷付くかな?家族でも、友達でも、見知らぬ人でも。ごめんね、こんな暗い話して」


「ううん、聞けて嬉しいよ?馨の考えてることが、分かって嬉しい。私も同じようなこと考えてたからさ」


「檸檬ちゃんは!……その、僕にとっては、いや、僕だけじゃなくて、みかちゃんも、その他大勢の人達からも」


「愛されてる?君はそう思うの?塩 檸檬が『愛されてる』って」


「……それは、言えない。ごめん」


「ふふっ、良いんだよ!みーんなが愛してやまないのは、東海林 蒙寧という架空の人物。塩 檸檬という存在は東海林 蒙寧になりきる、ただの狼少女。だから、みんなが言う『愛してる』は私に対してじゃない。とかいう、私の『愛してる』も台詞だもんっ☆……あはは、私こんなに歪んじゃってて良いのかな?いつか、罰が当たるんじゃないのかな?誰かが言ったんだ、『東海林 蒙寧は、しゃしゃりすぎだ』って。本当は、みんなにもっと、『私』を見て欲しいのに、東海林 蒙寧というイメージの枠組みからはみ出ると、一気に叩かれる。だからデビューしてから、いや、デビューする前から、七年間もずっと、私は『東海林 蒙寧』として生きてきた。だけどそれも、もう疲れちゃったなあ」


「ふふっ、それを聞いてやっと、本物の檸檬ちゃんに会えた気がするのは、何故なんだろうね?」


「あっ、まだ『東海林 蒙寧』でいようか?」


「いいえ、檸檬ちゃんのままで。とっても素敵です!」


なんて僕が毒の含まれてない言葉を発すると、檸檬ちゃんは少々落胆した様子を見せる。


「あーあ、まだ私は本物の砂糖 馨に会えてないんだあ」


「ううん、会えてるって。本物の僕は『塩 檸檬』を推してんだよ?分かってる??これは紛れもない事実だから、その、忘れないで……くれたら嬉しい」


「あははっ、途中までは格好良かったのにぃ!何で、次第に自信がなくなっていっちゃうかなぁ?」


「それが、僕だから」


「へえ、こんなにも完全無欠っぽい顔してんのに。意外だね!」


彼女が僕の頬を指で軽く撫でる。


「そう?」


「彼女の一人や二人、いや、もっとか。余裕でいるんじゃないの??」


「何言ってんの?僕は重すぎるほど一途だよ??」


「さっき私にキスしようとした口で、何言ってんの?」


「なっ!!?」


意地悪〜〜っ!!


「えっ!??さっきのってマジでそーゆー意味!?」


首に鎌かけられて、見事に首ちょんぱ。


「いや、だから、その、えーっと……ごめん、キモかった??」


「ふふっ、そんなことないよ。ただ、永遠に友達でいる約束、忘れちゃったのかなあ、ってちょっぴり思っちゃっただけ」


「それは死んでも守るから。てゆーか、みかちゃんに僕が殺されるから」


「いやあ、私の兄ちゃんなら馨くんとだったら二つ返事で結婚も承諾するんだろうなあ」


「そんなことないよ」


だってもしそうだったら、みかちゃんが僕をそんなに愛してないってことになるじゃん。「馨は俺と結婚するんだよ」ってくらいは男気を見せて欲しい。


「ううん。馨くん、かなり良い男だもんっ♡」


「檸檬ちゃん、いつか外面だけを良くしてる男に騙されそうで心配だなあ」


「それが馨の自己評価??」


「そうだね、面の皮が厚くて腹の底では何考えてるか分からない男が僕だよ」


「そっか、そんなご丁寧に説明してくれる素直な子だってことは分かったよんっ☆」


と陽気に僕の言葉を自己解釈して、笑顔を向けてくる。こんな気持ち悪い僕が、素直なわけが、ない。


「本当、食えない人だなぁ」


「馨、我儘言っていい?」


「何?」


「絵、描いてよ。私の絵」


「似顔絵??」


「ううん、私がテーマの絵。馨が私という人間をどのように描写するのか気になるの」


「……あー、何描いても怒られそうだ。近くにいる熱狂的ファンに」


檸檬ちゃんとモネちゃんの二面性。アイドルの清廉さ。人間としての佞悪さ。世間の枠組みに対するフラストレーション。色欲とタブー。それらを全て隠し切る圧倒的美貌とカリスマ性。


「どんなのが浮かんだの?」


「ドン引きされるから言わない!!」


「え〜っ、ちょっとだけで良いからあ」


彼女がフェラしてる絵が浮かんだなんて死んでも言えない。気持ち悪すぎる。描いても没だ。


「……キス、してる」


「何に?……あれ?顔真っ赤だよ??もしかして、エロいことでも考えてる??」


と妖艶なお姉さんのように話しかけてくるから、やっば。勃ちそ〜っ!!ああああ、呼吸を荒くするな。気持ち悪い。落ち着け、何か嘘で隠さないと。


「……トイレ行っていい??」


「あっ、逃げる気だ」


「檸檬ちゃんで不健全な絵なんか描けるわけないじゃん……」


と逃げるように独り言で言い訳して、トイレへと行こうとすると、檸檬ちゃんに手を掴まれて、


「逃げちゃダメ。恥ずかしいこと、シよ?」


と僕の抑えに抑え込んだ性欲を刺激してくる。まじで、ぐちゃぐちゃになるまで犯したい。僕の心を嘲るように弄ぶんだから。


「そこまで言うならさ、強姦にはならないよね?」


ソファに押し倒して、馬乗りになって、拳を振り上げて、彼女を殴……って、できるわけがない。ソファに拳を叩きつけて、彼女のギュッと目を瞑った怯えた表情を見て、後悔が募る。抱きしめてあげたい、キスしてあげたい。……あーあ、僕は浮気者だ。


「ごめん、馨。ごめんなさい……」


「僕の方こそ、ごめんなさい。そうやって男を誑かしてると危険だ、ってそう言いたかっただけなんです。僕だから、何しても大丈夫だと思ってたんでしょ?……裏切ってごめんね」


「そんなことは思ってない!!けど、悪ふざけがすぎたのは、ごめんなさい……。馨くん、私に全然落ちないんだもん。あんなに好きだってアピールしてるのにぃ」


と決まりが悪そうに目線を逸らしていく彼女。


「は?どうゆうこと??」


「私さぁ、兄ちゃんのこと言えないくらい、どうしようもない遊び人なんだよね〜……あはは……」


なんて、情けなく笑ってる。


「え、じゃあ、餅丸さんは?」


「身体の相性が凄く良くて、付き合い始めたんだけどさぁ、彼すっごい愛してくれるから、何か、このまま結婚しても良いかなぁ、って思えてた、んだけどぉ、お互いの仕事がどんどんと忙しくなって、致し方ないんだけどさ、都合が悪いんだよね〜♡」


「で、僕のこと誘ったんですか?」


「そうだよっ!性欲って怖いよね。だけど、簡単に釣られた君も悪いんだよ?私の事を知ったかぶって、全部全部分かったフリで、こんなクズな私のことを推してるって??、笑っちゃうよ」


あっ、そっか、そうなんだ。じゃあ、僕の言葉は全部、檸檬ちゃんには綺麗事で、気持ち悪く聞こえてたんだ。恥ずっ!!!


「みかちゃんがこれ聞いたら、たぶん悲しみますね」


「兄ちゃんの前では、可愛い妹を演じてるからね。だから、あんなにシスコン(?)拗らせてんだよ」


「あはは、言えてるかも。じゃあ、結婚も子供も嘘なんだ。あんなに餅丸さんが頑張って、みかちゃんを口説いてるの見て、何も思わなかったんだ。全部全部、演技だったんだね」


「……結婚して子供が欲しいって気持ちは、嘘じゃない。これだけは本当だけど……今更何言っても信用されないねっ☆」


「信じるよ。でも、目的がそれだとダメだと思う。本当に、遊ばないでいられるくらい、檸檬ちゃんを愛してくれる人じゃないとダメだと思う」


「嫌味??私が愛されないの知ってて、よくそんなことが言えたよね!どんなに愛してくれたって、それは私じゃないから何も満たされないの……」


「じゃあ、そうやって、愚痴ってる君が可愛いって思ってる僕はどうなるの??それも、本物の君じゃない??」


「……そんなの嘘だよ。有り得ない。胡散臭い」


「そんな、拒絶しないでよ」


笑っちゃう。


「だって、愛されるわけないもん!!」


「自分が信じたいものを信じれば良いと思うけど、そう思っている内は、誰からの愛も実感できないよ?」


「うるさい!!馨に何が分かるの!??」


「ふふっ、分かるよ。だって檸檬ちゃん、僕みたいなんだもん」


あーあ、笑っちゃった。


「はあ??」


「今度、君の兄ちゃんに聞いてみな?」

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