第六十七話
俺は才能がない。俺には才能がないと思っていた。自分のことを「天才」と称すれば、虚勢というレッテル貼られるのも致し方ないくらい、俺には才能がない。他人と違う奴は天才だと思ってた。他人と違う奴に憧れた。その憧れが強ければ強いほど、俺はただの回されてる猿になりさがり、自分というものを見失った。自分なんてものは、産まれた時からないんだと悟った。この世に産み落とされた時、助産師さんに叩かれて、強制的に泣かされる。その訳は、泣くことで呼吸ができるようになるからだ。泣かなければ死ぬ。産まれた時の俺がどのように感じて考えてたなんて知る由もないのだが、泣きたくないという自分の強い意思があったのだとしたら、俺は今ここにいないのだが、自分というものをちゃんと持って産まれていた気がする。そのように俺は「こうした方がいい」「こうしておけ」という一生の人生の半ばにいるにすぎない大人から言われた道を従順に進むことになる。けど、その道だって裏切られた。想像力や共感力が欠如したサイコな奴ほど、物事に対して安直に断言している。それを周囲の人間は、そう言えるのはそれほど自信があるからだとか、頼もしくて魅力的だとか何とか言って、一つ目小僧になってぞろぞろと百鬼夜行。あああああ、腐ってるよ。考えれば考えるほど、この世界が自己中心的なエゴイストほど儲かるような気がして嫌気がさしてくる。それだけの金があるなら優しさも兼ね備えとけよ。だから俺もエゴイストなフリをして、メリットだけ見ては嫌なところから目を背けた。でもでも、この死にたいって気持ちは何なんだ。アニメや漫画から教えこまれた正義や友情、道徳、クソ喰らえ。そんな綺麗な人間この世には0.1%ですら存在してない、と宣う世間知らず。医学部よりも難関な大学に合格したとしても、両親が褒め称えるのは兄の方だった。そして、俺に下されたのは浮浪者の烙印だった。従順さ、という物差しで両親は息子を測る。全ッ然、好きじゃない両親だけど、そんな親でも、愛されたかったと思ってしまうのは子供の常ではないだろうか。俺は、独りぼっちになってしまった。いくら傷付けられても自分の好きと欲だけは大切にしていたのに、それももう限界だ。
「ううっ……あー、何もかも嫌だ。……俺を構成する全部が気持ち悪い……死にたい」
俺の好きだった教師は言った。
「お前は学があるから、普通の大学でも良いんじゃないか?」
と。俺が親に美大をことごとく反対されて折れそうな時にその人はそう言った。俺が絵を描くこと、綺麗なもの、が大好きだって、知っているのに。世の中が灰色に見えていたけど、貴方だけは色っぽく見えていたのに。
「馬鹿、何で分かってくんないんだよ!!」
と俺は柄にもなく声を荒らげた。それに萎縮した彼は「ごめん」と俺の様子を伺ってばかりで嫌になった。
「でも、粥川は……」
「俺は、俺の人生が好きに生きれないのなら、死んでやる」
そう言って、俺は先生のことを抱きしめていた。俺は先生のことが好きだった。本気で恋をしていた。でも、先生が俺にとった対応は、ただの教師としての、保身だった。俺を人格否定を交えて拒んだあの人のことを思うと、今でも胸がキリキリと痛む。
「麗さん、麗さん」
「ん?」
「こんなところで寝てないで、ちゃんとベッドで寝てください」
……俺は、飲み過ぎて……床で、寝てた?
「くまぁ、嫌な夢見たよぉ。嫌な奴ぅ、思い出しちゃったぁ」
と酔っているのもあって、八つ当たりをしてしまう。
「そんな奴は、俺が八つ裂きにしておきます」
「しなくていいよ、俺が勝手に想いを寄せた人だから」
「人間に、恋してたんですか?」
「あははっ、俺が人間に恋してた時期もあったんだね〜♡でもさっきもさ、『気持ち悪い』って言われたよ」
ああ、またクマの前で泣いてしまっている。当時の俺は理解したくなくて、キスせがんだけど、突き飛ばされたんだ。トラウマになった。
「審美眼ないんですね。こんなに麗しい貴方を悲しませるだなんて」
「ウザい、俺はそんなんじゃないから……」
「泣かないで?貴方はとってもお綺麗ですよ?」
クマは俺の涙を拭こうとして、手を差し伸べてくれたけど、俺はそっぽを向いて自分の殻にこもるように丸くなった。
「どーせ数十年後にはこの仮面も劣化してる。美しさなんてものは流動的で永遠には掴まえられない。だったら、劣化版を刷る前に死にたい。君だってそうだ。君は、いずれ俺の傍からいなくなってしまうのだろう?」
「……そんな、ネガティブなこと言わないでください。幸せが逃げちゃいますよ」
「あははっ、君が逃げたいだけじゃん」
「はい??」
「理想はとっくに破綻した。ただの執着ではここまでだ。後は憎悪を繰り返すのみだから、なあ、馬鹿でも分かるだろ?」
「……分かんない、分かんないですよ。麗さんの独特な言い回しは好きなんですけど、分かんないものは分かんないです。猿でも分かるようにアンコール」
「はあ?……出会った頃は真っ赤な林檎だった。君に食べられ芯になってく。とうとう骨の髄までしゃぶった君は、芯になった林檎に愛着が湧いていた。しかし、林檎は腐敗する。君の手中で黒くなって、エチレンガスが君を汚す。そんなもの、君は愛せはしないだろう。だから、俺を捨ててくれ早く」
「……俺が愛してるのは林檎じゃない。麗さん、貴方だ。人間の貴方が好きなんだ。一緒に歳を重ねて、一緒にしわくちゃになって笑っていよう。麗さんの醜さもコンプレックスも全部、麗さんのだから愛してみたいんです。ダメですか?」
「ダメ。俺はさ、他人を傷付ける才能だけは、無駄にあるんだよね。だから、これが俺の愛情なの。ってか、分かってよ」
投げやりに言葉を投げつけて、もう何も喋りたくない。ダサい。最悪。俺の胸ぐら掴んで殴りかかってきそうな勢い。目を閉じた。唇に何かが触れる。
「許さない、認めない。シラフじゃないと。……俺、そんなにダメですか?そんなに劣りました?そんなにも、可愛くないですか?」
「可愛い子には旅をさせよ、って言うでしょ??」
馨くんがいつまで経っても羨ましい。みーちゃんには、馨くんのことを支えてくれって頼まれたけど、俺はみーちゃんとともに死にたい。馨くんだってそうするはずだ。二人で殺し合いをするのも悪くないかもね。クマのことは勿論好きだけど、みーちゃんの最期の頼みを聞かないわけにもいかなくて、難癖付けて別れようとしてる。俺が馨くんに付きっきりになったら、馨くんのこと刺殺しそうだもん。
「俺の辞書にはそんな言葉ありません」
何が何でも関係を維持しようとする意地は恐ろしい。そんなことを考えてるエゴイストな俺は相当なクズかもね。俺だって、本当は別れたくないんだよ。ただ君を一ヶ月ほど冷凍保存しておきたい。
「あははっ、それじゃあ、オオウミガラスを捕まえてきてくれ。君がオオクマネコだから、類友の好で捕まるんじゃないかい?」
「人の話聞いてます?」
「うんうん、それなら、春休みに」
「聞いてませんね」
「えへへ、はーいっ!よろしくね〜♡」
と一方的に電話を切るように、狸寝入り。
檸檬ちゃんが砂糖味。をフォローしてくれている。しかもモネちゃんアカウントで。まずい……?モネちゃんはファンのみんなにも自分が良いと思ったものは共有したいタイプだから、お仕事で繋がってる人は勿論フォローしてて、ユーチューバーの動画とかお笑い芸人さんのネタとか、色々といいねしてるんだ。けれども、僕のこの病み絵をファンの人が見たらどう思う??今までは所謂、万人受けするようなものをというか、有名どころを檸檬ちゃんも見て、いいねしてるんだろうけど、僕みたいなほぼ無名アカウントをいいねして、しかもフォローして、いいの?
「僕のアカウント、身内だから、ってフォローしない方が良いと思います」
「ごめん!嫌だった?身内だからじゃなくて、純粋に馨くんの絵が好きだから、新作がすぐに見れるように、ってフォローしちゃったんだけど、馨くんが嫌ならすぐに外すから、」
文面の絵文字や句読点でフォロー外したくないです感が伝わってきて、僕のメッセージの冷たさが一際目立って怖くなってる。
「全然、嫌じゃないです。寧ろ、嬉しいんですけど、僕の絵は万人受けしない上に、モネちゃんの明るく元気なイメージとそぐわないから、心配で」
「大丈夫だよっ☆ファンのみんなは私のことよーく分かってくれてるって、信じてるから!馨くんは馨くんの絵を描いて!応援してるっ♡」
「ありがとうございます」
スタンプも押して、柔らかい印象を。って、僕の心配しすぎか。そもそも僕の絵は見られていないだけで、SNS上の誰でも見られるようにはなっている。ただ見られていないだけ。
「ううん、そういえば兄ちゃん元気してるー?」
肺炎のこと言おうかな?心配しちゃうかな?みかちゃんは何て言ってるんだろ。
「少し肺炎ぎみだけど、元気にしてますよ」
「煙草吸いすぎなんだよね。禁煙しろって、馨くんからも言っといて!」
少々おこ、なメッセージが送られてきて、可愛い。心配の裏返し。
「勿論、こっぴどく言っときます」
「馨ちゃーん、何にやけてんの?彼女??」
バッとスマホを机の中に隠した。飴ちゃんか。こんなメッセージのやりとり、みかちゃんとはしないから楽しくて、つい。だけどその相手がモネちゃんってのは、かなりマズイよね。
「……うん、彼女。何?」
「あはっ、そんな大袈裟に隠さなくても良いじゃーん!」
「ごめんね、訳ありで」
「ぷふっ、それ好きぃ」
と飴ちゃんは僕の肩を叩いて笑ってる。ピコン、また檸檬ちゃんからメッセージがあった。返信したいけど、どうしようと思っていると、飴ちゃんは僕に背を向けてくれた。
「ありがとっ!それとさぁ、今年のクリスマスイブに月花少女隊のライブがあるんだけど、もし良かったら見に来ない??」
「あっ、それなら、みかちゃんが僕の分までチケット当ててくれたんで、見に行きますよ!」
「ほんとっ!?嬉しいなぁ♡座席どこら辺かわかったら教えてね!いっぱいファンサしちゃうぞ〜☆」
「ありがとうございます!またお会いできるの楽しみに……いや、堅いか。えーっ、良いんですかぁ?も何か違うし……」
「馨ちゃーん、終わったぁ?」
と、まだ背中を向けてくれてる飴ちゃんに話しかけられた。
「それがさ、いい返信が思い付かなくて……」
「今どんな感じなの?」
「何かざっくり言うと、次会う約束をして、そん時にいっぱいサービスしちゃうぞ〜☆的な?」
「あはっ、サービスって、それって……ママ活?」
「いや、違うから!全然、そんなんじゃないから!!」
「それじゃあ、夜のお誘い??」
「んーーー、それともニュアンス違うんだよね」
「もう『楽しみ〜♡』とか『嬉しい〜♡』とかで良いんじゃね?」
「ふふっ、適当すぎ」
「わかった!俺のとっておき、使ったげる♡」
と飴ちゃんに耳打ちされる。
「何?」
「画面見せてくれたら、良いよぉ?」
「何それ、取引じゃん」
「ノーリスクハイリターンなんて、世の中には存在しないんだから、ね?馨ちゃん?」
流し目で僕を捉えてから、口角を上げて楽しそうに微笑む。その小悪魔は僕の机に腰掛けて。
「分かったよ。概要としては、地下アイドルの子からライブでいっぱいファンサするよ☆と言われた。どうすれば良い」
「え、まじで!??お砂糖ちゃんって、本当に可愛い彼女いたんだ……」
「どんなリアクション?」
「でも、え?うちの学校に地下アイドルの子っていたっけ??」
「ふふっ、即バレしたウケる」
「やっぱぁ?何、浮気してんのぉ?」
「ううん、付き合ってないよ。ただ連絡先交換してて、普通に仲良いだけだから」
「リア恋オタクに刺されないでよ?」
「それは頑張る、で、とっておき、って?」
「俺のマッチングアプリで育成されたこの脳。アイドルとファンだから、『○○ちゃんにひと目で気付いて貰えるよう俺も自分磨き頑張るね!○○ちゃんと次に会えるの楽しみにしてるよ♡』とかは?」
「ああ、それ言われたら嬉しいかも。僕のために頑張ってくれるんだって」
「伊達にマッチングアプリやってないでしょ?」
「それで、今年のクリスマスイブの予定は?」
「歩夢たんゲット致しましたあ♡♡」
「え!?良かったじゃん!!まじおめでとう!!!」
って、自分のことのように、いや、自分のこと以上に嬉しそうに祝福した。だって、自分のことになるとそれ相応の不安やデメリットを感じざるを得ないけど、友達が好きな人とくっつくのは、幸せしかないじゃん。手放しで拍手して喜べる。
「俺が推薦受かったから、そのご褒美だってさあ」
「ふふっ、黒髪おかっぱ霰ちゃん可愛かったもんね!」
「まじそれイジんなしぃ〜!」
そうやって笑う、もう金髪に戻した飴ちゃんは、またお洒落に磨きをかけている。黒髪おかっぱ姿は、それはそれで初々しくて本当に可愛かったんだけどなあ。
クリスマスイブ。僕はこんな大事な時期に塾をサボって、月花少女隊のライブに来ていた。みかちゃんから「俺の分まで声出してね?」と言われて、僕はみかちゃんの声帯代わりにいるようなものなのか、ふと疑問に思いながら。たかが一日、されど一日。でも、このライブに行けなかったら僕は一生後悔すると思う。チケット申込み時、みかちゃんに何度も何度も確認された。「当たったら、全力で楽しめる?」って。
「みかちゃんもさ、お揃いでハーフツインテやんない?絶対に可愛いよ??」
「ふふっ、今日の馨は馬鹿っぽくて可愛いね♡」
「あっ、そんなこと言うんだったら……ちょんまげにしちゃうぞ〜☆」
って嫌がらせでみかちゃんのセットしてある髪を持ち上げて、上に立たせた。みかちゃんが「あー、もうせっかくセットしたのにぃ」って拗ねてる、家を出る一時間前。
「モネちゃんとは最高に格好良い姿で会いたいのっ!」
「ド紫の法被、羽織るくせに」
「でもそうでもしなきゃ、ファンサ貰えないじゃん。これはオタク心の葛藤なの!」
会場に着くまでの電車で、僕達は大きなスーツケース転がしながら、恋人っぽくイヤホンを共有して、月花少女隊の曲を延々ループしてた。
「今日あれ歌ってくれるかな?『glorious flame』」
と僕があっけらかんとしてその曲名を口にすると、みかちゃんは首を傾け、唇を軽く噛んだ。
「んー、どうだろうね……俺も大好きな曲だけどさ……」
そう、この曲は曰く付きになってしまった曲。元々、モネちゃんが初めて作詞に関わった曲として、ファンの間で期待が高まっていた曲だった。その曲が発表されると、ダークで愉しくも不気味な曲調とその歌詞に、僕は共感して惹き込まれたのだが、アイドルの苦悩を感じさせるとして、心配するファン、怒り出すファン、食いつくアンチ。それらの人々の意見がネット上を飛び交うようになり、それと同時に、曲名の『glorious flame』に因んで『素晴らしき炎上』と揶揄された。でもさ、わざわざ『炎上』ってスラングのある単語を曲名に付ける?だからこれは炎上商法で「じゃあ試しに一回、曲聴いてみてよ?」って言われている気がする。
「この曲のさ、『私全然傷つかないの、写真一枚を貶されても』って歌詞、すっごい刺さるんだよね〜っ!」
他にも『燃やしてあげるわ、嫉みを燃料にして』ってサビが格好良いし、『君さえわかってくれればそれで良いの』ってのは共感しかないし。
「わかるよ。それで『役不足の紙切れに力不足のconceited』ってここに繋がるのが、究極の皮肉だよね♡」
「みかちゃんんんん♡♡」
想いが繋がったようにピッタリと僕の言いたいことをみかちゃんは言ってくれたから、言葉にはできない感情が溢れて、みかちゃんにベタベタして喜びを表現した。
「馨、電車の中で燥がないの。まだ気が早いよ?」
と上品に窘められるのも好き。今日のみかちゃん、最高に格好良い!!
会場に着くと、物販の大行列に並んで、グッズを買えるのを今か今かと待ち望んでいる。その間にみかちゃんは誰かと連絡取っていて、
「みかちゃん、寒い」
と後ろから抱きついてみて、スマホの中を覗き込んだ。あー、みかちゃんのオタク仲間。会場いるよな、そりゃあ。会ったことないけど。
「ああ、いい背もたれ」
とスマホ片手に僕に寄りかかってくる。
「酷。でも良いよ、みかちゃんは腰弱いからね」
「誰のせいだと……」
って決まりが悪そうに照れ始めんの、可愛い。モネちゃんのうちわにタオルにペンライト、アクスタ、フォトカ、キーホルダー、パーカー等など。ここぞ、ってばかりに散財するみかちゃんは見てて面白い。
「あっ、シオ!」
「お〜、ヤスじゃん!見て、戦利品♡」
と声をかけてきた知り合いっぽいオタク仲間に戦利品と言って、さっき買ったばっかのグッズを見せびらかして自慢げにしている僕の恋人。
「フォトカ誰出た?」
「開封式これからでさ……」
「おっ、じゃあ、どっかカフェ入ろうよ」
早々にナンパされる僕の恋人。というか、オタク仲間っていうから、今まで小太りの眼鏡でチェック柄のシャツをズボンにインしてるザ・オタクのおっさん、辺りを想像してたんだけど、何このリーマン系の男。全ッ然口説いてきそうで嫌だ。
「みかちゃん、誰この人。何なの?」
「そんな警戒しないで?美礼姉推しのヤスノリさん、俺のオタク仲間だよ」
「その子は?」
とヤスさんは僕のことが気になっているようで、
「俺の従兄弟の馨、月隊に沼らせたんだ〜!勿論、モネちゃん推し」
月花少女隊にはファン区分がある。月隊は輝ちゃん、玲音奈ちゃん、クロエちゃん、モネちゃんの四人の誰かを推している人達。花隊は美礼さん、桜実ちゃん、杏乃ちゃんの三人の誰かを推している人達。箱推し、二つの隊それぞれに推しがいる場合、月花隊と名乗る。
「……よろしくお願いします」
どっかでは、よろしくしたくない複雑な心境。
「よろしくね、馨くん。君はモネちゃんのどこが一番好き?」
「え?……一番なんかないです。色んなところにたくさん好きなところがあります。逆に、美礼さんの一番好きなところ言えますか?」
と若干、生意気な態度をとって、馴れ馴れしくしないで欲しいみたいな雰囲気醸し出して、高圧的に質問し返した。
「あははっ、決められないね!そういうオタク、僕は大好きだよ。シオなんか、何時間も語り出して……」
「それは分かります」
「モネちゃんの好きなところなんて、無限大にあるからね♡」
何だかんだ、懐柔されてしまって、結局、三人でカフェに入り込んだ。そしてみかちゃんの開封式、10枚フォトカを買ったのだが、結果としては、輝ちゃん一枚、玲音奈ちゃんゼロ枚、クロエちゃん二枚、美礼さん二枚、桜実ちゃん一枚、杏乃ちゃんゼロ枚、全体フォト一枚、そして、モネちゃん三枚という運の極振りを見せた。
「やばいやばいやばい!自引きした!!」
とめっちゃ喜ぶみかちゃん、鬼可愛い。その一枚僕にくれる優しさもあり、みかちゃんまじで天使。勿論、フォトカのモネちゃんもまじ可愛い♡♡
「塩ラーメン氏、今回も決まっておりますな!」
そんな開封式をしていると、今度はザ・オタクっぽい感じの人が話しかけてきた。そして、出会い頭のフォトカ渡し。
「ごめんね、フォトカの杏乃ちゃんお迎えできなかったんだけど……ちょっと待ってね!あったあった、コレ、『ぱふゅ』のトレカ!しかも、サイン付き♡」
「ひぇっ!ほっ、ほ、本当に、頂いて、宜しいんでしょうか?」
「ふふっ、良いよ!今日、杏仁に渡そうと思って持ってきたんだから!」
「ううっ……塩ラーメン氏が、良くできたイケメンすぎて……!!」
とその杏仁って、おそらくユーザー名で呼ばれている人が貰ったトレカを大切に自分の胸に抱きしめて感涙してる間に、
「ラーメンに掛けてんのかな??」
ってみかちゃんが僕に向かってぽろっと呟くように聞いてくるから、笑いそうになるのを頑張って必死にこらえた。
「シオ氏、これは僕の一生涯における最高峰の宝です!!このご恩は永遠に忘れはしません!!いつか大量のモネちゃんグッズで恩返しさせて頂きます!!」
「そんな大袈裟な……君に喜んでもらえただけで俺は満足だから、ね?」
「ううっ、塩ラーメン氏っ!!」
とその人がみかちゃんに抱きつこうとしたから、僕は咄嗟にみかちゃんを引き寄せて回避させた。
「馨」
「嫌だから。どんな状況だろうと、僕の目の前で他人とハグしないで」
みかちゃんは僕のものだ、と言わんばかりに見せ付けてるのに、
「塩ラーメン氏、何で避けるんですかぁ?」
とその男はちょっぴり癇癪を起こしている。厄介。みかちゃんに貴方の汗や鼻水が着いたら、どうするの?モネちゃんと会う前だってのに……。
「ほら杏仁、一旦、落ち着いて」
とみかちゃんはその男を優しく宥める。僕は「みかちゃんに一切近付かないで」くらい言いたいけど、みかちゃんに嫌われそうだから我慢した。その僕の様子を察知して気を利かせたヤスさんが、
「杏仁、ここ座るか?」
と自分の隣りの座席をポンポンと軽く叩いた。その席はちょうど僕の目の前。……無理。
僕よりも二、三歳歳上だという杏仁と呼ばれるそいつは、僕よりも幾分か言動が年下のように思えてならなかった。なのに、無精髭を生やした清潔感のない見た目、故に、実年齢よりも老けて見える。みかちゃんよりも歳上かと思った。みかちゃんには仲良くしなって言われたけど、本当に無理そうだ。ただ杏乃ちゃんにどれだけ貢いでいるかとか自分は学生の身だからバイト掛け持ちしてるとか、でもそのバイト先の店長がクソだとか、どうでもいい自己中な話ばかりで、心底つまらない。僕達は「一方的に自分のことを話すの」が楽しいんじゃなくて、「会話している内容や雰囲気」を楽しんでいるんだ。
「みかちゃん、ちょっとお腹空かない?一緒にフード見に行こうよ」
と僕が機転を効かせてみかちゃんをその場から連れ出したのに何故か付いてくるし、ウザったい。
「馨、何食べたい?」
「ああ、ここのおすすめはこのチョコレートスコーンですよ!これはそのまま食べても美味しいんですけど温めるとさらに……」
と僕とみかちゃんの会話に割り込んできて、そのチョコレートスコーン好きだし、温めると美味いってのも知ってるけど、コイツに勧められたのを食べて、それでまた天狗になって話しかけられたくなくて、
「僕、チョコレートドーナツにする。今日はその気分」
と逆張りした。そして、みかちゃんのお金で買ってもらっているので、みかちゃんにも食べやすく、またチョコレートが口端に付かないように配慮して、ナイフとフォークでそのドーナツを小さく切って、彼の目の前で、みかちゃんに僕が食べさせた。これ程までにスパダリ感を見せつければみかちゃんにちょっかい出してこないだろうと思ってたのもつかの間、
「塩ラーメン氏って、本名は『ミカ』というお名前なのですか?」
と逆鱗に触れた。
「ダメ。僕以外、そのあだ名で呼んじゃダメだから。みかちゃんの本名も教えない」
「何で?」って愚問を耳にするのも嫌だから、カチャン、と皿を傷つけた。フォークで突き刺した、ドーナツが潰れてる。
「……えーっと、馨くんって、シオの従兄弟なんだよね?」
それにしては、愛が重すぎやしねぇか?ってヤスさんの心の声まで聞こえてきてしまって、ああ、どうやって誤魔化そうか。
「そうだよ、俺の従兄弟。だけど重度のブラコン(?)みたいで、俺のことだーいすきなの♡許してあげて?」
みかちゃんに頭を撫でられて、誤魔化してもらった。けど、そんなんじゃないし、僕達は恋人だし。
「シオが好きなんじゃなくて??」
ヤスさんの唐突の鎌掛け。
「ふふっ、どうしてそう思うの?」
誤魔化そうとするみかちゃん。
「だって馨くん似てるじゃん、モネちゃんに」
「いや、どう考えてもみかちゃんのが似てます。まずはこの鼻筋……」
何故か必死になってみかちゃんの顔の造形美を解説する僕。蚊帳の外のアイツ。
「そういうことじゃなくて、性格の話。まあ、モネちゃんにしてはクールすぎるけど」
僕がぁ?モネちゃんとぉ?烏滸がましいにも程がありすぎる。モネちゃんは明るくて元気でみんなを笑顔にして天然で可愛らしくて、でも美人で見蕩れるほど綺麗で、その笑顔なんか全人類が虜になってしまうくらい、最強。僕なんか……僕なんかより、ずっと……みかちゃんを笑顔にしている。
「確かに、モネちゃんに似てるね。ちょっぴり素の彼女に。本当は馨も優しいんだよ?今は人見知り発動してるけど」
みかちゃんが誰も傷つかないように、擁護してる。でも、檸檬ちゃんに似てるだなんて、絶対に思ってない。僕自身、そうは思わないから。
「みかちゃん、それにヤスさんも、僕に気を使ってくれてありがとうございます。一旦、席外しますね」
これ以上、ここに居座ってると惨めになってくるから。空元気で愛想笑いして逃げた。みかちゃんみたいに煙草休憩とか言えれば良かった。煙草吸えないけど。
「あの人、怖い……」
僕と反りが合わなかった彼は僕がいなくなってから、そう僕の悪口を言っていた。こういうところで地獄耳なの、人生損してる。何でもいいけど、煙草吸いたい。みんなみんな、楽しそうで、祭りとクリスマスイブに浮かれて、あーはいはい、羨ましいですね。反乱分子の如く、恋人をオタク仲間のところに置いていき、寒い屋外で一体僕は何をしてるんだろう。全力で楽しみたいのに、こんなんじゃ全然楽しめないよ。
「馨くん、会場いるー?」
あっ、檸檬ちゃん。僕は壁に背中をつけて誰からも見られないように周囲を警戒しながら返信した。
「はい」
「へえ、もういるんだぁ♡」
「午前中からずっといますよ」
「そうなんだね!兄ちゃんは連絡しても返してくんないから笑」
「酷っ!」
「モネちゃんとしての私とは、あまり会話したくないらしいよ??」
「ふふっ、みかちゃんって変な区分を設けますよね。仕事とプライベートでは対応の差が酷いです笑」
「わかるぅ。別に妹なんだから良いじゃん!って思うことあるけど、本人がそれで満足してんならまあ、ね。何も言えない、笑」
「そうですね、」
と打ち込んで、また悩んでしまった。何を話そうか、セトリ聞いちゃダメだろうし、今日は目立つためにハーフツインテにしてきました、とか?いや、それは痛い。というか、モネちゃんは忙しいんじゃないか?こうやって僕が返信を考えている間に、モネちゃんの貴重な時間をすり減らしてる。だから僕は焦って、ただこの文をそのまま送信してしまった。
「もしかして、兄ちゃんにバレた?」
「え?今一緒にいないです」
「あっ!そうなんだぁ、馨くんにも『非公式でのアイドルとファンの交流禁止!』って変なこと言ってるんじゃないかって、内心ヒヤヒヤしちゃった!」
「そんなこと言ってるんですか?笑」
「言ってるよ!本当、頭固いんだからぁ」
って、ちょっぴり拗ねてる絵文字が可愛い。
「じゃあ、バレないようにしなきゃですね。誰にもトーク画面見せないように」
「トイレに立てこもっちゃダメだぞ〜笑」
「してませんよ笑、壁に背中を預けて隅っこで丸くなって返信してます」
「変な子っ!笑」
「でも、すっごく楽しいです!!」
背徳感、優越感、それらが僕の背中を支えてくれてるみたいで、スマホを持ちながらニヤついていた。客観的に見たら本当にただの変な奴でキモイ奴だけど。
「本当??嬉しいなぁ♡私も馨くんと話してるのすっごく楽しいよ!!……もうすぐリハ始まるから、また後でね☆」
リハ、そっか、リハーサルか。そうだよね、檸檬ちゃん、いいや、モネちゃんは、今日の夜、ライブなんだもんね。
「ふふっ、嬉しいです!はい、また後で」
夢のような時間は、あっという間に過ぎ去り、また冬の寒さを体感し始めて、身震いした。わ〜っという歓声。リハの音漏れが聴こえてきて、みんなテンションが上がってる。
「あっ、あっ、マイクテス、マイクテス。……んんっ、みんなー!!聴こえてるー??」
たぶん、杏乃ちゃんの声。すごい、会場の外まで聴こえてる。「聴こえてるー!!」ってファンが大声で返してるのも、すごい。
「馨、何処にいる?」
というみかちゃんのメッセージを無視して、僕はいまだに、隅っこで蹲っていた。そして、檸檬ちゃんからのメッセージを待っていた。そっちのが、今は楽しいから。




