第六十四話
「馨くーん、ワニス塗り替え……あれ?」
美術準備室には、誰もいなくて、正直しょげた。せっかく今日はいい天気だってのに。ここ、みーちゃんの煙草の煙で殺られちゃうんだよね。って、これもみーちゃんのせいだし、いっか。
「粥川先生」
絵に描かれたみーちゃんに見蕩れていると、背後からいきなり声がした。
「うわっ!!?何いきなり……」
馨くんの絵をすぐさま隠した。ここは立ち入り禁止だって、いつも言ってんのに。
「何で砂糖先輩の絵だけは普段見られないようにしているんですか?」
「本人希望。プライバシーは守ろうね」
そりゃあ、校内にいる男教師のヌードなんて、思春期男子なら尚更、いやそんなことなくとも隠したくなるだろ。
「じゃあ、砂糖先輩だけ特別扱いする理由は何ですか?」
「特別扱い??俺がぁ???」
してないしてない……ただ仲良くて、ちょっぴり顔が良いなって思ってるだけ。
「ずっと、してるじゃないですか。美術室に来たと思えば、準備室にいる砂糖先輩と話してばっかで、追い出されて来たと思えば、つまんなそうにスマホをいじって……僕の描いている絵は、そのスマホのつまんないコンテンツ以下ですか?」
やっば、めっちゃ恨みこもってるじゃん。
「あははっ、そーゆーことじゃないよぉ。ただ邪魔しちゃ悪いかなって思って」
冷や汗冷や汗。
「僕はずっと、僕の絵が砂糖先輩のよりも下手だから、相手にされないんだとばかり思ってました。でも、そうじゃなかった……」
「え?」
そんな二時間サスペンスドラマの犯人みたいに自分語りされても。
「ただ砂糖先輩と付き合ってるから、あの人の顔が良いから。それだけですよね?」
図星だ。
「あははっ、まあどっかではそうかもね!」
「はあ、僕は粥川先生はもっとすごい人だと思っていました。綺麗な絵が描ける貴方を尊敬もしていました。でも貴方は、僕が何を描こうが、何も見てくれない。僕の絵なんかに、興味ないですもんね!入部した時はこれで絵のことを色々と教えてもらえるってワクワクしてたのに、今はこんな美術部にいる自分が、馬鹿らしいですよ……」
今まで抱えていた不満の塊をぶつけられた。レンガブロックで殴られたような衝撃だった。
「じゃあ、辞める?退部届が欲しいの?」
「ほら、砂糖先輩にはそんな簡単に言わないくせに」
「あははっ、君は何がしたいんだい?俺にここはこの色を使ってこの色を重ねて、って全くを指図して欲しいのか?それで、AIプリンターみたく作成された絵を君は自分の絵だと言えるかい?」
この子は上手い絵ばかりを描こうとして、自分の絵を描こうとはしていない。言うなれば、全て贋作だ。なのに、それを見られたがって評価されたがってる。
「そういうことを言ってるんじゃ……」
「君が描きたいものは何?君が心から表現したいものを描こうとした時、俺はチェシャ猫のように君の元へ現れることを約束するよ。馨くんの絵、見たければ見れば?気持ち悪くて口外する気も失せるだろ」
準備室に一人残して出ていった、数分後、少し青ざめて窶れた感じに出てきたから、ああ、まあ、そうなるよな、って心の中でお悔やみしといた。
「粥川ぁ、ポッキーあげるぅ」
って美術部の一部の女子部員は俺のことを舐め腐ってて、それはそれで嬉しいんだけど、その教師らしくない態度があの子のストレスになっているんだと思えば……
「あんがとぉ、ポッキーゲームするぅ??」
「あははっ!きっしょ、早くセクハラで訴えられろぉ!!」
「それ逆ハラじゃーん!!」
楽しみだ。
「お砂糖ちゃーん、体調大丈夫?熱治まった??」
と飴ちゃんから連絡があった。ストレスで自律神経狂って、微熱程度だが熱発したから今日は学校休んだ。
「うん、良くなったよ。心配かけてごめんね」
「すぐ謝んないでよぉ、友達のこと心配すんのは当たり前じゃん」
って笑ってくれた。通話後は板書したノートを写真で送ってきてくれて、本当に良い友達だと思った。僕が学校という場所を好きでいられるのは飴やザキのおかげなんだろうなってすごく思っている。
「馨、プリン買ってきたけど食べる?」
みかちゃんは空きコマになるとすぐに家に帰ってきて、僕の看病をしてくれる。こんなに手間かけてしまって申し訳ないが、その分、愛されてるって実感して、そのおかげで、ストレスが消えたみたいで良くなった。でもまだ頭がクラクラさせながら、みかちゃん可愛い、癒し、とグルグルと馬鹿っぽく思っていた。
「みかちゃんのが良い」
と頭弱く僕が言うと
「え、俺?」
ってみかちゃんは悪そうに笑った。そして、ベッドで寝ている僕に覆いかぶさってきて、「今日は俺が食べる」ってネクタイを緩めるんだから。熱がまた上がってしまう。
「僕は美味しくないよ?」
と強がった次の瞬間には、耳にキスされて感じてんだから即落ち二コマ。
「ふふっ、美味しい反応どうも」
みかちゃんに攻められるの、ヤバい!!!(語彙力)
大人の色気と、手慣れてる感じと、僕の反応をじっとりと観察するその目。まさに究極のエロス。究極な羞恥。僕の場合、みかちゃんが感じてるとつい嬉しくて、子供っぽく笑っちゃうんだけど、みかちゃんの場合は、少し口角を上げて微笑んで、「感じてるね」って言葉責めしてくるから、ぐんって心臓を持ってかれる。これが人間同士のセックスか。僕が今までやってきたのは、サメみたいなセックスだと思えてきた。
「みかちゃん、無理、意識飛ぶ……」
ふっ、と白い羽毛に軽く息を吹きかけたような瞬間、みかちゃんに背中に天使の羽が見えた。脚が痙攣して、意識が朦朧とした。
「馨」
みかちゃんが僕の呼んだ。そしてキスされると現実に引き戻された。充足感が僕の身体の隅々まで行き渡っている。ハッピーパック、今の僕はそんな感じだ。
「あははっ、天使様ぁ〜!!」
赤ん坊がお母さんを見て喜ぶように、僕は天使を見て喜んだ。目の前が白く霞んで見えて、神秘的で幻想的で、蠱惑的な天使は、僕を殴った。
「馨、起きて」
「……みかちゃん、殴った?」
意識を取り戻すと、鈍痛が今も頬に響く。
「馨が壊れてたから」
「僕、昭和レトロ家電じゃないんだけど」
「ふふっ、ごめんね。つい、焦っちゃって……」
「もう、そんなみかちゃんも大好き♡♡」
やっば、まだ壊れてるかも。
「塾行くの?」
って、僕がベッドから落ちるように抜け出すと、みかちゃんは全裸のまま上体だけ起こして、西洋絵画のように局部はシーツで隠しながら聞いてきた。ああ、美だ。肉体美、造形美、構造美、完璧だ。このまま切り取って額縁に入れたい。
「ちょっとは勉強しないと怖いから」
と済ました顔でシャツをはおるけど、本当はみかちゃんをモデルにずっと絵を描いていたい。愛で溢れた僕の絵をみかちゃんにプレゼントして、僕の気持ち悪いほどの愛情を何枚でも見せつけて、僕の本質を感じて欲しい。
「……いつも馨はこんな気分だったんだね」
ベッドの上で過去の僕に語りかけるように、みかちゃんが薄笑いを浮かべながら呟く。
「何が?」
「セックスした後、俺が煙草を吸ってる時、たまに俺のことじーって見てたでしょ?」
「そうだね」
「何かその気分。少し、虚しいね」
「……そうだね」
熱狂が覚めて、興ざめしてしまって、癒しだったものは卑しさに変わっていて、後悔は先に立たなくて、貴方は僕よりも先にそれを切り捨てるように、新たなものに手を伸ばすから。
「ねえ、馬場くん。ちょっとさ、寄り道してから塾行かない?」
後ろ姿と歩き方で馬場くんだと分かって、その背中に声をかけた。すると、振り向きざまに目を丸くした馬場くんが見られた。
「……馨、くん、君はここで、俺のことを待ちかまえていたのかい?ずっと??」
と彼は眉をしかめて聞いてきた。本当は十五分くらい待ったけど。
「ほんの数分だけ。馬場くんと美味しいドーナツでも一緒に食べたいなあって思って、嫌だ?」
「嫌じゃないけど……」
「じゃあ、行こ!」
と半強制的に連れて行き、駅構内にあるドーナツ屋さんで僕はチョコレートを馬場くんはストロベリーを購入した。イートインスペースで、そのマシュマロやクッキー、チョコチップなどがふんだんに飾り付けられた映えるドーナツを片手に一緒に写真を撮った。
「こんなドーナツは初めて見た」
「可愛いよね」
「そう、か?可愛いのか??」
とドーナツを多角的にまじまじと見て、可愛いのかどうか真剣に分析し始めたからウケた。
「ふふっ、可愛いよ。可愛いで解釈して」
このドーナツは後はもう僕に食べられるしかないんだから可愛いじゃん。
「少し食べにくそうだとは思うけど」
と彼はドーナツにかぶりつく。クッキーが落ちた。
「あはっ、僕それ友達に言ったら怒られた」
「何て?」
「可愛ければ食べにくいとか関係ないの!!って」
「別に、見た目重視の食べ物が嫌いってわけじゃないけど、やっぱり食べ物なんだから、味や味わいやすさは重要でしょ」
「牛丼いける口だ」
「いける口だよ。そういう馨くんは?」
「僕は高級フレンチ、を食べてみたい」
「願望じゃん」
って同レベルだと鼻で笑われた。勿論、僕も牛丼いける口だ。基本、出されたものは何でも食べられる口だ。
「だって、見た目も味も最高級な逸品で、食べる芸術とまで言われてるんだよ。写真で見るだけでもテンション上がるし、それを食べるまでは死ねないよ」
そこでみかちゃんにプロポーズするんだから。
「じゃあ、それが馨くんの最後の晩餐なんだ」
「最後の晩餐って、ふふっ、勝手に殺さないで」
食べるまで死ねないとは言ったけど、食べたら死んでいいわけでもない。僕は生への執着が我ながら強くなったと思う。これもみかちゃんのおかげ。
「あっ、ごめん」
「良いよ。翔真くんだったら最後の晩餐に何食べたい?」
「んーーー、肉!」
「誰の肉体??」
「え……松坂牛、とか?」
って訝しげに答えられた。僕が盛大な失言をしてしまっていたからだ。みかちゃんのこと食べる食べるばっか言ってた仇がここで。
「あっ、あはっ、ごめん、つい」
「どんな間違い??」
「『最後の晩餐』では、イエスの肉体と血を弟子達が頂くからさ、それと混同しちゃって」
「ああ、宗教画の。パンとワインの話か」
「何か若干、グロテスクで生々しいよね!そこが好きなんだけど」
神様の血肉ならば、眉を顰めず喜んで平らげる。みかちゃんの血肉ならなおさら、美味だろう。
「じゃあ、このドーナツもキリストなのかな?」
「ふふっ、パンはパン、ドーナツはドーナツじゃない??」
「でも穴のないドーナツも甘くないドーナツも、イースト菌を使っているドーナツだって、この世の中に存在するだろ?ドーナツのイデアから離れたドーナツもドーナツと呼ばれてて……」
「あははっ、ヘンペルのカラスみたい!そこまでいくともう制作者の意思だよね。それか、ドーナツはパンの一種と捉えるか」
「もっと言えば、ドーナツを介して、キリストの実体を食べているのかキリストの身体を比喩的に食べているのか問題もあるよ?」
って続けざまに意気揚々と話してくれる。
「あっ、それは過去にキリスト教徒が人肉嗜食集団と看做されて迫害受けてるから、実体を食べているという意味合いのが強いんじゃないかな?」
「そう思うと食欲失せるな」
「まあ肉だとしても、一旦、焼いたり味付けしたりしたいよね」
「そこ?」
「え?違う??」
「いや、だって、食べにくくない?人間でしょ??」
「僕の知り合いに、恋人の血液を飲んでるっていう変人がいるんだ。彼は人間を本質的に愛せない浮気者なんだけど、その行為のおかげか、その子と別れた時だけは未練たらたらだったね。で、いつの間にか復縁してた。何か、理想的じゃない?身体の中から変えられていく辺り、ゾクゾクする♡♡」
「衛生的には良くないと思うけど」
「ふふっ、そうだよね!」
その後の授業は脳に糖分がよく回っていて集中できた。ひっさびさに勉強が楽しいと感じた。脳弱になれば幸せなこともあるけれど、脳弱だから得られないものもたくさんある。
「今日は、楽しかった。ありがとう」
って、馬場くんから帰り際に改まってお礼を言われた。
「そんな大したことしてないじゃん。また一緒に息抜きしよ?」
僕が軽々しく笑うと
「それは嫌だ」
とバッサリ切り捨てられた。
「え、何で!?」
「受験終わったら、全力で遊ぶから、それまでは」
「そうだよね。じゃあ、受験終わったらまた」
「ああ、今度は俺がどっか連れてく」
受験まであと二ヶ月ちょっと。僕が遊びすぎなのがバレた。絵なんか描いて、みかちゃんと戯れて、自分が愚民だと思えてくる。楽しみにしとく、なんて言ったけど、その時に僕は笑えるかな?
帰りの電車、不安が襲ってきて泣いた。
「ただいま」
そうやってみかちゃんを抱きしめるときが幸せ。疲れている分、沁みた。
「おかえり」
みかちゃんは僕の背中を撫でる。いつも二回ほど撫でられたら離れてるけど、今日は僕が長時間抱きしめてるから、みかちゃんは一瞬戸惑った様子を見せた。でもその後でギューって強く抱きしめてくれた。
「ふふっ、可愛すぎ♡♡」
って、僕がみかちゃんの耳を攻めると、みかちゃんは耳を真っ赤にして、僕の首筋に軽くチュッてしてくれた。
「よく頑張ったね、ご飯にしよっか」
「みかちゃんがあれば他はいらない」
一区切り付けて離れようとするみかちゃんを逃さないように僕は再度身体を密着させて彼に甘える。
「ふふっ、そう言っていつも食べてくれるよね?」
「みかちゃんが愛情込めて作ってくれたご飯を残せるわけないじゃん……」
「可愛い」
大人っぽく撒いて、ご飯をよそってくれる僕の恋人、控えめに言って最高。
「みかちゃんはさ、最後の晩餐には何が食べたい?」
「んー?馨??」
「わあ、みかちゃんのエッチ〜っ♡」
と僕がドラ○もんのしず○ちゃんみたいな声真似してふざけると
「今更??」
めっちゃ開き直って言われた。小首傾げて、知ってるでしょ?って、微笑む仕草で仄めかすの、それはそれで色っぽい。
「みかちゃん、僕も呑んでいい?」
「ダメ、未成年飲酒は法律で禁止されてるの」
「前回は見て見ぬふりしてくれたのに」
「気付いたら馨が酔っ払ってたんだよ」
「ごめんって」
「しかも悪酔いしてやらかしてたし」
あの日あの時、何を血迷ったのかあんなところでみかちゃんを抱くとは思わなかった。公共のマナーを違反してまで、自分の欲望に従うとは。恥ずかしくて情けない。
「みかちゃんも酔ってたくせに」
「あの時はまだシラフだったけど?」
「じゃあ、何であんな僕の誘いに簡単に乗っちゃったの?」
ってお互いの傷口を抉っては顔を見合わせて笑うんだ。何してんだろうねって。
「あはっ、ザルだからかな?」
みかちゃんが置いた酒の缶を僕は盗んで、喉の奥に流し込む。消毒用アルコールの匂いがする。
「みかちゃんはザルじゃない。僕のことをちゃんと受け止めてくれる。ひっく、ふふっ、酔っちゃったぁ♡」
頭がふわふわしてきた。みかちゃんどれだけ強いお酒飲んでんの?僕が弱いだけ??
「もう、馨ってばぁ」
「ねえ、みかちゃん。今が最高に幸せすぎて、不安だよ。僕にとっては欲望も快楽も全て毒で、僕の身体は犯されててシュガーハイになって、残るのは死にたがりの廃人として生きる僕で、ああもうそうだけど、一方通行で堕ちていくしかならさ、いっそここで、死んどきたいなあってたまに思う」
「大学受験はしない?」
「……本当は、大学なんか、全ッ然興味ない!!みかちゃんと遊んで生きていたい。知識なんてマウント取りたい奴が金とともに集めてればいい。僕がやりたいことじゃない!!ああ何で、何でこんなにも苦しめられてるのに、恐怖で逃げられないんだろ」
何言ってんの。何このクズ、どうしようもねえ。
「馨、よく聞いて。馨の人生は馨が決めるんだよ。誰かに邪魔されるようなことがあっても、誰も責任は取ってくれないから、自分の信じる道を歩くんだよ。大丈夫。紆余曲折を経ても尚、理想の自分であろうと努力する馨は、馨の人生は素敵だから、何も恐れることはないよ」
「それがみかちゃんの慰めの言葉?ふふっ、塩っぱいね。でも社会全体に蔓延る信条に、僕は絡まってる気がするの。この檻から逃げ出したくて、本能に従って馬鹿をやるのは、社会的な人間ではないかもね。だけど、実際には出口なんて何処にもないことを僕は知っているから、何処へ行けども僕の狂詩曲は聴こえてこない。下手すれば刑務所行きだ。だから、みかちゃんとは悪いことしてたいんだよ。僕がクズだろうが何だろうが、貴方だけは僕を愛して?」
「あははっ、相当に酔ってんね!要するに、熱狂に溺れさせて、ってことでしょ?良いよ。溺れさせてあげる、優等生」
ってノリノリで僕の顎をクイッと指で掴んで、キスしてくる彼からはお酒の匂いがして、アルコールで解毒して欲しかった。
「ふふっ、みかちゃんも酔ってんじゃん」
「記憶飛ばしてないと生きれない大人なの」
「僕との記憶はトラウマ級に忘れさしてあげないよ?」
「嬉しい。でも馨は、俺のことなんか忘れていいからね」
反論の余地も与えず、僕に刻み付けるように、貴方は僕にキスをするのに、そんな、忘れられるはずないじゃん。何度、貴方の名を呼んだと思ってるの。
朝、目覚めて感じるのは、恋人の可愛い寝顔と頭痛。昨日、何があったのかはあまり覚えていないが、全身が重く軋んでいた。リビングへ向かい、テーブルに置かれた、見慣れない、でも俺好みのマグネットに興味を持ち、それを手に取った。瞬間、パッとフラッシュバックのように思い出した光景は、
「みかちゃん、じゃーん!!リュウグウノツカイのマグネット。みかちゃん好きだろうなあって思って、ガチャガチャ回してきたんだ!どう?喜んでくれる?」
って俺に向かって、ガチャガチャのカプセルを指輪の箱のように開いて、嬉しそうに見せてくれる可愛らしい馨だった。
「ふふっ、すごく嬉しいよ。ありがと」
「良かったあ。何かね、リュウグウノツカイの身を食べれば不老不死になれるって伝説があって……」
と続けて八百比丘尼の伝説を語って、「二人で深海まで永遠を探しに行かない?」って口説き文句で誘われた。
「馨となら深海でも永遠でも何処へでもいきたいよ」
それが俺の本音だった。だから、冗談交じりで言った馨のが気圧されちゃって、「ふふっ、その前に深海って、圧死しちゃうかな〜?」って笑ってた。
「みかちゃん」
「っ、何?」
いきなり後ろから声がして、驚きながら振り向くと、馨が寝惚け眼を擦って、俺の顔を見るなり微笑んだ。
「昨日は楽しかったね♡」
と艶めかしく言い捨ててから、彼は洗面所へスタスタと行ってしまった。
一人残された俺は、その衝撃に脳をやられて、頭痛で隠されていたものが全部浮き彫りになってきた。
「あーーー、死にてえ」




