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第五十七話

「え?」


「あ?」


「ん?」


「は?」


四人でお互いを見つめ合ったまましばらく停止していた。


「何でここにいんの?!」


数時間ほど前───


「あっつぅ、溶けるぅ」


「じゃあ、何でくっ付いてくるんですか?」


「え?……わかった、離れるわあ」


見せつけるようにしょぼくれてクマから距離を置いて座り直すと


「いーや、ダメダメダメダメ!!くっ付いたままでいてください!!!」


と指摘してきたくせにうるさく這って追ってきて、俺の腹の辺りに抱きついてきた。面倒くさい奴と思いつつも、俺も俺で構われるのが嬉しい部分がある。


「わかったからあ、離して!」


その掴んでる手をぺちぺちしても離してくれない。その上、与太話を聞かせてくる。


「麗さん、プールにでも行きません??」


「は?何て?」


「プー」


聞こえていなかった訳では無いので再度言い直ししようとする彼の話をさえぎった。


「誰があんな他人の皮脂や汚れが大量に流れ出た汚水に金払って浸かりたいとでもぉ??」


「俺です。本当、潔癖ですね。海すら入れなそう」


と俺から手を離し、意見のすれ違いからその場が凍てつくのが分かる。そんなの友達と行けば良いじゃん。何でわざわざこっちの落ち度みたいに話すんだろう、この彼氏。


「別にぃ、損してないしぃ」


「そんな、こんな猛暑にプールに入れないなんて、人生の半分は損してます!!」


悲劇のヒロインぶって嘆く彼に冷ややかな視線を送っておいてあげた。少しはこれで背筋を冷やせ。


「そんなのが人生の半分の幸福になる人生だったら、とっくの昔に首括って死んでるね」


「そうかもしれませんがあ、いきましょうよお」


自分の主張を押し通すために、またくっついてきて離れない。俺をグラグラと揺らしてきて嫌がらせまでちゃんとしている。


「駄々っ子(?)じゃん。行かないよ?」


頑なに承認しないという意志を見せると


「麗さんの水着姿が見たいです……」


でかい図体のくせして上目遣いで素直にお願いごとをしてきた。俺に触れたまま。


「見てどうすんのさ、襲う??」


「公衆の面前ではやりませんってば。ただ非日常を貴方と感じたいんです」


そう可愛らしくうるうるの瞳でお願いされてしまえば、一肌脱ぐしかないと思わされるのが恋情だと思う。俺の汚れなんてどうでもいい。



一方、僕とみかちゃんはというと、


「見てください!この長いウォータースライダー、楽しそうですね!」という情報番組を暑さでほぼ空回りしている脳味噌で僅かに捉えながらぽんやりとただ見ていた。


「あーあ、生まれ変わったらクラゲになりたい」


何故だか分からないが、ただ今の心情を呟いてしまった。プールにはクラゲはいないし、何故クラゲという単語が浮かんできたのかのも謎だった。おそらく勉強の小休憩の合間に見たのが悪かったんだと思う。


「何クラゲ?」


「そこから切り込むんだ、ふふっ、みかちゃんらしい」


普通「何でクラゲなのか」「生まれ変わりたいのか」みたいな質問される、だろうと思っている身としてはおかしくてしょうがない。何なら「何言ってんの?」みたいにこっちが笑われる可能性だって大いにあったわけだが、みかちゃん相手なら全然アリだった。


「気になるじゃん」


とソファの背もたれに腕を掛けて、わざわざ後ろ向いて、僕の顔を見て自分の顔を見せて、少し唇を尖らせて拗ねられた表情はとても愛らしかった。


「ベニクラゲ、とかどう?」


「馨がなりたいんでしょ?何で俺に聞くの?」


みかちゃんは相変わらず放任主義というか僕の自由を尊重してくれる。が、僕としては母親からの過干渉に浸ってた分、その淡白さが「恋人なのに」と寂しさを募らせる。


「だって生まれ変わった場所でもみかちゃんがいなきゃ意味ないじゃん。だから、僕がベニクラゲって決めたらみかちゃんもベニクラゲ!!」


「ふふっ、俺もベニクラゲなんだ」


と無理やり僕が自分のエゴを押し通して決定したのにも関わらず、みかちゃんは嬉しそうに笑った。


「嫌だ?」


「ううん、馨がいる場所の近くに俺はいたいよ」


可愛い、え、恋人って、付き合いが長くなれば冷めるって言わない??全然冷めないんだが、むしろ熱々すぎてこの猛暑日も僕らが生み出してるんじゃないかとか、馬鹿なこと考えて惚気けるくらいには好き


「うっわ、大好き。僕のこと誘ってんの??ふふっ、可愛いね♡♡」


と段階的に重くなる想いを抱えて、みかちゃんに近づいて膝をついた。そして、その両頬を両手で包み込んで、額に額をすりすりと擦り付ける。「んーーー♡♡」、と訳わかんない歓喜の奇声を発しながら、幸福で満たされていく。


「馨は何度生まれ変わっても、俺と一緒にいたい?」


「勿論、例えベニクラゲになったとしても貴方を見つけ出してみせるよ」


「ふふっ、馨とならば不老不死も良さそうだね」


「もし僕が研究員でみかちゃんがベニクラゲだったら?」


「却下。研究員の馨くんはすぐ俺にちょっかい出そうとするからダメです。俺の生命がいくらあっても足りないよ」


みかちゃんは始めこそ冷たく不貞腐れるように言ってきたが、最後は情けなさそうにそれを隠そうと微笑んだ。ペトリ皿の上にみかちゃんベニクラゲがいたら、顕微鏡で日々観察して愛でるのは勿論、ツンツンして触れ合い、餌付けも水換えも全部全部僕ができるんだと思ったら天国だった。


「ああ、何かクラゲの話してたら水に浮きたくなってきた」


水風呂にでも入るかと思った矢先、


「ふふっ、暑いもんね。プールにでも行く??」


と予想の斜め上の返答がきた。


「え、でも僕は……」


と勉強と傷跡のことが脳裏によぎって少し渋ると、


「行こうよ、俺は行きたい」


と純粋の願望を向けられて断ることはできなかった。



そして、現在に至る。


「何か真っ黒い防御力高めの奴がいるなあって思ったら馨くんかあ」


「何か真っ白で水嫌いそうな人がいるなあって思ったらお粥さんでしたか」


と手に持っていた水鉄砲でその顔を狙って撃つと


「ちょっ、まじふざけんなあ、そのラッシュガード脱がして欲しいの??」


とその水は手で見事に防がれて、でも怒りは買って、悪ふざけの取っ組み合いになった。「ごめんごめんごめん」と爆笑しながら謝罪の言葉を並べても許してくれなかった。


「あの、麗さん!??」


「仲良いよね、戯れる子犬みたい。初めまして、だよね?クマくん」


「えっと……」


「塩 蜜柑、"みーちゃん"のが分かるかな?粥川と同じ高校で教師やってるんだけど」


「あっ、あの噂の、うわ本当めっちゃ美形ですね!!」


「ありがと、馨が前にお世話になってごめんね」


「いえいえいえ、全部麗さんが悪いんです。馨くんには悪いことしたってずっと後悔してて」


ドボーン!!


取っ組み合いになった末にプールサイドで落とし合いが始まって、足技をお互いに決めようと脚を絡めてグルグルしてると、二人まとめて落ちた。


「プールに飛び込まないでくださーい」


と拡声器を持った監視員の人に注意された。


「いい大人が何やってんすか」


お粥さんは駆け寄ってきた大熊さんにも怒られる。みかちゃんはその後からゆっくりと歩いてきて、「あまりはしゃぎすぎないようにね」と可愛く叱ってくれた。


「だって、馨くんが煽ってくるからあ」


「お粥さんが先に始めたことでしょ?」


原因を僕に擦り付けようとする彼に自己責任だと僕は押し付けた。やっば、このまま言い合ってるとまじに喧嘩しそう。


「水かけてきたのはそっちだしぃ、はい暴行罪で逮捕〜!!」


「何ですかそれ、それだったらお粥さんも暴行罪で逮捕ですよ」


お互いにピリピリした空気感を醸し出して、目と目で睨みバチバチとした視線を送り合う。けれど向こうがハリセンボンのように頬を膨らませていて、怒っているのテンプレートなんだけど本当に怒っている時にその表情をするかと言われたらそうでもないような気がして、何だが笑わせにきてんのかな?って気が緩んだ瞬間にふっと笑みが。


「あははっ、何やってんだろうね俺達」


お粥さんもこの状況、水着の二人がプールサイドでくだらないことで喧嘩している、がおかしいと思っていたんだろう。僕の笑いにつられるように笑ってくれた。


「そうですね。楽しくいきましょうよ」


と彼のそばに寄って和解を示すと、咄嗟に切りかえたようで


「それじゃあ、あのウォータースライダー行こ!!」


と手を引かれた。後ろを振り返るとみかちゃんが優しく微笑んでいる隣りで、慌てふためいている大熊さんが見えた。何でこう、彼氏のことをもっと大切にしてやれないんだろう、この自由人は、自由人だからか。心の中で謝っておいた。ごめんなさい、これは僕の意思ではないです。


「何か、痛そうじゃないですか??」


「なぁに怖がってんのぉ??腹に包丁ぶっ刺した馨くんっ」


「やめてください、不意に来る痛みには弱いんです」


「俺さあ、何かナイアガラの滝のこと、思い出しちゃって、そりゃテンションあがるよね、なんて」


「ふふっ、元カノ思い出した、みたいなトーンで話さないでくださいよお」


「わんちゃん、溺死できればハッピー☆」


「ヤケクソで空元気になるのもやめてください」


とウォータースライダーの行列に並んでいる間にそんな会話をして、ウォータースライダーへの期待値を膨らませていた。


「馨と粥川で遊びに行っちゃったね」


「俺も行きます」


「ダメだよ、クマくんはここで待ってないとすれ違ったら大変でしょ??」


お粥さんとウォータースライダーの最前列、流される直前まで行くと、お粥さんが


「やっぱ無理、怖い怖い怖い怖い!!!!」


と騒ぎ始めた。誘導員の人が困ってる。


「大丈夫です、突き落としてください」


「はあ?このサイコパスは人の心というものをおおうわああああ」


ごちゃごちゃと言いながら流されていく様は何だか汚らしいけれど、アレのように思えてしまって、本当に嫌なんだけど、少しスッキリした気分になった。あははっ、だいぶ失礼だし、そんな僕もだいぶクソだ。


ウォータースライダーで流されている間はただ流れに身を任せて、抵抗もできずに落とされていく。あっという間に出口まできたらしく、わけも分からず溺れた。覚えてるのは飛んでくる水が痛かったくらい。


「馨!」


前髪をかきあげて、声がした方を向くと、プールサイドでみかちゃん達が僕のことを見ていた。こっちだよって手を振ってるの可愛い。


「あははっ、超楽しかったじゃんね!!」


プールから上がると、怖がってビビり散らかしてたあの人が高笑いして、楽しかったを連呼しながら僕の肩に腕を置いてくる。


「お粥さんが落ちていくのが最高に傑作でした」


「うわ、まじサイコパス。プールの底に沈めたい」


「そんなこと言う麗さんもサイコパスですよ」


「あれ、みかちゃんは?」


と振り返ると、簡単に女の子に逆ナンされている僕の彼氏。


「あれれー?馨くん大丈夫そー?嫉妬に狂って女の子達殴らないか心配だなあ?」


これ見よがしに嘲笑って煽ってくるお粥さんがとってもウザかった。


「別に、みかちゃんならすぐに断ってすぐに僕のところへ来るんで」


「へえ、強気だね。みーちゃんにいつもよちよちしてもらってるおかげかなあ??」


「麗さん、」


「なぁに?」


「怒りますよ?」


「いえいえ、お気遣い頂かなくても、傷付いてませんので」


僕の自信はみかちゃんが何度も言い聞かせてくれて刷り込ませてくれて行動で示してくれたおかげで出てきた仮説が膨れ上がったものだった。それが元の仮説に戻ったのだから、この位置が正常なんだと思う。いいや、正常もよくわからない。最近の僕は変だ。死にたいとあまり思わなくなった僕は異常だ。だけど、女の子達と楽しそうに笑う貴方を見ると、正常な僕が垣間見えてくる。


「怒る君も可愛いから好きぃ」


とイチャイチャしている二人を、そこら中にいるカップルを見るのも嫌気がさす。ああもう嫌だ。どれだけ僕を放っておくんだ、あの人は。


「塩さん、この人達はどなたですか?」


「えっと、教え子達だよ」


「あ!粥川だ!!」


「はあ?誰??」


と出会って早々眉をしかめ小首を傾げるお粥さん。


「うわ、ひっどお!!さすがは粥川じゃん!」


褒めるように貶したその女の子達が名乗ると、お粥さんも思い出したらしく、思い出話に花を咲かせる。蚊帳の外になった、僕と大熊さんは愛想笑いをして見守っていた。


「てゆーか、何この粥川以外顔面偏差値レベチの集まり」


と女の子の一人が礼儀知らずで冗談ともセンスがなさすぎて取れない言葉を発した。勿論、大熊さんはムッとした表情で今にも反論してボロを出しそうだったので


「粥川さん、完全に舐められてますね」


なんてせせら笑って、お粥さんと大熊さんの怒りの矛先を僕に向けさせた。と思ったのに、


「それを言う君は不細工だね。冗談だとしても容姿についてとやかく言うのは失礼だと思わないの?」


というド正論をみかちゃんが彼女らに言ってくれたので、お粥さんがめっちゃニヤニヤしだした。「麗さんは凡人には到底理解できないくらいお美しい方なんだよ」と小さな声の愚痴が隣りから聞こえてきた。


「……塩対応、変わんないね〜!!」


謝りもせずに思い出話の延長戦を無理やり始めようとする彼女らとこちらの間でギクシャクとした何かが生まれている。


「でも君らの代はあ、俺のことが好きな子いっぱいいたじゃん??」


お粥さんが空気感をガラッと変えて、また楽しそうな雰囲気に戻す。僕的には戻さないでそのまま別れてくれれば良かったのになんて思ったけど。お粥さんがそうしたいのならそうすればいいと思った。みかちゃんも同意見だろう。


「それ自分で言う??あはっ」「でもホント、粥川リアコはまじ多かったよね〜」「ウチらには意味わかんないけど」「ってか、あれホント??頭ポンポンとかバックハグとかお気にの子にはキスまでしたって」


女の子達が勝手に話を進めて、際どいことまで軽率に聞いてくる。みかちゃんがお粥さんのこと凝視してる。怖っ。


「いやいやそんなあ、ノーコメントで!」


そのみかちゃんの視線を感じ取ったお粥さんが、焦りながら作り笑いをしている。


「きゃー、否定しないんだあ!!」


当然、彼女らは盛り上がるだろうけど、みかちゃんは、あれ?、そっか、生徒の僕を付き合ってるから、あまり強く言えないんだ。「公私混同はあまり良くないよ」って。


「俺、みーちゃんよりもモテてたよね??」


「塩先生は『生徒と恋愛なんかしません』って断言してたからあ」


「すごい隠れファンが多かったんだよ!!卒業式なんてまじヤバかったよね?!」


「何があったんですか?」


「塩先生に告白したい女子で教室がいっぱいになって、気の強い女子のアピール合戦、お淑やかな女子の抜け駆け作戦、紙飛行機のラブレターが飛び交い、さらにはそれを面白がった見物人で廊下が溢れ、学校全体で大混乱よ。ウチらん中では"大塩恋の乱"って呼んでんの!」


「あの時ばかりは逃げたくて逃げたくてしょうがなかったね。『誰とも恋愛しないよ』って言ってんのに全然聞いてくれなくて……」


「そういえば、教卓の下に隠れて微妙に動いて逃げようとしてる動画、めっちゃ拡散されてたのまだ持ってるかなあ??」


「それで、今はどうなんですか??」


「今も生徒と恋愛はしないって公言して、恋愛に興味無いとも言ってるよ。卒業式もあれのせいなのか、ほぼ片付けに回されてる」


「え、可哀想ぅ」


みかちゃんすごい嘘付いてる。


「あははっ、みーちゃん可愛いいいい」


とスマホを見せてもらっているお粥さんが騒いだ。問題になった卒業式のときのみかちゃんの動画だ。僕も見入ってしまって、動画を目に焼き付けようと必死だった。あわよくば貰いたかった。


「君は……」


「砂糖です、皆さんと同じ高校の新任教師でして今日は親睦を深めようと」


「えーーー、先生なの!?担当教科は??」


「数学です」


「めっちゃそれっぽい!!」


「俺より頭良いよ、砂糖先生」


とみかちゃんが僕と女の子に嘘を付いているとそれに乗って入ってきた。悪ふざけして調子に乗ってバレなきゃいいけど。


「塩先生、理系なのに数学苦手ですもんね」


僕は生意気な新任教師を演じた。


「数三は諦めたの!」


それに対し彼は諦めが良く、もう心残りもないような笑顔でそう答えた。


「今からでも僕が教えましょうか??」


「え、どうしようかな」


「優しく丁寧に手取り足取りみっちりと教えますよ」


みかちゃんに微笑んで近づいて、逃がさないように両手を掴んだ。僕がふざけて圧をかけたから、みかちゃんが焦って目を逸らしてる。僕は僕ら二人の世界を創ろうと、意図的にこうしているのに。


「砂糖先生、手厳しそうだし……」


「できたらご褒美ありますけど」


「え、それじゃあ先生!アタシに教えてくださーい!!」


外野になっていた女の子が挙手をして主張を飛ばしてきた。でもこの場限りの付き合いだろうから


「ダメです、塩先生限定でご提案しているので」


と強気に出た。戸惑った顔された。みかちゃんはもっと戸惑ってた。


「馨、ちょっと……」


ああもう手っ取り早くキスして、この場から逃れたい!!


「そんな真面目な顔しないでください。冗談です」


とパッとその手を離して、微笑みを見せた。それを聞いて安堵で頬を緩めるみかちゃんに向かって


「数三よりも研鑚したことをお教えしたいので」


と耳打ちで伝えた。思考をかき乱していく、何だろうって貴方の興味を唆る対象が僕なのが心底気持ちいい。勿論、例に漏れず貴方のことですよって伝えてしまおうか。


「砂糖先生はあ、絵もお上手だからあ、俺の居場所がなくなっちゃうなあ」


良いところで酔っ払いに絡まれた。みかちゃんの表情が陰る。突然肩を組まれた。とゆーかいい加減、プールに入りません??


「僕は理想の中で醜悪なものを描いているのが好きな人間なんです。貴方みたいに生粋の美は描けませんよ」


「まーた病み始めるぅ、はいはいわかったよ。それじゃ、俺らだけで遊ぶからあ」


と肩を組まれたまま、女の子がいる方と真逆に連れられる。「えーー、行っちゃうの??」なんて声を無視してズカズカと歩いていく。


「麗さん、良いんですか?」


「君も、体育教師って嘘付き続けるの苦痛でしょ??」


やっぱり最後までフォローして別れの挨拶までちゃんとして遅れて小走りで来るのがみかちゃんだ。


「みーちゃん、馨くん病んじゃうよお??」


「別に、病んでませんけど」


「ごめんね馨、俺が捕まっちゃったから……」


そうやって不機嫌そうな雰囲気出してみかちゃんに顔色伺わせて、僕って本当にめんどくさい奴。


「大丈夫ですよ」


ただ一緒に遊んでいる途中にみかちゃんを横取りされて、僕の知らないみかちゃんを知ってる人に出会って、純粋に嫉妬しただけ。


「馨くん、みーちゃんの絵だけは綺麗に描くもんね!」


「何で今それ言うんですか?恥ずかしいじゃないですか……」


一方的に肩を組んでくるその人を肘でつついた。


「麗さん、いつまで馨くんと肩組んでる気ですか?」


「あ、これは励ましてただけじゃーん!」


「みんな、お詫びと言っては何だけどチュロス奢るよ。何味がいい??」


みかちゃん、僕の機嫌取りしてんのかな??別に上機嫌ではないけど不機嫌でもないし、あの時間が僕達だけの時間にならなかっただけで、致し方ないとは思っている。ここは無理して笑った方が良いのかな??


「プレーン」


躊躇いなくすぐさま頼んだのはお粥さん。


「ハニーチュロスでお願いします」


その後にんーと悩んだ末に丁寧に頼んだのが大熊さん。


「馨は?」


「僕は、オレンジで」


みかちゃんはチョコレートだろうから、食べっこした時に美味しそうなのと、あとは単純に好きな味を選んだ。みかちゃんが四本買ってきている間に、僕達は椅子とテーブルを確保して、暇になったから道行く人を見ていた。


「見て、あの人めっちゃスタイル良い!!」


お粥さんが綺麗な人を見つける度に彼氏に報告してるから新手の拷問をしているのかと思いつつその様子を見つめていた。


「麗さんって、案外巨乳派なんですね」


うっわ、可哀想。


「うん、柔らかいの好きだから」


超絶可哀想。


「それ俺が筋肉質なこと分かってて言ってます??」


大熊さん、若干キレてる。


「君だって柔らかいところがあるでしょ??」


「え?」


「唇」


とお粥さんが大熊さんの唇をふにふにと指で押して楽しんでる。全部、惚気かあ。哀れんで損したあ。


「お待ちどおさま」


そこにチュロスを四本持ったみかちゃんが現れた。可愛い。チュロスに囲まれてるみかちゃん可愛い。


「あんがと」「ありがとうございます」


お粥さんと大熊さんがみかちゃんの手から受け取った。どっちがどっちだかってこんがらがってる。


「馨、どっちでしょう?」


は?あざとっ!!僕達の完璧に色違うじゃん。オレンジと黒だよ??お粥さんらの見てやりたくなったのかな??可愛い。てか、自分でやっといて笑ってるし。無理すごい可愛い。好き。


「僕のは、"蜜柑"味だよ」


「ふふっ、久方ぶりに名前呼ばれた」


冬はこれで何回か弄れたけど、夏は蜜柑あまり食べないから恋しかった。一口、キスとかしちゃ、ダメだよな。


「あ、イチャイチャしてるぅ」


お粥さんはイチャイチャを取り締まる警察官か何かなの??


「そっちだってしてた」


ちょっと拗ねて反論する恋人まじで可愛い。


「みかちゃん、一口貰っていい?」


というと「はい」って食べかけのチョコレートチュロスを僕の方に向けてくれるから、みかちゃんが持ってるのをそのままパクッと食べた。


「馨のも食べたい」


って彼が言うから、僕も同じように食べさせた。すると対抗してきた目の前のカップルがわざとらしく「あーん」とか言いながらイチャイチャし始めた。いや、一方的にお粥さんがイチャイチャしようとしてる。


「ふふっ、そんな対抗しないでくださいよ。僕らは自然にやるのが好きなんです」


「別に対抗してないけどぉ??これが俺らの普通だからぁ」


対抗心むき出しに見えますけど。


「そうなんですか?」


と一応大熊さんに確認を取った。


「いつもはこんなわざとらしくないけどね」


へえ、じゃあお粥さんって「あーん」って言いながら食べさせるタイプなんだ。聞いといて何だけど、別にどうでも良いな。


「オレンジとチョコレートってやっぱ最強の組み合わせ」


僕のを食べて自分のを食べて、もぐもぐしている彼氏が嬉しそうにいつもオレンジチョコレートを食べるときに言う台詞を言った。この好みを知っている僕が自画自賛だけど誇らしい。


「僕も甘くて美味しいチョコレート、大好き♡」


やっば自分が言うと何かすごい気持ち悪いし痛いし気持ち悪い。みかちゃんなんか共感性羞恥なのか顔が赤くなるまで照れて目を泳がせてる。よし、溺死しよう。



「馨、泳ぐの上手いね」


俺が優雅に浮き輪の上で漂っている横で馨がゆったりと平泳ぎをしている。


「幼い頃、スイミングスクールに通わされてたから。競争心を身に付けろって母が意気込んでて」


「へえ、それで競争心は身に付いた??」


「たぶん??みかちゃんはそうゆうの苦手そう」


「ふふっ、そうだね。競争なんて誰ともしないよ」


「みかちゃんはつねに一位だからね」


「ふふっ、何言ってんの」


「僕の中では永遠に一位だよ」


「どの分野で??」


「意地悪、帰ったら散々言うから」


公共の場でら言えないような分野にまで俺はランクインしてんのかな?ベッドの上でいっぱい惚気られそうだ。


「楽しみにしとく」


というと手で作った水鉄砲でピュッと水をかけられた。そしていたずらっ子のように笑う。


「みかちゃんも泳ごうよ」


「溺れちゃうって」


「僕が支えてあげるから」


その言葉に誘われ、浮き輪から降りる。水の冷たさに包まれて、地に足がつかない不安を感じる。馨についしがみついてしまって、微笑みながら優しく抱き返される。「大丈夫、大丈夫」と子供をなだめる母親のように、水流に乗ってユラユラと揺れていた。


「馨がいると安心する」


「そんなにくっついて言われると、僕はドキドキしちゃうんだけど」


「ふふっ、離さないでね?」


「わかってるよ」


そのまましばらくは水に流されて、周囲の目も気にせずに馨にずっとひっついていた。たわいもない会話をしながら、浮遊感に包まれて何だか楽しかった。


「あ、みーちゃんお帰りぃ」


プールサイドではお粥がクマくんが泳いでるのをずっと見ていて、途中、水を足元にかけられたりしていた。本当に水に入りたくないんだ。


「ただいま、ああ、ちょっと冷えちゃった」


「あれ、馨くんは?みーちゃんに欲情してトイレで罪悪感に呑まれてる感じぃ??」


「ふふっ、違うって。浮き輪を片しに行ってくれてるの」


「あはっ、つまんなあ。あーんなに抱き合ってんだから中でヤってんのかと思った」


「酷い冗談だね、脳みそに貞操観念が備わってないんじゃない?」


「それも酷い冗談だってのぉ」


「みかちゃん、お粥さん」


馨が手を振って近づいてきてくれる。しっぽを振って駆けてくる大型犬のようだ。


「ほらね」


「サクッと抜いてきたかもよ??」


「うるさいなあ、抜けてるのはお粥の頭のネジの方でしょ??」


「何話してんの?」


嬉しそうに駆け寄ってきた馨に聞かせる話じゃないので、開口一番でやばいことを喋り出しそうなお粥の口を塞いだ。


「いや別に何も」


「馨くんがあ」


「ちょっと黙って」


「僕がどうかしました?」


不安げな表情を浮かべる彼を見るといたたまれなくなった。お粥にもこの気持ちが伝わらないだろうか。


「馨くんがみーちゃんに、」


まじで言うんだコイツ。他人の不幸とか好きだもんね。でもその弱みにつけ込むのが俺であれば良い。


「欲情したんじゃないかって議論してたところ」


口元に手を立てて誰かから見えなくしてるけど、その声は俺にまで聞こえてきて、恥ずかしさから俯くことしかできなかった。


「あははっ、お粥さんの脳内ってハッテン場なんですね!」


「はああ!??」


馨、お粥によく懐いたなあ。ああやって煽って喧嘩してでもその分仲良くなって、馨との関係性をずっと保てるか不安がってる俺とは違う。


「勿論、みかちゃんはとっても可愛くて、そういった邪な気持ちも多少はありましたけど、みかちゃんが楽しんでくれるのが僕は一番嬉しいので、そんなことはできないです」


「馨くんは、もっとエグ味を持った人間じゃん。何キラキラした甘味処になってんの??めっちゃ胡散臭いんだけどぉ」


「ふふっ、まあ時と場合と、場所によります」


「あはっ、今夜は寝かせてくれないかもね〜、君の彼氏!ベッドの上では野獣だって!」


「あの、そんなこと一言も言ってませんけど」


「そうゆう意味じゃん」


「麗さん!見てくれてましたか??」


「うん!やっぱ凄いよお!!」

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