表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/72

第五十五話

体育祭のお昼休み。僕はお粥さんに詫びを入れるために、美術室へ来た。やっぱ、いた。


「何?馨くん」


「お粥さん、借り物競争、楽しかったですか?」


変な間で、変な質問をしてしまった。


「君に借りられてってことぉ??」


「はい」


「まあ、楽しかったよ。笑われたけどね」


何だろ、大人っぽい。僕よりも全然、大人になった。いや、大人なんだけど、前まで一緒に高校生みたいに笑ってたのに。


「ごめんなさい、僕、なんか、必死で」


「あははっ、まじウケるんだけどぉ。謝る必要性皆無だしぃ、君が学校行事で必死とかぁ」


手を叩いてわざとらしく笑われた。


「そんなに、可笑しいですか?」


「ううん、おかしくなんかないね。ただ変わったなあって、虚しいだけだからぁ」


なんて言いながら、虚しさをはぐらかすように口を横に広げて笑う。


「お粥さんこそ、変わっ、変わりましたね」


「あは、俺はそんな変わってないよぉ。ただ君が俺を、認識する範囲が広がったんじゃん??」


「そうですかね?前はもっと、子供っぽいというか、単純というか、自分に素直に生きている人だと思ってたので」


「どっちが好きぃ??」


「どっちも、じゃダメですか?」


即答で、どっちも、って改めて考えると恥ずかしすぎる。お粥さん大好き人間じゃん。


「良いよぉ、気分によって変わるからぁ」


「そうですね、確かに、嬉しいです」


「俺を二倍楽しめて??何お得感ってやつぅ??」


「ああ、お湯を入れても楽しめる的な」


「お粥じゃん」


「カロリーオフでお腹にも優しい」


「お粥じゃん」


「風邪じゃなくても食べたい」


「お粥じゃん」


「ふふ、二人で漫才でもやるの??」


二人でそこまで盛り上がりを見せない漫才っぽいやり取りをみかちゃんに見られていた。優しい、笑ってくれてる。


「あ、みーちゃん。見ぃちゃったぁ??」


「やりませんよ、僕がボケじゃなければぁ」


「へえ、ボケだったらやるんだぁ」


何その、飲み会で女の子と飲んだことを言及する嫉妬深い彼女感。そんなの、ジョークに決まってんじゃ……


「えー、俺がツッコミ!?ベッドの上ではツッコまれる側なのに!?」


「何言ってんの?」


みかちゃんがニコニコした笑顔で、雑なツッコミをした。下ネタめっちゃ嫌うじゃん。


「……みーちゃん、怖い」


お粥さんが僕の背後に回り込んで、みかちゃんから逃げてきた。


「あ、そういえばお弁当食べた?」


「全部美味しく頂いたよ。ありがと」


「ふふ、良かった」


みかちゃんのそれが聞きたくて作ってるから、やった、報われた。頑張って良かった。


「え!?馨くんお手製のお弁当??俺も食べたーい」


お粥さんが僕の腰に腕を回しながら、甘えるように僕の肩に顎を乗せて言ってきた。


「彼氏限定なのでダメです、絶対に食べさせません」


あ、妬いた。みかちゃんが、僕のために。可愛い。お粥さんの手を取って僕から引き剥がそうとしてる、何これ可愛い。


「あー、みーちゃん妬いてんでしょー??自分もあの時キーケース持ってたんだもんねー??」


粥川が僕の彼氏をめっちゃウザったくわざとらしく煽ってる。あの時って、借り物競争の時か。キーケースってことは。へえ、そんなこと気にしてたんだ。


「いや別に?俺は鞄持って通勤してるし??」


「うっざあ、まあ、俺はセンスと技術が持ち物だからあ、そんな重いもんいらないけどねー!!」


やば、僕を挟んで師匠と彼氏が喧嘩してる。どっちの肩持っても、その後の関係に最低限でも若干は響く。まあ僕としては彼氏優先するしかないんだけど。


「まあまあ、少し落ち着いて」


「「落ち着いてるけど?!」」


うわ何か、何を言っても地雷踏みそう。


「そもそもさあ、いい加減、馨から離れてくれないかなあ?距離感おかしいと思うよ??恋人でもあるまいし」


みかちゃんがキレすぎて一周まわって笑顔になってる。刻々と状況が悪化していく。


「え、俺はこれが普通だけどぉ?美人に対してはパーソナルスペースゼロ距離だからあ、あははっ」


能天気に笑ってる場合じゃないですよ!!ああ、どうしよう。穏便にこの場を凌ぐには。


「その信条は即刻捨てた方が良いよ??誰かに刺される前にね☆」


うっわ、性癖。可愛、え、ニカッてして、いま、ものすごい怖いこと言ったよね??まじアイドルみたいなキラッキラの笑顔で、僕だったら「刺して♡」って団扇作ってる。


「うっわ、刺して〜〜!!俺のこと刺殺して〜〜♡♡」


はああああ、僕の背後で発狂したヲタみたいな人、つまりお粥さん、と僕が同じ脳の造りしてそうで少し鬱った。


「お粥さんは僕よりもみかちゃんの方が断然好きですもんね。お二人が仲直りできて良かったです」


脳死しながら表情筋が死にながら、薄っぺらく思ったことを口にした。でもみかちゃんに抱きついて欲しくなかったから、予め僕が抱いておいた。


「馨、?」


みかちゃんが不思議そうにこっちを見てくる。可愛い。脳みそと表情が生き返った。


「嫉妬しないで。自分ん家の鍵は借り物になんないでしょ?」


と耳元で囁くと、顔を埋めてきて、ぎゅーっと抱きしめる力を強くしてくるから、照れてるのがよくわかった。幸せだ。


「ねえ、ちょっと、馨くん!?俺とみーちゃん仲直りさせる気あるぅ!??」


肩をパシパシパシパシ執拗に叩いて、不満を訴えかけられた。


「はい、ありますよ」


話半分の返事。


「お粥、さっきはごめん。だから、ちょっとあっち行ってて」


やば、お粥さんを遠ざけるとか、それって、もう、アレしたいって言ってるようなもので、ドキドキしてきた。お昼休憩終了までに間に合うかな?もはや、違う種目で二人で体育祭を楽しむとか、?


「はあ?絶対に反省ゼロじゃん!!」


とか言いつつも、見たくはないんだろうな。美術室から大袈裟に音立てて出ていった。まあ、後でたくさん構ってあげよう。


「ねえ、馨」


そうやってせがむように見つめてくる顔。やっば、可愛すぎ。何でそんなに赤くなってんの?一回キスしただけで。


「やば、止まんなくなりそう」


「俺の中では永遠に馨が一番だよ」


と僕の髪を撫でてくれる。


「全種目で?」


「もちろん、この世に存在するありとあらゆるもの、何もかも馨が全部優勝してる」


まじでエグ可愛い。その思想、その言葉を生み出した脳みそだって全部可愛すぎてキスしたい。


「ふふっ、僕の大優勝だね」


煽てられて調子に乗って、もっと、みかちゃんから優勝報酬を貰おうとした。


「待って」


「ん?」


「後半戦はまた夜に」


って意地悪く微笑む。そんなに煽てておいて、お預けはずるいよ。って不満を言うこともできたが、せっかく優勝したのに子供っぽくてはみっともない。


「僕、生きてるかな?」


「どうだろうね。でも、運動するには今が良いコンディションだと思うよ」


あ、聞いたことある。性的興奮などをするとテストステロンっていう筋力をアップさせる男性ホルモンが分泌されて、性行為でも運動でもパフォーマンスが向上するって。


「みかちゃんって、たまーにサイコパスっぽいよね」


「え?何か言った??」


「優勝してくるよ、愛する恋人のために♡」


っておでこにキスした。



お昼休憩を終えると、部活動対抗リレーに混じって、教員チームが走る。若い先生や運動が得意な先生が本気で走るのは、かなり見物だ。ちなみに俺は走るのが遅すぎて参加したことない。運動は幼い頃からめっぽう苦手だ。


「ねー、みーちゃん、どの部が一番だと思う?」


机に頬杖つきながら、だるそうな声で聞いてきた。


「え、そうだなあ、何となくバスケ部あたりが速そうじゃない?」


「美術部はぁ?」


と少し不満げに言われる。


「ん??文化部の中で、ってこと?」


「みーちゃん、何で俺の部活を応援してくんないの?」


「応援してるよ、みんな応援してる」


「嘘つけ、どーせ馨く……んんっ」


慌ててお粥の口を塞いだ。先生達がちらほらだが集まってる中でその名前出すか??


「粥川先生、口元にご飯粒ついてましたよぉ。気を付けてくださいね」


「ぷはぁ、ごめんって」


「よし、私も張り切って応援するかな」


「誰を??」


「ほら、先生方が走るじゃないですか」


と丁寧に手のひらで指す。一応、お粥は先輩。


「あ、あの人、俺と同期だよ。ほぼ喋らないけど」


お粥は一人を指さした。


「へえ、そうなんですね。応援したらどうですか?」


「嫌だ。絶対、嫌な顔される」


どうしたらそうなるんだ。応援されて嫌な顔する人なんているのか?


「名指ししないで応援してみては?」


「別に俺がしたところでブーストかかんないよぉだ」


拗ねられた。隣りでずっと仏頂面で見られてもなあ。

リレーが始まった最初は運動部が走って、あ、あの子、あの二人、馨と仲の良い柿崎くんと飴くんだ。


「頑張れー!!」


グラウンドに向かって叫ぶ。ふふ、馨もメガホン持って盛り上がってる。可愛い。


「また喉やるよ??」


「今日は良いの、そのつもりでいる」


運動部はバスケ部とサッカー部がギリギリの接戦で、バスケ部が一位となった。次は文化部、教員チームも走るんだ。


「が、頑張れ!もっと速く!俺が応援してんのに負けんなよ」


隣りから不思議な声援が聞こえてきた。


「ふふっ、こっわ!!」


とその様子を可笑しく思うと


「良いじゃん、別にぃ。他人の応援なんか慣れてないの」


って唇を尖らせるから、不器用なりに声援を送ったんだって。ちゃんと届いてると良いなってしんみりと思った。


「碧先生!!格好良いですよー!!」


囃し立てるように声援を送った。流石だなあ、碧先生。何だかんだ、生徒に好かれてる。色んなところから「碧先生」と言う声が聞こえる。俺の声はきっと届かないなあ。


「嫉妬するんじゃん??」


「いやあ、聞こえてないでしょ。わあ、頑張って!!」


こうやって誰かを応援するの、俺、好きなんだろうなあ。モネちゃんだって、馨だって、もちろん受け持ちの生徒も、みんなみんな頑張ってって応援してる。誰かを支えて、それでその人が幸せそうに笑ってくれるのがすごい好きだ。どうしようもない孤独感から救ってくれるような気がする。



「塩 蜜柑、見てたか?」


走り終わった碧先生がテントへと帰ってきた。


「はい、案外足速いんですね!」


「今更それか」


って笑われた。


「だって今まで忙しくて、ろくに見られなかったんですよぉ」


「そっか」


碧先生の表情が曇る。愚痴みたいに言っちゃった、ああ、ダメだ、今日は体育祭。明るく元気に。


「だから今日、見られて良かったです!私が応援してたの聞こえてました?」


「聞こえてたよ」


「え!本当に!?」


色々と言いたい放題言ってたから、なんかいきなり恥ずかしくなってきた。「例えば?」と恐る恐る聞いてみた。


「え、普通に『頑張ってー』って、おかげで頑張れた」


「あ、そうですか!良かっ「他には?」


「ちょっとおか、粥川先生……」


何でお粥がこの絡みに割り込んでくんの?これ絶対に仕返しだわ。もし「格好良い」とか「イケメン」とか聞こえてたら、恥ずかしすぎるんだが。


「他にねー、んー、『格好良い』?とか?」


自信なさげに首傾げながら照れ笑いする碧先生。ああああ、言いました。それ、すいません……。


「いや、そんなあ」


とすっとぼけようとすると


「あははっ、言ってたじゃん!!良かったね、聞こえてて」


と楽しそうにお粥に肩を押された。めっちゃ恥ずっ!!顔真っ赤になってない!?大丈夫??あわあわしながら、額に手をやったり、耳を触ったり、とにかく落ち着かない。何これ、告白!?それぐらい緊張感が凄いんだけど。


「……とりあえず、お疲れ様です」


「何それー??ほら、貝原も何かないの?」


お粥は恋のキューピッドか何かを生業としてんのか??これが嫌がらせかと思うと心底酷い。


「まじで、格好良かったか?」


え、この人なら「何だこの茶番劇は?」くらい言うと思った。赤い頬が走ったせいなのか、俺のせいなのかもわかんない。いや、自惚れすぎた。この人だって冗談言ったり、からかってくる時だってあるし、きっとそれだ。落ち着け。


「……何ですか?もしかして変顔しながら走ってたんですか?」


「いや、そんなことするわけないだろ!?ただ純粋に……」


「ふふ、格好良かったですよ」


「ああ、塩 蜜柑、本当にお前って奴は……」


と顔に手をやる碧先生は、さっきの俺と同じような気がした。



「馨、どうした?キレてんのか?」


「キレてない、ただの武者震い」


座ってると貧乏揺すりする足が止まらない。みかちゃんのせいだ。早く何かして、テストステロンを消化したい。


「落ち着け、何があった?」


「何も??」


とすっとぼけるも無意味。


「何もないわけないだろ?そんな、」


「ザァキ、部活対抗如きで本気出しすぎぃ。速すぎてビクッたわあ」


飴ちゃんも帰ってきた。部活動対抗リレーは得点にはならないお楽しみ競技だから、そんなことを言って話を逸らしてくれた。


「だって午後は俺、マスゲームしか残ってないし」


「良いなあ、って言っても俺もないんだけどね」


「何なんだよ」


「マスゲーム、楽しみにしてるね」


「おお、まあ、俺は駒の一つでしかないけどな!」


集団演技、有志で集められた生徒がこの日の為だけに、放課後の時間を割いて、アザだらけになりながら練習して、作り上げる芸術。僕は反乱因子だろうから、自ら志願しなかったが、分子構造みたいで見てる分には面白い。

体育委員長がホイッスルを吹く。一斉に生徒達が走ってきて、前後左右に綺麗な列を作る。そして、その笛の音を合図に座ったり立ったりウェーブしたり、とにかく一糸乱れぬ動きで観客を魅了する。


「ザキどこだろ」


「こーゆーのは目立たない方が良いんじゃん?」


「ふふ、言えてる」


「まあ、目立ってる奴もいるけど」


と飴ちゃんが一瞥。


「体育委員長??」


「あはっ、なんっか仲良くできそうにないタイプぅ」


「何処らへんが?」


「何だろ、裏表がないんじゃなくて、裏表を知らない、甘やかされてきた坊っちゃん感が鼻につく」


「へえ、僕はよく知らないけど、誰に対しても猜疑心がないってこと??」


「そ、詐欺に簡単に引っかかって痛い目見るタイプぅ」


「可愛いもんじゃない?」


「まあ、そうなんだけどね」


「でも言いたいこともわかるよ。舗装された道を闊歩して生きてきたんだろうなあ、って人達を見ると自分が虚しくなる」


「あはっ、馨ちゃんも似たようなもんだよ」


「え、嘘?そう見えてんの?」


「いや、俺じゃなくて、馨ちゃんのことをよく知らない人達はそう見えるんじゃないかなあって」


「霰は、僕に裏表がないと思う?」


「いいやあ?めっちゃあるね」


「こんなに他人の悪口も汚い言葉も言わない、聖人君子の僕があ??」


「ふふ、あはは、何処があ??だって、平然と嘘つくじゃん!!」


「仲良くない人の前だけだよ、霰には一つも嘘ついてないでしょ?」


「ほら、もおそれが嘘ぉ」


「嘘じゃないって、自分の首を締めるような真似はしないよ」


「馨ちゃんってさあ、悪口とか非行とかで人脈形成するよりも、ずっとタチの悪い縛り方するよね」


「そうかな?」


「無自覚?」


「うん、無意識の領域下でも霰に離れて欲しくないんだろうね」


「そーゆー特別扱いするところ、ほんっとタチが悪い」


「じゃあ、変えた方がいい?」


「絶ッ対に変えないで!!」


「ふふ、気に入ってくれてるんだ」


そんな会話をしながら、マスゲームを眺めていた。画一的なそれは、軍隊を思わせる。


「なあ、マスゲームちゃんと見てたか?」


「見てたよ、よく頑張ったね」


「お砂糖ちゃんと目立たないねーって話してたんだあ」


「それは、褒めてんのか?貶してんのか?」


「悪目立ちしてなくていいじゃん」


体育祭も、もう終盤。クラス対抗リレーが始まる。僕は第二走者。横に先生方のテントが見える位置、レーンの上で待機する。みかちゃんが僕の方を見てくれてる。可愛い。

パンッ、ピストルが鳴る。第一走者が走る。緊張が高まってくる。ストレッチも終えて、準備万端だ。後方に手を差し出して、小走りしながらバトンを受け取り、土を強く蹴って、前へと走……!?、やば、片方の靴が脱げた。拾ってる場合じゃない、そのまま百メートル走る。足の裏に石ころが刺さる。痛い、けど、耐えなきゃ。バトンを第三走者に渡すと、気が抜けたのか、足裏の痛みが響く。レーンから抜けると、靴を持ったみかちゃんが近くで待っていた。


「ありがと、ございます」


片足立ちでジャンプしてそこまで向かった。みかちゃんの肩に肘を置いて寄りかかる。


「いいえ、頑張ったね」


と微笑んで褒めてくれるみかちゃんは天使だと思った。


「キスしていい?」


と僕が耳元で囁いて揶揄うと、一瞬目を丸くしてからそっぽを向いて顔を赤らめる。


「靴、投げ飛ばすよ?」


「あははっ、犬みたいに喜んで取りに行きますよ♡」


土埃で汚れた靴下を脱ぎおわると、みかちゃんがしゃがんで、シンデレラに対する王子様のように靴を持って待ち構えてくれている。可愛いいいい♡♡


「はい、あんよ入れて」


ぷふっ、可愛すぎる、"あんよ"って。僕が笑いをこらえてると、みかちゃんが不思議そうな顔で首を傾げる。何気なく発した言葉なんだろうなあ、それがますます可愛い。


「ふふっ、ぴったりですね」


「だって、馨のものでしょ?」


「硝子よりも冷たい」


「元気そうで何よりだね、それじゃ」


固くリボン結びをしてから、立ち上がって、ジャージについた砂埃を払う。


「後でご褒美くれる?」


と聞くと、コクコクと頷いてくれた。


自分達のクラスが何位とか、正直もうどうでも良くて、打ち上げとかも誘われたけど行かないと断った。ただザキと霰と一緒に帰りにアイスを食って、体育祭の思い出話に花を咲かせるだけで十分だった。


「やっぱ今年の体育祭が一番暑かったんじゃん?」


「気温的に?」


「違う、白熱してたってことだよ!」


「まあね、僕も今年が一番楽しかった」


「ほらぁ、何事も真剣に取り組んだ方が楽しんだって」


「その時間と精神的余裕がある時だけじゃん?」


「馨ちゃんとザキって性格真反対なのによく幼馴染やってるよね」


「んー??きっと喧嘩するほど仲が良いんだよ」


「喧嘩しなくたって仲良いだろ」


「僕が言いたいこと言ってもザキは聞き流してくれるもんね?」


「時と場合による。それに俺が何言ったって、お前が論破してくんじゃん」


「僕は最善の答えを導こうとしてるだけ。ザキの話だってちゃんと聞いてるよ」


「……まあ」


「あはっ、今日は喧嘩しないんだあ」


「だって事実としてそうだから、しようがないだろ」


「こうゆう素直なところがザキは良いよね」


「馨、」


「はい、イチャイチャしなーい!!」


とザキと僕の間を飴ちゃんが割り込んできた。


「ふふっ、してないよ」


「いやいや、ザキが恋する乙女の顔してたよ!?」


「どんな顔だよ」


僕達の最後の体育祭が終わった。



馨がシャワーを浴びている音、それだけで何か変な気分になる。最近、俺の体調のこともあってか、あんましてなかったし、あんな格好良い姿を見せられては、腹の奥が苦しくなってくる。


「みかちゃん、上がったよ」


そうやって腰にバスタオルを巻いただけの姿で、お風呂場から出てくる馨に、今日は特段と胸を躍らせる。濡れ髪をかきあげる仕草だって、とてつもなく色っぽい。ああ、これからこの人に抱かれるんだ。そんなことを悶々と考えてはのぼせてしまいそうだ。


「何?まじまじと見つめて」


「え、いや……特に、何も……」


ぼーっと見つめていたのを、目を回して誤魔化した。


「みかちゃん、もしかして疲れてる?今日はやめとく?」


と馨が寄り添ってきてくれて、でも俺はそれでさらに頭ん中が真っ白になった。


「いいやあ?めっちゃ元気!!」


やば、頑張って伝えようとして、なんか一周まわって胡散臭い。めっちゃ馨とヤリたい人みたいじゃん。


「本当?無理しないで」


「本当、無理なんかしてないから」


と言っても相変わらず心配そうな顔される。大丈夫なのに、誤解されたまま。もどかしい。……ちゅ、と軽くキスをした。


「ただ馨に見蕩れてただけ、だから」


「ふふっ、やば、このまましちゃう?」


「ダメだって、早めに出るね」


「うん、ベッドで待ってる」


逃げるように入ったお風呂場で冷水のシャワーを浴びる。危なかったあ、ついついそのまま絆されるところだった。無心で髪の毛を洗って身体を洗う。お風呂場から出て髪を拭いてドライヤーで乾かして服を着る。どーせ脱がされるし、どーせまた濡れるんだろうけど。なんて無意味だと冷ややかに思うけれど、ベッドに向かうとそれすらも熱くなってどうでも良くなる。馨が横向きに丸くなって寝ていた。


「馨、起きてる?」


「んー」


「眠い?」


「ううん、眠くないよ。僕はみかちゃんがいなきゃ眠れない」


と馨がむくっと起き上がって、髪の毛を手櫛で梳かしながら物憂げに優しく笑うのが愛おしかった。思わずベッドの上を膝立ちで歩いて馨を捕まえるように抱きしめた。バランス悪くて馨にほぼ体重がかかっている。


「ふふっ、これで寝れる?」


「意地悪、まだ寝たくないよ」


「でも疲れてるんでしょ?」


「大丈夫、疲れてる時こそみかちゃんに甘えたいの」


って腰に手を回してきて、スエットの下に入れる。身体の線をなぞる。その指先の冷たさに少しビクッとした。


「みかちゃん温かいね」


「お風呂上がりだからね」


「もっと熱くさせてあげよっか?」


腰椎の辺りを手のひらでグッと押し込まれて、腰が上がりさらに引き寄せられる。あーん、として唇を食むようなキスはもっと甘えたいと言っているみたいで情欲を煽ってくる。


「うん、溶けるまでやって」


「んーーー、可愛いいい♡♡♡」


と急に可愛らしいデレを見せる馨。そのギャップにやられてしまう。子犬を可愛がるようにめちゃくちゃ撫でてくる。なのに、その可愛らしい熱がふと冷めたように一瞬止まって、今度は舌をちろっと見せてその妖艶な笑みで煽る。


「されたいの?」


「逆に、したくないの?」


と少ししょぼくれたように言うから、馨を捕まえて、強引に、した。言葉で確認し合うより、身体で愛し合った方が良い。馨って、口達者だから。


「これが答え」


「ふふっ、みかちゃんに求愛されるのは気持ちが良いね」


「求愛って、」


恥ず。


「でもそうでしょ?ねえ、何度でも僕を求めてよ。僕はみかちゃんの為なら何だってするから、ね?」


馨の独占欲は、ただ束縛とか暴言とかそんなものじゃない。自分の命を差し出すから裏切らないでって、一番でいさせてって嘆いてるみたいで、見ているだけで苦しくなる。そんなことしなくたって、


「うんうん、わかってるよ」


彼の不安感が収まることはない。安心感を与えられない限りは俺はずっと恋人から出られないんだろう。


「……僕だけで貴方を満たしていたい」


独り言のように、小さく呟いた、その声は、俺の心の中をぐちゃぐちゃにしていく。


「何が馨をそうさせるの?俺は馨のことばっか、どうしようもないくらい、ずーっと考えてるけど、何がこの事実を否定するの?」


「否定してないよ……みかちゃんは誰にでも天使だ、から、でも、そうじゃなくて、僕はただ寂しくて、優しくされたかった、それだけなのに。何でこうなっちゃうんだろうね?」


馨が感じている漠然とした不安感も他人に対する不信感も、自己肯定感のなさも、俺は知っているのに、何でこうなっちゃうんだろう。


「ごめんね、馨としては確認をしたいだけなんだよね」


俺からの愛情を。そして、生きている意味を。疑っているわけじゃない、ただの確認作業なのに。


「僕だって、みかちゃんからの愛情は分かってるよ。分かっているけど、僕は、何なんだろ、上手い甘え方が分かんないや」


情けなく笑う顔。何事も器用にこなすくせに、自分のことは全くもって不器用なんだ。


「そうだよね、ごめん、分かってたのに」


きっと馨は誰にも甘えられずにここまで生きてきたんだろう。ああ、ダメな大人だな。いつまでも余裕が無くて、不安でいっぱいなのは俺だってそうだ。


「謝んないで、僕の言葉選びが悪かったんだから。誤解させちゃって、ごめんね」


「ううん、恋人の上手な愛し方すら分かんない俺のが悪いよ」


「ぷふっ、何それ。折り紙の上手な折り方みたいに言われても……」


って笑いを堪えている。結構真剣に言ったんだけど。


「だって今まで、誰かを本気で愛したこと、無かったんだもん」


「本当に!?」


驚いた馨が俺の両腕を掴んで、勢いよく距離を縮めてきた。「うん」と戸惑い気味に小刻みに頷くと、


「みかちゃん、僕のこと本気で愛してくれてるの?」


って満面の笑みで惚気けるように聞いてくる。


「うん、って言ってるでしょ」


どうしようもないくらいに照れてしまって、馨に見つめられるのでさえすごく恥ずかしい。そっぽを向いてその場をやり過ごそうとしても、


「もう一回、聞きたいなあ」


って、願望を聞かされた。自分の恥を取るか、馨の願望を取るか。そもそも、恥ずかしいって何だ?


「……馨のこと、本気で愛してる……あんまり言わせないで、恥ずかしいから」


面と向き合って、真心込めて伝えた。後に、羞恥心が込み上げてきて、恥ずかしいと言ったのも何だか恥ずかしくなってきて、後悔してきた。


「僕も、みかちゃんのことを本気で愛しています。命にかえてもこの約束は守るよ」


馨には恥じらいが無いようで、キラキラした台詞を堂々と言ってくれた。薄暗い陰りとともに、まんまと魅了されてしまう。


人間の最もな喜びは、身も心も好きな人に抱かれて幸福な夢を見ている瞬間だ、としみじみ思った。


煙が肺を黒くして覆う。寝ている彼の肺の動きで、彼が生きているのを感じる。死体のような俺は、その生に渇望しながら、もうすぐ死ぬ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ