表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/72

第五十三話

あはは、今日も立派に疲れている。また疲れを性欲を満たすことで癒そうとした。余計に疲れるだけなのに。今夜もきっと眠れない。僕の首元耳元口元足元、至るところに蛆虫羽虫蜘蛛蜈蚣が蠢いている感覚がある。大嫌いな昆虫の死骸の上に僕は横たわっている。恐怖で指先が動かないほど、僕は死んだフリをしている。


「馨くん、寝ちゃった?……ふふっ、君は満たされるとすぐに落ちちゃうね」


みかちゃんが楽しげに笑っている。その声だけ聞いていたい。僕の醜さは知らないで。ここは地獄で僕には蜘蛛の糸が絡まっている。無駄に希望は見せないでよ。僕を苦しめるだけだから。


「……お疲れ様、よく頑張ったね。明日からは俺にたくさん甘えていいからね。お幸せに」


僕の髪の毛をみかちゃんが撫でる。その髪の毛一本の動きも過緊張で敏感になった感覚で捉えられる。くすぐったい。むず痒い。……気持ち悪い、つらい。パチパチと耳鳴りがして耳元でガサゴソと何かが動き回る。ノミがぴょんぴょんと僕の顔の上で跳ねる。ゴキブリが僕の脚を横断する。気色悪い気持ち悪い脳内映像に嘔吐いている僕が悪夢で、現実は目を強く瞑って死んだフリをしている。頭がグラグラと揺れる。消えろ、消えろ。


「んん……」


寝返りを打ったみかちゃんが僕の脚に脚を絡ませてきて、背中にぴったりくっついて僕の腹の辺りをさすってくる。


「何、みかちゃん」


「ふふ、馨だぁ」


……ん、ちょっと待って、馨って呼んだ??


「どうしたの?」


「んー、怖い夢、見たの」


夢うつつで返事されて、このままみかちゃんが寝てしまっては、僕は絶対に今夜は眠れないことを確信する。


「どんな夢だった?僕が死んだとか?」


「ううん、馨は生きてた、けど、俺が覚えてなくて」


「それで?」


「覚えてなくて、寂しい」


とまた僕との密着度を上げるみかちゃんは僕のよく知っているあの人だった。可愛すぎる。悶えて喜びでドーパミンが溢れてはこれもまた眠れない。


「忘れられた僕は、もっとずっと寂しかった」


感激で涙が出てきた。今は微塵も悲しくないのに不思議だった。僕の中の何かが報われたんだろう。


「ん、ごめん」


悪夢の設定の、何に僕は感情的になっているのか、みかちゃんの冷めた謝罪で目が覚めた。あれはみかちゃんの悪夢だった。それでいい、それがいい。



「ああもう、若いうちは何度でも失敗しろって何なんだよ!!?若くても老いても失敗なんかしたくないに決まってんじゃん!!」


ああまた、お粥が世の中の定説に不平不満を募らせてストレスフルに俺に愚痴ってくる。ここは落ち着く、煙草の香りがする美術室。


「そう?俺は失敗は良い事だと思ってるよ」


「何で??みーちゃんの彼氏、完璧主義者だけんどお??」


「ふふっ、そうだね。だからこそ、そう思っていないと馨を殺しかねない」


失敗とは、目的とは異なる結果を得ることだ。確かに失敗することで時間も労力も無駄にする。綿密に脳内シュミレーションが行われていれば防げたかもしれない。但し、失敗しないことは己の能力値を見誤ることに繋がりかねない。驕り高ぶるかもしれないし、はたまた、目的自体を見失うかもしれない。ギャンブルは負けてからが本番とあるように、物事に情熱を傾けるのは大概が失敗してからだろう。落胆と熱狂、その境界線上を千鳥足で歩き続ける刺激が、俺を束縛する。狂気なほどの執着心、失敗という炭素でできたダイアモンドのようだ。


「それじゃあさぁ、みーちゃんは馨くんを失望させるのぉ??」


「させるだろうね。馨は俺に対して小さな失望を日々募らせているから、見限られんのも時間のうちかな?」


「酒と煙草、やめればいいのにぃ」


と、お粥は悪そうに笑う。煙草を吸っている本人を目の前にして。


「お粥は?何失敗したの?」


「一日で二十五万擦っちゃったあ。それがダーリンの逆鱗に触れてシカトされ続けてる」


「服?絵画?」


「まあそんなとこ。はああこれだからあ、めんどくさいんだよね人間関係って。それと落ち込んでる奴に知ったかぶって慰める奴も」


「お粥、職員室で明らかに落ち込んでますオーラ放ってたからね」


「俺はあ、みーちゃんに慰めて欲しかったのお!!どーでもいい奴の暇つぶしになんかなりたくなかったのにぃ」


「ごめんごめん、悪かったって」


朝礼の時間、お粥が職員室にいるのを珍しく思っていたのだが、俺は碧先生に髪色を指摘されて捕まってしまったんだ。黒髪にしたんじゃなかったのって。何だかまだ夢の中にいるみたいだった。


「みーちゃん、体調は?変わりない?」


「うーん、どうなんだろう?……お粥はさ、目覚めたら五日後、なんてことない?」


「何それ、怖っ!!恐怖体験??」


「それが微妙なラインでさ、馨も教えてくれなくて。俺、酔い潰れて自殺未遂でもしたのかな?」


「みーちゃん……あまり深刻にならないでね」


不安げな目で見つめてくる。自殺の動機になりゆることなどいくらでもあるけれど、ふと自殺が脳裏によぎることはここ最近はなかった。だからこそアルコールで開放的になった分、無意識のうちに押し込めていた自殺願望が衝動的に発現したのかもしれない。まだ俺は死にたいんだろうか。

夢の中ではほぼ感情的にしか捉えられない。馨がリスカするのも、馨のことを覚えていないのも、馨と若い頃の俺が一緒にいるのも、全部が今はおかしいように感じられるのに、あの時はそれをそのまま受け入れた。俺の知識と記憶が断片的にしか使えないような感覚だ。


「んーてか今日、馨の誕生日なんだよね」


「は?……あ、へえ、おめでとお」


口をぽかんと開けたお粥を見て、つい笑ってしまった。過ぎたことをクヨクヨと考えるよりも、やるべき最優先事項が今日この日にあるから、俺の脳内ではそれが八割方占めている。


「ごめん、話が飛びすぎたね。それで、プレゼントに何あげようか悩んでるんだけど」


「とりまぁ、プレゼントは俺!やった方が良いんじゃなーい?」


「嫌だよ、恥ずかしい」


「じゃーあ、ピアスは?馨くん、開けたがってたよ」


確かに、ここ最近ずっと猫じゃらしのように俺のピアスを揺らして楽しんでくる。俺がそれとなく欲しいものを聞き出そうとすると、みかちゃんがいいと思うものがいいと言われたのに。


「馨だったら自分でちゃちゃっと開けられそうなのにね」


「みーちゃんに開けて欲しいんでしょ?キスマークだって超自慢してきたしぃ」


「そっか」


「ニードルなら俺もってるからあ、誕プレで渡していい?」


「良いよ」



「お砂糖ちゃーん、借り物競争とクラス対抗リレー出て。クラスの女子からの要望」


体育祭の種目決めを霰に全振りしたらこんな結果になって返ってきた。高校最後の体育祭とか何とか、正直どうでもいい。体育祭というイベント自体があまり性にあわないから。去年は開始早々百メートル走って、その後はずっと日陰で寝ていた気がする。


「んー」


「お砂糖ちゃんがあ、可愛い人とか好きな人とか引き当てたらさぞかし黄色い歓声が飛ぶんだろうなあ」


「その場合は飴ちゃん選ぶね。全速力で走って」


「やだー、絶対盛り下がんじゃん!!」


こうゆうところが可愛いし、好きなところなんだけど。選んじゃダメなのかな?


「飴ちゃんは何出るの?」


「俺はね、長縄と綱引きぃ」


「へえ、サボれそう」


「酷いっ!!けどまあ選ぶならその観点っしょ。馨ちゃんがいい交換条件になってくれて良かったあ」


「ひっど!!ふふっ、でも助かったよ」


期末前だからこの一時間は貴重なんだ。勉強に充てられて良かった。


「おい、男なら騎馬戦やるだろ」


「あはっ、来たよ熱い男があ」


「やんないよ、怖いし」


「痛いしぃ」


「お前らって本っ当にイベント事嫌いだよな!」


ザキにやれやれという感じで笑われた。


「嫌いで何が悪い」「そーだそーだ」


「俺は青春しようぜって言ってんだよぉ!!」


泣きつくように机をバンバン叩かれる。


「ぷふっ、青春って何?学校行事如きに何夢見てんの?」


冷めた自分がその情熱に冷笑をする。


「は?馨、よく考えろ。最後の体育祭なんだぞ?もう体育祭なんてできなくなんだぞ?」


「へえ、清々する」


「そうじゃあもういいよ、勉強ばっかしてれば??何の青春もない学生時代をどうぞご自由に」


背中を見せたザキは不満げに僕らとは遠い席に座った。


「はあ?何あれムカつく。学校行事だけが青春とでも言いたいの?もっと頭使えよバカ」


「ちょっ、馨ちゃん!?とりま落ち着いて?」


「だって、超腹立つじゃん。僕は……ああもう何でもいい!どうだっていい!」


「馨ちゃん、諦めないで。聞かせてよ」


「んー僕は、三人で馬鹿笑いしてる時が、何よりも青春だと思ってたのに、アイツはそう思ってなかった」


顔を腕に半分うずめて、仏頂面を隠しながら、僕の悔しさを口にした。


「あは、馨ちゃんってばあ、照れんねっ♡」


飴ちゃんが僕の荒んだ心を和ませて癒してくれる。


「霰もそう思わない?」


「思うよ、すごい思う、けどザキもさあ、馨ちゃんと馬鹿笑いしたくて、誘ったんじゃない?」


「んーんー、そうなのかな?でも学校行事って、強制的に参加させられてる感じがして、面倒くさいんだよね」


調和を乱さない程度には参加しているけど。


「まあ、それは超同感なんだけどお、俺らで自由に楽しめる余地はあんじゃん?だからさあ、体育祭でザキ笑かしてやろうよ」


「ふふっ、煽んのが上手いなあ霰は」



放課後、昨日の件で僕とザキ、霰で碧ちゃんの前に並んで立たされている。


「反省文、書いてきたか?」


「はい」


と返事したのは僕だけで二人が碧ちゃんから目を逸らしている。ふざけんな、僕だけがバカ真面目みたいじゃん!!合ってるけど


「柿崎 匠、飴 霰、俺の話はちゃんと聞いてたよな?」


「いやあ、一応は書いてきたんですけどお」


「途中で何を反省すりゃいいのかわかんなくなって……」


飴ちゃんは面倒くさがって書いてない、ザキは形だけの反省ができなかったんだろう。


「碧先生、三人の反省の意を集約したのがこの反省文です。どうかお許しください」


僕が頭を下げてそれに続いて二人が下げる。反省文を受け取った碧ちゃんがそれを開きながら、


「砂糖 馨、正直に言うとお前まで羽目を外すとは思わなかった。何があった?」


と心配そうな目で僕を見つめてきた。


「いいえ、何も」


「お前、粥川 麗と仲良いよな?」


「仲良くなんかありません」


何でお粥さんの名前がここで出るんだ?僕が学校を休んであの人を呼んだからか?あの人が誰かに何か、嘯いたのか?


「お砂糖ちゃん、仲良いじゃん」


「良くない」


碧ちゃんが僕の反省文を読んでいる途中、僕の頭の中は反省ではなくて懐疑でいっぱいだった。


「うん、悪くない。如何にも謝罪のテンプレだな。残りの二人は?」


と手のひらを見せる。慌ててザキがクリアファイルからちぎったノートの1ページを取り出し


「……っす」


不格好なそれを恥ずかしげに差し出した。


「今回はどうもすいませんでした。鍵盗んでバスケして、本当に悪いとは思ってます。けど馨と霰とバスケができて楽しかったから、今度は昼休みとかでできたら良いなと……」


碧ちゃんがそれを読み上げる。


「感想文?」


と指摘せずにはいられなかった。


「上手く書けなかったんだよ!」


「でも楽しかったんだ」


それだけは聞けてよかった。


「柿崎 匠、反省文なんだからもっと反省の色を見せろよ」


不出来なザキの方が可愛いかのように碧ちゃんは微笑む。すんません、とつられ笑いで会釈の謝罪するザキのが僕よりも許されているような気がする。


「碧ちゃん、見て見て〜」


とA4用紙にマジックペンでごめんなさいと記した紙を広げて、全く反省していない様子を見せるのは飴ちゃん。あはは、即席で作ったんだろうなあ。


「飴 霰、ふざけてんのか?」


「ふざけてなんかいないですよん、ほーら読んでください」


少し機嫌を損ねた碧ちゃんに馴れ馴れしくごめんなさいの紙の裏側を見せている。


「この度は私達の精神的な未熟さにより、先生方にご心配とご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません。By the way, 砂糖 馨くん、十八歳のお誕生日おめでとう」


「「おめでとー!!!」」


と叫んだ隣りのザキと霰に同時にいつの間にか持っていたクラッカーを鳴らされる。


「は?……どうゆうこと??全く意味がわかんないんだけど」


豆鉄砲をくらった鳩状態で何一つ状況が飲み込めない。今日そういえば誕生日か。


「そのまんま、誕生日サプラァイズ!!」


「え、碧先生も、グルなんですか?」


「言い方、まあそうだな」


この先生がこんなにノリがいいとは思ってもみなかった。


「何で?いつから?バスケの下りから?」


バスケに誘われたのもこのサプライズのため?


「それは普通に反省しろ」


碧ちゃんの叱り口調。


「今日だよ、碧ちゃん巻き込んだのはぁ」


「早朝二人でガチ謝罪しに行ったんだ。おっかなかったなあ」


「柿崎、また叱られたいのか?」


不敵な笑みを見せる碧ちゃんにザキがたじろぐ。


「いや、もう勘弁っす!勘弁してください!」


「ははっ、そうか。それじゃあ、あと一時間後には鍵返しに来いよ。勿論、教室は綺麗にしてな」


と荷物を整えて席を外す。


「「ありがとうございます!!」」


二人が威勢よく頭を下げる。僕は未だに状況がよく分からなくて、会釈のようなお辞儀をした。


「あっ、砂糖 馨」


と教室のドア付近で立ち止まった碧ちゃんに手招きされた。


「はい?」


「もっと二人を頼ってやれ。お前のこと心配してたぞ」


肩を叩かれて満足げに去っていく碧ちゃんの背中を僕はただ立ち惚けて眺めていた。


「改めましてー、馨ちゃんお誕生日おめでとう!!!」


黒板にデカデカと「砂糖 馨 お誕生日おめでとう」なんか書いて、四個くっ付けた机の上に色んなお菓子を積み上げて、ジュースで乾杯なんかして、ああもう、どうしようもなく涙が出てきた。


「馨?どうした?」


突然、下を向いて顔を両手で覆う僕の背中を、ザキが優しく撫でてくれる。僕が泣いているのを察して、霰にティッシュ持ってる?なんか聞いて。


「本当に、ごめん。すぐ泣き止むから」


「良いよぉ、馨ちゃんの誕生日なんだからあ」


「ごめん、すっごく嬉しくて、何かもう、ああ、ダメだあ」


「ダメじゃないよ、ダメなんかない」


飴ちゃんに励まされて、やっと自分の醜さと向き合う。


「ザキ、ごめんね。僕この三人でいるのがすっごく楽しくって、大好きで、だから学校行事なんかはどうでもいい、って酷いこと言った」


「俺も酷いこと言った、俺のが酷いこと言ってたよな。まじでごめん、馨は一生懸命にやってんのに」


「はいはい、二人共!仲直り成功おめっと!」


お通夜みたいな暗いムードを切り替えたのはやっぱり飴ちゃん。持ち前の明るさで場を和ませる。


「ふふっ、二人となら何でも楽しめそう!体育祭頑張るね、騎馬戦には出ないけど」


とザキの目を見て、陽気に笑う。


「出ないのかよ、馨は人見知り激しいからなあ」


「そのくせ仲良くなるとぉ、超べったりしてくるしぃ」


二人してからかってくるから少しむっとして


「何悪い?」


と唇を尖らした。


「いや、そこが可愛いなって」


ザキが僕の頭を軽くポンポンとしてくる。何だが、照れくさくもあり心強くもあった。


「最近さ、恋人とうまくいってんのかうまくいってないのかわかんなくって」


何故かお菓子をつまみながら、お悩み相談室みたいなことになる。


「どんな感じなの?」


「僕に相談なしで一人で行動して、それが小さなことだったら良いんだけど、二人の関係性が崩れるくらい大きな問題で……」


「どうゆう事だよ」


「あのさ、もし恋人が犯罪者になったら、どうしたらいい?」


「「犯罪者!?」」


「ただの例え話だよ、過去に恨んでる人がいてその人を殺したらって」


「いや別れな!?即刻別れた方が身のためだよ??脅されてんの??」


「ううん、僕が好きで一緒にいる。絶対に離れたくないって思ってる」


「じゃあそれの何処がうまくいってないんだ?」


「僕に相談くらいしてくれたって良いじゃんって思わない?」


「そこぉ?」


「そこ」


「共犯になるんだぞ」


「それで良い」


「馨ちゃんを守るためかもよ??」


「守られたいだなんて思ってもないし、勝手に僕の感情を決めつけないで欲しい」


「馨に邪魔されたくないから、とかは?」


「僕は邪魔なんてしないよ」


「でも捕まったら結局は離れ離れだろ?」


「完全犯罪を成し遂げればいい」


「んーそもそも何故、馨の純粋な好意よりも己の歪んだ殺意を優先するんだ?その恋人は」


「……知らない。愛してないんじゃない?僕のこと」


「それはないっしょ、馨ちゃんはちゃんと愛されてると思うよ?俺は。惚気話聞いてて幸せになるしぃ」


「そうかなあ?」


「聞いてみれば?」


「何を」


「色々とさ、何しようとしてて、どんな気持ちなのかとか」


「ふふ、教えてくれるかな?」


「まあタダでは教えてくれないだろうな。自分が不利になるならば特に」


「ちょっとザキぃ、馨ちゃんの恋人にそんな」


「だって、俺知らねえもん。馨の恋人がどんな奴か」


「そうだよね、何か変な話してごめんね」


「ほらぁ、ザキがそんなこと言うからあ。謝ることないって」


「俺だったら馨のこと最優先にするけどな!」


「口では何とでも言えんだよぉ、色々と事情があるかもしんないじゃん!」


って、飴ちゃんがザキの頬をつまんでる。人間はやっぱり、恋に落ちたって愛を囁いたって損得勘定で動いてるんだろう。無意識のうちにでも何でも。



「おあっ、馨くーん何で未読無視すんのぉ?」


スマホにのめり込んでいた貴方が顔をあげた瞬間、僕に気がついて驚いた顔を見せる。


「無視してません、ちゃんとここに来たでしょう?」


と美術室に寄っても今日は何だか描ける気がしない。煙草の匂いを仄かに感じた。


「何だよその顔ぉ、何かあったぁ?」


「何も、いえ碧先生に何か言いました?」


「貝原ぁ?えーーー、記憶になーい!」


「腹立つ……」


「あははっ、聞こえてますけどぉ??」


「聞こえるように言ってるんですよ。で、何ですか?用がないなら帰りますけど」


「え、帰っちゃうの?」


「ないんですね、さようなら」


と鞄を拾うと


「待って待って待って待って!!」


と全力で止められる。


「何なんですか!?」


「ほい誕プレ、おめっとさぁん♡」


いきなり投げてきて、満面の笑みをこちらに見せてくる。


「ニードル……使用済みではないですよね?」


「はあ?そんな汚いことするわけないじゃん!!発注ミスったんだよ!!」


「どうやって??」


「セット売りって見てなくてポチポチしてたら大量に……」


哀愁漂わせて酔ったテンションでポチッたことを後悔してるような表情。


「あははっ、ありがたくいただきます!」


「他人の不幸をかい??卑しいね、君は」


「それが僕ですよ。とゆーか知ってたんですね、誕生日」


「いいやぁ?今日知ったよ」


「へえ、僕のが忘れていたんですね」


「忘れてたぁ!?自分の誕生日をぉ??」


「日付とかそこまで気にしないので」


「いやいやいや、自分の誕生日近いとそれなりに期待するでしょ?」


「そんなものですか?今まで誕生日に期待するようなものはそれほどなかったから」


「プレゼントも?嬉しくないなら返して」


「嫌です!!僕のものです絶対に返しません」


「じゃあ、嬉しかったんだあ」


「……はい、何だか狂わされますね」



「ただいま」


と帰宅すると「お帰り」とハグしてくれる恋人がいる。これだけで僕は生きていて良かったと思える。


「今日はね、馨のために馨の好きなオムライスを作ったんだ!」


幸せいっぱいの顔で微笑まれては、大好きの感情で埋め尽くされる。幸せな夢を見ているみたいだ。


「あははっ、すっごい嬉しい!!」


みかちゃんがケチャップで慣れないねこちゃんまで真剣に描いてくれる。メイド喫茶ってこんな感じなのかな?もっとフリル付きのエプロンを……変な妄想が脳内に割り込んできて、ヘアドレスしたみかちゃん、いやいやいや、可愛いすぎて無理。


「やっぱり馨みたいにはうまく描けないね」


「みかちゃんの描いてくれたねこちゃんめっちゃ可愛いよ!!食べるのがもったいな」


「にゃー」


何処からともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。開けていたガラス窓の縁に灰色の猫ちゃんが座っている。優雅に前足を舐めて毛繕いなんかして。


「君は何処からやってきたの?」


みかちゃんがその猫に近づくと猫は家の中に逃げ込んで、テレビ裏に隠れてしまった。


「美味しそうな匂いに釣られてきたんじゃない?」


「じゃあ、俺らが美味しそうに食べてたら出てきてくれるかな?」


「ふふっ、きっとそうだよ。それじゃあ」


「「いただきます」」


みかちゃんの手料理は僕が初めて食べる時よりも格段と上手くなっていて、とびきり美味しくなっている。美味しすぎて笑みがこぼれてしまうほど。


「ふふっ、めっちゃ美味しい!」


「ありがとう、美味しいね」


こんな楽しい食卓、これが世の中の普通なんだろうか?いいや、そんなことはどうでもいい。僕にとっては毎日が特別なんだから。みかちゃんとテーブルにつくのは高級フレンチレストランよりもここが良い。


「ねえ、みかちゃん。我儘言っていい?」


「何?」


「ピアスを、開けて欲しいんだよね」


「そんなこと、我儘に入んないよぉ」


朗らかな優しい、太陽のような笑顔で、僕の陰気をかき消されたみたいだ。全てを包み込んでくれそうな、僕の隠れた被虐心を覆ってくれそうな、細い指した手で僕の手を握ってくれた。

僕達がオムライスを食べていると猫ちゃんはその様子を羨ましく思ったのか、テレビ裏から恐る恐る出てきた。


「馨、俺の方を見て」


突然、貴方は僕の視線を誘う。


「何?イケメンだね」


「……そうゆうことじゃないよ」


自分から振ってきたのに、一人で照れてそっぽ向く。「どうゆうこと?」と僕が聞くと、「猫と目を合わせないで」ってことだった。可愛すぎ。


「野良猫、はやく追い出さないとね」


「実物の猫は嫌いなの?」


「嫌いではないけど、猫の毛が気がかりで」


「ああ、心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ。最近、良くなってきてるから」


「みかちゃんは専ら猫好きだね」


「可愛いじゃん」


猫がみかちゃんの足首辺りに頭を擦り付ける。嬉しそうに目を細めて。野良猫の割に人間に甘えたがるんだ。


食後、僕が猫を捕まえようとしゃがみ込むと、猫は危険を察知したのかすぐさま走り出して、今度は食器棚の下に隠れてしまった。


「動物は優しい人を見分けられる、って本当みたい」


「そんなことないって、馨は優しいよ!」


「じゃあ、僕に甘える猫ちゃんになってくれる?」


からかって猫を愛でるようにみかちゃんの顎を指先で撫でてみる。


「……またそうやって意地悪言う」


きまりが悪く赤面するみかちゃんは猫よりも愛らしい。


「ね?僕は優しくないよ」


そうみかちゃんに背を向けると


「……ねえ、ダーリン。今日は何の日だか、知ってる?」


覚悟を決めたようにバックハグしてくる。


「期末テスト三日前でしょ?」


「馨、お誕生日おめでとう」


僕のお巫山戯を無視されて、真剣にその一音一音を発されたような真面目な雰囲気。


「うん、ありがとう」


「プレゼント、買ってきた」


「知ってたんだね」


「昨年祝えなくて死ぬほど後悔したから」


「そんな後悔しないでよ。歳を重ねるのがおめでたいって感覚、あんまわかんないから」


小さい頃ははやく大人になりたいって思ってた。大人になって自立して、誰にも縛られずに自分の好きなことをして、って夢見てた。けど今になって、この瞬間から離れたくないって意思があって、まだまだ子供のままでみかちゃんに甘えていたいモラトリアム人間なのはよくわかっているけど、最高潮がここだって信じて疑わない。


「俺もよくわからなかったけど、最近になってやっとわかったんだ」


「何?」


「俺は歳を重ねたから、今ここにいられるの」


「僕が赤ちゃんの貴方を攫って……」


「違う、過去の経験があるからこそ、馨に相応う俺でいられるんだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ