第五十一話
しゃがみこんで泣き出してしまっている馨くんを横目に、何故か俺は腹を括って、みーちゃんにこんな提案をした。
「あのさぁ、あと十五万払うからさぁ、今日は俺と二十四時間コースってのはどお?」
「ゼロさん、いや、ああ……はい、分かりました」
いや、その前にこの子どうしようって感じ。俺もちょうどそんなこと思ってる。この子をここで一人放置すると自殺しかねない。かと言って、みーちゃんと仲直り大作戦☆、なんて、馨くん、大分やらかしたからなぁ。みーちゃん、嫌ってそう。
「出てって!!出てってください!!……お願いだから……はやく出てってよ……」
馨くんが泣きながらに訴えている。あっ、そういや、今日休みの奴がいたなぁ。玄関で靴を履きながら、馴染みの奴にメッセージを送る。
「ここに来て、今すぐに」
現時点での住所とともに。アイツはそうゆうの仕事柄慣れてるだろうからすぐ来るだろ。
玄関ドアをバタンと閉めた瞬間、罪悪感と不安と心配でいっぱいになった。でも俺も今日で二十五万も捨ててんだ、許してくれ。
「はあ、俺、最ッ低でしたね」
まず口を開いたのはみーちゃんの方。大きなため息をついて、かなり落ち込んでる様子。
「そお?」
初対面のことを忘れて、図々しくせがんでたのは馨くんの方だと思うけど。まあ、お互いにこうなってしまうのは無理もない。みーちゃんはみーちゃんで自分を偽り続けてる。
「俺の弱いところ触られて、つっぱねちゃいました」
と情けなく笑うみーちゃんは、教師になりたての頃の彼にそっくりだ。とゆーか、敬語、使ってくるの、超久しぶり。
「本名、塩 蜜柑って言うんだね。知らなかったなぁ」
俺がこの本名を知ったのは、みーちゃんが俺の勤める学校に入ってきた時。まじで驚いた。それまでは、源氏名でしか呼べなかったから。とゆーか、勤務先で会えるとは思ってもみなかった。柄にもなくはしゃいで、みーちゃんにベッタリしていた。懐かしいや。
「やっぱ?自分、酒には強いと思うんすよね。まじ、何処で知ったんだろ?酔ってたとしても本名なんて、言いたくもないのに……」
怪訝そうな顔をして、馨くんの正体について思案を巡らせている。ああ、だから初対面、本名を頑なに見せたがらなかったのか。
「俺、粥川 麗だよ、本名。麗って、麗しいの麗ね。似合ってるでしょ?」
おどけて笑ってみせて、俺も嫌いだよ、この名前が。
「はい、ゼロよりもお似合いです」
「あははっ、君みたいな麗しい人に言われても、嫌味にしか聞こえないよぉ」
「そうですか?それじゃあ、お粥さん、俺達、何しましょうか?」
色目使われて、俺そうゆうの一度もしたことないじゃん、とか思いつつも、とりま居酒屋で時間つぶして……
「あっ、待って。俺、勤務中だわ」
現在、粥川 麗は三限目をサボって、生徒を放置して、恐らく自習をしているだろうと思いつつ、みーちゃんをモデルにファッションショーを楽しんでいた。
「粥川!!!今何処にいる!!!!今すぐ学校に」
「生徒が自殺しそうなんだ、命と勉学どちらが大事か天秤にかけてごらんよ」
知らない番号から鬼電がかかってきたと思えば、あの国語教師の声だった。出た瞬間、大声出しやがって、間違い電話だったらどうする気だ。
「何処で、誰が、どうして」
「それ答えて、俺に何かくれる??こっちもこっちでプライバシーっての、扱ってんの」
電話の片手間にみーちゃんに俺の服合わせて、似合いそうなものを探る。スーツはダメだ、サイズが違うとみすぼらしい。
「でも、そんなの、教師間で共有して……」
「笑いのタネにでもすんのかよ」
酒の肴にでもして、みんながみんな、俺をピエロにする。泣いても泣いても、「死んじゃダメだよ」って笑いかけてくる。そんな薄っぺらい同情。
「お前一人で何とかできる問題じゃないだろ!?」
「アイツは俺を頼ってんだ!!俺を信用して、話してくれたんだ!!その期待を裏切るなんて、死んでもできない。できないはずなんだよ、普通は……」
古傷が傷んで血が滲んでくる。教師だからって何だ?何か偉いとでも思ってんのか?生徒のことを支配できるとでも、把握できるとでも、思ってんのかよ。俺から言わせりゃ、ばっかじゃねーの??自分のことさえ面倒みれねえ奴に、生徒全員なんて無理に決まってんだろ。だからだから、大切な人だけは他人にとやかく言わせない。
「お粥さんって演技派なんですね」
電話のこっち側でみーちゃんが呟く。俺がサボりたくてこんな電話してると思ってるようで、何より。
「……ごめん、粥川。そっちはまかせたぞ」
「うん、美術は自習にしといて」
「わかった、それじゃ」
プツンと切れる。案外ドライなんだなあ。
「はああああ、あっぶねえ!!!みーちゃん、途中笑わせんなよぉ」
休みを獲得してハイテンションでみーちゃんの肩を叩く。なんか、もう自分の感情がぐっちゃぐちゃ。
「麗さーん、開けてくださーい!貴方がここに呼び出したんですよー?」
ああ、お粥さんの恋人の配達員か。開けたらさらに修羅りそう。説明も面倒いし、普通に入れたくないし、何故呼んだし、粥川 バカ 麗。最悪、みかちゃんと喧嘩別れしちゃうとか、まじ、あーあ、死ぬしかない死ぬしかない。また湯船に浸かって脚切る?それもめんどくさいなぁ、慰めてくれるみかちゃんもういないの、超虚しい。みかちゃん、僕はやっぱみかちゃんがいないとダメなんだよ、戻ってきてよ。僕たちはあの時のあの場所で出会うのが最高だったんだ。とゆーか、僕が初対面から気持ち悪すぎたんだね。ごめんね、何も考えられない馬鹿でごめんなさい。
「粥川 stupid 麗は現在ここにはおりません。ピーっという発信音の後に伝言をどうぞ。ピー」
「え、キューピッド??ん?いないって??どゆこと??呼ばれたんだけど??」
「すみません、よくわかりません」
この家のインターホンはAI搭載、僕はAIロボット。の声真似をしているただの馬鹿。
「粥川 麗はどこにいますか?」
「自宅で売り専とイチャコラしてんじゃないですかぁ?」
クソったれの泣き言吐いて、苦くて悔しくて寧ろいっそ、殺してくれる毒であればよかった。相手も自分も傷つけてしまう。ああ、本当に痛い。
「ねえ、君、麗さんのこと悪く言わないでくれる?」
「言ったつもり──粥川 stupid 麗──ごめんなさい」
一瞬で脳内に粥川 stupid 麗が駆け巡る。お粥さんが駆け巡る、ぷふっ、これだけで面白い。酔ったように笑った。
「素直……ちょっと出てきてくれる?」
「はあ?嫌ですけど、こちらこそ、はやくお帰り願います」
「生意気……麗さんとは、どうゆう関係なの?」
「それ前も言った!!僕と粥川は生徒と教師!!それ以上でもそれ以下でもない!!」
「あーーー、君か!!!お菓子、あの、甘いの……糖分くん?」
「砂糖です!!わかりましたか??」
「全ッ然、わかんない!何で呼ばれたの?」
「それは僕だって、ああ、めんどくさい」
めんどくさいめんどくさい、頭が重くて怠いんだ死にたいくらい、怠くて怠くて、死んじゃいたい。もう逃げたい。逃げ回ってたい。これが現実だって思いたくないよ。
「君、腕……血出てるよ?」
「そんなの見れば、とゆーか、僕がやったんですよ。あはは、もう死んじゃいたい、死んじゃいたいよ、何で死ねないの、こんなにこんなに死にたいのに」
うざいうざいうざいうざい、自分がとっても気持ち悪い。今まで付け上がってた自分が全部全部全部全部気持ち悪いんだ。僕には愛される資格なんてないのに、馬鹿だね馬鹿馬鹿馬鹿だ。さっさと死ねよ、まじでウダウダ考えてる暇あれば死ね。
「そっか、そうゆうことか。麗さんはキューピッドで、俺はこの子を慰めないとなんだ、わかったよ、麗さん」
「慰めなんて気休めにもならないから、ごめんなさい。もう死ぬから、許して.......」
泣きじゃくりながら醜くうずくまって土下座した。
「何を許すの??君が死んだらもっと許せないんだけど??」
と僕の背中を撫でて話しかけてくる。何が許せない、何が許して、頭ん中がこんがらがってわかんなくなってる。そっか、このつらい状況が神からの罰だと僕は思ってんだ。馬鹿だな、神なんていないのに。ただの逃避じゃないか。
「でもでもでも、もうつらいよ苦しいよ。死んだ方がマシだ、みかちゃんがいなきゃ」
「君ってさあ、なんっか、女々しいよね。顔は格好良いのにさぁ、もったいないイケメン(?)って言うの??」
正直、あーあ、言われたって感じ。やっぱ、そう見えるかって。みかちゃんはそんなことないよって言ってくれるけど、僕はこの自己の女々しさに嫌悪している。
「は?貴方だって、粥川がいなくなると泣くでしょう?それと同じです」
「だとしても、命を絶とうなんて思わないよ」
「愛が軽いんですね」
拗ねてぷいっとそっぽ向いてそんなこと言うと、
「いいや、俺が生きている限りは麗さんのことを想い患えるだろ?最高じゃんか.......」
って自ら苦しみの渦に身を沈める発言をされた。死ぬよりも恐ろしい。ああ、良いな、嫉妬しそう。
「よしっ、みーちゃんってばぁ、可愛いね〜♡♡」
みーちゃんに俺のファッションを着せて、アクセも全部完璧に揃えた、まじでこれ以上の美しさは今この時点では作り出せないくらい最高。
「お粥さん、ポーズはどうしますか?」
「後ろ向いて振り返って、はい、きめ顔。あははっ、良いね良いね」
モデルするのにも慣れてる。何回目なんだろう、後半なんだろうけど、あはっ、蘇るわあ。あの思い出たち。もちろん、抱くなんて選択肢にはない。金の無駄だからね。一眼レフを構えてシャッターを切る。
「俺のこと、抱かないですよね?」
恥じらいながらそんな台詞を言う、言わすのがもう、最高。可愛いいいい、ああ、もうこんな幸せでいいのかな?このまま溺れて死にてえ。
「みーちゃんはさぁ、抱かれたいの?」
押し倒したベッドの上で、今すぐにでも襲える状況で、みーちゃんを見つめる。
「さあ?どうでしょうね。好きにしてください」
あ、また目を逸らす。
「金のためでもないんでしょ?何でやってんの?」
「.......そう言うのは酒を飲ませて吐かせるべきですよ」
「逃げないで。俺は悪い男じゃないよ」
酒飲んでもみーちゃん口だけは硬いからなあ。ゲロるけど。まあ、過去の話、今のみーちゃんの話か。
「それじゃあ、俺にキスして。俺に触って」
そうやって誘われて、不思議に思いながら言われた通りに動かされた通りに、手でみーちゃんの胸を触りながら、頬を撫でてキスをした。
「これでいい?」
「ほら、俺は何も感じない。性への渇望も焦燥も何もない。別に性欲に限ったことじゃない。何か、誰かに期待したり信頼したりなんてできない。貴方にこれを言って、俺が気楽になるなんて一ミリも思っちゃいない。寧ろ損失があった場合、貴方を殺すことだって厭わない。案外その方が楽しいかも。俺が何を言いたいか、お分かりですか?」
「みーちゃん、無性愛者なの??」
「は?」
「いや違う、何でもないわかんない」
「ふふっ、俺は呪われている。罰せられている。人生はクソだ。かなり狂ってんだよ酔ってんだよ。自己破壊が精神安定剤で、痛くてもつらくても苦しくても、いつしか愉悦に変わる」
両手で涙が流れる両目を隠して、髪の毛をぐしゃっと掴む。その美しい手に皺くちゃの手を重ねて、
「みーちゃん、人生はクソなんて言わないで。みーちゃんが夢みる世界を探そうよ、生きやすい世界を見つけよう」
ああ、俺も老けたなあ、なんて実感する。昔だったら、一緒に人生クソだあって散財しまくっただろう。
「どーでもいいんだよ俺の人生!!クソでいいんだよ、どーせ死ぬんだからさぁ」
「そうだね人間は死ぬ。ある哲学者はこう言った。人間は死の前に大きな壁を作ってそこに向かって突っ走ってゆく。何とも滑稽だよなぁ。死ぬ前に作った壁、ぶち壊さなきゃならないんだぜ?もし爺だったらどうするんだろ?不死身になっちゃうかもしれないなぁ」
「何言ってんですか?」
さあね、俺にも分からない。意味なくまわる口にまかせたんだ。テーマは、死の恐怖。
「ん?君の言ってることと一緒だろ?」
「全然違うんですけど」
「だからぁ、死ぬのが怖いんだったらその壁を壊さなきゃいいんだよ。何者にもならなくていい、夢の途中で笑っていよう。笑えてればそれでいいんだ」
「随分と楽観的ですね」
「恥辱や憎悪や絶望など、人生の苦味はどうしても消えない。記憶を消せとは言ってないよな?ただ、甘味処でお口直ししながら巨大な壁画でも描いていた方が、随分と楽しそうじゃないか?」
結局は壊してしまう壁画を夢中で描いていよう。死の恐怖が増えれば増えるほどその壁は大きくなっていくんだから。人生は無意味だけれど、その無意味の中にも、何か、楽しめる要素があるはずなんだ。今はその楽しみさえも苦しみに感じてしまうのだろうが、ただ疲れているだけだから、休めば大丈夫になるから。
「甘味処なんて何処にもありませんよ」
「ああ、これを俺に言わせんのかぁ。めっちゃ言いたくないんだけどさぁ、何で俺にキスさせたの??説明、なわけないよね??確信がぁ、揺らいでたんじゃない??」
「いいえ、ただロールプレイングしてみただけで」
「あははっ、あまーいかおり、嗅いじゃったんでしょ??ここに来る前にぃ」
痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!!全身複雑骨折、関節無視逆方向!!!そんぐらい、痛い!!!虫酸が虫達が、ミルワーム達が俺の皮膚の下を食い荒らして猛スピードで走っていく。
「何言って」
「普通に笑えてたよ?みーちゃん」
「.......嘘」
「嘘じゃない。楽しかったんならそれで良いじゃん!!何がダメなの??」
「だって、幸せになっちゃいけない人間だって、俺は、ずっと、ずっと思って.......」
「誰がそんなホラ吹き込んだぁ??そんな人間は存在しない、ファンタジーですかぁ??」
幸せになっちゃいけない人間なんて、いちゃいけないんだ。不正だ、違法だ、何だって言ってやる。言論の自由だ。認めなくてもいい、だが、うるさいくらいに言ってやる。みーちゃんは幸せになるべきだ。
「いや、そうじゃなくて本当に」
「俺はみーちゃんが幸せになるんなら何でもするよ。俺の幸せは、みーちゃんの幸せ。脳内に刻んどいて」
「お粥さん、何でそこまで」
「好き、愛している。永遠に好き、ずっと一緒にいたい。みーちゃんは理想の人、めっちゃ可愛い♡♡」
「付き合いますか?」
生唾を飲み込んだ、俺には恋人がいる、現在。でも、みーちゃんと付き合えんのなら、別にそんなの関係なくないか?いやいやいや、みーちゃんの甘味処は屈辱的だけど、砂糖 馨で、せっかくあんな痛い痛い思いをして伝えたのに、ここでこんな誘惑に負けて.......
「.......みーちゃんは望んでないでしょ?」
「いいや、そんな」
「望んでないね、絶対に嫌だって前言ってたもん」
モデルにされんのが嫌だって、泣かされんのも軟禁されんのも懲り懲りだって。あははっ、そうだよね。知ってた。こんなの自己破壊だもんね。
「.......馨くんからこれ、貰いました。スマートフォンだけど、こんな機種見たことないです。高いのかな?」
みーちゃんの、未来?現代のみーちゃんのスマホはあるんだ!!!え、指紋認証なん?、可愛い。あ、みーちゃん、最近マスクしてるしこっちのが使い勝手いいのか。とゆか、めっちゃ中身が見たい!!!
「うわああ、開いた!!!」
「ちょっとそんな大声出さないで.......」
みーちゃんから鬱陶しがられながらスマホ奪い取った。写真フォルダを眺めるだけでニヤけた。アイツらどんだけラブラブなんだよってくらい二人の時間が詰まっていた。「ねえねえ、俺にも見せてよ」と袖口を引っ張るみーちゃんにノックアウト。でも、これ見せたらロマンス飛ぶか??
「電話かけていい?馨くんに」
「ああ、はい」
出ろ出ろ出ろ出ろ……なんて念じながら、みーちゃんにその通話画面のスマホを押し付けて押し付け合った。「みーちゃんが出て」「何で??」「話したいでしょ??」「嫌」「何でもいいから、出て」「嫌だよ」
「もしもし、あの、みかちゃ.......ミオさんでしょうか?あっ、それとも、お粥.......粥川、さん?」
「馨くん、ふふっ、君のダーリンのみかちゃんだよぉ♡♡」
え.......ダーリンって、伝えてない、よね??どうゆう.......偶然??てか、電話のテンション高っ!!あんなに嫌がってたんに。
「みかちゃん.......申し訳ないです、あの、いきなり気持ち悪いこと言っちゃって。通報してくれて結構です、罪は認めます償います」
「何?俺を惚れさせた罪??それだったら償ってもらおっかなぁ?」
「ん?惚れさせたって??」
「とりま、セックスしようよ。お金はいらない。どお?」
何?とりまセックスって、何??セックステープのタイトルかな??
「.......します」
「決まりね、ばいちゃ〜♡♡」
めっちゃにこにこで通話終了したみーちゃんの「ばいちゃ」可愛い。絶対に馨くん混乱してんだろうなあ、早くその顔拝んでみたい。
「良かったね」
「はあああああ、めっっっちゃ緊張したああああ」
と緊張の糸が切れたのか、突然泣きつかれた。みーちゃん、緊張すると馴れ馴れしくなるタイプなんだ。可愛い。告白成功した学生みたい.......学生か。
「ねーねーねーねーねーねーねー、わっけわかんないんだけどっ!!!!!!」
電話を切られた瞬間、事実が舞い込んできて、脳内が混乱してきた。四つん這いで熊さんのとこまで行って縋って助けを求めた。
「どうしたの?君、泣いたり謝ったり照れたり怒ったり忙しいね!」
「だってだってだってだって、みかちゃんがみかちゃんがあ.......」
「君の旦那が何??」
「.......セッ、しよって」
「は??」
「ね?訳わかんないですよね???」
僕は気持ち悪がられて嫌われて首切られたも同然なのに、何が起こった???お粥さん??何したの??
「あはは麗さん、まじキューピットじゃん!」
「天使なのはみかちゃんです」
「じゃあ、さっさとおセッセすれば??」
確かにそうなんだけど、それじゃあ解決しないような、何だか理屈ではわからないような、何がダメで何が良いのかもわからないそんな感じで堂々巡りで、メビウスの輪みたいな感じの思考がぐるぐるぐるぐる。
「みかちゃーん、帰ってきてよぉ。正解を教えて」
ただ玄関が開いた時、そこに立っているのは生物教師をやっている現代を生きている塩 蜜柑であって欲しいと願った。まあ、現状維持なんだろうけど。虚しい、虚しい虚しい虚しい。失ったものが大きすぎるよ。僕には到底扱いきれないほど高波のような大きな感情で、取り乱して混乱して飲まれて死にそうだ。
「馨」
そう貴方が僕の名前を呼ぶ声が好きだった。僕はずっとずっとずっとずっと貴方のことが好きなんだと疑わなかったし、今もずっと貴方のことを思い続けている。貴方が例え忘れてしまっても、僕が覚えているから大丈夫だと鼓舞しても悲しいものは悲しいままで、貴方との記憶を反芻するだけで泣けてくる。とても良い記憶なのに、トラウマのように残ってる。あの煌めきの景色、太陽が眩しくて.......ああ、胸が苦しくなる。貴方の笑顔があの柔らかな笑顔が鮮明に残っている。貴方の言葉も、そのときの僕の胸の苦しさも。僕はずっとずっとずっとずっと忘れられるはずないのに。.......酷いよ。
「馨くん、大丈夫かい??馨くん??」
お粥さん、どうしよう。涙が止まらない。それに呼吸が思うようにできなくて、苦しい。手が震えてる。声が、出ない。
「麗さんどうしたらいいですか??」
「えー??俺医者じゃないしぃ……みーちゃん!!」
「ただの過呼吸ですよ。落ち着いて、大丈夫だからね」
誰かが起き上がらせてくれて、抱きしめながら背中撫でてくれる。いつもの煙草の匂い、みかちゃん。大丈夫、大丈夫だと何度も言い聞かせて、寄り添ってくれる。このまま死んでもいいってくらい。幸せ。
「ゆっくり息吐いてごらん」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「うんうん、大丈夫。俺が傍にいるからね」
「はああ……ああ……」
やっと手が動かせるようになって、安心感を求めるようにみかちゃんを抱きしめ返した。
「ふふっ、もう逃げたりなんかしないよ」
「ほんと?」
「俺は塩 蜜柑だ。生物教師を目指してるんだけど……応援してくれるかな??」
「する、めっちゃする」
夢を見ているような、浮遊感で、安心感で、倦怠感で、眼を閉じる。
「ねえねえ、俺ってさあ、君のダーリンなの??」
ああ、可愛い寝顔にこんなこと聞くの情けないや。君からもらったスマホ。そこには俺みたいなんだけど、俺じゃないようなでも俺なんだろう人が、君と楽しそうに笑っている写真があったんだ。年月も俺の記憶と乖離がある。五年も。何だか嫌な予感がする。このスマホが合っていれば、今年、いや来年か、将来の俺は死ぬんだ。死ぬ前に、随分と馬鹿なことしたんだろうな。だから、俺がここにいて、ああ、頭が痛くなりそう。馨くんが知っているのは普通に大人になった俺だ。俺は、教師になれたんだろうか。立派な大人になれたんだろ……なれてないから、俺がこうしてここに来ているんだろうな。あはは、情けない奴。おーい、悪魔あ、いるんだろ??お前は不死身だもんなあ。この時間軸でも生きてるはずだ。
「みぃ、呼んだ?」
いつの間にかベッドの縁に腰掛けて、優雅に足を組んでいる。まあ、この登場にも慣れたけど、次元を超えていると思わずにはいられない。
「すぐ来たね、暇してたの?」
「悪魔はいっつも暇だけど、何?用がないんなら帰るよ」
「冷やかしじゃないって。俺の呪いを解いて欲しいんだ」
「はあ、何回言わせりゃ気が済むの??はいはい、おじいちゃん、よく聞いてくださいね〜。解けないんですぉ、俺を以しても」
悪魔は人間を煽る天才だ。すぐに喧嘩売ってくる。まあ、こんなのは可愛いものだ。
「ふふっ、お前、老眼が進んだんじゃない?わかんないかな?他の呪いか何かがかけられてんの」
「んー??んーっ、微かに残ってるかなあ?幽霊の怨念みたいなのが」
と俺のことを覗き込んできたり匂いを嗅いできたりする。悪魔の甘ったるい匂いで脳味噌が殺られそう。
「その幽霊は何て言ってる??」
幽霊に触れて、思考に飲まれて、精神が当てられたように、悪魔は頭をぐるんと回してから高笑いし始めた。
「あははっ、キショすぎて言えねえ」
「お願いだから言ってよお」
「あっ、死んでないわ、まだ生霊の段階。あはっ、それもとっても身近な人なのね」
「誰?」
「もし俺が口裂け女だったとしても言わないよ」
「じゃあ、何て言ってるかだけオブラートに包んで」
「みぃが死んじゃ嫌らしいよん。だけど、生霊だけで若返らせるまでできるかな??」
「……契約?」
「ご名答っ!ただそれがちょーっと悪魔っぽいんだよね。だから結果論で言うと、みぃもソイツも幸せにはならないの。悪魔の契約はこれだから……」
「取り消しは?」
「それはお前がよく知ってんだろ?」
その愉快げな微笑みが悪魔を悪魔たらしめている。
「はああ、それでも上級の悪魔かよ」
「特上級って言ってもらえますぅ??とりまウチの方で当たってみるよ。ザコじゃなかったら違約金あるから気ぃ付けてね」
「そういうの何て言うか知ってる??霊感商法って言うんだよ」
「悪魔に法律は通用しないしぃ、悪法も法なりだしぃ。そもそも俺がこうやって見てやってんのもボランティアなんだからね??みぃ、何かくれる??」
「煙草でいい??」
「さんきゅ、特上級の悪魔は慈悲深いからね。煙草一本で動いてあげちゃう♡♡」
「恩着せがましい、最終的には俺を殺すくせに」
「生きている間は幸せにしてあげてるでしょ??」




