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第四十九話

「君、誰?」


目の前にいるのは、みかちゃんだけど、みかちゃんじゃない。仄暗い黒髪のストレートヘアに灰色目の裸眼のまま。背格好はみかちゃんなのに、僕の記憶が一切無いみかちゃん。


昨日までは違かった。お粥さんの家から夜遅くに帰ってきたら、お酒飲んでて、でも「おかえり」はしてくれて、お粥さんの家で何があったのか土産話みたいなのをつまみに、二人で惚気あった。「安心して任せてなんて言ってたのに」と愚痴ったりも少々は。でも基本的に「ありがとう」「嬉しい」「好き」「大好き」「愛してる」なんて言葉が続く続く。幸せな時間。



「ねえ、家に帰りたいんだけど」


とキョロキョロしながら、自分家を見回すのは何とも不思議というか、この状況自体ファンタジーのような感覚だ。


「ここが家だよ」


「君のでしょ?俺の家はここじゃない。望みは何?」


強がってないと生きていられない時期のみかちゃんは鏡写しに僕を見ているようだった。それでも、みかちゃんだから可愛い。


「望み??んー、何なんだろう、分かんないっ!!」


馬鹿っぽく、振舞って、とりあえず笑った。


「え、?君が俺を誘拐したんじゃないの?」


戸惑うみかちゃんも愛らしい、ずっと見ていたい。


「誘拐かぁ、確かにセンスあるね」


make sense、こんな可愛い子は誘拐してでも連れてきたいもの。顔を覗き込むだけで、少し怯えたような色を見せるんだから。


「……何??」


「やっぱみかちゃんだなぁ、って思って」


「みかちゃん、?誰からもそんなあだ名で呼ばれた覚えないけど?」


え、じゃあ、僕がみかちゃん呼び初なのかな?と飛び火した話題に胸をふくらませた。


「ふふっ、これからたーくさんそのあだ名で呼ばれるようになるんだよ?」


未来人の僕は気持ちが舞い上がって、初対面としては大層気持ち悪いことを口にしたが、未来では恋人関係だからさ。


「何なの?訳わかんない!」


軽蔑の目、威嚇されてる。その威嚇を解くように、受け入れ難い現実離れした現実を話した。スマホを取り出すだけで何それ、と言われる始末だし。


「君、みかちゃん、塩 蜜柑は現在二十六歳、高校教師をしていて、そこの生徒が僕、砂糖 馨、君の恋人、ふふ、よろしくね」


将来の自分の写真や動画を見ながら、「まじで俺だ」と驚き慄いているみかちゃんに補足状況として、僕のことを軽く伝えた。


「ちょっと待って、一つだけ理解できなかった情報があるんだけど、君と俺が、えーと、何て言った??」


若干、馬鹿にしたような笑い、冗談にしたい笑いが見えて、ああ、この時のみかちゃんはそうゆう子なんだと愛らしく感じる。とにかく、可愛いしか思えない。


「僕とみかちゃんは恋人なんだよ??愛し合ってるから、あんなことやこんなことまでしちゃう」


手でその卑猥さを表現していたら、僕と同い年くらいの幼いみかちゃんに軽く引かれた。


「あははっ、すげーなお前!!何処で会ったか知らんけど、俺でこんな妄想して遊んでたの??はあ、それにしても、よく作れてんね、その妄想」


「あは、精神患者ですからあ」


今までの出来事、みかちゃんとの思い出がすべてその一言で僕の妄想だったんじゃないかと恐ろしい不安の波にのまれた。


「……ああ」


気を良くしていたみかちゃんの気を叩き落とすように一瞬で不快にした。目を泳がせるほどの言葉に詰まるほどの良心はこの頃から持っているみかちゃん、僕の知っている彼と変わらない。


「みかちゃん、何歳?」


「十六」


「そう、十歳も若返ったんだね」


「は?」


「僕の基準が正しいのか、みかちゃんの基準が正しいのか、世の中をちょっと見てみようよ」


そう、精神患者というのは社会の基準次第で決まる。裏を返せば社会の基準が変われば、普通の人間でも精神患者。



息が荒くなる、気が狂いそうだ。何処の時計もテレビも、俺が生きていた頃の十年後を指している。それに俺の知らない携帯電話、スマートフォンというものが普及していて、俺の折り畳み式の携帯電話はガラケーと呼ばれているらしい。知らない海外のチェーン店、知らないフラペチーノという飲み物、知らない砂糖 馨という奴。


「どう?信じてもらえた?」


「うん、信じるよ。オカ研だし、ロマンあるし、それに、あんな言い方で否定して、悪かったね」


チョコチップフラペチーノという飲み物は飲み物というよりスイーツで、でも彼が言う通りに、俺の好きな味がした。将来の俺はこれが好きなんだ。そしてこいつが好き。


「嬉しい」


「でも、君が好きというのはまだわからない」


「君の好みじゃない?」


と頬杖ついて、試すように聞いてくる。こんな腹黒そうなヤンデレ男、きっと将来の俺は弱みを握られているに違いない。


「今の俺では手に負えないね」


「未来の君でも手を焼いてるよ」


馨くんのが一つ上だからか、端々に言葉選びのセンスを感じるし、頭の良さを感じる。実際年齢では俺は二十六で馨くんが十七だから九歳年下。それでつり合ってんのが納得いくくらい。


「馨、先輩??」


「なーに、みかちゃん??」


改めてそうゆう目で見ると、可愛げがありながら、ちゃんと色気もある。キスマだって付いてて、程よい筋肉に背も高くて体格も良い。俺のが見劣りしてしまうくらい。


「キスとかセックスとか、してんだよね?俺達。どお?未来の俺は」


「そりゃあ、もちろん可愛いよ。感度が良くて、唆られる♡」


そうやって、容赦ない色気満載の笑顔を見せられると、不覚にもドキッとさせられる。こうゆうところで殺られるんだと察してしまった。


「へえ、どっちから告白したの?」


「それは僕から」


「やっぱり??」


と、何故か誇らしくなっておどけてみる。あの写真に写ってたの未来の俺、垢抜けてて今よりもだいぶマシになってた。髪染められて、カラコンも入れられて、ピアスだって怒られないんだろうなあ。


「でも最初に僕を見つけてくれたのは君だよ」


「どういうこと?」


「塩 馨琉さんのお葬式、覚えてる?」


いきなり、叔父の葬式の話が出てきて、吃驚した。そこで出会っているのか?


「うん、確かあ、六年前??」


「ああ、まあ、そこにちっちゃい子いなかった?」


「檸檬以外で?」


「そう」


「んーあっ、そういや、いたね!看護師さんの息子で、大人しい子が」


かなりお世話になった看護師さんの。隣りでなんかよちよち歩いてたなあ。灰色の瞳が印象的だった。


「それだね、それが僕」


「へえ、なんか変な感じだね。俺よりもちっちゃかったのに俺よりも歳上になってるなんて」


「そして、恋人にまで、なんて……?」


本当に吃驚だ。未来の俺は見知らぬ従兄弟と付き合っているなんて。この子のこの顔、この瞳、鏡写しに俺を見てるようで、あんまり、好みにはなれないんだけど。


「ふふっ、ねえ、何で塩苗字じゃないの?」


「え?」


「だって、あの看護師さんと馨琉さんの子供でしょ?ましてや俺の恋人。それなら旧姓使わなくたっていいじゃん」


「へえ、知らないの?」


妖美な微笑み、また鋭く心の中を睨まれた。緊張が走る、心の中の蛙は動けないまま。


「何?」


「母の愛人だよ、馨琉さん」


「嘘?」


「本当。だから二人、籍は入れてない」


「ごめんなさい、知らなくて……」


ずっとずっと空回り、大人の俺はもっとこの子とこの子に配慮した会話ができるんだろう、だから、惚れられた。顔うんぬんじゃなくて。自分の未熟さに嫌になる。


「ううん、それよりも母さんと馨琉さんの話、聞かせて欲しいなあ?」


「いや、そんなには知らないよ。俺、しばらく入院してて、それで砂糖さん、そこの看護師さんで、馨琉さんはお医者さん見習いで、二人、かなり仲良しだったから、付き合ってるの?って、ちょっかい出してただけだし」


「入院って、飛び降り自殺でもしたの?」


って知ったような口で聞いてくる。未来の俺は何処までこの人に話しているんだろう。距離感がいまだに掴めない。


「え?、まあ、父親が死んで、なりゆきで」


「何で??」


「何でって、そりゃあ、まあ、死んでみたくなったからでしょ?」


「その根幹の部分を知りたかったんだけど、そんな簡単には教えてくれないかっ」


と諦めたような笑顔は何処か爽やかで、まだ策を講じているのではないかと勘ぐってしまうほど歯切りのいいものだった。


まだ見慣れない自宅。


「ねえ、俺はどうやったら帰れるの?」


「ん?何処に帰るの??」


帰る場所がないというより、何故帰らなければならないのか、いささか疑問だ、というように聞き返された。


「もといた時代、もといた世界に」


「帰れないよ、一種の記憶喪失みたいなもんだから」


「え?」


「記憶喪失はある一定の期間の記憶が無いだけだけど、みかちゃんの場合はある一定の期間の成長も無くなったってことじゃないの??」


「そうなの??」


となると、子供になる薬物を飲んだ、或いは飲まされた、という話になってくる。アニメの見すぎか。


「あはっ、聞かれても分かんないよ。でも、何かした心当たりは無いんでしょ?」


「うーん、魔法陣書いたり、術式唱えたり、したと言えばしたかもしれない……」


「はあ、列記としたオカ研だ。でもそれを考慮すると、タイムパラドックスが起きるから、かなり不自然なんだよね。みかちゃんが二人いる」


今のこの時代の俺とこの時代に過去から飛ばされてきた今の俺。


「ドッペルゲンガー?、会えば死ねる?」


「死なせやしないよ」


「ふふっ、会ってみたいな」


という言葉の裏に、死んでみたいなが隠れていた。


「目の前のことから目を背けないで」


馨くんが俺の頬に触れてくる。自分しか見させないように目を合わせられる。


「ん?」


「僕がいるでしょ?……ふふっ」


そして格好付けた後で、それを壊すように破顔する。


「どうしたの?」


「あははっ、ダメだ。僕じゃあやっぱ不恰好だね」


「何が?」


不恰好とも不自然とも思わない、ただその執着に引き込まれそうだった。


「みかちゃんね、僕が死にたくなったら、こうやって、慰めてくれるんだよ?」


なんだか先輩なのに子供っぽく振舞って、拗ねるように強請るように、今はないノスタルジーに浸る馨くんは、未来の俺の前ではかなり甘え上手なんだろうね。


「あは、恥ずっ」


「そして、キスするの」


と笑顔が消えた瞬間、その端正な顔を思いっきり近付けてきて、俺の口元を喰おうとして、ただ吐息を噛んだ。「嫌だ?」と俺が身を引いたのをわかって、その後で残念そうに柔和な笑顔を貼り付け聞いてくる彼。


「いや、ちょっと驚いただけ、だし……」


と何を強がってんのかわかんないけど、目を逸らしながらに、生意気っぽい生粋の本心を伝えた。


「じゃあ、僕とキスしたい?」


意地悪っ!!俺がこんな、照れながら言ってんのに、察してるような腹黒い笑顔。そのせいで変なプライドが反抗して


「どっちでもいいけど、君はしたいんじゃないの?この俺と」


と自意識過剰に煽ってしまった。これで「いや別に」とか「そんなに」とか言われたらかなり傷付くのにも関わらず、俺の馬鹿。


鬱蒼とした自己嫌悪をも包み込んでくれるような抱擁、純真な愛情を伝えるための優しいキス、口先だけの駆け引きで心を揺さぶってやろうとしていた俺の負け。


「可愛いね、みかちゃんは」


不戦勝の彼は、俺のちっちゃなプライドを飛び越えて、それをもはや見ていないように、自分を持っていて、俺を惚れさせようとする。きっと、同じ闘技場にいなかった。


「……なっ?!」


「どっちでもいいならしてもいいでしょ?」


とあざとい、可愛げな笑顔。なのに身体は俺を誘うようにそうやって、情欲的に腰に手を回して、くっつける。その艶美な身体を、その馨しい匂いは、俺に煽るように求めさせる。ああ、キレそうなほどに、惹かれてしまう。


「ふふっ、何処までしていいと思ってるの?」


最後の強がりで天邪鬼を吐いた。ここで弱くこられたらこちらも萎縮してしまうような恥ずかしめを受けるだろう。


「君が弱音を吐くまで?まあ、やめないけど」


挑発的な笑み、待ってた、その台詞。俺がここで切り捨てたらもう二度と言えなくなるような驕りがある。


「あははっ、ああ、ダメだ、さすがだね」


胸が苦しめられて、きゅっと溢れ出た何かがこんな情けない言葉になった。


「怖気付いた?」


驚いたようにおろけたように目を丸くして、心配の色を見せるからそれを拭うように


「いや?未来の自分が誇らしいんだよ」


と彼の首に腕を回す。


それから何度あれをやって、それをそうしてこうして、それから何度もあれして、ああして、そうしてこれした。ああもう、一時的に満たされたんならなんだっていいよ。



「よく似合ってる、可愛いよ」


僕の制服を十年前のみかちゃんに着せて、着せ替え人形のように可愛がる。それよりも、僕の制服が若干大きくて、いつもはスーツ着てるから、その萌え袖が何度見ても可愛らしい。いつも僕の制服なんて着てくれないし。


「馨、くん、」


「何?」


「俺も行かなきゃダメ、なの?」


そうやってそっぽ向いて頭をかいている彼は朝からなんか挙動不審で、あははダメだな、可愛いしか出てこない。


「記憶喪失だけでも治したいからね!」


そう言って、手を繋いで学校まで一緒に登校した。みかちゃんと一緒に登校なんてこれが初めて。


「あのさ、」


「ん?」


「これ、やんなきゃ、ダメ?」


と繋いだ手を見せて小首傾げる。


「ダメ、迷子になっちゃうでしょ?」


なんて、ただ触れていたいだけだと悟られては、欲丸出しの変態に成り下がる。


「俺、子供じゃない」


拗ねた顔も可愛いなんて、僕は正気じゃない、そもそも正気なことがあったのか?


「知ってるよ、二人で大人の遊びしたもんね」


あっ、照れた。繋いだ手を僕の太ももに当ててちょっとした攻撃性を見せた。昨日、僕の傷跡を見せたときは、「大変だったんだね」って哀れんでくれたのに。



「え、みーちゃんが若返った!?」


「うん、十六歳になった」


そんなこと有り得るの?なんて、僕だって有り得ないと思っていた事象なのに、受け入れ難いことをいちいち聞かないでくれ。百聞は一見にしかず、否応なしに容認してもらう。


「へえ、じゃあ寿命が伸びたんだね。やったじゃん」


「は?……ちょっとみかちゃんこっちいってて」


僕の地雷を見事に踏みつけられて、爆発寸前でみかちゃんを別室に避難させる。


「何?」


とぼけたように、おどけてみせる。貴方は相変わらず嫌味な人だ。


「……みかちゃんは僕達との思い出なんか捨てて、寿命を優先したのかな?」


ずっと頭の中にあった仮説、思い起こしたくない仮説、検証したくもない仮説、その蓋を開けて煮えくり返って溢れ出した涙でも、その悔しさは流せない。


「それ以外何があるの?」


「僕は悔しいです、すっごく悔しい。なのに何でそんな涼しい顔でいられんの?」


ムカつくムカつくムカつくムカつく、全てをすんなりと受け入れた大人ぶって、貴方も僕と同じ子供でしょうが。


「えー、だって、みーちゃんといられる時間、増えんじゃん!!思い出なんて、残りの十年後にはたんまりとできてるだろうしぃ」


「ふざけるのも大概にしてください。あの思い出は、みかちゃんとの思い出は、僕にとって、人生の基盤なんですよ!!」


「俺だって、わかってるよ!!俺だって、、何年もみーちゃんと一緒にいたんだよ??悔しいに、決まってんじゃん」


実際は、僕のために、この人は大人を演じてくれていた。こんな情けない人に、頼るなんて、可哀想に思えてくるから。胸ぐらを掴む手が行き場を失って、さまよっているところをお粥さんに掴まれる。「……でも、もう悔しいなんか言わない、みーちゃんの決断だから」とその手を額に擦り付ける。


「貴方ってよくよく思えば、大人ですね」


「はあ?良く良ぉく思えばってことぉ?」


開き直ったように、涙を隠して、彼のいつもの調子で話し始めた。彼は理想を諦めている。なるようになる人生で彼の審美眼によって集められた好きを糧に生きている。


「ふふっ、さあ?」


「あの、いつまでここにいれば……」


とドアの隙間からチラりと覗いてくるみかちゃん。


「「可愛い」」


異口同音、二人で顔を見合わせる。以心伝心、それじゃあお互いにまずは可愛がろうかと。


「ねえ、ここの校舎、俺と一緒に見てまわろぉよ。何かぁ、思い出すかもしんないじゃん?」


「抜け駆けは狡」


「馨くんは家で可愛がったでしょ?学生はぁ、勉強しなきゃあ」


きらきらした笑顔で最もなことを言われると心底苛立たしい。授業なんか休んでも……ダメ、みかちゃんが見てる。


「くれぐれも、何も手出しはしないように。信じてますからね!!」


とあの人のなで肩を叩いて、やけくそで教室まで走った。

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