第四十八話
プルルルル……
「もしもし、馨?今何処に……」
「みーちゃん、やほやほ!相変わらず声枯れてんね」
「はあ、お粥、馨に何する気?」
俺が馨くんのスマホでみーちゃんからの電話に出ると、まず聞こえてきたのは大きなため息。
「んー?あっ、ちょっと待ってね」
バタンとドアを閉めた。玄関まで歩いてゆく。
「もしもーし、お粥???」
「ん、何?」
「馨は?」
「俺の家の中、閉じ込めた」
「何で?」
「みーちゃん、馨くんにDVされてるんでしょ?あーあ、可哀想にぃ」
煽るようにそう笑ってから、虚しさを感じて、玄関扉を背に座り込んで、夜風に当たりながら好きな人と会話する。ずっと続いてて欲しい時間。酒があれば完璧。
「は?」
「もう安心して。みーちゃんはぁ、俺が守ってあげる!」
「酔ってんの?」
「あははっ、自分には酔ってるかもぉ」
半泣きになりながら酔いを演じて、馬鹿笑い。
「はぁ、馨を帰して。お願い」
「何で?」
「馨と一緒にいたいの」
「ダメだよぉ、悪化しちゃうもん」
「何が?」
「PTSD」
「大丈夫だから」
「嫌だ、みーちゃんを傷付ける奴は俺が全員まとめて罰する!」
俺は二人の仲を引き裂くヴィランか、ってくらい何かのロールプレイングしてんだ。俺の歪な正義感にのせて。
「ありがとう。でも馨が言ってるほど酷くないよ。全然傷付いてない。馨、優しいから」
「傷付いてないの?」
「うん、傷付いてない」
「無理してない?」
「無理してないよ。馨が歪みなりに甘えてきてるだけ、可愛いくらい」
現実問題、そんなのはみーちゃんを困らせるだけのただのお節介で、迷惑がられて終了。みーちゃんの言葉を信じたいけど、自分が有利になるように立ち振る舞いたい。
「そっか。みーちゃん、最近あんま会えてなくて寂しい」
「ごめんね、移動が、少し大変で」
「お姫様抱っこしていい?」
「あは、できんの?」
「むり」
「ふふっ、ごほっ、ごほっごほっ……」
「大丈夫?じゃないかぁ。んー、何だろなぁ」
みーちゃんの突然の咳に驚いてしまって、何を言ったらいいのかわかんなくなった。「みーちゃん、死んじゃやだ」ぐらいしか思えなかった。
「お粥が頭悩ませてるなんて、珍しいね」
「あははっ、言葉なんか選ぶタチじゃないもんね!そっかぁ、そうだなぁ、とにかく俺は、みーちゃんのこと大好きだから!」
「ありがとう」
「だから、つらい思いはあんま、極力して欲しくない」
「ふふ、嬉しい」
「これからは会いに行くね」
「わかったよ」
「それと、馨くんに何されたとか嫌なことあったらいつでも……」
「うんうん、相談するから」
会話が終わりかけた雰囲気を察してしまう。それの拒絶反応みたいに名前を呼ぶ。
「みーちゃん」
「ん?」
「大好きだよぉ、大好き。うざったいくらい好き。あぁ、ダメだわ。きしょくなる」
「あはっ、何だよぉ」
「だから、その、俺みーちゃんがいないと無理だよぉ、やってけない!死にたくなる!前みたいにもっともっとぉ」
言ってて現実味ないな、なんて客観的な自分が歯止めをかける。言ったあとで、きしょいきしょいと自分の中で整合性を保つ。
「大丈夫、俺は死んでも死なないよ」
「意味わかんない!」
「ふふっ、馨にもよく言われる」
「笑い事じゃないよぉ」
「ごめんごめん、でも本当に、キャンバスの中の俺は生きてるし、死後の世界からも見守ってるから」
「あはっ、みーちゃん、死を前にして頭狂っちゃったあ?」
「そうかもね」
「可愛いいいい」
「ふふっ、お粥は変わらなくて安心する」
「うん、俺は変わらないよぉ?ずーっと愛してる♡♡」
「俺も、愛してる」
「……嬉しい、ああ、泣いちゃったじゃん!」
「ふふ、怒んないでよ」
「怒ってないしぃ」
「それじゃあ、馨に代わって?」
「それは怒るよぉ?!」
「あはっ、こわーい」
「馨くんね、みーちゃんを傷付けるのが嫌だって逃げてきたの。愛情か責任放棄かわかんないだか何だか言って」
「そう……」
「もう別れちゃえばぁ?」
すごい言いたかった言葉なのに、言った瞬間、失恋したかのように心を強く締め付ける。
「馬鹿言わないで」
「本心だよ、みーちゃんには幸せでいて欲しい」
「馨といると幸せだよ?」
「そんなの執着じゃん!血縁関係だか恋人関係だか知らないけど、みーちゃん泣かされる回数増えてない?ストレスの捌け口にされてない?それを信頼だとか愛情だとかって解釈しちゃダメだよぉ、死んじゃうよ……」
自分の過去の記憶と相まって、言いながらストレスで泣けてきた。ああ、つらいつらい、苦しい、溺れる。
「……そうだね、心配してくれてありがと。んあー、大丈夫だとは信じたいんだけどね。ごめん、今日だけは馨を預かってもらっていいかな?」
「良いよ、今日だけと言わずとも」
「ごめん、ありがとう。俺も少し考えたい」
「うん、わかった」
「それじゃあ、馨をよろしくね」
「ん、安心して、任せて」
「それじゃあ」
ピコン、と切れた後で、変な笑いがわきあがってきた。笑いにふして顔を上げた瞬間、
「……あっ」
「あっ、じゃないですよ。誰と長電話してたんですか?」
俺の横で軽そうなダンボール箱片手に仁王立ちしている恋人ちゃんが怠そうにいた。
「関係ないね」
「そうですか。じゃあ、何で泣いてるんですか?」
もっと近づいて俺の真横にしゃがむ。
「泣いてないよ」
「じゃあ、これは?」
と頬を流れるそれを指で丁寧にすくう。
「雨」
「雨ですか、そうですか。じゃあ、この雨の理由は?」
「は?知らない、うざい」
俺の柔いところに触れられそうで、咄嗟に牙を剥いてしまった。そもそも、お前は空から雨が降ってくる仕組みすら知らないでしょ?
「え?何て?」
「関係ないじゃん!何で探ろうとすんの?」
離れて怒鳴って威嚇して、威圧されてそのまま帰れ、馬鹿。
「関係ありますよ、貴方が泣いてんだから!!……俺も苦しいっすよ」
「ああああ、馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿馬鹿しい」
「何が?」
「これ、嬉し泣きだしぃ、あははっ」
「はああああ、本当に、貴方って人は、どうも、ああ……」
「それじゃ、配達ありがとね!じゃあね!」
グチグチ言ってるその子からダンボールの箱を奪い取るように受け取って、逃げるように玄関を細く開けたその隙間から入って、閉め、閉められない、筋肉バカめ。
「待ってください!!」
俺が諦めてリビングへとズカズカ歩いていくと後ろからそんな声が聞こえてきて、ああ、あいつも入ってくんだろうなあ、不法侵入で訴えてやらないとなあ、なんてごちゃごちゃ考えながら、馨くんを見た瞬間に、ああ、もうどうでもいいか、と。
「馨くん、助けて」
とテーブルに置いてある漫画を手にして椅子に座っている彼にあざとく色仕掛けして、漫画を投げ捨てて、腰を持って立ち上がらせて、そのまま壁へと押さえ付ける。笑いが止まらんわ、これ。
「何なんですか?」
と不思議そうな彼と、
「何してんですか?」
と怒ってそうな彼。
「あはっ、追い払って」
と俺は愉快げに馨くんの肩に笑顔を埋めて、そう囁くんだ。二人の目が合う、空気が凍った、のか?
「お粥さんの恋人じゃないんですか?」
「麗さんとこの生徒じゃないですか!」
双方にバレていて、滝のような汗がダラダラと流れてくる。
「あー、えーと、そのぉ、とりあえず、3Pする?」
「「しません!!」」
うう、両方から否定された。
「ねえ、麗さんとはどうゆう関係なの?」
配達員のお兄さんから高圧的に詰め寄られた。ガタイが良いのもあって、迫力が凄い。
「ちょっと、熊ぁ」
名札、大熊さん、だから熊か。
「生徒と教師」
「えー?それは何か冷たくなぁい?」
椅子にグルグル巻にされているお粥さんが横からちょっかいを入れてくる。熊さん、案外束縛系か?いや、拘束系?ん??とゆうか、ロープがそこら辺に置いてあるこの家、何??
「麗さんはちょっと黙っててください!」
「麗さんって呼んでるんですかぁ、恋人らしくて良いですね」
「何で知ってんの?」
「喋るから、惚気」
と顎でやる。と、途端に照れて、大きな図体が小さく丸くなった。
「麗さん、ごめんなさい、縛っちゃって。ちょっと不安になっちゃったんです。こんな綺麗な顔してる子、貴方がほっとくわけないって。そんなことないですよね??貴方は俺だけを見てくれますよね??俺は貴方のものだから、貴方の愛情がないとダメなんです」
縋るようにお粥さんに抱きついて、拘束のロープを外すが、束縛のロープを縛ってるようだ。ああ、苦笑いしてるなぁ。
「(た、す、け、て)」
読唇術はできないけれど、あの人の状況と口の動きからそう伝わってきた。まだやるのか、この人。
「あははっ、とっても愛されてて、お粥さんってば幸せものですね!!」
そう言うと分かりやすく顔だけで怒りを示してきて可笑しかった。まあ、悠長に笑ってる場合じゃないんだろうけど。
「お粥さんって呼んでるの?」
バッとこっちを見て、怖い顔で目をギラつかせて睨んでくる彼氏さん。色恋沙汰ってこうゆうのがめんどくさい。でも、やってる側はかなり楽しいんだよね。
「ええ、ダメですか?」
「んー、ダメじゃあないけどぉ、そうだな、何か、親しみを込めたあだ名は嫌だよ。生徒と教師の関係性を守って」
「じゃあ、粥川せんせっ?」
「ああっ!それも嫌だ!!」
生徒と教師の禁断の恋的な作用が働きそうで嫌だ、あたり??
「別に馨くんとは何ともないしぃ、心配しなくても何もしないよぉ。それよりも、お前は俺のこと、そんなに信用できないの?」
「え?」
「ねえ、信用できないのかって聞いてるんだけど」
「信用してますよ、愛してます」
「じゃあ、縛らなくていいよね??虐めたいならまだしも」
「ごめんなさい、感情的になっちゃって……」
としゅんとする姿は熊というより大型犬のようだった。お粥さんのが尻に敷いてるんだろうってのが、一目瞭然。
「馨くん、行こ」
と僕を呼んで彼の目の前で、あからさまに後ろから僕の肩に抱きつくのは、かなりの精神的ダメージを彼に与えるだろう。罰として。
ベッドルームに入るのはいくら何でもと思うけど、それ相当に激怒しているのかもしれないので地雷は踏まないで見過ごす。あと、リビングから聞こえてくる啜り泣く声も。
「俺さぁ、彼女殺したことあるんだよね」
「は?どうゆうことですか?」
部屋に入った瞬間これで、この人はこの人で情緒がよく分かんないし、一切、落ち着かない。
「そのまんまの意味だよ、昔々のお話」
「どうして?」
「俺がああやって泣かせてたら死んだ」
死んだ、と言ったあとで笑顔を見せてくる。
「サイコ」
「あはっ、君ほどではないけどぉ?」
「僕は普通の人間ですよ」
「何かの冗談??」
「違います」
「ふふっ、俺の家、拘束具いっぱいあるでしょ?」
「はい、引くぐらいには」
「始めはね、みんな愛情の裏返しみたいなものと思ってやってくれるんだけどね、それがただの支配欲でしたぁ、って気付かれたらみんな去ってくんだぁ」
「へえ」
「でも、俺が殺した子は違った。もっともっと俺を求めてくれたの」
「それで?」
「逆に俺の方が支配された」
命の価値、を天秤にかけられた、らしい。
「え?」
「永遠に愛してるね、って最期メッセージに入れられてて死んだ」
またそうやって苦しまぎれの笑顔
「何で、、」
「愛されすぎてたんだろうね、俺以外は見えなくした」
部屋に監禁して、拘束具付けて、テレビもネットも使えなくして、携帯は俺にメッセージ送るだけ、そうして、俺のモデルとして毎日デッサンして、遊んで、相手の我儘なんか言わせなかったとか何とか、聞いてて気持ち悪くなるほど、
「そんなの、狂ってる」
「そうだよぉ?狂っちゃってんの。愛してればできることなんて、実際、何一つない」
「はは、虚しいこと言いますね」
僕はみかちゃんのすべてを愛してるし、僕の人生のすべてをみかちゃんに捧げたいと思うし、でもそれをしたらみかちゃん怒るから、迷惑がるから、僕はみかちゃんのために僕の人生を真っ当に生きなくちゃいけない。
「俺がそうなんだぁ。俺はぁ、誰かを支配して、傲慢なまま生きていたいの。ねえ、君もそうでしょ?」
「は?一緒にしないでください。僕はみかちゃんのためなら死んでもかまわない」
「君の死にたいは────」
「僕は、生きたいです、この世界で生きていたいです。何故なら僕が、みかちゃんの人生を彩るような存在でありたいから」
自分に言い聞かせるように、宣言した。
「あはっ、DV野郎が何言ってんの?」
「そうですね、僕は馬鹿です。けど、お粥さんのがもっと馬鹿ですよ?」
「あ"あ"?」
「だって、貴方の支配欲の理由って自分の弱さを隠すためでしょ?でも本当は誰一人として強くも弱くもない、みな平等に人間ということがわかってないじゃん」
みんな平等に人間、死んだら無価値に等しい。なんて机上論??
「不公平だよ、この世の中は!!君だって、クソみたいな劣等感垂れ流してんじゃん!!」
「自己肯定感が欠如してんですよ!!」
「ふざけんな!!それなら説教すんなバカ!!」
と怒鳴られて、なんかこの人とこんな子供みたいな喧嘩するの、なんだかんだ初めてなのでつい笑ってしまう。
「あはははっ、そうですよね、すいません。でも、こんな僕でも、愛してくれる存在がいるのは心強いです。何度も何度も励ましてもらって、そればっかで不安にもなるけど、何か、ずっと一緒にいてくれるから、信じてみたいって思えるんです。それで裏切られても、それはそれで、きっと愛おしい傷跡になるんで」
「幸せそうでムカつく!!」
頬っぺたを摘まれて、弄ばれる。怒ってんのか楽しんでんのかわかんない表情で。
「貴方のその支配欲だって、離れないように、ずっと一緒にいたくて、のものじゃないんですか?」
「違うし!!俺は、俺の存在価値が欲しいだけだし!!」
「大丈夫です、みんな無価値ですからっ!」
「その綺麗な顔で言われても説得力ないね!!」
彼の価値観は美しさ、言わずもがな、耽美主義。そのせいで、その優劣競走のせいで、いや、何故彼が劣等感を抱いているのかすら、僕にはよく分からない。
「はあ、価値観というのは人生を楽しむための基準でしょうけど、そんなので劣等感を味わうくらいなら、クソみたいなもんですよ」
「あはっ、君の周りにはクソしかないの??」
僕が何かにつけて貶すときに使う、クソという言葉で遊ばれた。僕が真剣に話しているというのに。
「やめましょう、汚いですね。でも、」
元はと言えば、貴方が教えてくださった価値観ですよ?
「……ううっ、ああもうそうだよぉ。だって安心できないじゃんかぁ。俺には価値がないからさぁ、みんなみんな消えてゆくんだ、嫌だよ、こんな人生」
独り言で呟いたような愚痴は、聞いてないフリをした。でも、僕以外に、僕じゃない他の誰かに聞いている人がいて、その人はバンッとドアを破壊する勢いで迫ってきた。
「アンタこそ、俺のこと信用してないじゃんかよ!!俺がずっと一緒にいたいっつったの忘れたとか言わせねえ!!」
お粥さんの腕を強引に引っ張って、耳をさり気なく塞いでいる僕の横から引き剥がす。
「はあ??ちょっ、生徒の前なんだけど」
その人の胸、広がる大胸筋にお粥さんは触れて、照れからわずかな抵抗を見せる、メロドラマ。
「関係ないでしょ」
ああああ、やめてくれ。ディープキスされるお粥さんなんて見たくない。こっちが恥ずかしくなってくるから。
「ああっ、僕は帰りますから、あとはごゆっくり」
そそくさと逃げ仰せようとすると、
「君、次来たらその綺麗な鼻筋へし折るね。麗さん、もう俺のもんだから」
という取られたくもないマウントを取られた。僕だってお粥さんに手出しするつもりはないって。
「あははっ、二人、似た者同士でお似合いですね。どうかお幸せに」




