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第四十五話

「愛してる、愛してるよ」


俺はたった今、喉が死んでいるのにも関わらずカラオケにいる。けれど、馨が愛してるって歌う度に幸せになって、カラオケでタンバリンを叩くのってこんなにも楽しかったっけ?と感覚がバグった。


「みかちゃん、何か歌う?」


とマイクを差し出されても、首を横に振ることしかできない。俺が健康だったら、横で一緒にデュエットみたいなこともできたんだろうが、現実はそう甘くない。俺が、高校生だったら、馨と同級生だったら、どれだけ良かったか。俺の知らない青春っぽいことができたんだろうな。


「じゃあ、僕が月花少女隊の曲で歌って踊ります」


立ち上がって、俺のよく知っている可愛い曲を、原キーで裏声で歌い始めた。馨って、本当、ノリがいいというか、人を楽しませるのが好きなんだろうね。おかげで、とっても楽しい。スマホを片手、エアーサイリウム片手、ダミ声の掛け声で応援した。サビのところは、俺が馨に何回も動画を見せたからか、振り付けを覚えていて、照れ隠しの笑顔とともに可愛らしく踊っている。


「檸檬ちゃんって、こんな気分なのかな?」


歌い終えて、ソファに座ると独り言のように呟かれた。


「どんな感じ?」


「なんか、ただ純粋に楽しい」


無邪気な笑顔で、そう言われて、とても単純なんだけど、俺まで楽しくなる。馨と俺は繋がっているんだなって、そう信じたいだけなんだけど、思ってしまう。

檸檬にさっきの馨の動画を送ると、


「お兄ちゃんが動画送ってくるなんて珍しいね!楽しそうでなにより!」


と返信があった。確かに動画を撮る機会もなかったし、誰かに共有したいという気持ちも今までなかった。馨が俺を変えたというか、俺の人生を豊かにしてくれたんだと改めて実感した。


「みかちゃん、マイクあげる」


と何か歌う訳でもないのに、マイクを半ば強制的に馨に持たされた。


「何?」


「みかちゃんの声、もっと聴きたい。大音量で」


俺の掠れて潰れた声、喉を鳴らす音、息遣いまでマイクに拾われていて、今すぐ手放したくなった。けれど、馨はそれすらも聴きたげで、俺に底なしに話題を振ってくる。


「もっと綺麗な声が良かった」


嗄れた喉の傷口から出たような言葉、自分の醜さが反響して分かる。


「……好きだよ」


マイクを通さない、マイクを通しても聞こえにくいような小声でそう言う。でも、俺がそれを聞き取れたのは、それぐらい俺の近くで馨が言ってくれたから。


「俺は、どうしても好きになれない。痛い」


変わっていく自分が、馨の中の理想的な俺と、どんどんかけ離れていく。いつか馨に見限られる。俺はそれが恐怖なんだ。痛いという言葉にエコーがかかって、何度も脳内で反芻している。


「みかちゃん」


そう俺の名前を呼んで、その後の言葉が続かない。ただ見つめられて、なんて言葉をかけたらいいのか分からないと言われているみたいだ。不安に襲われかけたところで、馨にキスされる。オンのままのマイクがその音を拾っていて、部屋中に響き渡ってしまう。


「恥ずかしい」


マイクを切って、テーブルに置く。馨に顔向けできないほど、顔が真っ赤になる。


「カラオケボックスって、そうゆう行為をするため使われるって、かなり聞くけど」


「馨、やめて」


俺はもうダメなんだと思う。恥ずかしさでいっぱいで、衰弱している。その上に、馨が言っていることも理解できて、さらにこれ以上狂わせられたら、本当に壊れるんじゃないかと思って、恥ずかしくなる。


「やだなぁ、みかちゃんは僕をなんだと思ってるの?そんな非常識なことはしないよ」


あぁ、そうだよね。ごめん、それは分かってたけど。馨の危なっかしさも俺は分かってるんだ。それに、今の俺はかなり弱ってる。


「ただ、その気持ちもちょっとは、分からなくもないなぁ、なんて思っただけ、かな」


そうはにかんで言われて、俺の胸がキュッとなる。それって、そうゆうことをしたいって、ちょっとでも思ったってことだよね。


「気持ち悪いこと言うけど、部屋中にあの音が響き渡るってかなり、うん、かなり気持ち悪いけど、何か、やってる感はあるよね」


馨は何気ないように、そうゆうこと言うし、そうゆうことやりそうで怖い。


「馨、気持ち悪いよ」


俺が冗談めいて、笑いながら、それをそれとなく否定すると、


「知ってる。それに、そんなことしたら出禁だろうね」


と淡々と喋る。現実問題を並べて。


「うん」


「だけど、五感を使ってみかちゃんを感じると、僕は生きてるって思うんだ」


ふにゃっとした柔らかな笑顔。単に告白されるのよりも印象に残る、俺の心を動かす、影響力のある瞬間。馨が俺の中にまた混じった気がする。


「恥ずい」


「照れてんの?可愛い」


熱を冷ますためにもジュースを飲んだ。


「あと何分あるの?」


「あと十五分くらい?」


「じゃあ、一曲だけ歌う」


とタブレットで選曲して、画面が切り替わる。歌うのは得意でも下手でもないんだけど、たぶん、今歌えば下手になる。けれども、歌って、気持ちを伝えたかった。


「愛してる、愛してるよ、死ぬまでずっと愛してる」



「みかちゃん、僕にいい仕事させようとしてる?」


「馨はいつも、いい仕事しかしないでしょ?」


そんなことを言い合って、電車に揺られて、家へと帰る。教師のみかちゃんも、僕の前では恋人のみかちゃんで、僕にしか見せない顔を見せてくれる。みかちゃんの奥深くに触れようと伸ばした先からは、僕のグロテスクが情けなく漏れ出してしまって、完成させられた作品に泥を塗るような背徳感を得るけれども、それは僕の愛情がたっぷりと詰められた甘い蜜で、擦れて熱くなったナカに、漆を塗るように美しく溶け込ませる、僕はエゴイスト。みかちゃんは声を殺して、でも喉は鳴っていて、苦しそうにしてから、幸せそうに笑うんだ。そのジェットコースターにもよく似た緩急を楽しんで、繋がったまんま、キスをする。


「馨、もう俺、壊れちゃうよ」


何回も何十回も同じようなジェットコースターを楽しんで、水滴で濡れて、貴方の身体が光を反射して煌めく。僕も何故、こんなにもこれを続けているのか、よく分かんないけど、きっと貴方の中に触れて、貴方を隅々まで感じていたいからなんだと思う。貴方の中に僕を溶け込ませていれば、貴方は僕のところからいなくならないような気がするから。


「みかちゃん、最後にもう一度、一緒にイこっか」


貴方の丸くなった背中を掴んで、貴方も僕の背中にしがみつく。体温がどんどん上がってきて、ドロドロになって、僕の作り出す波が貴方の全身にも影響する。最も深いところに手が届いて、貴方は身体をビクつかせた。僕に触れられるのを恐れるかのように。そして、貴方は僕の腹の上に、透明な液体をかけるんだ。塩みたいで砂糖が含まれた液体、貴方が僕を過剰摂取したのがわかる。けれども、僕はそれを補うかのように濃厚なそれを、貴方の中に押し込んで、飽和して放心状態の貴方にキスで


「もう出しちゃダメですよ」


って願うように伝えるんだ。貴方の中に僕を入れておきたいんだ。


「頭の中が真っ白だよ。このまま逝っちゃいそう」


「そしたら僕も逝くからね」


「俺は馨が好き」


アイラブユーを口にするように、日本語初心者みたいな、本当に貴方の頭ん中は真っ白だと思わせる、言葉を告げられた。


「僕もみかちゃんが好き」


僕も真似して言うと、嬉しそうに


「うふふっ、両想いだね」


と幼稚園児みたいな無邪気な笑顔で、可愛らしく純粋にそれを喜ばれた。さっきまで大人の遊びをしていたとは思えないほど。


「はい、両想いですよ」


みかちゃんとこうやってベッドで一緒になって、和気あいあいとピロートークするのは何となく違和感だ。今までは終わった直後、ため息をついて、僕を置いて、先程までの行為をすべて見下すように、愚行を後悔するみたいに、貴方は煙を吸うから。それはそれで、みかちゃんはやっぱりこうゆうのは苦手なんだろうなって思いながら、格好良く煙を吸う貴方をベッドから眺める楽しみがあった。

僕のために貴方はこんな愚行も愛してくれたのかな?そう思うと、隣りで寝ている貴方を抱きしめたくなった。



「馨ちゃん、ぷふっ、ぷはははっ、やばいじゃん!これ」


と飴に首元の印を指で押される。みかちゃんが付けてくれた、キスマーク。途中から調子乗って何個も付けられたやつの一つ。一番濃い、傷跡にも見えるやつ。


「えー?何のこと?」


と惚けた様子を見せても


「独占欲強いんだね。まあ、馨ちゃんだもんなあ」


と言われてしまう。


「ふふっ、本当はこれは、僕が付けて欲しい、ってお願いしたの」


「まじ?何で?」


「だってこの印があれば、あの時のこと思い出せんじゃん?」


「はは、馨ちゃん、えっちぃなぁ」


鏡を見たとき、みかちゃんを感じられる。この跡が、僕に刻まれている傷跡の中で、一番のお気に入り。


「砂糖 馨、それ、少しは隠したらどうだ」


碧先生が教室に入ってきて、僕の持ち物チェックを終えると最後にそう言われた。ちなみに鞄にコンドーム入れてたら、無言で定位置に戻された。


「えー、可愛くないですか?」


なんて馬鹿なギャルみたいに演じると


「印象悪い、みっともない、はしたない」


とその跡を非難された。やっぱコンシーラーでも塗ろうかな、でも、せっかく付けてくれたみかちゃんに申し訳ないし。


「煙草の反省で付けたんですよ」


「は?」


「煙草を押し付けて、所謂、根性焼きって奴です」


と嘘を堂々と、でも、あながち間違っていないことを言った。碧先生は困り果てた顔で、


「そんな馬鹿馬鹿しい嘘を付くな」


とため息まじりに言う。


「もっとまともな嘘を付け、ですか?」


「いや、嘘は付くなよ。真面目に生きろ」


「ふふっ、わかりました」



内蔵が突き上げられるほど、激しく俺を攻めている馨は苦しそうで、でもたまに余裕を見せるように微笑む。その顔が好き。心拍数と同じ速度で優しく突き始めて、心拍数が上がってきて、それとともにあの速度も上がって、身体の内側から全てがかき乱されて、俺の最も弱いところに触れられる。苦しくて、つらくて、何度も咳をしてしまった。その喉の痛みを癒すように、俺の内側を満たしたあとでキスするんだ。狡い。俺はこんなにも馨にかき乱されているのに、馨はそんな俺を慈しむように愛するんだ。だから、キスマークを付けたとき、俺が馨の精神的な弱さを補えたみたいで嬉しくなった。


「塩 蜜柑は仕事しないのか?」


嫌味ったらしく今年度も隣りの席になった先輩に言われた。


「あぁ、ちょっと考え事に耽ってました」


机に肘をついて、その手に顎を乗せて。でも、先輩の前では不行儀なので、すぐに座り直した。


「喉は大丈夫か?」


「何かまだ掠れてますよね」


たぶん馨のせいなんじゃないかなって、頭によぎった。


「昨日、砂糖 馨が職員室で号泣してたぞ」


昨日は俺も砂糖 馨に泣かされたけど。


「あぁ、ちょっと殴っただけですよ」


「お前なぁ」


ふざけんなとか、頭おかしいとかでも言うような軽蔑の籠った声に聞こえた。頭を掻きむしって、俺がこう言ったからこの人は頭を悩ませることになったことに、申し訳なさを感じた。


「説教、苦手なんですって」


「そうゆう問題じゃないだろ、手出ししたなんて」


「まあでも、親も黙ってるし、大丈夫なんじゃないですか?」


「お前さぁ、死ぬからって、いい加減に生きていいわけじゃないぞ?」


碧先生がこんなふうに説教するとは思ってもみなかったので、吃驚した。俺が死ぬってことを受け入れているのか、許容できているんだろうな。


「……わかってますよ、私よりも長く生きる人達がここにいるのは。だから、私はその人達に、良いものを残していかなければならない、とは思ってます」


「だから」


「昨日、砂糖くんには謝りました、ついでに慰めました。私も反省してますよ」


「んー、砂糖 馨もキスマーク付けてくるぐらいだしなぁ」


「ふふっ、まじですかそれ」


「あいつはメンタルが弱いのか強いのか、よく分からない」


と椅子の背もたれにもたれかかって、物思いに耽っている。あいつは俺がいれば、今のうちは、メンタル最強ですよ。


「いい彼女でもいるんでしょうね」


「まあな、コンドーム入ってた」


と思い付きをそのまま話すように、さり気なく爆弾発言をした。


「ぷっ、ふふっ、それはそれは、血気盛んなことで」


危うく飲もうとした珈琲を吹き出してしまうところだった。昨日のことを考えていたこともあって、顔が火照る火照る。すぐさま手で扇いだ。


「塩 蜜柑」


「はい?」


「何だ?そのダサい絆創膏は?」


と左手首に貼っといた、何故か家にあったノベルティのコアラの絆創膏。


「可愛いですよね?」


それを見せ付けるように碧先生に近づけた。


「怪我でもしたのか?」


「うーん、まあ、それを隠すために貼ってるんですけどね」


バレバレな自傷行為の跡を、絆創膏の上から触る。絆創膏の可愛さで覆い尽くせると思ったのに。


「あまり気にしないでいい」


「えー?何のことですか?」


深く考え込みそうな碧先生を茶化した。


「人がせっかく気遣ってやったのに」


「これはキスマークの跡ですよ」


「ったく、砂糖 馨と言い、塩 蜜柑と言い、嘘は付くもんじゃない」

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