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第四十三話

このクラスともお別れ会、が三月の中旬頃、終業式前日に執り行われる。今更ながらに、することもないけど、碧生ちゃんがこのクラスにこの全員が揃うのは最後、というワードを使ってきて、みんなをしみじみさせようとしているのはわかった。


「お砂糖ちゃん、別クラになっても会いに行くからね」


という熱い抱擁を交わすと、


「理系だし、基本的には変わらないでしょ?」


という冷めた意見を投げられた。まあ、地球上の何処かで生きてれば、会おうと思えば会えるみたいな意見に近いと感じる。


「霰、俺のところには?」


「馨ちゃんの次いででよったげるよ」


けど、こんな別クラになる想定のもしもの話なんかして、これが現実としてデジャブみたいになってしまったら、それこそ嫌なので、この話題自体、ずっと話すのは何処か不謹慎な気がしてきた。ザキが馨ちゃんと別クラだったら寄らないけど。


「飴、ウチらともお別れだね」


クラスの女子から、声かけられて、


「えー、めっちゃ寂しいいい。別れてもずっ友でいよーねっ☆」


と適当に返すと、やだー、きもーい、と本当に向こうも笑いながら適当に返してくる。


「最後に女子みんなで菓子パするんだけどぉ」


「え?俺も混ざっていいの?やったあ」


と食い気味に話を俺の都合のいい方向へと持っていく。


「そんなこと一言も言ってないんですけどぉ」


「そうゆうことじゃないの?」


「びみょーに近い?って感じ???あのさぁ、ミホいるじゃん?」


「ああ、お砂糖ちゃんにこっぴどく振られた子?」


「ねー、可哀想だって。そんなこと言っちゃあ」


と俺の肩を叩きながら俺よりも笑うんだから、何だかなあって感じ???


「このネタ好きだよね、めっちゃ笑うじゃん」


「ね、最悪ぅ、まじでなぁい。でさぁ、その子がね、砂糖くんと最後まで冷戦?みたいなままじゃ嫌だって言うのね。だからぁ、菓子パの後に、どっか食事会?みたいなのセッティングしてくんない?」


えええ、超絶めんどっ!!!お砂糖ちゃんだって、絶対に乗り気になんないでしょそれ。


「良いよん、俺にまっかせといて」


と何でもかんでも安請け合いしてしまうのが俺の悪いクセというか、弱みにつけ込まれる要因なんだろうと思う。


「ありがとぉ、まじで優秀な男だわぁ」


なんて俺が使える時だけは、こうやって雑に褒め称えられて、それに俺は虚しくも浸るんだ。



「お砂糖ちゃん」


「何?」


「あのさぁ、思い出したくないことに触れるかもだけど、とゆーか触れていい、かな?」


かしこまって用心深く飴ちゃんに言われると、すごい傷を抉ってきそうな感じがして、怖気付きそうだけど、たぶん思っているよりは大丈夫だと理由もなく自分を鼓舞した。


「話してみて、ダメだったら止めるから」


「ありがとう。それで、あの、バレンタインのこと、話していい?あの子、お砂糖ちゃんが」


「ああ、僕がこっぴどく振った子?」


「そうそう、ミホちゃんって言うんだけど」


「その子がどうしたの?」


「お砂糖ちゃんと仲直りしたいって」


「えー?元から大して仲良くなかったじゃん」


と仲直りも何も修復するような仲が、僕とあの子の間にあったことが驚きだった。


「あはっ、お砂糖ちゃんそれ言っちゃダメなやつぅ。シーっ!」


と人差し指を唇の前に触れない程度のところで立てられた。


「だってさあ、無意味じゃん」


「仲直りプロジェクトにかまけて、お砂糖ちゃんと仲良くなりたいんだよ、きっとぉ」


「んー、僕にそんな余裕はないかな?飴やザキがいるから、もう十分なんだよね」


と言うと飴ちゃんはニヤついて


「じゃあ、また彼女をこっぴどく振ってきて。お砂糖ちゃんの精神が持つならね」


煽るように僕の精神の脆さを突いてくる。


「ふふっ、脅しかな?まあ、よく言えてるよ。今度はスマートに振ってくる」


「へえ、めっちゃ楽しみ♡♡」


「ねえ、そんなにプレッシャーかけないでよ」


「えー、かけてないんですけどぉ?」


受け手がパワハラと感じたらパワハラのように、受け手がプレッシャーに感じたらプレッシャーなのだ。



「最近、馨と塩先生をたまに見間違えるんだよね。馨かな?って思ったら、何故か塩先生で、『あっぶねえ』って何回もなってんの」


というザキの突拍子もない告白に、少々冷や汗をかく。


「馨ちゃんの髪を染めてストパーかけたら、まじそのまんまになるんじゃない?もしかして、双子?双子なの?」


これみよがしに飴にはいじられる。結局のところ、仲直り会という名目の合コン?みたいなのに断れなくて、ミホちゃんに気圧されて、でも何だかんだで楽しんでいる人に巻き込まれて楽しめている。


「ザキはその『あっぶねえ』ってなるような声のかけ方をまずはどうにかしようか」


たぶん、いきなり後ろから首絞めたり、抱きついたり、尻蹴ってきたり、髪の毛ばっさーされたり、肩トントンからの振り向いた頬に人差し指を指したり、耳引っ張ったり、無言で目隠ししたり、いきなり服を引っ張ってきたり、冷たい缶を当てられたり、上げだしたらキリがなくなった。それに、ザキの僕への声のかけ方のレパートリーがこう考えると広かったことに驚きだ。ザキとはずっと一緒にいるから当然か。


「わかった、匂いだわ!」


「え?」


人の話を全然、聞いてない。このわかったは僕の言っていることに対してのわかったではないことはわかった。加えて、僕をピンチにするような分かられ方をしたので、どう言い訳をするかだけを延々と考えている。柔軟剤とかシャンプーリンスとか変えた方が良いのか?という疑問も頭をよぎった。まあ、変えたくないけど。


「塩先生と砂糖くんっておんなじ香りするの?」


それはない、ないないないない。みかちゃん、いい匂いのする香水使ってるもん。焦りながら、安心するために、内心で全否定した。というか、ザキに眼力で伝えた。空気読め読め読め読め。


「んー、何となく?それに、塩先生ってさあ、最近なんか禁煙してるっぽくない?」


「わかるぅ、煙草臭さがなくなったよね」


って同調してる女の子、絶対にみかちゃんのこと知らないし。いや、知ってたとしても、みかちゃんの煙草臭さを知らない。だって、吸い終わった後はめっちゃ消臭スプレーかけてるし、チェッカー使って測定するし、別にバレてんだからいいんじゃない?って思うんだけど、通りすがりに「うわっ」てされるのが嫌だから、って吸い終わった後はちょっと日光浴とかしてる。その努力を知らない。みかちゃんに抱きついたり、触れるくらいの超近くで話さないと分からないレベル。ザキの鼻の良さが警察犬並のレベルなのは、まあ、ちょいちょいわかってた気もするけど。シャンプー変えたとか柔軟剤変えたとか香水付けたとかその度々で気付かれる。


「あっ、だからよく飴舐めてたんだあ」


飴がその情報を付け足して、僕とみかちゃんの匂いから、みかちゃんの禁煙話に移行させようとしてくれている。さすが、飴 霰。


「どーゆうこと?」


なんて禁煙事情を知らない子が聞いている。煙草がなくて口寂しくなるから飴舐めて誤魔化してんでしょ、って飴が簡単な説明。ああ、僕がその都度キスしてあげたい。最近のみかちゃん、ずっとイライラしてる。この前なんて生物の授業中に、「先生、只今絶賛禁煙中なのでイラつかせるような点数は取らないでくださいね」と言ってから小テストを配ったらしい。嫌がらせで点数を落としても、こっちは評価を落とすだけだからって、半ば脅しながら。


「飲み物、取ってくるね」


みかちゃんの話をみんなでするのは居心地が悪くなる。僕の知らない見てないみかちゃんが語られるのは、何処か苦痛だ。ずっと監視とか監禁とかできないのはわかってるけど、みかちゃんは僕から見えない世界でも普通に生きているんだなあって、当たり前だけど、不安になる。禁煙中だし、今すぐにでも会いたい。その代わりとか言って酒の量は増えてるし、欲求不満で何かをやらかす人ではないとわかってるけど、僕に内緒でどっかで悪びれるようなことをしててもおかしくはない。

グラスからこぼれるジュース、ああ、ぼーっとしてた。


「馨くん、入れすぎじゃない?」


とその様子を見て、笑ってくるのはミホちゃん。


「そうだね、入れすぎちゃった」


置いたままストローで少量飲んでから、ジュースの砂糖でベタついたグラスを持ち上げて、底から滴り落ちる溢れたジュースの雫を紙で拭き取る。それがあの日あの時の涙のようだった。



「あの時はごめんね。私、感情的になっちゃってて」


「いや、僕の方こそごめんなさい」


会話開始早々に二人でお互いに謝った。


「何か不思議なんだよね。まだ私、馨くんのことが好きみたい」


そう表面上は軽々しく言うけど、その内側は恨み妬み怒り悲しみ憂い、様々な感情が煮えきっている。


「そう、ありがと」


「何でなのか聞かないの?」


「んー、わかってることを言われるのは、あんまり好きじゃないんだ」


君は僕の顔が好きで、僕の性格は二の次だ。僕がさらに面倒臭い奴だと気付けば、もう本格的に嫌われるんだろうけど、僕の弱さをどうでもいい人に見せても、利用されて使い捨てされるだけだから。でも、どうなんだろう?


「わかってるんだ」


「わかってるつもりだけど、違ったらごめん」


「そういうところかな?私もわかってるよ、馨くんが本当は優しいってことは」


僕の心に歩み寄ってくるような、漬け込んでくるような、何とも言えない安心と疑心が入り交じった。


「たぶん、僕に恋人がいなかったら、僕達、付き合ってただろうね」


「私、それなりにうまくいく自信あるけど?」


自信満々に笑顔を向けられた。


「ふふっ、僕もそんな君が好きだよ」


僕に酷くへし折るように振られても、またそうやって根拠のない自信をたっぷりに詰め込んで、逞しく生きているのが本当に格好良い。


「何、急に」


と彼女は不機嫌そうに口を尖らせた。


「ダメだった?」


「ダメじゃないけどさ、恥ずいじゃん」


「そっか、それじゃ」


とだけ言って、彼女を置いてくように席に戻った。



「馨くんって、どんな香りするの?」


「さあ、わかんないね」


と笑っていると、彼女が僕の腕を掴んで、顔を近づけて、胸辺りの匂いを嗅いでくるから、恥ずかしすぎて目を回した。


「ほんのり甘い香りがする」


顔を少し上げて、僕の方を上目遣いで見つめてくる。自分を可愛いと思って欲しい目をしているから、ちょっと苦手なんだ。


「それ、たぶん柔軟剤」


逃げるように素っ気なく交して、並々に入れたジュースをこぼさなように気を付けながら、なるべく早足で歩いた。


「馨ちゃん、まーたオレンジジュースぅ?」


飴に子供っぽいと揶揄されるけど、美味しいじゃんって毎回返して、ストローを咥えて、飲む。この焦ってフル回転している思考を冷やすように一気に飲み込んだ。


「馨ってその名の通り、いい匂いするよな」


ザキ、僕、霰の順で座っているから、ザキの隣りに座り込んだ瞬間、また嗅覚を刺激したのか、そんなことを懲りずに言ってくるから、もうニンニク増し増しの豚骨ラーメンでも食べようかなと思った。


「何?ザキぃ、お砂糖ちゃんだからって舐めちゃダメだよぉ?」


「はあ?んなこと言ってねえし!」


僕を挟んでのこの会話、肩身が狭いってのはまさにこのこと。


「でもさでもさ、砂糖くんって見た目的にも甘そうな顔してなーい?」


目の前からも攻撃されて、後ろはもちろん、背もたれがあって、四面楚歌か。やいやい、僕をネタにして、盛り上がられるからそれに便乗して、


「でも舐めて甘かったら、それはそれで糖尿病の心配した方がいいよ」


と言うと何かが違ったみたいに、油を売ったような会話が油田が枯渇して錆び付いた。そ、そうだね、あはは、という苦笑。この状況で一番笑っているというか、ツボに入っているのはやっぱり飴 霰だ。


「お砂糖ちゃん、まじ可愛い」


なんて煽っている。


「それで実際にどうなの?」


その間を切り込むように、ミホちゃんが冗談なのか本気なのか、分からない表情で、微笑みながらに聞いてきた。


「えー?砂糖塗せば甘いんじゃん?」


「ふふっ、本格的に味付けするの?」


「んー、ベッタベタになるからやっぱ無し」


全裸に砂糖水を浴びてから、みかちゃんに僕を舐めてください、的なことを言うところを想像して、このグラスみたいだなと思って、なんかちょっとグロかった。でも、密着度が増す感じがするから、ベッタベタになるのも。


「お砂糖ちゃん、恋人に聞いてみれば?」


と隣りで囁くように飴に言われた。え?これで甘いとか言われたらそれはそれでショックなんだが。この歳で糖尿病はみかちゃんに何も口出しできなくなる。二類だとしたらどれだけ生活習慣が悪いんだか。


「後でね」


「とゆーかぁ、ヤれば汗でベッタベタになんじゃないのぉ?そこ気にするぅ?」


「確かにぃ、塩分でベッタベタになっちゃうね。お互いの皮膚がベタッと張り付いちゃうしぃ」


彼女のギャルっぽい口調に合わせて、こっちもそのテンションで返した。


「あははっ、不健康で不健全で不衛生で、超笑えるぅ」


「そんなこと言わないでよぉ、みんな人間なんだからさあ」


みんな人間、不健康で不健全で不衛生。なのに、みんなみんな綺麗さを求めて、気持ち悪さを排除しようとする。それが生きづらい原因になっているのに、馬鹿みたい。資本主義社会、ロマンの欠片もない。それでも、醜くて汚くて、気持ち悪くて、ベッタベタのドッロドロでも、愛する人が僕のことを認めてくれればそれで良い。こんな素晴らしい恋人は世界中の何処を探しても見つからないだろう。綺麗じゃなくていい、と言ってくれる恋人は。


「柿崎くん、どうしたの?」


「いや、何も」


愛し合うなんて、お互いの虚像を崩し合うこと、そしてそれを認め合うこと。僕が絵を描かないと決めてから、三日も経たずに絵を描いていても、みかちゃんは何も言わないし、ただ微笑んでその様子を見守ってくれる。絵が描けたら、素敵って褒めてくれるし、僕が絵に対して気に食わなくて悔しくて、それ以外に手が付けられなくなってても、大丈夫だと慰めてくれる。睡眠時間を削って、十時間ぶっ通しで描き続けたときは、さすがに「無理しすぎじゃない?」と朝起きてきたみかちゃんに言われた。中途半端で終わらせられないのが僕の悪い性質。終わらないと気がかりでストレスになるくせに、終わったら終わったでやるべきことができてなくてストレスになる。計画性も何もなくて、やりたいことをただひたすらにやっているだけの人間。そんな僕をみかちゃんは認めてくれるんだ。甘やかしてくれているようだけど、人生に甘えも何もないよ、って言うからどうでも良くなる。甘えって言う側が、その優越感の甘い蜜を啜っているんだ。それの尺度にされた人間は別に何もその人に合わせる必要はないし、自分の尺度で生きればいい。自分の尺度で生きれる人間が最も幸福だともお粥さんに言われた。だから、文脈が通る人間と付き合うのが気楽なのはそのせいだ。自分の都合をわかってもらえて、自分の尺度も相手の尺度も許容できる関係、それがとても有難い。


「ザキ、いいや、たっくん?」


「何だよ、その呼び方。小学生の時以来じゃん」


帰り道、同じ電車に乗って、同じ駅に向かう。僕のなくなった居場所の跡地を見て、ノスタルジックになりたかったのかも、わかんないけど、


「ここは空気が良いね」


なんて言ってしまった。田舎だって言いたいの?と突っ込まれたが、そういうことではなかった。


「馨、覚えてるか?ここの公園、前はもっと古臭くてボロい遊具があったよな」


「覚えてるに決まってんじゃん。僕達が壊したって言っても過言ではないくらいふざけて遊んでたよね、度が過ぎて頭打ったりして」


とその時を思い出して笑った。


「今の場所はどうなの?うまくやってるの?」


ザキには、両親が離婚したこと、今は親戚に引き取ってもらっていること、今まですべて内緒にしていたけど、今日は何か話しちゃった。ザキも薄々勘づいていたようだけど、僕が隠したいと思っていることを無理に聞くほどでもないと思っていてくれたようだ。


「もちろん、うまくやってるよ」


「だろうな、馨だもん。うまくやるかあ、はあ、そうかあそうだよなあ」


一人で自分を納得させるかのように呟く。


「何?」


「別にぃ?」


と何でもないと、何聞いてきてんの?と煽るように笑ってくる。何かを隠したように笑ってくる。


「僕が何でまたここに来たのか、知りたい?」


「まあ、でも教えてくんないんだろ?」


諦めた言い訳のような物言い。教えたくないわけじゃない、ここに来てから言いたかっただけだ。


「ねえ、たっくん」


「それ、恥ずかしいからやめろよ」


と照れ隠しで笑いかけてくるから、ここで「えー?別に良いじゃん」って僕も笑って逃げたかった。より恥ずかしいのは僕の方だ。でも、その恥ずかしいことをしなければいけない。


「小学生のとき、たっくんが話しかけてきてくれて、本当に良かった。本当に救われた」


「何?別れの挨拶なら受け取らないけど?」


「そんなんじゃないって、これからもずっとよろしくしてたいよ。でさあ」


「ん?」


言葉が思いつかないまま言葉を紡ごうとしていることに後悔している。けれど、それでも受け止めてくれるだろう。


「でもさあ、僕に執着しなくていいからね、僕のことはもう心配しないで、本当に大丈夫だから、色々と迷惑かけちゃって────」


「何言ってんだよ、お前が何処にいて何してようと心配するに決まってんじゃん。執着なんかじゃない、俺は呪われてんの」


変な主張だ。胸を張って、呪われてる、だなんて、おかしいな、本当。


「何で?」


「はあ?それまじで言ってるのかよ」


驚きとともに呆れ顔。何で呆れているのか、僕にはさっぱり意味がわからない。


「僕が睡眠薬飲んでるから?精神異常だから?レグカしてたから?」


焦って慌てて、質問しまくって、この意味のわからなさ、という気持ち悪さを解消したかったのだが、


「呪いはそんなんじゃないだろ」


と諭すように一刀両断された。


「何?呪いって、馬鹿げたこと言わないで」


気持ち悪さに飲み込まれて、イライラしてしょうがなかった。


「お前がそんなこと言うとはなあ、まじで心配だよ俺は」


僕のことを達観しているのか、余裕のある顔が余計に神経を逆撫でした。から、深呼吸して深呼吸して、なんで深呼吸なんかしてんの?怒っちゃえばいいじゃん、なんて思っては、深呼吸した。


「……僕は自分のことを見失いそうでここまで来たのに、手遅れだったかもしれないね。僕は柿崎 匠を呪った、あの時の僕じゃないみたいだ」


社会に適応するために薬を飲んで、その薬のせいで脳みそがどんどん働かなくなってくる。始めは突飛な考えが浮かばないように制御されているみたいだと感じたけれど、最近は僕の個性ってのを削ぎ落とされている気分だった。僕は普通に生きてて、こうなったのに、それを悪にされて、無理矢理に矯正させられる。僕って、個性って、一体何なの?


「馨はまだ俺の好きな馨だよ。ずっとあん時のまんま、何も変わってない」


「……僕はザキのが心配。後々、結婚できないのを僕の呪いのせいにされそう」


下校中のたわいもない会話、小学生のときからずっとこうして帰っていた。隣りにはザキがいて、虫を追い払って、石を蹴って、花を摘んで、自然を感じながら、無邪気に笑う。話す内容の九割はたぶん覚えてないけど、それでも、楽しかった気持ちは覚えている。


「はあ?そんなダセーことしねーよ」


「どうだかね」


「俺、馨よりも早く結婚する自信あるしぃ」


何処から湧いてくるのか分からないその自信を満面の笑みで表現される。


「あー、あぁ?女の子と結婚すんの?」


「うん、馨とは結婚できないだろ?」


そうやって、割り切ったように笑う。


「まあ、法律上は。でも、事実婚的なアレはあるじゃん?」


僕のが何かまだ切り捨てられていない。


「んー、でも、ばあちゃんも母ちゃんも、はやく俺の嫁さんや子供の顔が見たいって、うっさいんだよね。まだまだこれからの話で、見つかるか産まれるかどうかもわかんないのに。だから安心させるためにもさ、結婚はしなきゃかなって思うんだ」


「へえ、立派。立派な大人になるね、ザキは」


「馨は?馨はどうなんだよ」


「僕?僕は、んー、わかんないや。将来も絵が描けてたら良いなあって、それぐらい?」


みかちゃんがいる場所で一緒に生きれてたら良いなあって、望むことなんて、それくらいしかない。それぐらいしか望んじゃいけない、僕は。


「何だ、良い未来じゃん。良かった」


「死んでるかも、とでも言う思った?まあ、いつかは死ぬけど。今じゃないなあって」


「そうだな、今じゃないわ。今死ぬとか、センスない、たぶん」


「何それ、死ぬのにセンスが問われんの?」


「だって、何かしら難癖つけたいじゃん。自殺は絶対に許してやんねえ」


唇を尖らせて怒る様子が、何とも子供じみている。


「わかってるよお」


と揺すぶってなだめた。

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