第四十二話
「何でここに粥川がいるんだ?」
三者面談、つまり、三人の人間が揃えばいいってことでしょ?碧ちゃん。母さんは来てくれそうにないから、だから、お粥さんに来てもらった。
「クロスオーバーストーリー(?)」
と僕が照れ笑いを浮かべながら、冗談を言うと、案の定、ため息をつかれた。みかちゃんを連れてきた方が良かったかもしれない。
三者面談なんてものは志望校と成績を比べ合わせて、「この調子」か「頑張れ」かを言うイベントだとタカをくくっていた。
「まあ、この調子で頑張れ」
一応、作ってきた資料を目の前に置かれて、第一志望校もA判定と伝えられる。油断したら終わりだけど、このままいけば合格できるはずだ。みかちゃんに褒めてもらおう。
「え、ちょっと待って。馨くん、美大じゃないの?」
その紙を手に取り、お粥さんは目を丸くした。
「はい、国公立薬学部志望ですね」
「で?何で今になって君は薬剤師なんかに?薬でラリるの?」
と考えもなしに発言するお粥さんを見つめて碧先生が眉を顰める。
「ずっと前から国公立大は目指してましたよ?学費は安いですし」
と指を組んで、太ももの上に置く。
「何で薬剤師なの?君はヤクザのが似合ってるよ」
そう思慮浅く続けるお粥さんに、ついに堪忍袋の緒が切れた碧先生が、
「粥川、お前は子供なのか?」
と突き刺すように鋭く言った。上を望むと、僕がヤクザのところは否定してから、それを言って欲しかった。お粥さんは「そうだけど?」と痛くも痒くも無い様子。
「僕はいつも睡眠薬に助けられているので。薬でつらい状況を少しでも緩和できるのは、幸福なことですよ。そして、そんな仕事に携われたら、それもまた幸福じゃないですか?」
と面接でも使えそうな言葉を並べた。あーあ、眠れない日によく考えていることが、これだなんて、受験に呑まれてんな。
「嫌だ、つまんない。君はクリエイティブな職業に付くべきだ。そんなの、資格さえ取れば誰でもできるじゃん。君には君にしか創れない世界があるじゃないか、何故それを見ない?作らない?」
いつもよりも100倍真剣な表情で、お粥さんに煽てられて、褒められて、力説させられた。
「そんな簡単に言わないでください。僕がどれほど学力試験のために、時間と労力を費やしてきたか、考えてから言ってますか?じゃなかったら、話になりませんよ」
馬鹿にしたようにお断りした。そんな理想を見せないで欲しいと。
「馬鹿、何言ってんの?たかが一、二年の話だろ?将来、君が何十年と生きていく上で、そんなちっぽけな犠牲が払えなくて、どうするの?死ぬの?」
ああ、執拗い。惹かれてしまいそうになるのが怖い。不安を逆撫でさせないでくれ。
「馬鹿はお前だろ、粥川 麗。生徒の声を聞かずに、自分のやりたいようにコントロールしようとする。そしてその態度、教師としてあるまじき態度だ」
と碧先生が強く反論する。お粥さんは
「担任ってだけで、馨くんと大して仲良くないくせに、大それたこと言うなよなぁ。馨くんの絵だって、その才能の輝きだって、見たことないでしょ?」
と立場を弁えろと、躾けるように、嘲笑ぎみに話した。そんな言い合いを聞いていると、あの嫌な脳裏にこびりついた記憶がフラッシュバックしてくる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「僕は、何もかも、やりたくないですよ……」
と弱々しく吐いてしまった。椅子の上で丸く体育座りをして、その腕の中に頭を埋める。
ただみかちゃんに、生きているだけで肯定されていたい。
桜が満開に咲いている。この季節になると花粉症で頭がかなりぼんやりとしてしまって、俺の輪郭すらぼやけてしまっているんじゃないか?と思うほどだ。けれど何度もくしゃみをして、つらくなって、俺の実在性を取り戻す。
「お花見には、最高のロケーションだね」
と馨がシャッターを切る。
「花見には酒があれば十分だよ」
日本酒を掲げて、冗談めいて言うと、
「花より団子よりも飲酒、?」
と花より団子よりも悪いみたいに言われる。
「からの彼氏、かな?」
もっと悪くしてみた。
「それじゃあ、見に来た意味ないじゃん」
と笑いながら桜を見つめる君を見たいから、意味はある。それに屋外で堂々と酒が飲めるから、楽しい。
「にしても、何で花を見るんだろうね?」
花は彩り豊かで、生命力があって、まあ、美しいと思うけれど、花粉症の俺としては、かなりの拷問としても思える。あまり花は好きになれない。画像で見るのがちょうどいい、みたいな。
「生まれて、成長して、咲き誇って、枯れて。花は短縮化した人生みたいだよね。それで、照らし合わせて、満開のときになりたいという、欲と理想を見出して、花見の醍醐味にするんじゃない?」
桜の花を見つめている君に見蕩れて、話半分になりかけたが、
「まあ、何もかも人生って言えば、何か深みが出るよね」
と聞き取れた単語で相槌を打った。
「あー、僕の十八番に何言うんですかあ」
子供っぽく拗ねられてしまった。
この満開の桜の美しさも、美人が通用するのは三日まで、というように、慣れてしまえばあまり価値のあるものと感じれなくなってくる。なのに、君は今もとても綺麗に感じられる。暖かに流れる空気と花びらを纏って、絵の具でキャンパスに感情を落とし込む。それを酒のツマミにしながら、時間の流れを楽しんだ。
「描けたの?」
筆を置き、絵を掲げて、光を当てて、全体像を確認している。
「んー、もうちょい」
と細い筆を持って、細かく微調整をしている。この細い線一本でも随分と印象が変わるというのだから驚きだ。
「馨、楽しんでるね」
「ん?もちろん」
「誘って良かった。断られるかと思ってた」
「花見ぐらい付き合うよ。みかちゃんが望むのならば、いくらでも」
という馨のが俺よりも楽しんでいるようにみえるから、たぶん馨は花見が好きなんだろうと思う。街中を歩いていても、気になるものがあると立ち止まって、凝視して、きっとあとで絵に描くんだろうと思うから、黙ってそれを隣りで見ている。美しいものに目を奪われるのは馨の性じゃないかな。
完成した絵は、この三時間あまりで描いたとは思えないほど、クオリティが高くて、個展に飾るか、画集にしたいほどだ。でも、俺がモデルに描かれていて、何処かこそばゆい気分にもなる。馨からはこう見えているのか、と愛されているのを感じるから。この空気感を表現するような柔らかい雰囲気で、馨の得意とする色鮮やかな絵とは、また違った印象の絵だが、これはこれで気に入った。馨の手癖も分かるようになったし、サインがなくてもこれは馨の絵だと、俺が見分けられる。
「春だね、優しい絵」
「僕はいつだって優しいでしょ?」
「そうかな?」
「馨は優しいから強いよって、みかちゃん前に言ってくれたじゃん」
「ふふっ、そうだね。強いよ、強い」
暴力は、相手を追い詰めて従わせるだけだけど、優しさは、相手を傷つけないで魅了する。気付かぬうちに、罠にハマっていて、コントロールされてしまうようだ。
「僕がみかちゃんを守るから、僕は強くないと、自分が自分で嫌になるの」
「馨に守られるほど、俺はヤワじゃないよ。それに、こんな平和な世界で攻撃されることなんて滅多にないから」
守るなんてヒーローみたいな言葉に笑っちゃう。馨も笑いながら、冗談で言っているんだろうけど、謎のプライドというか、心配をかけたくない、という気持ちが前に出て、冗談でも素直に馨を頼れない。
「違うなあ、僕はみかちゃんを精神的ストレスから守っているんですよ。見えないでしょ?僕が具現化するよりも前に倒しているからなんだよ」
現実の敵はフィクションのように擬人化していなかった。しかも、可視化できないとは。
「ふふふっ、そっか、気付かぬうちに守られてたんだ。馨、ありがとね」
と笑いながら言った。
「ううん、こちらこそありがとう。僕もみかちゃんに守られているから、こうして生きていられる」
冗談からの、この真面目な言葉に、心を鷲掴みにされる。狡い、本当に、さっきまで笑ってたのに、その緩急に感情を振り回されるんだ。
「生きているのは、どう?楽しい?」
「冗談でも何でもなく、楽しいです」
そうやって、俺を見て、微笑む。死にたがりの君からこんな言葉が聞けるようになるとは、成長したんだ。俺は死ぬのが怖かった。君と会ってからは余計にね。でも、もう死ぬのは怖くはないよ。君が安心させてくれたから。
「みかちゃん、ゴミ拾いしましょう」
ゴミ袋とトングを借りて、ゴミ拾いに参加する。お花見といったら、美しい風物詩だ。ゴミでその風物詩を穢すのは、代々続く伝統への冒涜だ。僕はやる気満々で、みかちゃんも首肯してくれると思っていたので、出てきた言葉には吃驚した。
「馨、はやく帰らなくて良いの?」
「え?」
「ゴミ拾いは良いことだし、やるのは良いんだけど、馨は時間の合間を縫って、お花見に付き合ってくれたわけでしょ?だから……」
要するに、勉強しなくて良いのか?ってことらしい。ゴミ拾いをする人がいるから、ゴミをポイ捨てする人がいる、とも言いそうだ。ゴミ拾いなんか強制されてないし、味わうのは、お花見の楽しい時間だけで良いんじゃないかな?、みたいな。
「何言ってんの?僕はゴミ拾いも含めて、お花見の楽しみにしてるんだよ。もちろん、ゴミはない方が良いけど、この手でこの綺麗なお花見を守っている感が好きなの。自己顕示欲高めだから。それに、今日は思いっきり楽しむって言ったじゃない?」
かまけて、みかちゃんに抱きついた。
「そうだね。ごめんね、酔ってたんだと思う」
彼はバツが悪そうに微笑んだ。
「ふふっ、酔いのせいしたぁ」
いーけないんだ、いけないんだ、と非難する子供みたいに、みかちゃんをちょっぴり責めた。すると、
「俺、ゴミ拾いは好きだよ」
という謎の虚勢を張られた。
「そうですか。じゃあ、いーっぱい拾いましょうね」
だから、意地悪をかけてみた。
みかちゃん、ゴミは集まった?と定期的に声をかけると、こんなにも集まった、と胸を張って自慢されるが、さすが、と褒めて、その調子で頑張ろうね、と僕が言うと、まだやるのかよ、という引き攣った笑顔を見せられて、僕が少し離れると、何で俺がこんなことを、というような不穏な空気を漂わせながら、黙々とゴミ拾いをしている。
「馨、もう疲れた」
と僕の肩に顎を置いてきた。やることなすこと、まじ可愛いじゃん。
「そうですか」
「馨、見て。こんなにも、たっくさん集めたんだよ?」
ゴミ袋いっぱいに詰まったゴミを成果として見せられた。それを横目で確認して
「そうですね」
と敢えて冷たい反応をして、もっと構って欲しいというみかちゃんを引き出そうとした。
「ちゃんと見てよ、俺の頑張りを」
可愛いなあ、と頬が緩みそうになりながら、まだ我慢してみた。
「あとちょっとだけ頑張りましょうね」
とゴミを探すフリをする。
「は?信じらんない!馨は俺よりもゴミのが好きなのかよ!?」
突拍子もないことを言われて、稲妻が落ちたような衝撃を受けて、笑ってしまいそうになったが、彼は至って真剣で、きっと酔っているのもあるだろう、怒らせてしまった。こんな些細なことで喧嘩になるのは、まあ、よくあることになった。
「んなわけないじゃん」
「じゃあ、何で俺のこと見てくんないの?もっと俺のことよく見てよ。こんなに頑張ったんだよ?ボランティアは見返りを求めないって言われるかもだけど、労いの言葉とか、行為とか?何かないの?俺、そのために頑張ったんだけど」
ああ、もう、ぎゃんっ可愛いなあ、おい。
周囲の視線とか恥ずかしげとかも忘れて、今すぐに抱きしめて、キスしてあげたい。
「はいはい、よく頑張ったね」
と感情を押し殺して、僕の母親のようにそういうと、
「足りない」
と真顔で責め立てるように言われた。だから、僕ももう我慢できなくなって、我慢する意味もわかんなくなって、みかちゃんに耳打ちをした。
「ごめん、意地悪してたんだ。帰ったら、たくさん可愛がってあげる♡」
そういうと、その場にしゃがみ込んで、それを誤魔化すように、低い草木の中のゴミを探す。ああ、可愛い。めっちゃ照れてんの。
「そうだと思ったよ」
と口では悪態を付くけど、心では揺さぶられるのを楽しんでいるようだ。ひらひらと舞い散る桜の花びらのように。儚くて美しい。
「みかちゃん、やっと気づいたんですけど、僕って自己破滅的な人間なんですね。後先考えないとか、ネガティヴ思考とか、自棄クソなとことか、計画性がないとか、依存性とか、自虐的とか……」
「馨、そこまでにしよっか」
「こうゆうとこだよね、治さないといけないんだけど」
と両手で顔を覆う。大きな壁に直面して、途方に暮れているみたいに。
「無理して治さなくてもいいんじゃない?」
「何で?嫌いでしょ?ネガティヴになるのは」
「馨と一緒にいれるなら、何だっていいよ」
ネガティヴ思考はたまに意表を突いてくる。ポジティブ思考よりも、複雑で、面白い。メリットを見れば何だって言えるし、デメリットを見ても何だって言える。好き嫌いなんて、あまりない。ただ馨が自分のことを傷つけないようになってくれれば。
「投げやり、どうでもいいの?」
「違うよ、無理して嘘つかれるのが嫌なの」
「ふふっ、そっか。ポジティブ思考の僕なんて狂気の沙汰でしょうからね」
「変化は受け入れるよ。でも、馨らしさは捨てないで」
「難しいこと言うね、僕らしさって何?」
と微笑んで聞いてくるけど、答えを求めてないところとか?、俺の手を握ってくるところとか、そういうとこ。
「俺的には、馨の可愛いところかな?」
「何それ、自分のことを可愛いって思ったことないよ」
と笑われてしまう。ほら、可愛い。
「馨、こうゆう時間がずっと続けば良いね」
こぼれ落ちるように言ってしまった言葉に自分でも驚きながら、しみじみと感傷に浸った。
「続きますよ、続かせます」
そうやって、俺が暗いときには明るく笑うんだから、支え合って生きてるって実感する。本当に、自立できない大人である意味、良かったよ。なんて。
「馨は時間の番人か何かなの?」
「さすがにそうじゃないけど、記憶をフラッシュバックさせて、いつでもこの時間に浸れば良いじゃない?それぐらい記憶に鮮明に刻み付けるの」
傷口を抉るように、突き刺してから、塩を塗り込んで、じわじわと痛めつけてくる。中途半端な痛みで我慢できずに、狂って笑ってしまいそうになる日々で、君は優しさのナイフで俺の傷口を塞ぐ。君からもらった言葉は、今でも忘れられないものばかりだ。
「何だろうね、楽しい時間ってのは記憶がぼんやりとしちゃうのに、馨との時間はかなり鮮明に残ってるよ」
「つらい記憶だって言いたいの?」
と鎌をかけるように聞いてくる。
「ふふっ、本当に意地悪だね。でも、そうかもしれないね。楽しい記憶の中にいつも何処かに虚しさが隠れているんだ。だからこそ、楽しめるんだけどさ」
「その虚しさの正体は、僕なんでしょうね。僕のせいですよね?」
「そんなこと────」
「そうだって、言ってくださいよ。嘘は嫌いですから」
救いを求めるようにしがみつかれた。傷つけられる言葉を欲しているのにも関わらず。それが彼にとっては救いになるのかどうか、混乱して困惑して、頭がパニックになりそうだ。
「そうだね、そうだろうね。馨は過去の俺を写し出す鏡みたいで、色々と思い出すことがあるんだ」
「知ってる。今でも、この目が嫌いって顔してる。隠した方がいい?」
と自分の目を指さして、図星を刺された気分だ。何でもお見通しなんだと、誇らしくも思いながらも、煩わしくも感じてしまう。
「嫌いではないよ、まだ見慣れてないだけだから」
「僕もカラコンしよっかな?お洒落じゃん」
わざと楽観的にそう言う。
「俺はそのままのが好きだけど」
「嘘つき」
「本当だよ、そのヘアピンは誰がプレゼントしたと思ってるの?」
「みかちゃん」
って歯を見せてはにかんで笑う。
「でしょ?だから、隠さなくていいの」
「自分を好きになるのは他人を好きになるより難しいって、本当ですね。みかちゃんがその典型例」
「馨もでしょ?」
「でも、僕らはよく向き合っている方だよね?鏡写しみたいに」
俺の欠点は、君の美点で補って、君の欠点は、俺の美点で補うんだ。だから、二人で一人になりたいな。身体の中で混ざりあって、なんでもないような平均的な人間になれるような気がする。反発しあって、身体が裂けるかもしれないけど。
「俺が馨になれればどんなに幸せか」
「それ言ったら、僕がみかちゃんになれたらどれほど幸せか」
「「考えたことある?」」
「あっ、かぶった」
と心中でうまくいったと喜ぶと
「かぶせたの間違いでしょ?」
と突っ込まれる。君も嬉しそう。
「そうだね。でも俺が馨になったら、勉強ができなくなりそう」
「逆に、僕がみかちゃんなら、煙草でむせそう」
「それだけ?支障なさそうなんだけど」
寧ろ、メリットしかないみたいな。俺の方がお気楽人生、みたいな。そんな言われようじゃないか?まあ、実際にそうなんだけどさ。
「あるよ、めっちゃある。仕事したくなさすぎて授業放棄しちゃうよ、学生のが気楽だね」
「何でも、消費者のが気楽だよ」
「恋人関係では?」
俺からどんな言葉が出てくるのか、と興味津々に聞いてきた。
「気楽とか苦痛とか、そういう次元じゃないでしょ。馨から離れられる気がしないもん」
「そうゆうところ、好きだよ。何てゆーか、夢の中でも現実問題を見ている感じが、とびきり可愛い」
馨の言わんとすることは、たぶん、綺麗事ばっか並べないところが好き、なんだろうな。綺麗事でも、分別を持って、己の思想を持って、判断しなければならないものが数多くある。俺の思想と馨の思想は違うけど、共感できる部分が多いから、一緒にいて過ごしやすい。
「俺は夢よりも現実の方が好きだよ、馨といられる現実の方が」
「あははっ、本当に可愛いなあ。僕はどっちも嫌いだけど、みかちゃんがいる方が良いなあ」




