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第四十一話

「野良猫を殺したい」


まあ、ピロートークで言うことでもないが、一応は、俺の彼氏だから、俺の精神的病みを知っていて欲しかった。


「殺しちゃダメですよ」


良識のある一般人の回答をされる。これがもしみーちゃんや馨くんだったら、「見えないところでやって、話してこなければいい」って言われそうだ。それにつられて、良識の判断が鈍り、殺しかねない。


「正確に言うと、野良猫に餌を与えて糞を取らない人間を殺したい」


「結局は、人間じゃないですか」


日々、嫌いな人間に「殺したい」とか「死ね」とか言ってしまう口と性格の悪さがバレてしまっている。特に驚く様子も何もない。


「さらに厳密に言うと、野良猫に餌を与えて糞を取らない人間の精神を野良猫を殺すことで殺したい」


「あー、それ以上に複雑にしないでくださいね。わかんなくなりますから」


馬鹿。


「ねえ、この社会全体が悪人を生み出していると思わないかい?」


「どうゆうこと?」


「だって、野良猫に餌を与える人間は、猫を可愛がりたい欲求を満たしながら、部屋を汚されないのと、糞を取らなくていいのと、治療費もいらないじゃん?それなのに咎められないで、平然と公共通路を汚してるから腹立つの。いや別に、野良猫が餌なくて餓死する分には許せるんだけど、野良猫に餌やって生かしてんのにアフターケアしないのは許せないんだよ」


みんなが許せる範囲の悪事を働く人間が最も得できるように思える。時間と効率とそれによる成果を考えて、機械的に動ける人間。マナーや規則なんて公平の基に作られているんだから、その公平を破る方が自由で、優越感と背徳感を得られ、狡賢い。


「麗さん、猫の糞でも踏みましたか?」


「見ただけだけど、マナーとしてなってないじゃん。飼い犬の糞は持ち帰ってる人いるし、ポイ捨てよりも悪質だし、何より俺の気分が害された。あの馬鹿の口に猫の糞を詰め込んで食わせてやりたい」


「そんなに気になるのなら、自分で取ればいいじゃないですか」


と投げやりにそう言われる。興味がない、冷たい。


「はあ?まじで言って、馬鹿じゃないの?何で俺がどうでもいい野良猫なんかの糞を取らないといけないの?臭いし汚いじゃん、絶対に嫌だ」


構ってもらえるように出した大声。よく吠える犬か、俺は。


「そしたら、道が綺麗になりますよ」


「でも、どう考えても野良猫に餌を与える奴の責任でしょ?俺は全くの無関係だし」


「じゃあ、気にしないで良くない?」


「……君のせいで何か余計に気になってきた」


「それはとばっちりですって。俺はもっと笑顔な麗さんが見ていたいです」


因果関係なんていちゃもんで付けるもんだ。そうゆう社会だ。君だって、愚痴や不平不満を吐いてばかりの俺の口角は下がったまんまだと指摘してきた。


「何それ、真顔の俺は不細工っての?」


とせせら笑う。


「そんなこと言ってない」


「でも、そうゆうことじゃん」


「人の揚げ足取るのもいい加減にして」


とそれに呼応するようにキスをした。何なら、本当に足を取ってやりたいほど、やっぱ可愛い。


「……何でキスすんの?」


「いや、怒った顔も可愛いなあって」


「はあ、美しすぎます」


んなの、知ってる。



「で、結局やるんですか?犯罪じゃないの?」


計画としては、配達員に扮して猫の糞を、あの馬鹿に配達してやろうという嫌がらせだ。これなら、猫の糞を拾う気にもなる。


「犯罪?別に良いよ、このクソみたいな気分が晴れるのならば」


復讐とか嫌がらせとかに価値を見出さない奴もいるけれど、俺は俺が楽しければそれで良い。


「俺は嫌ですよ。こんなのネットニュースでボロクソに言われるって、ああ、耐えられませんっ!!!」


とむしゃくしゃが抑えきれないで、頭を掻きむしっている。俺を止めたいんだろう、でもこれは俺だって止められない。人間は自分をコントロールできると過信しているけれど、気分や感情によって、コントロールできないことなんて多々あるんだ。将来の計画なんてするだけ無駄だ、所謂、自己満足だろ。


「こんな俺に幻滅したかい?」


何も期待せずに嘲笑う。


「俺は貴方の良いところを知っています、知っているからこそ、簡単には嫌いにはなれません」


その大きな身体を丸くしながら、小さい砂利を見つめて、呟いている。砂場に埋もれたダイヤモンドを見つけたみたいに、俺のメリットを見つけたから、その砂場でずっと遊んでいるんだ。たぶん、泥団子が作れないと知ったら、飽きるだろう。


「じゃあ、俺に従ってて」


最後の最後の願いのように、そう命令した。

きっと彼を支配できるのもこれで最後。


「こんなことして、この世界で、何が変わると言うんですか?」


ゴム手袋にスコップに白衣にマスクにお菓子の箱。愚痴をこぼしたくなるほどの、準備の大変さだった。


「そんな世界規模では、何も変わんないよ。でも、特定の一人に対しては、絶大な効果があると思うんだよね。強いて言うならば、トラウマ、みたいな?」


「わざわざ、麗さんが、手を汚す必要が、何処にあるんですか?」


お菓子の箱に猫の糞を綺麗に並べて、砂を塗した。遠目から見れば、トリュフチョコレートに見えなくもない。箱が箱だし。


「達成感?優越感?背徳感?人生、そうゆうのが重要でしょ?」


「俺の人生では、貴方から愛されんのが、最も重要ですけどね」


ため息が止まらない。黙々と猫の糞を詰めていく。


「嘘、言わないで」


「嘘じゃないのに」


今だけは。でも結局は嘘になるから、嘘で良いの。信じれば信じるほど、馬鹿を見るんだから。


「無駄に期待させないでっての。つい、俺を殺したいの?って、思っちゃうからさあ。致命傷を抉られそうで。だから君は、黙ってて。to be nice、顔が良いんだから」


「普通に嫌ですよ。自分がされて嫌なことを、他人にしないでください」


そうゆうの、大っ嫌い!!!

俺を傷つけるだけの正論、暴論、愚論。嘘のアスファルトな笑顔で肯定してくれればいいのに。


「何言ってんの?自分が嫌だから、他人への嫌がらせとして通用するわけじゃん!他人の反応なんてぶっちゃけどうでもいいんだよ。その嫌がらせをした、ってゆー現実があるのが楽しいのっ!」


クズだ。


「麗さんって、規則やルール、マナーに厳しいですよね。自分が律儀に守っているからですか?」


「はああ?有り得ないわ、馬鹿もここまでくるとは、会話が成り立たないんだけど」


馬鹿にして笑っていると


「後で泣かせる」


と不満げに呟いている。

もし人殺しが罪じゃなかったら、俺は人を殺すだろうか?感情的にパッと殺りそうだけど、意図的にはしなそうだ。そうじゃない、もしもみんなが殺し合いをしている場所に俺が入り込んでしまったら、誰かを殺すだろうか?嫌だ、従わされている感が嫌い。同調圧力が嫌い。俺は自由に生きたいのに、自由な生き方も自由も分からない。ルールがあるから自由があると言うけれど、ルールが自由を殺している。自由ってのは、自分の理想とする生き方に、なるべく近づけることができることじゃないか?この世界では、それが犯罪になるけれど、これが俺の理想とする生き方、というより、俺がしたいこと。

誰よりも損せずに、誰よりも得をしたい。



ピンポンピンポンピンポンピンポーン


「麗さん、普通はそんなに鳴らしません」


と茂みに隠れている彼に言われた。ふざけんな、俺にはその普通じゃないをやっているじゃないか。配達員の制服を借りて、お菓子の箱に詰めた猫のフンをお届けに参ったのに、一向に出てこない。


「置き配かよ」


そのまま玄関の目の前に、手袋をはめた手を離すようにして、それを置いたというより落とした。まあ、顔バレしなかっただけ良しとした。彼のいる茂みに一緒に隠れた。手袋はすぐに捨てた。


「これ、来るまで待つんですか?」


当たり前のことを言ってくれるな、と言うように、そ、と素っ気なく返した。

一時間ほど経った頃、足の痺れとともに、流石に時間の無駄を感じてきた頃。


「もう帰るかぁ」


と思いっきり伸びをして、これはどうでもいい、と思えたので、そう提案した。彼を連れて、茂みから出て、二人で歩いていると、駐車場に一台の車が止まった。今更、茂みに隠れるのも、立ち止まって凝視するのも、そもそも、配達員の格好をして、誰かと喋っていること自体が職務怠慢でおかしい。けど、見たい。そのためにこんなことまでやってんだ。


「何これ」


とその箱を素手で触っている。汚ねえ、と俺は思っているけど、目に見えない汚れの範囲で綺麗も汚いも判断するのは心理的な問題だろう。そういえば、俺が小学生の時は「菌ごっこ」っていうのが流行っていた。誰々の菌を擦り付ける遊びだ。机とか持ってるものとか、そこにはそいつの菌が付いていて、それを手で取って、ベタベタと付けてくる。何が楽しいのか、今となっては分からないが、嫌いな奴の菌はとにかく貰いたくはなかった。あとは、インフルになった奴の机に座ったり、空気を吸ったりして、自分もインフルになろうとしていた奴がいたなあ。滑稽だが、インフルになっていた。


その箱を開けると、「ひゃっ」という声を発して、開けたままのそれを落とした。あーあ、散らばるぞ、靴と玄関が汚れる。と見ていたが、その一連の行動が馬鹿っぽくて、おかしかった。警察に電話したのか?その前にその手は洗った方が良いんじゃないの?その様子を観察して、心の中で面白い面白いと笑っている。人間の滑稽さほど面白いものはない。


「成功ですね」


と彼が言う。どうでもいいものを眺めるように、でも、俺にとっては、それはまだ熱のあるもので、笑顔くらい見せろよ、と思ってしまった。

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