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第四十話

「えー、死にたいと思うことって普通じゃないんですか?」


馨くんはわざとらしく目を見開いて、大袈裟に主張する。特質な、異端な、自殺というテーマを扱った作品だと彼の絵が評価されたのだ。


「んー、普通に生きてたら思わない、らしいよお」


「僕は、普通に生きてて、普通に死にたいと思うんですよ。僕には、死にたいと思わずに生きている人間を理解する余地が脳にないので、その感覚がわかんないです」


この「普通」という言葉を使うこと自体、もはやマイノリティーに対する差別用語に聞こえてくる。


「奇遇だね、俺もなんだあ。お互いの共通点が見つかちゃったね」


「貴方との共通点が人間以外であるなんて、ふふっ、心外ですね」


と言いつつもハイタッチを交わした。


「まじウザったいわあ」


その素直じゃない性格。


「あと、うつ病で可哀想に、って嫌味でよく言われるんですよ。けどそれって裏を返せば、それをわざわざ僕に言うことで、自分の優位性を示して、それで満足している人生を送ってる、ってことじゃないですか。ふふっ、笑えますね」


淡々と反論して、優越とともに自己陶酔に浸る。その様がまるで、


「あははっ、馨くんってエゴイストでナルシストでサイコパスっ♡」


独裁者の王様のようだ。


「大変有難いお褒めの言葉ですね」


「クズ人間のが社会では成功するのかい?」


「極端に分かれますよ、嫌われるという共通点はありますけど」


「そう」


「お粥さん、今日はデートなんですか?」


「何でそう思ったんだい?」


開いたばかりの漫画を閉じて、不満げな表情を隠すように、固まった笑顔で柔和に笑う。


「いつもよりもお洒落じゃないですか、高級ブランドで全身コーデなんてして」


馬鹿にしてるように笑う彼。俺がいつもはお洒落じゃないと言いたげた。それか、高級ブランドに不相応だと判断されたのか。


「別に、何にもない」


口を尖らせて言った。


「え?」


「そうゆう気分だったの」


「ああ、どうにかして変わりたいとか?」


「憂鬱だから何かしらはね。なあ、ってか、俺がお洒落するのは、俺のためだから。誰かへの見世物じゃないの」


誰にも見せるわけなくても、俺が魅力的になった自分に満足できるのだから、誰かの似合ってないとかおかしいとかの声なんて、言ってみれば、お門違いだ。自己満足に他者満足なんて入っていない。この洋服達は俺の鎧で武器だ。自信まで着込んでいる。


「ふふっ、エゴイストかナルシストなんですか?湖面に写る自分の姿でも一生涯、見ててくださいよ」


けど、俺はナルシストなんかじゃない。自分に酔いはしない。着飾って覆い尽くした自分にほろ酔うだけで虚しくなってる。


「じゃあ、馨くんはずっと制服で良いんじゃないかな?お顔がよろしいようで」


と皮肉って言うと、「ごめんなさい」って素直に言われ、


「ついつい魅力的で見蕩れちゃいそうになったもんで」


と付け足された。



「ここで会うのは久しぶりですね、みかちゃん」


春の香りがする屋上。日差しが柔らかい。その自然光に照らされるみかちゃんは、春の一部になってしまったように春がよく似合う。


「お粥に追い出されたの」


タバコを咥えたまま、フェンスに両腕を置いて、くつろいでいる。


「ちょうどいいですよ、お花見の季節で」


下に見える白とピンクの花を指さした。


「馨、敬語やめるんじゃなかったの?」


「あ、学校では良くないですか?教師なんだから、一応は」


「今は塩先生じゃなくて、馨のみかちゃんなんだけど」


悪戯っぽく笑う。


「うわあ、めっちゃ可愛い。それはまじで狡いわ」


僕がたじろぐと、


「そういう馨のが可愛い」


と親が子供を見るような目で微笑む。僕の反応が幼稚なんだろうなあ。でも、反応せずにスマートに返すなんてできそうにない。


「あのさ、相談なんだけど」


「何?」


「これから三年生になって本格的に受験だから、絵を描くのはやめようと思って」


「そう」


と簡単に煙を吐く。僕の覚悟も決意も何も知らないみたいに。


「絵は僕の脳内の理想を写す鏡で、自分の欲望とか絶望とかが剥き出しになって、見世物にならないときもあるんだけど、かなり恥ずかしくて、でもそれを良いと言ってくれる人がいると、マイナス感情を含めて自分が肯定された気分になるんだよね。こうやって感情を昇華できるのは素晴らしいことだって、思うこともあるし」


自分の感情を表に出すことを悪だとして、感情を押し殺してきた身としては、かなりの葛藤があって、でもみかちゃんの僕の絵を見つめるその目が好きだ。


「やめないで、って言って欲しいの?」


と僕の顔を窺う。


「意地悪」


「お粥なら言ってくれるんじゃないかな?」


にやにやしながら続けた。


「違うのわかってるでしょ?」


と僕が唇を尖らせると、


「うん。俺も馨の絵は好きだよ、大好きだ。でも、それよりも大切なことがあるなら、それを優先すべきなんじゃないの?俺はそれを応援するだけだよ」


みかちゃんらしい返答をされた。


「そうだよね。じゃあ、一緒に学校やめない?」


「はあ?」


冗談だろ、という顔でニヤついている。


「みかちゃんとずーっと遊び回りたいの。それが最も僕にとって幸せなことでやりたいこと。今まで勉強してきたからって、それに執着してると、幸せを逃しちゃう気がするんだよね。人間の欠点は、この無意味な執着心じゃない?」


つられて僕もニヤつく。


「そうだね、そうだろうね。でも俺は、変われないよ。馨の人生の選択がどうであれ、俺はこのまま死にたい。教師として、生徒に教えを説いて、わかったって、ありがとうって、言われるのが嬉しいの。ふふっ、革新的じゃないね」


「はい、全然。でも、安心した。ずーっと遊ぶための遊び方が分からないから。みかちゃん、僕の将来の夢は何なんでしょうね。何のために受験するんでしょうか。ふふっ、わかんない。わかんないことだらけです」


わかんないって、子供みたいに泣きじゃくりたい。全知全能の神にでも縋りたい。


「お金を稼ぐため、社会参入するため、咎められないため、俺はそんな邪な理由でこの仕事を始めたんだ。にしては意外と続いてるね。そして意外にも、ここで将来の夢が見つかった」


「何ですか?」


「馨に"俺のおかげで"幸せになってもらうこと」


強調部分がとても可愛い。どれだけ僕に影響を与えていると思っているんだ。


「もう叶えてるんだ」


「いいや、まだ。昨日の馨よりも今日の馨のが幸せになるように、俺がサポートするの」


「可愛い、今日まで生きれてて良かったなあ」


「明日も生きててよ」


願望みたいに呟くの、めっちゃ可愛い。


「え?本当に可愛い、これ夢じゃないの?」


「現実」


「じゃあ、僕の人生の最大幸福点ですね」


「意地悪」


と口を尖らせる。


「僕の将来の夢、決まりましたよ」


「何?」


「"みかちゃんのために"僕が幸せになること」


「ふふっ、それは絶対に叶えて」


冗談で言ったのに、冗談で返された。


「いい人生だった、って最期には言いたい」


「約束ね、俺が言わせてあげるからさ」


小指を結んだ。そして、写真を撮られた。


「何ですか?」


「幸せな瞬間は写真でも残しておきたいでしょ?ふと見返したときに思い出せるように」


「ふぅ、格好良いいい」


と囃し立てると、照れたように笑う。その笑顔が素敵で目が離せなくなった。僕が笑うと「何で笑ってんの?」と聞かれるくらい不気味で気持ち悪いんだろうけど、この人が笑うと、辺り一体が華やかに輝いて見えて、花が咲いたようにとても美しい。大好きだ、生きていて良かった。


「人生の全部を賭けられるほど胸を奪われる何かに、巡り会えたということは、運命のイタズラとしか思えないけど、とっても幸せなことなんだとわかったよ」


笑顔のみかちゃんは、まさに天使だ。この笑顔を見るために僕は生きているんだと、そして、彼を笑顔にする何かがしたいと、そう心が洗われたように思えた。



「僕はダブチとコーラね」


馨は相変わらずいつものセット。


「俺は、フィレオフィッシュと、んー、ストロベリーシェイクにしよっかな?」


霰は、それ食べ合わせ悪そう、とツッコミを受けそうなトリッキーなセット。


「了解、買ってくるわ」


混んでいる店内でテーブル席を確保する組と会計を済ます組と言っても、俺だけだけど、そう分かれた。


暇だな、とレジに並んで、ぼーっと辺りを見回すと、俺らと同じような高校生がたくさんいる。みんな、半日授業終わりか。


会計を済ませて、番号札を持って、馨と霰を探すと、何やらテーブル席の周りで、言い合いをしている。馨と霰が喧嘩???あまりにも考えられなかったが、張本人達を目の当たりにすると、やべえ、と頭を抱えた。


「売られた喧嘩は買いますけど、何故、貴方々の専売特許の暴力で戦わないといけないんですか?公平性に欠けると思いません?」


と馨が柄の悪そうな俺達と同じ高校生に異議を唱えた。ムカつくかどうかは別として、まあ、正論っちゃ正論。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ、ガリ勉野郎が」


と胸ぐらを掴まれて、一発、顔を殴られた。はあ?あの顔を殴るなんて神経どうかしてるだろ。素行が悪いにもほどがある。感情に任せて、そいつに飛びかかろうとして、霰に止められた。


「ザキ、おかえりぃ。今さあ、馨ちゃんが喧嘩なんか始めちゃって」


霰は一人、ソファに座って、スマホをいじりながら寛いでいる。その違和感というか異質感が甚だしい。


「お、おう」


「ふふっ、その耳はお飾りなんですね」


という馨の笑い声が聞こえる。


「はあ?」


「他人の話を聞けないのに、それ付けてる意味あるんですか?」


殴られてもなお、煽りの天才っぷりを発揮してて、ああ、何だか楽しんでるなコイツ、とさえ思ってしまった。だから、霰も放置してんのか。


「お前、殺されてえの?」


その問いに、思わず息をのむ。馨なら「殺してくれるんですか?」とか「はい、死にたいですよ」とか言いそうだ。


「いいや、その驕り高ぶった貴方の精神を殺したいんですよ。好奇心として」


馨がそいつの頬を指でなぞると、そいつはゾッとした表情を見せた。結局、馨のがやばい奴と思われたか。


「気色悪ぃ」


と踵を返して、帰っていくそいつを、取り巻きの輩が、どうしたの、と不思議がる。


「あーあ、つまんねえ」


そいつらが去っていった後に馨がボソッと呟いてから席に着いた。


「お砂糖ちゃーん、他人に絡むのやめてよお。超おかしいんだけど」


と霰がスマホを置いて、馨に愚痴みたいな賞賛を言う。


「ごめんね。楽しそうだったから、つい?」


馨は謝るが悪びれる様子もなく、ただ微笑んでいる。


「まあ、これがバズったら許してあげる」


霰のスマホには先程の光景が写された動画がSNSに投稿されている。あいつが馨を殴った瞬間の動画。


「恥ずっ、バズるかなあ?」


と微笑みながら首を傾げる。


「そもそも、何で喧嘩になんてなったんだよ」


俺は思い出したように口を開いた。


「普通にムカついたの」


「は?」


「いきなり鞄をなぎ倒されて、教科書とか参考書とか踏まれて蹴られて、何だか他人のものを蔑ろにする、あの人の精神を疑っちゃって、僕にはないものだから、その、気になっちゃった」


と微笑みながら話している馨は、さっきまで喧嘩していたとは思えない、他人のお菓子を食べちゃった程度の悪戯っ子みたいだった。


「だからって、危ないとゆーか、もう手遅れだけど、殴られて痛くないの?」


「痛いよそりゃあ」


って笑う。


「馨のバカ」


と言われても馨は嬉しそうに笑う。


「ザキ、初めはお砂糖ちゃんも『やめてください』って丁寧に対応してたんだよ?」


霰が馨の肩を持つ。


「でも、やめてくんないからさ、逆に僕も同じように遊んでみようと思って。あの人の大切な自尊心ってものを、踏みつけたり蹴り飛ばしたりしてさあ」


武勇伝を語るような自身の強さの誇示をするのではなく、ただ実験じみたものをした研究者のように淡々と話した。


「へえ、それであんな喧嘩に。って納得できるかあ」


と馨の髪の毛をわしゃわしゃした。


「えーっ、何がダメだったの?」


「めっちゃ注目されたとこ、人の視線が痛いデス」


霰が小さく手を挙げて発表した。


「それに、本当、何かあってからじゃ遅いだろ」


殺されはしなかったにせよ、暴力は振るわれた。危なっかしくて不安になる。


「.........ごめん」


と馨はちょっと拗ねてから、決まりが悪そうに目を逸らす。


「でもまあ、馨は負けねえよな」


咄嗟に口から出た慰めの言葉がこれだった。


「あははっ、何それ」


と馨に茶化される。


「あれ、中学ん時の最後の試合、覚えてる?馨がさ、悔しすぎて『事実的には勝った』って言い出してさ、どうしていたら勝ててたか、帰り道で俺が延々とそれを聞かされたの」


「だって、あれは勝ってたもん」


「だから、お前は負けねえの。馬鹿っぽいけど、俺はそう信じてんだよ」


負けず嫌いで執着深くて、策を弄すれば弄するほど誰よりも強い。


「二人とも、かっけえね」


霰が冷めたように言った。


「「いいや、馬鹿なだけ(だろ)(でしょ)」」


それで、三人で笑った。



「でもさあ、みかちゃん」


ベッドの中で背中に馨を感じながら、眠りに落ちるためのお話し。


「何?」


「喧嘩も何も暴力じゃなくて、ゲームで決まればみんな痛くないよね、物理的に」


「そうだね」


俺はいつも通り短い相槌を打つ。


「人間なんて脆くて、簡単に死んじゃうんだから」


「うん」


「弱いのは普通だよね?」


「……馨の弱さの基準って何なの?」


「傷つきやすい?」


「そんなことないよ」

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