第三十七話
みかちゃんが二日酔いで潰れたので、檸檬ちゃんのいや、東海林 蒙寧、月花少女隊のライブを急遽、一人で見に行くことになりました。みかちゃんには羽目を外しすぎだと、ちょっぴりムカついたので、
「もし僕が檸檬ちゃんと何かあっても良いんですか?」
と拗ねながら聞くと、
「俺が惚れた男だからね、その時は檸檬をよろしく頼むよ」
なんて言っても、抱きしめてくる時点で、僕を離さないようにしてくれてるみたいでかなり嬉しかったけど。可愛かったけど、みかちゃんに「前髪完璧じゃん」なんて冷やかされて、サイリウムまで渡されて、檸檬ちゃんに会う準備が整えられたから、無愛想にキスをして、家を出た。
電車に乗って、知らない場所へ行って、不安になって、かなり生意気だったと、後悔した。こんなになるなら、「好き」の一言でも付け足せばよかった。
会場につくと、案の定の人の大群が「うわっ」といたので、ちょっと離れたカフェに座って、珈琲でも飲んで、心を落ち着かせた。
「砂糖先輩、ですか?」
「桃ちゃんじゃん、こんなところでどうして?」
お互いに目を見開いて、偶然の出会いに笑みがこぼれた。
「月花少女隊のライブです」
「だよね、僕も」
と二人席のテーブルに一人で座っていたから、桃ちゃんにも座るように勧めた。
「こんなところでまで、珈琲片手に参考書って、砂糖先輩らしいです」
桃ちゃんが対面の席に腰掛けながら、甘そうなフラペチーノを持っている。
「ガリ勉バカ?」
僕が自虐的に笑うと、
「そんなこと思ってないですよ。ただ、何でしょうね、格好良いなって思っただけです」
と少し俯き気味に微笑んだ。
「ありがと、やらなきゃいけないことをやってるだけだけどね」
「そうやって、勉強するのが当たり前になってるところ、すごい尊敬してます」
「桃ちゃんも受験が近づいたらそうなるよ」
「なれると良いですけどね」
とふわふわとした感じで微笑むから、僕としては和まされる。
「そういえばさ、ライブは一人で来てるの?」
「あー、私はSNSの友達と会おうって約束してて、でも、まだ時間あるんで、大丈夫です」
ネット上の友達と現実世界で会うのに抵抗がある人間としては、ただただ凄いと、感心してしまうばかりで、僕の友好関係が狭いのもこういう臆病な部分があるからかもしれないと思ってしまった。
「そっか、良いなあ。僕は一人だから、何だか心細くて」
「だから勉強してたんですか?」
と僕が前に言った台詞を期待しながら、笑ってる。
「うん、参考書が友達」
そう、参考書は僕が捨てない限り、ずっと僕の傍にあるものだし、暇つぶしにはものすごい最適だから。と前にも桃ちゃんに話したことがあって、その時は、「砂糖先輩って、もっとキラキラ系の人間かと思ってました」と言われた。遠回しに陰キャだとバレてしまったことが分かり、もうそのキャラで行くしかない気もしている。
「それ、好きです」
と桃ちゃんは一人でツボに入っている。
「だって、僕の性格的にこれが何か心地良いって感じだから」
参考書を立てて、不必要に手で触って、仲良い感じをアピールした。
「そうですよね、ごめんなさい。こんなに笑っちゃって。でも、私が考えてた第一印象とのギャップがあったってだけで、先輩の性格を批判するつもりは全くなくて、むしろ、先輩の性格、私的には親しみやすくて良かったって思ってます」
桃ちゃんが自分の考えを正確に言葉にしてくれて、僕は誤解を生まずに、理解ができて、言葉ってのは単純化してはならないと、しみじみ思う。
「それなら、良かった」
「ところで先輩は、月花少女隊の中で誰推しなんですか?」
「推し?んー、モネちゃんかな?」
オタクともファンともはっきりと言えない僕がライブに参加すること自体、かなり肩身が狭いのに、推しと断言できるほど詳しくないから、はてなマークとともに誤魔化すように微笑んだ。
「ああ、やっぱり」
と桃ちゃんは笑った。モネちゃんがみかちゃんに似てるからかな、なんて不安が過ったが、その後で
「だから、紫のパーカーなんですね」
と言われた。これは、みかちゃんに勧められたコーディネートで、なるほど、と思った。
「うん、桃ちゃんは?」
と聞くと、髪につけている桃色のリボンを見せながら、
「桜実ちゃん推しです」
と照れ隠しに笑ってる。一応、メンバーの顔と名前は覚えてきた。桜実ちゃんは一番年下で僕と同い歳。みんなから愛される妹、らしい。
「ああ、あどけなくて可愛い子だよね」
僕の第一印象の薄っぺらい感想をファンの前で言ってしまって、大丈夫か不安になったが、
「そうですよね!王道な愛されアイドルっぽくて超可愛くって、見る度に癒されるし、ついつい応援したくなっちゃう感じが好きなんですよぉ」
と桃ちゃんは共感してくれて、魅力まで伝えてくれた。今日のライブでよく注目しておこうと思った。
「すごい愛が伝わってくる」
僕は桃ちゃんが楽しそうで幸せそうで何よりだ。推しのことを語る人は、その言葉の中に熱量があって、愛情があって、どうしようもならない好きが、言葉になって、溢れているように見える。それが、何とも綺麗だと思う。
「ふふっ、恥ずかしいですね。砂糖先輩は何でモネちゃん推しなんですか?」
「僕は、何か、厚かましいんだけど、ちょっぴりね?モネちゃんと僕って何だか似てる気がして」
「あー、分かります。モネちゃんって、かなりの努力家だし、みんなのことをよく考えてる人だし。似てますね、砂糖先輩と」
「モネちゃんのが僕よりも断然凄いんだけどね」
僕よりも明るくて、活力があって、みんなを励まして、感動させて、幸せにさせてる。対して、僕はというと、適当に生きてて、誰の役にも立たないし、生きてるだけで誰かを傷つけてる。
「砂糖先輩も私からすれば凄いです」
後輩にこんなお世辞まで使わせて、面倒くさい奴なんだ。
「ふふっ、桃ちゃんは凄いよ」
「え、私?何がですか?」
「一緒に話してると楽しくなっちゃう」
「そんな、いえ、ありがとうございます。さすがに、照れますけど」
「きっと、聞き上手なんだね」
というと嬉しそうにして、照れながらフラペチーノを口にしている。
「あっ、思い出しました。先輩、塩先生と一緒じゃないんですか?」
「え?み、塩先生と?何で?」
危うく、みかちゃんと言いそうになった。
「いや、塩先生が前にアイドル好きだって言ってたの思い出しちゃって」
「ああ、あー、そう、だね」
ぎこちなく返事をして、どのように答えるか考えている。
「月花少女隊じゃないアイドルグループですか?」
「いや、そうじゃないんだけど、今日はチケットが取れなかったみたいで」
二日酔いプラス、関係者席にはあまり座りたくない、と謎のオタク魂を見せられて、今日は来なかった。
「え、じゃあ、昨日のお休みって」
「絶対に、シーっ、ね。バラしたら僕が殺されるから」
「了解ですっ!」
敬礼をして、約束を守る意志を伝えられた。
ライブ会場に入ると、やはり周りは知らない人ばかりで、これから何が起こるのか想像しては、やけに緊張して椅子にうまく座れなかった。爆破とか、しないよね?ライブというものに来たことがなかったので、警戒と不安レベルが異常に高くなってしまう。
ライブが始まる瞬間、心臓まで響く大音量のサウンドとカラフルに光り動くライトに、ここにいる全員の緊張や興奮が一気に高まって、大歓声の中、月花少女隊が華やかに登場する。アップテンポの盛り上がる曲に合わせて、ダンスを踊る彼女達に、思わず僕は目を奪われた。素人目から見ても凄いと、分かるほどの努力の結晶、とても綺麗だ。
三曲ほど終わると、みんな少し息切れしていて、でも、ずっと笑顔を絶やさずに、楽しそうにしている。ファンに手を振ったり、「わぁ!」って会場がファンでいっぱいになっているのを感動したりして、本当に可愛い。
「「月より花より私を見てっ!こんにちは、月花少女隊ですっ!」」
とメンバーみんなでいつもの挨拶をして、個人の自己紹介を軽くする。
「月花少女隊の輝くリーダーっ!ピカピカピカリですっ!今日はみんなで一緒に輝いちゃおーっ!」
「はい、月花少女隊のクールな天才、万能玲音奈です!日頃のストレスを忘れて、一緒に楽しみましょうね!」
「私は、月花少女隊の踊り姫っ!石葉クロエですっ!みんなを私のダンスで魅力しちゃうぞ〜っ☆」
「はーい、月花少女隊のふわふわお姉ちゃん!穂篠美礼でーす!今日は私達でいーっぱい癒されてから帰ってくださいねっ!」
「月花少女隊の生きる彫刻っ!東海林蒙寧です!みなさんに会えて、とっても嬉しいでーす!」
「私は、月花少女隊の可愛い妹っ!発地桜実ですっ!みなさんと私は、ふたつでひとつのぉ?」
「「さくらんぼぉ!」」
「ありがとーっ!」
「はいはーいっ!私は月花少女隊の元気の源っ!狐鉄杏乃ですっ☆みんなぁ、今日はとことん盛り上がっていこうねっ!」
メンバーが自己紹介をする度に、歓声が上がる楽しい空間だ。モネちゃんって、月花少女隊の生きる彫刻なんだなあ。
華やかなセットが動いて、色んな格好のダンサーがいて、ファンが熱狂的に応援して、月花少女隊はみんなを楽しませるために全力を尽くす。
すべて全力で、とっても可愛く、時に凛としてて、みんなが揃っている、しなやかで綺麗な踊り。それと、安定した伸びのある、聴き惚れてしまうような完璧な歌声。メンバー同士の仲睦まじい軽快なトーク。すべてはこのコンサートのために、ファンのために準備してるんだ。そう思うと、純粋に心が洗われた。感動した、ファンの期待に応えようと、理想になろうと、努力する彼女達を見て。みかちゃんから聞いたことがある、何でモネちゃんがアイドルをやっているかを。
「檸檬はもともと歌うのも踊るのも好きなんだけど、やっぱり一番は、ファンのみんなが身近にいて、支えてくれて、自分の成長を見てくれているのが嬉しいからって」
と明るい笑顔を添えられて答えられた記憶がある。けれども、その言葉が現実離れしていると感じた僕は懐疑的に受け取った。
そのときの自分をぶん殴りたい、馬鹿だと罵りたい。理想的なものから目を背けて、現実的というより、もっとグロいものを好き好んで見て、安心している自分に気付いた。
檸檬ちゃんに、ライブ終わりに会おう、と言われた。二郎系ラーメン屋の前で現地集合だ。まじか、と思わずスマホに向かって言ってしまうほど驚いた。
「馨くん、お待たせ!」
と車を降りてきた彼女には、ライブの時のような華はなく、東海林 蒙寧から塩 檸檬に戻ったようだ。伊達メガネにスエットにジーンズなんだもの。けれど、道行く人が二度見してしまうほど、綺麗で可愛いから何だかドキドキした。
店内に入ると、ラーメンの美味しそうないい匂いがした。次いでに、食券機で買うのが学食みたいで楽しい。ツルツルの床に足を取られないように気をつけて、二人並んでカウンター席に着いた。僕は塩ラーメン、檸檬ちゃんは醤油ラーメン。檸檬ちゃんはラーメンが来る前から戦闘モードに入っていて、長い髪を髪ゴムで束ねた。それを見かねた僕も、セットした前髪を乱雑にまとめて、いつもの猫ちゃんのピンで止めた。腕をまくって、準備万端だ。
ラーメンを出されると、割り箸を横向きで支えながら手を合わせて、いただきますと二人で意気込んで言い、割り箸を上に持ち上げるようにして割った。そして、そのまま熱々のまま、麺を啜った。ラーメンを目の前で作ってくれている店員さんに「いい食べっぷりだね」なんて微笑まれた。
「めっちゃ美味しいですっ!」
と檸檬ちゃんは隣りで幸せそうに頬張りながら、その店員さんに話した。彼女は自分が有名人だと分かった上で話しているのか、ただ素直に感想を述べたかっただけなのか、僕の荒んだ心では読み取れないが、ただただ良い表情するなあ、と思った。ありがと、と店員さんに返された後で、
「ラーメン好きの彼女、良いねーっ!」
と僕の方を見ながら、囃し立ててきた。彼女、ガールフレンドなんかではまったくないのだが、「ふふっ、一緒にいると楽しいですよ」と僕の中の既成事実を伝えた。
「ふう、お腹いっぱーい!」
彼女は店から出るなり、満足そうな顔でお腹の辺りをさすり、太っちゃうなあってニヤけた。そのスリムな体型を維持するのは、一朝一夕ではないことなんか重々に分かっているので、「チートデイですね」なんて緩く話した。彼女は、仕事終わりに食べるラーメンが一番美味しいと豪語した。
その後で、少し夜風にあたって、公園で星空を見上げた。もうすぐで冬も終わりだが、まだ夜はそれなりに冷えた。
「檸檬ちゃん、アイドルって素敵ですね。今日のライブ、感動して泣いちゃいましたよ」
今日見た景色は、僕がいつもは避けてた景色で、信じたくもない景色だった。アイドルはお金の上で踊らされているものだと、偏見を持っていたし、それを応援しているオタクは消費社会に飲まれている、金銭感覚が狂った弱者だとばかり思っていた。
すべての感覚が覆されたというか、狂わされた。アイドルは常に全力で、明るくて、可愛くて、努力を惜しまない。それを目の当たりにして、お金では買えないほどのモチベーションがそこには存在していなければならないと思った。だから、アイドルの成長過程を見守れること、努力の姿を見ることが、オタクの推しへの金銭的にも精神的にも応援に繋がっていると理解できた。
そこには所謂、自己犠牲的な精神は一切感じなかったし、アイドルは仕事というより趣味の延長のようなもので、自分の理想を追い求めている感じで、それに付随するようにファンが付いて応援される。メリットとメリットの関係で、これは誰も不幸にならないような世界ができている、平和と言いたくなる世界だった。
こんなことを嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる檸檬ちゃんは本当に天使のような人だと思った。いや、生きる彫刻なのかもしれない。
「ありがとぉ。ほんと、ファンのみんなのおかげで、私頑張れてるの。仕事だから言わされてるってよく思われちゃうんだけど、全然、プライベートでも言っちゃうだもん!だから、本心なんだぁ。うまく伝わんないのが悔しいけど」
何かを悩んでいるようで、その何かは僕には伝わってきて、でもそれを何も知らない僕に何かできると言われれば、何もできないのだけど、話だけは聞きたかった。
「檸檬ちゃんは、アンチコメントって見る方なんですか?」
「見るよ、それで、すごい落ち込むの」
と僕に微笑んで、視線を落とす。
「例えば?」
「例えばぁ?まあ、整形だの、馬鹿だの、口パクだの、ダンスが下手だの、ほっんと言いたい放題だよね、ああゆうの。誰かを傷つけるかもしれないって、少しは考えて欲しい。けど、それに共感する誰かがいて、自分の正当性や顕示欲が守られて、ストレスの軽減になってたとして、それでもまだその行為を否定できるかと言われたら、そうじゃないのが何か私の中で問題みたいなの」
「檸檬ちゃんはすごく優しいから、そんな複雑な問題まで考えちゃうんですね」
「そお?」
「単純に怒っていいと思います。私はこんなにも綺麗で可愛くて歌も踊りも完璧なのよ、って言えばいいと思います。少なくとも僕の前では許されますよ、その通りなので」
「馨くん、私が馬鹿なのは否定しないの?」
ニヤニヤした顔で僕の出方を伺っている。こんなにも鋭く切り込んで、色んな見方で考えられる彼女を、単純にそんな言葉で表してはいけないと思う。
能ある鷹は爪を隠す、僕は騙されてた方が良いですか?
「そこはそれで、魅力的ですよ」
と僕が騙されたフリをして、檸檬ちゃんの様子を見ていると、笑った。まあ、中学もまともに通えてなかったからね、なんて。学力の問題じゃなくて、言動の問題なんだけど。
モネちゃんは、素っ頓狂なことを言うのが好きなんだ。そうやってキャラ付けして、みんなを笑かすのが好きなんだ。でも檸檬ちゃんは、その裏でみんなが騙されているのを、笑うのが好きなんじゃないの?
「東海林 蒙寧はね、みんなの心を奪う盗人なんだけど、心からストレスを取り除く医者でもあるの」
「そのストレスは何処で処理するんですか?」
「モネの中で幸せに包まれて消えるんだよ。だから、私は人一倍の幸せを貰ってるの。そう考えたらさ、怒ろうにも怒れなくて」
「何か、僕が子供っぽく思えてきましたよ。やっぱ、お姉さんですね。檸檬ちゃんは」
「一歳だけだけど」
「僕は逃避のスペシャリストなので、苦しければつらければ即逃げちゃいますよ。みかちゃんの言葉を借りるなら、酒に溺れて楽しんじゃお、って感じで。ふふっ、嫌なときはそうやって二人で慰め合って泣いて叫んで楽しむんです。でもその最後には絶対に、その誰かの言葉よりも、みかちゃんの言葉のが重く深く響くから不思議ですよ。あんなに傷付いたのが嘘のようで」




