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第三十五話

「なあなあ、恋人がペットを欲しがるんだけど冷め期なんかな?」


美術教師の恋愛事情なんてまったくもってどうでもいいけど、


「はは、笑える。けど、止めた方が良いですよ。犬も猫も子供も年寄りも世話なんて絶対にやっちゃいけない人間です、貴方も僕も」


と助言しておいた。


「何で俺を君と一緒にしてくれてんの?」


怒ってんのか、嫌がってんのか、はたまた両方なのかよく分からないけど、何か笑ってる。


「だって、虐めたり傷つけたり痛めつけたり嫌がらせしたり、好きじゃないですか?」


「えー、俺はあ、ぜーんぜんっ、好きじゃないけどお、馨くんは好きなんだあ、そうゆーの」


薄っぺらい嘘をつかれて、さらには煽られた。人のこと泣かせるの好きなくせに。


「はあ、墓穴掘りましたね。でも、事実、そうです。みかちゃんのこと、殴っちゃいました」


何気なくさらっと自分の罪を告白した。始めから誰かに言って、楽になりたかったんだ。


「へえ!だから、今日休んでんだ」


意気揚々と言われたが


「いや、違います」


とすぐさま訂正した。


「え、それで、楽しかったかい?」


と好奇心を剥き出しにして、この人の目が輝いているの、みかちゃんを見るときの目と一緒。


「んー、何かゾクゾクってきちゃって、軽率に死にたくなりました」


「君の死にたいはもはやデフォじゃん」


「でも、それ以上で、嫌なはずなのにそれが好きな自分がいて、最悪って感じ、分かります?分かってください」


「分かるよ、俺、人生経験深いから。未知の自分を発見しちゃったんだよね、衝撃的だったでしょ?」


にやけ顔がよく似合う彼に共感されるのはあまりいい気分ではなかった。何か嘲られてる感じがして。


「まあ、それで、僕はどうすれば良いですか?理性が許してくれません。それに、もうみかちゃんを殴りたくないです、絶対に」


「じゃあ、その経緯を教えてくれる?」


「そんなのあってないようなもんですよ、みかちゃんが酔っ払ってたから殴ったんです」



僕が真夜中に家に帰ったとき、みかちゃんがホラー映画を見ながら、酒を飲んでいた。そのときはまだ、僕が帰ってくるまで起きてたいからって苦手なホラー映画を見て、待っててくれるなんて、この恋人は最高に可愛いって思った。けど、問題なのは酒の量だ。十缶も飲んでいた。


「メーデー、メーデー、酩酊中のみかちゃんに問います。何でこんなに飲んだんですか?」


「馨、まだそんな酔ってないよ。それに、んー、これぐらい良いでしょ?」


と飲み潰した缶をちらっと見つめ、僕の方に愛想を振りまくように笑った。


「良くないです、健康に良くないですから」


「そんなの知ってる、わかってるよ。けど、ああ、もう嫌だ。何でそんなに強制されないといけないの?」


一変、僕を睨んで不貞腐れて、依存に甘えようとしてる。ホラー映画、うるせえ黙ってろ。静かになると僕がリモコンを置く音が響いた。


「みかちゃんには健康でいて欲しいんです。適度の飲酒や喫煙なら目を瞑りますけど、今回のは飲みすぎです」


「……わかってるって、でも今日ぐらい良いじゃん」


「今日、何かありましたか?」


「あったよ、あった。馨があ、今日も可愛い♡」


と言いかけたところで嘘にすり替えられて、僕を手繰り寄せるように触ってきた。毎回そう、その笑顔に殺られる。うっかり、こっちまで陶酔しそう。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いって、最悪、すげえ可愛がりたい。


「僕が昨日、自傷したことですか?それとも、この時間まで帰ってこなかったこと?」


「んーんー、愛してる♡」


って愛の言葉で誤魔化して、僕に抱きついてくる。ああ、もう嫌だ。何でそんなに愛されないといけないの?


「やめて、離して」


僕には貴方に愛される価値なんてないのに。貴方が僕を傷つけないように誤魔化してるのに気づいてるから、エゴイストな自分がこの上なしに嫌になって、気持ち悪くなって、ああもう、触んないで。穢れてるから。


「嫌」


「離してってば」


「嫌だ」


僕のと比べれば、とても可愛らしい恋人のエゴすらも僕は飲めなくて、抱きついている恋人を力ずくで引き剥がして、壁に打ち付けるように、突き飛ばした。


「ああ、ああ」


恋人を傷つけてしまったという罪悪感もあったが、「だから言わんこっちゃない」というカタルシスも感じて、謝るにも謝れなくて、言葉にできない言葉を発した。


「いってえなあ、こんなになんならもっと酔っとけば良かったかも」


壁に背を持たれながらこの後に及んで巫山戯たことを言う恋人をつい、殴ってしまった。悲しかったんだ。心配した自分が馬鹿みたいで。けど、よくよく考えると僕に罪悪感をも与えないための冗談に聞こえて、馬鹿なのはやっぱり僕なんだと思った。殴られた顔見て可愛いとも思ったし、もう駄目。お終い。


「みかちゃん、ごめんなさい。僕、かなり病んでるわ」


って自己中心的に泣きじゃくる僕をみかちゃんは優しく慰めてくれる。ほっといてくれれば、こんなにも心が痛まなくて済むのに。ほっとかれたら、寂しさと自己嫌悪で埋もれるめんどくさい奴。



「うん、本当。みかちゃんが酔っ払ってたから殴ったの」


「三分くらい黙ってて、それ?」


と突っ込まれたが、詳細を思い出しただけで死にたくなってきたから、話す気力さえも失った。


「兎に角、汎用性のある解決方法を教えてください」


「あー、それは深呼吸だわ」


「深呼吸(?)」


「そうゆう状況って、興奮しちゃって冷静さとか判断力とか欠けちゃうからさあ、やってみ、わかっから」


と理にかなってるアドバイスとともに僕を試すように笑った。


「……何ですかそれ、ちょっぴり格好良いじゃあないですかあ」


「んー?そお?」


って顔に手を当てて、恥じらうようにはにかむ。


「お粥さん、今、貴方のこと、人生の先輩として、初めて尊敬してますよ」


「今までにも尊敬するポイントはたーくさんあったはずだけどなあ」


「ふふっ、そうですか?」


と嘘を付くと


「君は本っ当に意地悪だよね!」


と口を開けて笑う。


「そこが僕の魅力でしょ?」


「馬鹿正直な奴よりはマシかなあ?くらい」


「へえ」


この人の恋人、馬鹿正直な人なんだ。興味ないけど。


「それで、何でみーちゃんいないの?」


「私情です」


「君と喧嘩してるからあ?」


今朝は、記憶にないとかほざいてたなあ。ってみかちゃんとの喧嘩は終わった感じがするから


「違います」


ってはっきりと言った。


「腰痛?」


「違う」


「じゃあ、腹痛」


「違う」


「ヒント!」


「何で僕が貴方にみかちゃんの私情を明かさないといけないんですか?言っていいのかわかんないし」


「気になるのお、俺があ」


「知りませんよ、永遠に妄想しててください」


「冷てえ、だから、みーちゃんにも嫌われんだよ」


とさらっと言われて、


「はあ?嫌われてないですけど?」


と調子こいてかましてはみたが、心の内ではかなり心配になっている。


「ごっめん、口が滑ったった。君の愚痴は結構聞くからさあ」


嘲笑ってきて、やっぱり、この人は人の嫌がることとか馬鹿にすることとかするの大好きじゃんって思う。


「へえ、何て言ってました?」


冷静を装って聞くと、


「何で君に言わなきゃいけないの?ゆーわけないじゃん」


とさらに追い打ちをかけてくる。


「はああ、ああ、お粥さん、だから、恋人にも冷められちゃうんですよ」


深呼吸して、頭を冷やして、傷の抉り合い。


「何も知らないくせによくゆうわあ」


とせせら笑いをしながら、目線を左下にして過去の出来事を思い出してる。はは、自分だって不安なんじゃん。


「そうですね、でもお粥さんの恋人はきっと酔ってなくても"愛してる"って言ってくれるんだろうなあ」


「みーちゃんだって」


「いや、まあ、シラフで言うときもあるけど、何か慰めの言葉に聞こえちゃって。愛の言葉って何なんだろうって感じ」


とやけくそで笑う。


「馨ちゃん」


とにやけ顔でお粥さんが僕の顔を凝視しながら、頬に触れて、キスできる距離まで近づいてきた。


「何?」


「愛してる」


「貴方までそうやって僕を慰めるの?」


「ん?違うのが好みかい?」


と頬に触れた手を僕の輪郭に沿って動かして、首に手をかける。そして、そのまま美術室の机の上に押し倒されて、両手でさらに力を込められる。


ああ、殺される。目の前の景色が白くぼやけた。お粥さんの白い歯がよく見えるわ。この感覚、最悪な記憶がフラッシュバックする。


「良いわあ、最高じゃん!」


とお粥さんの声が聞こえたと思うとパッと手を離された。暫くは声が出なくて、代わりに涙が出た。


「ごめん、やらかしだわ」


なんて冷や汗かきながら、落ち着かない様子で笑うお粥さんに「大丈夫」だと言いたかったけど、声が出なかったので、抱きしめて伝えた。


すると、僕の顔を一瞥してから目を逸らして、また僕の方を見ると、気持ちが葛藤してて困ってるみたいな表情をして、抑えきれなくなった感情とともに僕の首筋にキスをしてきた。そしてそのまま、床に寝っ転がって、お粥さんにされるがままに身を委ねた。


「いつかさあ、俺に抱かれてもいいって言ってなかったっけ?」


もう葛藤を忘れて吹っ切れた様子だ。結いていた髪の毛を下ろして、色っぽくかきあげる。みかちゃんとは全然、違う。恐怖でゾクゾクする感じ、何か手術中に目が覚めちゃった感じ。


「忘れた」


少し喉を鳴らしてから、そう呟いた。まあ、何かの話の弾みでしててもおかしくないな、なんて脳内は次々と出てくる思考でフル回転してて、ああ、うるさい。


「良かった。忘れた頃にしてあげるって約束したからさあ」


と首元にまたキスをしながら、ベルトを外された。まじかこの教師と思いながら、傷跡が露出しないように、それにまだ気づかれないようにお粥さんの頭に手を置いて、顔を見つめた。


「何?唇にされたい?」


とあえて外してキスをしてたんだと気づく。軽率短慮なこの人も思慮分別というのを少しは身につけているのだと知った。そうでないと、さっきのことも"やらかし"なんて言わないから。


「いえ、貴方の顔をちゃんと見たくなって。見られてばっかじゃ不公平でしょ?」


長い髪の毛を手で梳かして耳にかける。いつもは同年代っぽく接してたけど、よくよく見ると僕よりも大人なんだと思ってしまった。香水の匂いも、耳についたピアスも、少し落ち着いた雰囲気も、格好良いなって。


「確かに」


って笑って、飽きるまで見ていいよ、って言ってから、僕の腰に手を回して、シャツの中に手を入れてくる。指先の冷たさに鳥肌が立つ。この人は理想を諦めながらも、本当は諦めきれてなくて、大人になりきれてない大人に見える。

シャツの中をまさぐられて、くすぐったさで笑うと、僕の腹にキスをしようとして、分かりやすく、うわって顔される。


「何?この傷跡?」


ああ、一気に冷めてしまった。幸せとか胸が高ぶるとかそんなのに構ってられないほど、僕の傷跡が気持ち悪いんだろう。


「自殺未遂したときの」


って腕で顔を隠しながら照れ笑いというか、心が痛くて笑うと、その腕を掴まれて、顔を見せろと言わんばかりに、上へと退かされた。


「痛い?」


と傷跡を軽く押しながら聞いてくるお粥さんはただの好奇心からだ。表情からワクワクしてるのが丸分かり。子供っぽくなった。


「あんまり」


色っぽさが欠けたんだ。息遣いも口調も雰囲気もそれっぽくなくなった。きっともうキスもできない。


「みーちゃんは、どんな顔するの?」


「悲しそうな顔してから、優しくキスをしてくれます」


「あはは、それっぽいわあ」


といつものように嘲る。


「みかちゃんしかそんなことしてくれませんよ」


起き上がって、身なりを整える。


「……ごめんね、詮索しすぎちゃった」


と決まりが悪そうに微笑む。正しい距離感が掴めなくて、戸惑ってるみたい。


「貴方が謝るなんて珍しいですね」


なんて挑発すると


「あはは、みーちゃんにも謝ろうっと」


って電話しようとする。


「ちょっ、やめてください!」


慌ててスマホを奪おうとすると


「何で?君とやらかしたってちゃーんと謝んないとお」


と、とても生き生きとして楽しそうに僕をいじめてくる。


「やらかしてないし、みかちゃんの非日常を奪わないでください」


「何それ?どうゆうこと?」


またお得意のにやけ顔。自分の失言にイライラする。


「喧嘩したって言ったじゃん。そろそろ現実逃避させて、僕のこと忘れてもらわないと、みかちゃん、本当に僕のこと嫌いになっちゃうから」


と顔を手で覆いながら、自分の不甲斐なさに腹が立つ。


「君が頼み込んで有給消化させたの?」


「はい」


「あはは、みーちゃんが君のせいでストレスフルだと?」


「はい」


「いやあ、可愛いね」


「だって、僕が病んでるせいでみかちゃんまで病んじゃいそうで」


「もう病んでるって、かなりの依存症じゃん」


「あー」


「それに、君のことばっか話してるみーちゃんはムカつくほど綺麗でさあ、何なんだろうね?その顔、俺にもしてくんないかなあって、ずっと傍で見てんのに、あはは、やっぱ、ムカつくわあ」


僕もみかちゃんがお粥さんの話を楽しそうに話してくるとムカつく。十分、してるよ。見せたいくらいに。


「ごめんなさい」


「そんな分っかりやすい傷跡あったら、みーちゃんがほっとくわけないもんね!狡いじゃんかよ、そんなん。ああもう、最悪、何言っちゃってんの?俺」


お粥さんはみかちゃんを僕に奪われたと思ってると思うけど、実際にはそんなに奪えてなくて、そもそもみかちゃんは誰のものでもない。僕も貴方に嫉妬してる。


「ああ、そうですね。この傷跡のせいですね。たぶんみかちゃんは僕のこと好きじゃない」


「ちょっ」


「めんどくさいでしょ?死ぬかもしれない奴に言葉を選ぶのは」


自分が弱い立場だとひけらかして、慰めてもらって、優しくしてもらわないと生きていけない。でも、誰かに気を遣わせるのは嫌だし、迷惑をかけるのも嫌だから、結局は死にたくなってる。


「違うって」


「何が?」


「いや、確かに君はめんどくさくて、病んでて、おまけに性悪で、何でみーちゃんと付き合ってんのかわけわかんないし、嫌いになるときなんていくらでもあるよ?でも良いの。好きなの、君の顔が」


「結局、顔なんですね」


「良いじゃん、好きなんだからあ。けど何かあれだ、つまんないなあって思いながらも読んでる漫画が打ち切りなったら、こっからがおもしろいんじゃん!ってなるでしょ?」


「ああ、よくわかんないっすね」


「嘘でもわかってよ。だから君がいないとお、俺はちょっとしょげるわあ」


「へえ、みかちゃんがいないと?」


「まじ、つまんない」


「そうっすね」


「みーちゃん、何して遊んでんだろお。やっぱ風俗かなあ?」


「はは、ありえな」


「くもないじゃん?たまには女の子の柔らかさとか可愛さとかに癒されたくなるしい」


「ない」


「嘘だあ、やったことは?」


「んー、それが何かできなくて」


「かあ、可哀想にぃ」


と僕を馬鹿にするように哀れむけれど、貴方の判断基準で僕のことを勝手に哀れむのはおかしいと思う。僕はみかちゃんと偽りでも愛を育むことができるのだから、まったくもって可哀想ではない。


「そういう、お粥さんは?」


「俺?俺はね、ノンセクシャルなんだあ」


「いや、嘘でしょ」


「これ、本当。まあ抱けるんだけど、その、性的対象に見えなくて」


「うわ、言葉にならない」


「あはは、信じらんないよね、俺もまだ認めらんないしい。でもそう言われて、可愛い顔を引き出すために頑張ってたんだなあって、腑に落ちた感じはした」


「貴方は性欲で生きてると思ってた、あはは、やば」


「俺もそう思ってたんだけどさあ、いくら綺麗な芸術品を見ても、性欲には結びつかないじゃん?」


「まあ」


触れて、愛でて、見蕩れてたい。


「だから、恋人とヤったときに歯医者みたいって言われて、グサッてきた」


「なにそれ、笑うわあ。痛かったら手でもあげるんですか?」


と思いっきり笑って馬鹿にした。


「いやあ、痛くない?って俺的に普通にしたはずなんだけどお。ああもうこっちの心が痛いでーす」


とせせら笑いをしながら小さく挙手してる。


「でも、お粥さんは相手が痛がってる方が好みそうだけど」


「あははっ、うん。だからね、俺は好奇心や嗜虐心でヤってるみたいなんだあ。言われちゃったあ」


「じゃあ、僕にキスしたのは?」


「あれはあ、首絞めちゃったお詫び。好きなんでしょ?ああゆうの。俺には何が良いのか、さっぱり分かんないけど」


といつも通りに嘲るから、意地が悪い。


「好きですよ、愛されてるかと思いました」


自意識過剰、甚だしい。そんな僕が強調されて、気持ち悪い。ドラマのキスシーンなのに、何盛り上がっちゃってんの?みたいな。


「それなら良かった。君のことを愛してるから」


てサラッと何もないようにそんな言葉を言う。


「何でそんな適当なこと言うんですか?」


「適当?ちょっとは信じなよお。失礼、とゆーか、可哀想。そうやって、受け取り拒否されるのは」


きっと可哀想って言ったのはみかちゃんの話。そういう愚痴でもされたんだろうか。


「ごめんなさい」


死にたくなってる。


「はは、君ってすぐ謝るよね、別に咎めたりはしないけどさあ」


謝罪の気持ちが籠ってない、とか?しょうがないじゃん、言葉が薄っぺらいんだから。謝罪すれば済むことばっかだし。正直、すべて僕が生きてんのが悪い気がする。


「嫌ですよ、僕だって、こんな自分、殺してやりたいくらい」


「まあ、驕ってる奴よりは可愛いよ」


「そうですか」


「ああもう、最悪だわあ」


とスマホを見るなり、嘆き始めて、スマホ画面を下にして置いてから、冷静にまたそれを見ている。


「どうしたんですか?」


「俺の恋人が猫カフェに行ってるの」


インスタのストーリーに猫の写真が載っているのを見せられた。お粥さんがペットを飼うなんて、絶対にダメ。



「みかちゃんって、シスコン何ですか?」


って馨に言われるのが怖くて、今まで隠してたけど、今日は俺の妹のライブがある。ライブチケットはファンクラブ先行で当選して、三ヶ月前くらいからめっちゃ楽しみにしてるし、既に有給も取っちゃったし、参戦服も調達しちゃったし、ああ、あとは、昨日はパックした。けど、馨にまったくと言っていいほど言えてない。グッズは綺麗にファイリングしたり、あまり開かない収納スペースにケースに入れて保管したりしているから、たぶんバレてない。別にシスコンとかオタクとかに思われることが、嫌だと思っているわけじゃない。しかし、一定数は"引いちゃう"人間がいるのは確かなんだ。馨に引かれたら俺は精神的に死んでしまう。前にも、「こいつまじか」って顔されたこともあるし、妹からも不思議がられている。でも、俺が好きなのは塩 檸檬じゃなくて東海林 蒙寧というアイドルで、同一人物だけど、別人に感じているから、俺は一人のオタクとしてモネちゃんを応援しに行くんだけど、今日、学校あるんだよなあ。


「あー、仕事行きたくない」


というか、今日は絶対に行かない。いつもはベッドで目を覚まして、隣りにいる馨を見て、ああ、このままずっとゆっくりしてたいって思うんだけど、結局は二人で朝ごはん食べてる。


「みかちゃん、今日は休んでてください」


と布団から早々と抜け出している。いつもなら、「行かなきゃダメですよ」って手を引っ張ってくれるのに。これはこれでちょっと怖い。


「何それ?」


「一人でどっか行って、息抜きでもしてきてください」


と疲れた表情して無理して笑う。


「馨、寝れなかったの?」


「そんなのどうでもいいです。僕のことは忘れて、楽しんできてくださいよ」


ちょっぴり怒ってて、でも心から願うようにそうして欲しいって訴えてくる。


「それならあ、すっごく楽しみにしてた月花少女隊のライブに行ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


と興味無さげにリビングへと行ってしまった。俺のオタク度を知らないから、きっと檸檬に誘われたから見に行くって感じに思われてるんだろう。


ペンライトに法被にマフラータオルを鞄に詰めて、お気に入りのピアスにヘアアイロンで髪型をセット、新調した参戦服にお高めの香水をつけて、月花少女隊の曲を聞きながらノリノリで準備していると、


「やっば」


って遂には馨に笑われた。一瞬、引かれた、って背筋が凍ったけど、その後で、


「僕とのデートの時よりも決まってません?」


と意地悪く言われた。馨とのデートの前日は緊張してあまり寝られないから。


「ふふっ、格好良い?」


「勿論、貴方の推しも目を奪われちゃうんじゃないですか?」


「ファンサしてくれるかな?」


と俺がワクワクしてると、馨が


「良いですね、してくれると」


って少し考えるように俯いてから微笑んだ。

可愛い、嫉妬してくれてる。


「馨は引かないの?俺がアイドルオタクなの」


「全然、誰かを本気で応援できるってかなり素敵なことですから、良いと思います」


「ふふっ、良いことを言ってくれるね。でも、俺はそんなんじゃないよ。頑張ってる人を見てないと、俺は頑張れないから。これもちょっとした依存なの。馨とかモネちゃんとかと比べたら、俺はその一ミリくらいしか頑張れてないけどね。感謝してる」


朝、起きるのも怠くて、何もできないって日でも、馨が「おはようございます」って抱きしめてくれると、まあ、やってみるかって気持ちになれるし、今日は最悪だなって日でもモネちゃんがツイートを更新してると、ちょっと良い日になったりして、俺の心の支えなんだとつくづく感じる。


「こちらこそ、いつもありがとうございます。僕もみかちゃんがいるから、かなり頑張れてるというか、生きていられる?かな。ふふっ、共依存ですね」


「あはは、怖いなあ。愛しているよ」


「はい、僕も」

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