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第三十四話

授業のチャイムとともに息の切れたザキがココアを持ってきて、不貞腐れて寝ている馨ちゃんの机に置き、自分のブレザーを馨ちゃんに毛布代わりにかけた。


「ありがと」


睡眠薬が効いたのか、目が閉じかかったままそう呟いて、ココアを両手で持って一口飲んだ。礼をして、授業が始まった瞬間からお砂糖ちゃんのおやすみタイムがスタートする。


「砂糖 馨」


と日本史の授業中、碧ちゃんはお砂糖ちゃんを起こそうとしてる。返事はない。教壇から降りて、机に近づいてくる。


「碧ちゃん、寝かせといたげてくださいよお」


俺を横切ろうとする碧ちゃんに声をかけた。


「授業中だぞ」


「ああ、すいません。でも体調悪いらしいみたいで、お砂糖ちゃんじゃないですかあ。ここは優等生に免じてお願いしますぅ」


と馴れ馴れしく手を掴んだ。すると、ちょっと訝しそうな顔をして、


「断わる」


とはっきり言われた。


「えーっ、それじゃあこの手、一生掴んだまま離しませんよ?」


指を絡ませて、密着させて、しっかりと掴む。


「お前なぁ」


うんざりだという態度でいつものお説教モードに突入しそう。


「後でこっぴどく怒っていいから、ね?」


と胡麻をすって、握った手をさすった。精一杯のうるうるお目目の上目遣いで可愛子ぶってお願いする。


「はあもうわかったわかったから、手を離せ」


ため息混じりに俺の要求を飲み込んでくれて、もう掴んでいる必要はないので言う通りに手を離した。


「ありがとうございまーす」


と教壇に戻る背中を見ながら、良いことしたなあ、なんて気分に浸った。


授業終了の礼のタイミング、お砂糖ちゃんはまだ起きなくて一人だけ寝たままだから何か可笑しかった。余程、熟睡してるみたい。


「飴 霰、ちょっとこい」


と指をクイッと曲げながら、教壇の方に呼ばれた。


「何ですかあ?」


と笑顔で近づくと、教科書で軽く頭を叩かれた。


「教師に対して敬意を持て」


「ふふっ、それ自分で言っちゃいますう?」


なんて揶揄うと


「笑いごとじゃないんだよ、真面目に聞け」


と本気で怒ってるのを察して、脳内で「やっば」と冷や汗をかいている。


「……すいません」


「数学の教科担当が俺に愚痴ってきたんだ、お前の授業態度が悪いって。何で笑ってた?」


「それは、ふふっ、ごめんなさい」


思い出したらまた笑えてくる。顔を手で隠して、笑いを止めようと思うほどダメだ、笑っちゃう。


「何が可笑しい?」


「いや何も、可笑しくなんか、ふふふっ」


「ああ、お前が言いたいことはよーくわかった。そんなに怒って欲しいんなら、昼飯返上してたっぷりと叱ってやるよ」


と腕を掴まれて、空き教室に強引に連れてかれた。さようなら、俺の昼休み。さようなら、碧ちゃんの昼飯。


「でも、お昼は食べた方が……」


空き教室に入ってから開口一番、碧ちゃんに昼飯の大切さを説く。昼飯食べてないからイラついてんじゃないの?って。


「どうでもいい、ふざけんのもいい加減にしろ」


「あっ、俺が買ってきましょうか?」


「だからあ、ああもうやってらんねえ」


と頭をかいて、怒りのやりどころを探している。


「じゃあ、一旦落ち着いて。俺は、昼飯を、買いに」


と身振り手振りを加えて大袈裟に伝えて、ドアの近くまでさりげなく行くと


「逃げんじゃねえよ、話はまだ」


って少し開けたドアをバタンと閉められて、肘で退路を塞がれた。壁ドンじゃなくて肘ドンってやつ。距離近っ、碧ちゃんの圧力が強くて恐怖を感じるほどだ。


「……碧ちゃん、どうかしたの?」


数秒の沈黙の後、咄嗟の行動で後悔の色を見せる碧ちゃんにうすら笑いで聞いてみた。


「悪い」


ぎこちなく離れていって、椅子に深く座ると、頭に手をやって考え込んでいる様子。


「まじで、昼飯、買ってきますね」


と言い残して、教室から出ていった。

あんなに落ち込んでる碧ちゃん、珍しいなあ、なんて考えながら、購買の弁当を二つ買って、代金貰えるのかなって心配しながら、戻って行った。さっきとほとんど変わらない様子で碧ちゃんはずっと何かを考えている。


「弁当買ってきましたよお」


碧ちゃんの近くの机に二つ置いて、椅子をもう一個持ってくる。


「ありがと、奢る」


と財布を取り出してるけど、その声はすごく元気がない。


「それで、何かあったんですか?」


弁当の蓋を開けながら、説教がお悩み相談に変わったことに密かに驚いている。それに、先生の悩み相談なんて。


「……ごめん、俺がこんなんじゃ、ダメだよな。教師として、生徒に教えを説く立場として、失格だ」


「そんなあ、教師だって人間なんですからしょうがないですよお。それに、まだ相手が俺で良かったです」


「何で?」


「これが女の子だったらそれこそアウトじゃないですかあ」


「どっちにしろアウトだろ」


「厳しいいい、でも俺、秘密は守る人なんで、そこだけは安心してください」


「ああ、そう」


素っ気ない返事、きっと信用ないな。


「だから、その、立場関係なく何でも言っていいですよ」


唐揚げをつまみながら、何気なく言った。


「生徒に気を使われるようになるとはな、まあ、ありがと」


と少し笑って、ちょっとだけ表情に明るさが戻った。


「ふふっ、何か変な感じですね」


「だな」


会話が一旦終わって、また俺の説教へと戻るんじゃないかと沈黙が不安になってきた。


「「あの」」


ああ、こんなときにハモるとかある?


「何?」


「いや、大したことじゃないんで」


今日の日本史、面白かったですねー、なんて適当なことを言うつもりだったから。でも、ここでパスしたら怒られんのかなあ?


「言いたいことあるなら言って」


もし碧ちゃんが笑った理由を聞いてくるとしたら、詰むからなあ。それだったら、先手打っといた方が良い?


「ええっと、その、授業態度が悪かったこと、すごい反省しています。これからは、そんなことがないように、気をつけます」


定型文みたいな謝罪で反省の意が無いのがバレバレ。


「うん、まあ、嫌いなら嫌いでいいけど、敬意は払えよ。一応、教えを乞う立場なんだから」


「そうですよね、けど嫌いとかじゃないんですよ。あんま距離感がわかんなくて、友達みたいに話しちゃいけないときもあるし」


「敬意ってのは、軽蔑とか侮辱とかしないで自分と対等として見ればいいんだよ。敬語とかもそうだけど、それ以上にお前が友達にしてやってるみたいなこと」


「さすが碧ちゃん、生徒のことよく見てる」


「それなりにはな。それで、砂糖 馨はどうしたんだ?」


「ああ、昨日告られて振ったんですよ。それで、酷い振り方しちゃったから、人間関係がぐしゃぐしゃってなっちゃってて、まったく寝れてないみたいで」


「へえ、あいつが酷い振り方なんてするのか?」


「いつもはそうじゃないんですけど、その告白した子が琴線に触れちゃったみたいで」


「逆鱗に触れる、か?」


「いや、そこまでじゃないんですけど、何か知られたくないことをしつこく聞かれたみたいで、それで傷つけちゃって傷ついてるんです」


「そうか、砂糖 馨らしい」


「はい、たぶん、数日で仲直りすると思いますよ。でも今は、心の整理時間なんでそっとしてあげてください」


「さすが飴 霰だな、友達のことをよく見てる」


「それなりにぃ?」


「はは、そんなお前に聞きたいんだけど、何となくでいいからさ、今の若い奴の"死にたい"ってのは何なんだ?」




歌って、叫んで、踊って、支離滅裂な言葉と感情を発散する。それが現代の音楽だ。音楽にのせて、カモフラージュしちゃえば、何だか健全に見えるでしょ?


「愛されたい」「消えろ」「うざい」「愛したい」「嫌だ」「めんどくせえ」「死にたい」「うるせえ」「生きたい」「嘘」「イキたい」「助けて」


全部まとめてドロドロに溶かして奇妙なリズムで踊り狂って吐き出した。吐瀉物はお陀仏に。あはははは、現実とはおさらばして夢でも理想でも何でもいいからこの時間が終わらないでくれ!


Good morning 朝食にはコーヒーを

Good mourning 焼香では合掌を


人生にカチなんてないし、世の中に必要なモノなんてない。みんな、暇つぶしの選択肢を買っているんだ。それを豊かさだなんて威張っちゃってさあ。あははっ、死んじゃえばいいのに。ごめん、嘘々。衣食住は必要だよね、息るには。効率化を図っても、どっかで生き抜きしないとやってられない人間って非効率的で、イライラしちゃうからリスカがやめられないよ。カスリ傷なら許容範囲かな?はは、くだらねえ。仕事は誰かの豊かさ(必要以上のモノ)を作って、それでお金をもらって、そんなことしてたら、自然破壊が進んで。緑の豊かさを作って、お金がもらえる時代はいつくるの?勉強は、仕事を遠ざけるための言い訳に使えるから、好きだけど、お金がもらえないのが瑕疵なんだ。社会から存在を認めてもらえないね。そんな僕は仮死状態(?)。お菓子でも恵んでくださいよ。あーあ、馬鹿馬鹿しい。人間的労働をするくらいなら死にたい。思想家にも表現者にもなりたくない。あんなの机上論好きの現実逃避者だから。軽々しく言葉を吐けるんだ。現実なんて見てないじゃん。イジメっ子が軽口で暴言吐くのとよく似てる。それで、イジメられっ子が死んだら、現実が実現したら、あまりの責任の重さに震え出すんじゃない?何でも言葉にして良いだなんて大間違い!言葉にするのはタダだと思ってる、タダされんのはどちらかな。口を噤んで、シンチョウに言葉を紡げ。暴言は心臓を抉らないにしても流れる血は止められない。彗星でも落ちてこないかなあ、と夜空を見上げて望めば、酔生夢死して。自尊心は自損心に。最近は機械に仕事を奪われちゃったから、僕の仕事なんかなくなった。あるのは人々への嫌がらせくらい。きっとこれからは手作りブランドを作り上げて、不必要な人間の手作業で機械とさほどの違いないモノを高く売るんだ。でもお金なんて生活費以上にはあまり必要ない。使えば使うほど背徳感が生じるんだ。扱えきれないものばかりで、結局捨てるから。欲しいものは、たぶん目の前にある。けれど、それを感じられないのは僕の心には壁があるから。そんな心を動かすような感動が欲しい。むしろ、無垢な言葉で感動できるようなそんな心が欲しい。諦めて短く生きるのと無駄に長く生きるのどちらが正解なの?その怪傑さで僕の問題を解決してくれ。長寿なんて僕には超需要ないし。生きるのはしんどii。それに、マイナスの世界で生きているからプラスになりようがない。かけない、特異点。自分が思い付くことは誰もかもが簡単に思い付くことばかり。でも、誰も思い付かないような考えは誰も共感はしてくれないから。人よりも一本だけ多くネジが突き刺さった凡人になりたい。"言葉のナイフ"なんて平凡な表現すぎて聞き飽きたよ。急募、シェイクスピア。言葉のボトックス注射くらいがちょうど良くない?まあ、インパクトにはかけるけど毒針くらいにしとく?新しいものとの出会いは最初は摩擦が起きて、あまり好きになれないけれど、何回もよく噛んで味わう内に、好物になってしまうことがある。グロ注意とかめちゃくちゃ好き。だが、現実味がないのは興醒め。サメといえば、人間を食うイメージがあるけど、あれ本当は食ってるんじゃなくて、バラしてるんだって。人間って不味そうだし。海の藻屑、いやモズクには到底勝てないね。自然と戦って、支配して、その次は、守らなければならない。現代こそ、神々に捧げる生け贄が必要だなんて戯言で、殺す理由を作ろうか。ウィッカーマン志願者の枠の一つに僕の名前を入れといて。精神病患者に頭蓋骨ジュースなんていかがでしょうか?ダメダメ、そんなの教育に悪い。はは、抑圧しているとそれこそよく扱えませんよ。根拠?んなのあるわけないじゃん。根も葉もない、妄想。ああ、歌わなきゃね。癖のあるが故に中毒性のある音楽が僕の心を捉えていて、何回も聞いて泣いて、僕は愛の亡者なんだと教えてくれる。ごめんなさい、利己的で。


「みかちゃーん、何してーんの?」


放課後の一年生の教室、何人かの生徒の前、教壇で、パソコンを操作する恋人に後ろから抱きついた。


「仕事」


「知ってた、楽しい?」


「それなりに」


「もっと楽しいことしない?」


と耳元で囁くと腹に肘鉄を食らった。照れ隠し、可愛い。みかちゃんから離れて、教壇に横から肘を置いて立つ。


「砂糖、何しに来たの?」


「別に、何も」


今すぐにみかちゃんに会いたくて、口実なんて用意してない。


「ああそういえば、脚は大丈夫なの?」


「それなりに、まだ痛みますけど」


「へえ、肩貸そうか?」


「塩先生、家まで送ってくれるんですか?」


「そこまではしないよ、せいぜい正門まで」


「じゃあ、そこまでお願いしよっかな。でもこれからカラオケ行くんですよ、友達に誘われてて」


「それなら、早く行きなって」


「みかちゃんも一緒に来ない?」


「ふふっ、行かないよ」


「そうですか。けど、その前にこの脚で階段を降りたら転けて脳震盪で死ぬ可能性がありますよね?だから、肩だけは貸してくれません?」


ツッコミどころ満載な口実の完成。


「要するに、エレベーターが使いたいんでしょ?」


「さすが」


乗ってくれた。


肩を貸してくれて、その横顔が好きだから、軽くキスをすると、


「あーあ、防犯カメラに写ってなきゃ良いなあ」


って笑われた。


「楽しんできてね」


こんな言葉を純粋に僕にかける。どれだけ甘いんだか、この人は。




「砂糖先輩って塩先生に対してはあんな感じ何ですか?」


「いいや、俺もイレギュラーすぎて戸惑ってるところ」


馨が甘えてくることはたまにあるけど、人前ですることなんてまずなかったから、危険信号がずっと頭の中で煩く鳴り響いてる。このまま消えていなくなってしまったら?そんな漠然とした不安が心に食い込んでいる。


「塩 蜜柑」


廊下で呼び止められて


「ああ、碧先生、ちょうど良かった。ちょっとお話が」


と言ってから、自分の失言に気付く。


「俺からも」


「お先にどうぞ」


馨のこと、堂々と聞きづらい。


「今の若い奴はSNSに頼って、匿名でどっかの誰かに救いを求めているようなんだ。教師になんて頼ってくんないんだな。そんな時代で、生徒の悩みを聞いて解決してやるにはどうしたら良い?」


「ふふっ、SNSを監視したらどうですか?」


「俺もそう思ったんだが、やり方が……」


「教えますよ」


「助かる」


「って言っても、碧先生には必要ないと思いますけどね」


「何でだ?」


「生徒の変化に敏感だから、悩みがある生徒を見抜けるんじゃないんですか?」


「より深く知ろうとするのはプライバシーの侵害か?でも世界に向けて発信しているわけだしな」


「私はある生徒に言われましたよ、人間との直接的な関わり方を教えて欲しいって。インターネットの世界はやはり表面的に感じてしまいませんか?」


「そういうものなのか?」


「すいません、分かんないんでしたね。でも表面上はいくらでも偽れますから、情報に惑わされないでくださいよ?」


「ああ、何だかもう既にやめたくなってきた」


「正直に言うと、向いてない気がします」


「そうかよ、塩 蜜柑はSNSとやらはやってるのか?」


「私は人と繋がる目的じゃなくて、ファッションとか映画とかの情報収集ツールの一つとして利用してます」


とスマホを見せて、お気に入りのブランドがどうこうとか最新映画がどうこうとかを見せた。


「へえ、それはそれで便利そうだ。じゃなくて、俺は生徒の力になってやりたいんだよ。結局、どうしたら良いんだ?」


と頭を捻って考えを絞り出している。


「何でそんなに熱心なんですか?」


つい、言ってはいけないことを口走ってしまった。俺は恋人の力にすらなってやれてないのだから。


「は?教師なら生徒の力になりたいって思うのは当然だろう」


そうやって、怒られるのも当然だろうな。


「そうですよね。ああ、何言ってんだか。碧先生なら、生徒の悩みくらいすぐに解決できそうですもんね」


「塩 蜜柑、それは違うぞ」


「何がですか?」


「教師は生徒と一緒に悩むんだ。そして、解決するのは生徒自身だ」


「んー、よく分からないですね」


「生徒に寄り添い、助言をするのは教師の役目だが、問題の根本的解決は生徒自身が納得した上で行わなければならないだろ?」


「教科書でも暗記してるんですか?」


一ミリも思い出せない、大学時代の勉強を思い出させてくれるような言葉にふと笑ってしまった。


「いいや、忘れた。正解なんて」


「間違いさえしなければ、何とかなりますよ」


「塩 蜜柑らしいわ」


「でも俺、間違えそうになったことあるんです」


「いつ?」


「まあ、半年以上前のことなんですけど、自殺しようとしてる生徒に"生きるのも死ぬのも個人の自由"って言っちゃって」


「ああ、まじか」


と俺のことを失望したように頭を抱えてる。


「あのまま見殺しにしてたら、今の俺はたぶん死んでるでしょうね」


「何でそんなこと言った?」


「人生を達観したつもりでいたんですよ、生き物なら最終的にみんな死ぬじゃないですか。それに本当、どうでも良いかなって、死にたそうだったし」


「どうでも良いわけないだろ」


「はい、結果的には、止めましたよ?私のちょっとした好奇心から。それに、私も少しだけ成長できたんです。"生きるのも死ぬのも個人の自由"だけど、"何かしらの意味を付けたがるのが人間"ってところまで」


「それで?その生徒は?」


「今でも死ぬ理由を探して生きています、でも生きる理由は探していませんね。死ぬ理由が見つかると生き生きと死のうとして、死ねないと死んだように怠そうに生きてて、はあ、どうしたら良いんでしょう?」


心配が次から次へと溢れてくる。


「簡単じゃん、生きる理由を見つけてやればいい」


「碧先生って、さらっとムカつくこと言いますよね」


「何?」


「それができてたら貴方に相談なんかしてませんよ」


と冗談交じりに笑って、言ったあとで不安になる。


「あっそ。けど、俺は人生で自殺なんか考えたことねえよ。それくらいには幸せなんだ」


「いいですね、それ」


「それに、もし俺が死んだら、日本史の授業が暫く自習になっちゃうしな。迷惑かけるだろ?」


「まあ、そんな迷惑が見えないくらいに自分の苦しさで埋もれちゃうときもあるんです」


「じゃあ、休め」


「怒られますよ」


「ああ、たぶん怒るだろうな。けど、最悪の事態よりかは一歩、生きてる分、まだマシじゃないか?死体に怒らなくてすむし」


「そうですか?死ねたら怒られずに、苦しいことからも逃げられて、最高じゃないですか」


「うわ、もったいねえ。苦しみを感じてんのなら、それを脱した喜びってのがあるもんだ。完全には逃げ切れなくても、生きてて良かったと思える些細なことがあるんだよ。それで、そいつを見つけるのは死ぬよりも最高だって、お前、教わんなかったのか?」


「そんなこと、教えてもらったことないですよ」


「授業を聞いてない証拠だな」


と笑われる。授業されたこともないけど。


「かなり優等生だったのに。それに、苦しみから逃れられたとして、次に待ち受けているのは、また苦しみに陥るかもしれないという恐怖です」


「そんな恐怖がなくなるまで、認知させればいい。考えを変えて、自己実現を目指して、生きてる限り成長する、それが人生の醍醐味ってもんだろ」


「世の中、そんながむしゃらに必死こいて生きなくちゃいけないものですか?疲れちゃいません?」


「まあ、それは各々のペースで」


「はは、俺ってかなり効率悪いですよね、時間の無駄遣いばっか。時々、怖くなるんです、俺みたいな人間が教壇に立つ資格があるのか。仕事ができるわけでも、生徒にまともな助言ができるわけでもないのに、何でここにいるんだよって。本当、碧先生みたいに効率良く生きてみたいです」


「塩 蜜柑の授業は年々評判良くなってるし、生徒からも人気で」


「ちょっと待ってください。私、今、すごい面倒な奴ですね、ごめんなさい」


「ああ、本当、めんどくさい。自信過剰もあれだけど、無さすぎるのも厄介なもんだな。少しは粥川を見習え、お前はそれなりにできている。それだけは俺が認めてやる。それに、効率良い悪いは知らないが、自分が良いと思えばそれが最良なんだよ。そうやってやる仕事は楽しい」


「それは分かります」

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