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三十二話

「私は鬱アニメで笑えなくなったら末期である可能性が高いと考える。何故なら、笑いの構成要素は共感、発見、予想外だからだ。鬱アニメというのは、鬱状態であるキャラクターを客観的に見ることができるアニメを指す。したがって、それが笑えないということは、共感力に乏しく、そもそも周囲の物事に関心がない、とも言えよう。(この場合、そのアニメが根本的につまらないであるとか、個人的にアニメ嫌いであるとかは除く。)では、そんな人間の関心は何処へ向いているのだろうか?その答えは、私の予想ではあるけれど、"自分へ、若しくは自身の死へ"向いていると思われる。このような状態では、かなり視野が狭くなりがちであり、自殺願望や希死念慮に取り憑かれて、実際に行動してしまうかもしれない。このようなことから、私は鬱アニメで笑えなくなったら、関心が自分へばかり向いていないか確認してみることをお勧めする。そしてそれを解決する第一歩として、この文章に対して、共感派の皆様は"あるわあ"と。発見派の皆様は"なるほど"と。予想外派の皆様は"んなわけないじゃん"なんて声に出してみてはいかがだろうか?……この文章を読んだときの私の気持ちを七文字以内で答えよ。ただし、句読点も含む」


「粥川 麗、天才!」


「んなわけない。」




「馨、冬に気をつけなきゃいけないことは何だと思う?」


僕が勉強しているところにカフェオレを差し入れては質問してきた。そろそろ僕も休憩したかった頃だ。


「コタツで蜜柑の食べ過ぎですか?」


なんて、揶揄うのは日常茶飯事だ。


「ふふっ、それもそうだけど。指先が冷たいのは気をつけないと」


と僕の手を包み込むように両手で握ってくれる。みかちゃんの手は温かい。


「そんなの、動けば支障ないですよ」


「ううん、問題あるの。時に心まで冷やされちゃうからね」


真剣味のある表情でそんなことを言うから、みかちゃんの経験則なんだと気がつく。


「でも、そんな時はみかちゃんが温めてくれますよね?」


「勿論だよ、馨は独りじゃないから。俺も独りじゃないの」


そうやって、小声で付け足して自分を励ましているのは何とも不愉快に感じる。


「みかちゃん、寂しかったんですか?」


「ああ嫌だね、心を読まれちゃうってのは。情けない話、さっき指先が冷えてコーヒーを淹れたんだ」


「ごめんなさい」


お互いの体温を交ぜ合って一定にして身体の一部と感じるまで抱きしめた。


「謝らないで、俺が我儘なの。勉強の邪魔して、ごめん」


みかちゃんからはコーヒーの香りがする。僕に話しかけるかを迷ったのだろう。


「いやいや、そんな可愛い我儘なら、いくらでも付き合いますって。大好きですから」


「ありがとう、馨」


「こちらこそ、美味しいコーヒーご馳走様です」




粥川 麗は年に数回程度、話しかけるか否かの苦手意識のある国語教師に国語を習っていた。その理由は脳の老化防止と、表現力と読解力を高めるためにあった。


「俺的によく書けてたんだけど」


自画自賛する粥川に追い討ちをかけるようにダメ出しをする国語教師。


「言い過ぎ、根拠が無い、考え方に偏りがある」


「うわあ、それは人格否定じゃん!」


目を丸くして大袈裟に被害者面をしてみると大抵の人は優しくしてくれることを知っている。


「粥川が言いたいことはわかるが、文章が雑すぎる」


「え?言いたいことが伝われば良くない?美術なんて閲覧者次第とかザラなのにぃ」


これにはかなりの不満を持っている。時にはめんどくさいときの言い訳にもなるけれど、表現というのは想いが伝わらなければ、無意味だと感じる。


「世の中は自分と似たような考え方をする人ばかりではない。加えて、自分と異なる考え方をする人に自分の考えを理解されるように伝えてこそ、国語の意味があるというものだ」


「へーへー」


と説教くせえと適当に流した粥川。そろそろめんどくさくも感じてきた具合だ。


「これぐらい分かるだろ、は国語では通用しない」


「国語教師ってさあ、リアルの人間の心情は読み取れないの?」


「は?勘違いされちゃ困るんだけど、国語教師と心理カウンセラーは別物だからな」


「そんなこと聞いちゃいねえよ、やっぱ国語教師って大っ嫌い!」


と言っても、粥川が本当に嫌いな国語教師は過去も現在も一人しかいない。え、このセルフナレーションいるの?普通に恥ずかしいんだけど。


「俺も美術教師は嫌いだ、わけがわからねえ」


「あのさあ、ずっと疑問に思ってるんだけど、国語の物語文にマゾは出てこないの?」


過去の蟠りを解消しようと、あーやめた、つまんないって。さっきの会話を読解文にするなんて、まじで正気じゃない。


「うーん、見たことはない」


俺も、こんな狂った国語教師は見たことないわ。


「教育の現場はさあ、社会の常識っていう枠決めを感じてならないよねー。明るく元気にみんな仲良く、一辺倒!最悪、死んじゃうよ」


この発言の意図?


「何言ってんだ?」


あははっ、笑った。会話が成り立つ。


「箱に詰められて、窒息死するって話」


そーそー、俺はわかるよ?さっきの俺だから。まあ、言うなれば傍聴者次第ってとこ?


「「んーと、さっぱりだわ」」


お、過去の自分との夢の共演じゃん。



ある男子にとっては嬉しい悲鳴、そして、またある男子にとっては悲しい悲鳴が聞こえてくる今日、2月14日。言わずもがな、バレンタインデーだ。


「何この行列、握手会か何か?」


教室前に群がる女の子達の数々。


「毎年恒例、砂糖 馨のバレンタインお菓子交換会」


眠くてあくびが出るほど、まったく興味ない。


「ああ今日が、お砂糖ちゃんのご冥福をお祈りいたすぅ」


とバレンタインデーを忘れていたような霰は片手を立てた。はああ、うざってえ。馨にきゃーきゃーと騒ぐ人々は。


朝から教室で営業スマイルを振り撒いている馨もよくやると思う。こんなことよりも勉強してたいって考えが脳みそから透けて見えてきそう。


「馨、ハッピーバレンタイン」


と馬鹿にしながら近づくと、営業スマイルが抜け切っていない笑顔を向けられる。


「ああ、何だザキか」


俺を認識すると同時に、ため息をつくのもどうかと思う。


「今年も大漁だなあ、ってことで俺からも」


とチョコレートの山々と対比して、無難な塩せんべいを贈った。


「おお、センス良いね」


「甘いもんばっかは飽きんだろ?」


「さすがはザキ、わかってらっしゃる」


と霰からは囃し立てられる。


「じゃあ、僕からも」


「さんきゅ」


家から持ってきた個包装二枚入りの塩せんべいが、馨の手作りチョコチップクッキー(三枚入り)にグレードアップしては、何だか申し訳なくなる。


「良いなあ、お砂糖ちゃんの手作り?」


「んー、あっ、お菓子の詰め合わせもあるよ?あとは、チョコなしも」


「対応能力の高さよ、やばあ」


と言いながら、霰はチョコなしクッキーを手にした。お返しが現金なのがまた笑える。馨はどーせ余るから無料で、と言ってんのに、霰が百円くらいは払わせて、と引き下がんなかったのだ。


「でもさあ、お砂糖ちゃんはホワイトデーはどうするの?」


「何もしない、そのために交換してんの」


そう、馨はバレンタインデーに貰った人の名前とクラスをいちいちメモんのも、それを気にしてホワイトデーまで過ごすのも、面倒だと考えるロマンスの欠片もない人間だ。


「恋人には?」


「ああ、それは何か考えるかも」


例外は、自分が大切にしている人。


「全身チョコレート塗れ、なんてのは?」


霰には無いわあって顔されたが、馨は一つの候補にしても良いかもなんて笑ってくれた。




「碧先生、かなりモテてますね」


上から人を見下したようにそういうのは、塩 蜜柑の十八番。俺のデスク上に置いてあるチョコレートを見ては面白がっている様子。


「お前には負ける」


「私は一つも貰えてないですよ?」


と久しぶりに整理整頓したような綺麗なデスクを自慢げに見せつけられた。


「"貰ってない"の間違いだろ?」


「ふふっ、お返しが大変じゃないですか」


際限なくチョコレートを貰えるほどの美貌でそうやって笑う。


「はあ、贅沢な奴だ」


ため息の一つくらいつきたくなった。


「それに……ああ、何でもないです」


「何だよ」


「つい、うっかり、プライベートなことを口走りそうだったので」


と言って、全く悪びれもせずにこちらの反応を楽しんでいるみたい。あくまで仕事仲間という関係であると、関係性を線引きされて良い気分にはなれない。


「そう」


「まあ、どうしてもって言うなら話しますけど?」


頬杖ついてニヤつく顔を見せて、やっぱり、俺を弄んでいる。少し気になっている気持ちを思いっきり破り捨てた。


「腹立つ、絶対に聞かねえ」


それを心に決めて、仕事に集中しようとすると、


「個人的に高級チョコレートを購入しました。ああ、聞いちゃいましたか?」


そう独り言のように呟いて、また嬉しそうに俺の反応を伺っている。


「あーあー、分かった分かった。告白用だろ?お幸せに」


と俺はそういうのには興味が無い、もう話は終わりだという雰囲気を醸し出して、事実と死んだ心の悲しみから目を背けた。脳の出した結論を嘆いても意味は無いけれど、これ以上話を続ける気力は削がれた。


「いいえ、自分へのご褒美用です」


俺の反応が彼にとっては可笑しかったらしく、自分で食うに決まってる、と言いたげに笑みを浮かべた。


「……へえ、変わってんね」


反応に困った俺は苦笑いしかできなかった。


「あっ、そうやって孤独で寂しい人間みたいに思われるから言いたくなかったんですよ。今日イチの俺の楽しみなのに」


客観的に自分を見れたようだ。そして、謎に拗ねられた。


「ああ、塩 蜜柑が幸せそうでなによりだ」


と自分の優越感に浸っているように見せかけて、安堵の気持ちから笑いが止まらない。


「はい、そんなの、特別な一つがあれば十分ですから。私が言いたかったのは、そういうことです」


決まりが悪いのを隠そうと、仕事で気を紛らわしているようだ。特別な一つ、高級チョコレートのことか?

確かに、俺もそんな特別な一つを貰ってみたい。



「粥川!」


と前方から大股でずんずんと近づいてくるのは最近よくお世話になる国語教師。


「ん、なんだい?酷い剣幕で、ふふっ」


美術室にいきなり乗り込んで来るものだから、質問しといて笑ってしまった。


「これはどういう嫌がらせだ?」


と分厚い紙の束を机の上に音を立てて乱雑に置かれた。その音に若干吃驚しながら、見覚えのある紙の束を手に取り撫でながら胸の中へと抱えた。


「僭越ながら俺からの感謝のプレゼントをご用意致しましたが、ご満足いただけなかったみたいですね」


百点を付けたくなるような微笑みで心の内を隠した。


「やめろ、敬語は怖い」


"感謝のプレゼント"と言われると、人はそれを有難く受け取らなければならないと感じる。それがこの社会の義務であるかのように。事実、これからの関係性を良好にする潤滑油みたいなものだが。それを蔑ろにしてしまったら、ほら彼は居心地が悪そうに今にも謝ってきそうだ。


「国語の補助教材、いらなかった?」


俺のお気に入りの官能小説を抜粋して作ったオリジナル読解問題集だ。ただし、解釈の正解は作者ではなく俺である。


「そういうわけじゃなくて、その表紙を」


たぶん、怒っている理由は問題集の内容どうこうでなく、表紙に春画を用いたから、だろう。そして、それをデスクの上に置いた。


「絵は偉大だ、内容がパッと見で分かる」


「裏目に出てんだよ」


ため息を吐かれた。文章のみならば、読まなければ分からないから。官能小説の良さはそこ、瞬時に卑猥だと分からないところにある。


「良いじゃないか、この艶やかな表現が魅力的だろう?」


注目ポイントを指差しで伝える。


「俺は美術のことはよく知らないが、ありがとさん」


興味がないと言った表情で、会話を終わりにしたいからか適当に礼を言われた。


「どういたしまして、案外俺達気が合いそうじゃん?」


と意地悪く笑って、会話を続けようと試みる。


「こっちは気が狂いそうだ」


なんて座っていた椅子を片している。


「コンビ組む?」


「絶対に嫌だ」


「俺と付き合うってのは?」


「は?」


目を合わせてきた。驚いてる。


「君の顔、あんま好きじゃないけどね」


笑っちゃう。無意味な会話、続けられそう。


「……は?」


眉をひそめて、理解できないと睨まれる。俺の冗談は何で伝わんないんだろ。



パーカーにバスパンというラフな格好で、馨は家でよく寛いでいる。馨が座り込んだ時なんかは、バスパンがめくれて見える太ももに色慾をかきたてられるが、それと同時に刻まれた傷跡が心を痛めつける。どうすればあの子は自傷行為をしなくなるのだろうか、という問題が日々の悩みの種の一つだ。

馨が自傷行為をする時は決まって、俺がいない時、一人でやっていて、事後はテンションが高いけれど、かなり疲れやすいようですぐに寝てしまう。大抵、血だらけのティッシュがゴミ箱に捨ててある。しかし、本人は自傷行為をしたことを隠したいみたいでバスパンのめくれを多少気にしている様子を見せる。かなり可愛い。切ったばかり傷は赤い傷跡。パックリと割れていて、内側を赤黒っぽい血液に覆われた細長い目みたいな形をしていて、非難の目を向けられる。

俺は引っかき傷程度でしかしたことがないけど、その時は自分自身でもかなり病んでた時期だと思っているし、別に傷の深さがその人の病みを表す指標だとは思わないけど、こういう深い傷跡を見ると、俺は馨を大切にできてないのかな、と強く感じてしまって悲しくて苛立って泣きたくなる。俺のあの時の傷はもう治ったが、馨のこの傷は一生残るんだと思うと、不甲斐なさややるせなさなどがごちゃごちゃになって、不名誉の烙印みたいなものが押されている気分になる。


「馨、起きて」


鮮血で赤く染まる湯船に浸かって、死んだように寝ている馨の肩を揺らした。


「お帰り、みかちゃん」


と頭を起こして目を開けた馨は朝目覚める時と同じように微笑んだ。様々な感情が一気に押し寄せてきて、順番すら決まらないから、とりあえず抱きしめた。心臓がまだ痛い。


「スーツはダメですって、高いでしょ?」


馨は俺に抱きしめられたまま動かずに、そうやっていつものように冗談を言う。


「そんなのクソどうでもいい」


馨の頭をグッと掴んで、悲しみや怒り、苦しみが涙とともに流れる。頭の中にあるぐちゃぐちゃが何度も形を変えて、激しく点滅して、漢字も片仮名もごちゃまぜのカオスな文章が理解の範疇を超えて構成されて、最終的に粒子となって、綺麗に整列する。


「みかちゃん、そんなに泣かないで。僕が泣けないです」


また馨は冗談を言って笑う。


「ごめん、馨。ごめんね」


俺が馨に謝ることはたくさんあって、「ごめん」という言葉を何度も繰り返したいけど、繰り返すほどその価値が薄まってしまうようだ。


「やめてください、冗談ですから」


と平気そうに笑って見せて湯船で立ち上がると、貧血のせいで酷くよろけている。けれど、彼には心配している俺のがおかしいみたいで、口角が上がったまま、ほろ酔い気分である。

馨を抱き抱えながら風呂場から何とか出て、びしょ濡れの馨を床に寝かせる。太ももをバスタオルで止血して、やっと落ち着くことができた。


「何で、自傷行為したの?ん?自殺未遂かな?」


いつものトーンで話すことができる。馨は罰が悪そうに目元を手で覆って隠した。


「これ四分で死ねるはずなんですが、失敗しました。死ぬのは簡単じゃないですね」


「うん。それで、何でなの?」


「ふふっ、やってみたかったんです。四分で死ねるかどうか試してみたかったんです」


口元だけを見せて、泣きながら笑う。

馨の好奇心を疑うつもりは無いけど、実験方法として破綻している。それ以外の付属品の理由を聞きたい。


「何か、良いことあった?」


「え?」


目を見せてくれた。俺の質問に多少なりとも衝撃を受けたみたいだ。おかしいと笑っている。普通は「何か、嫌なことあった?」じゃないかって。


「些細なことでいいからさ、聞かせて欲しい」


暫くの沈黙の間、俺も今日あった些細な良いことを思い出してみる。


「塩せんべいを貰いました」


いきなりそんなことを言い出すもんだから、危うく吹き出しそうになってしまった。


「今日、バレンタインデーに?」


「はい、バレンタインデーに」


そうやって笑い返してくれる。


「ふふっ、笑っちゃうよ。大量のチョコレートよりも塩せんべいが良いだなんて」


「みかちゃんにとっては、今日は幸せな一日でしょうね。さぞかしチョコレート塗れの」


なんて、からかい始めるから、食い気味に


「まあ、チョコレートをひとつも貰えなかったからね。それなりに?」


と今日の良いことを報告する。


「確かに、それはそれで幸せですね」


ううん、モテる苦労話をしてるわけじゃない。


「その代わり、誰かさんへの期待値高いから」


今日はやけに周囲がチョコレートを貰ってて、食べてて、それを俺は見てて、マシュマロテストみたいなものだと思って、チョコレートを我慢してたけど、ああ、禁断症状で手が震えそうだ。


「ああ、そーゆーこと」


目を逸らされて、若干渋い表情をされる。


「ううん、わかってないね」


君の手作りチョコチップクッキーは昨日の内に食べたから。


「嘘?」


見当外れなのは、きっと酸素が頭に回ってないせいだ。


「高級チョコレート、箱食いしてやる」


悪魔のような微笑みを君に見せた。

君のために用意したものだけど、実質的には俺のためのものになるチョコレートを、直接的に俺のためのものにしてやる宣言。

君を通さずにチョコレートを食べてやる宣言。

実際に孤独で寂しい人間になる宣言。

君が困ったように喜ぶ顔が見たかったけど、君はもう疲れてるもの。


「みかちゃん、ごめんなさい」


「ん?何が?」


「自傷行為して」


「それは君の自由でしょ?俺はやめろなんて言ってないよ?」


「僕の傷跡にキスする時、みかちゃんはいつも悲しそうな顔をする」


「嘘?」


「ふふっ、わかってないね。この傷は僕が生きているという罪への罰なのに」


「ああ、わかんないよ。馨が生きてて何が悪いの?」


「僕が生きていることで色んな人に迷惑をかけてしまいます」


「俺は迷惑じゃないけど、それだと馨が納得しないでいて、俺に共感を求めているのなら、俺は君のことを迷惑だと言ってあげる」


言葉の薄っぺらさを利用して、お互いの望みを叶える提案をした。


「その返しは狡いですって、僕の台詞が飛びました」


頭の中、空っぽ、という仕草が可愛らしい。


「ふふっ、悪いね」


「じゃあ、僕に"迷惑だからさっさと死んでくれ"って言ってみてください」


なんて期待した目を向けられる。好奇心たっぷり、という感じだ。


「ううん、嘘でもそれは良くない」


首を二回ほど横に振り、馨の頭を撫でながら優しく諭した。つまんないって顔される。でも、もし"死ね"と馨に言ってしまったら、コクコクとわかったというように頷かれて、馨が死んでしまいそうだから、とても嫌だ。


「傷は付きません。みかちゃんだから、カッターじゃないから」


馨は俺との信頼関係を図っている。"死ね"という言葉に一ミリでも本心が入ってしまったら、馨はその言葉通りに死ぬだろう。あーあ、最高の肝試しだ。

例えば、俺がナイフを持った殺人鬼だとして、俺が君に密接に近づけば近づくほど、それと同時に傷が深く付けられるようになるんだ。精神的にも肉体的にも。

その裏切りの可能性を図っている。


「馨、迷惑だから」


「はい」


白い歯を見せて、俺からの共感の言葉を期待している。わかってるね、と言うように少し頷いているのは、心が通じてるみたいだ。


「ちゃんと生きてくれ」


真逆。嘘偽りのない本心の言葉。


「はは、美味いですね。傷口に塩を塗るのは」


「ああ、それが塩 蜜柑だから」


「人間を絶望させる言葉ランキングがあったら、きっと堂々の第一位は"生きろ"ですよ」


「それ母集団、馨しかいないんじゃない?」


「みかちゃんは?」


「終業間際の"残業頼むわ"は上位にあるべき」


「ふふっ、お疲れ様です」


とギューッと抱きしめてくれる。


「ありがと」


「そう言えば、高級チョコレート買ったんですか?」


「うん、馨にプレゼントしようと思って」


「ありがとうございます、一緒に食べましょうか」


「それを期待してた」


「でも今日はキスまでで堪忍してください」


「んー」


「これあげるから」


とチョコレートフレーバーの真っ黒なタバコを渡された。


「さすが、いい馨りがしそうだ」

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