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第三十一話

修学旅行四日目。朝食のカリカリベーコンとシャキシャキメロンに飽きてきていた僕は、なんと飛行機に乗っていた。

けれど、帰れるわけではなさそう。帰るのは明日らしい。

じゃあ、どこに向かっているかって?それは修学旅行のしおりに書いてあるんだろうけど、読むのはやめた。

この飛行機には行きの飛行機みたいに映画が見れる画面が無かったので、ひたすらに音楽を聴いていた。そしたら、何だか虚しくなってきて、窓の外を眺めながら涙が流た。きっとちょっとしたホームシックなんじゃないか、と出てきた涙に驚いた。


「馨ちゃん、コーヒーとジュースどっちが良い?だって」


と飴ちゃんに肩を叩かれ、キャビンアテンダントさんが、と教えてくれる。


「んー、コーヒー?」


と自信のなさを愛想でぼかして、頼んだコーヒーは苦くてあまり進まなかった。

僕にとって、ここは安心とは遠い場所だと知った。でも、友達がいるからそれなりには大丈夫だ。もしもこれが一人だったのならば、僕は恐怖で動けないだろう。海外旅行というものはかなり怖いと思った。


飛行機が着陸すると、一面、前とはまた別の景色。赤土の明るい色味が街全体を明るくしてるみたいだ。

それにしてもとにかく暑い。空気がとてつもなく乾燥していて、ハンドクリームを塗ってもすぐに乾いてしまった。日本なら数時間くらい保つのに。

そこからバスに乗って、見えたのは世界遺産。テレビで見たことあるやつだ。なんてありきたりな感想とともに、この景色を目に焼き付けて置こうと必死だった。暑さで目が焼けるのがオチな気もするが。


何千年も前からこの地球上に存在しているあの岩は何千年という歴史を見てきたのだと思うと、自然の神秘や生命力というのを自ずと感じて、こうやって僕は時間の流れと共に産まれ、生きてきたんだと実感した。けれど、僕はこの地球上においてはこのちっぽけなハエと同じくらい小さい存在だ。そんなことを考えていたら、あの岩の存在感に圧倒されてしまって、僕はここにある砂粒にでもなってしまいたいと思った。

総括としては、ため息が出る美しさだった。


修学旅行五日目は、ほぼ帰るだけだった。最後にフィッシュアンドチップスを食べたが、結構美味しくて驚いた。色んな魚を三人で食べ比べして楽しんでから帰った。帰りの飛行機では、やっぱりホラー映画を見て、機内食をいただきながら、優雅な時間を過ごした。


「って感じですね、僕の修学旅行は」


そして、お土産はコアラのぬいぐるみ、ボクシングカンガルーペン、紅茶、ラウンドタオル、石鹸、ハンドクリーム、リップクリーム、オーガニック化粧品、サングラス、イヤリング、指輪、蜂蜜、ポテチ、クッキー、ナッツ、ジャーキー、あとは検疫で怪しまれるくらいのチョコレートの数々。


「ふふっ、チョコレートだらけ」


とコアラのぬいぐるみを抱いて嬉しそうにしてるみかちゃんがすごい可愛い。

星と月のイヤリングを耳に付けて、とても似合うと思ってたんだ。


「お酒のおつまみです」


お酒を飲んでるみかちゃんの隣りで、ジュースを飲んでお菓子をつまむ。


「ありがと」


と頭を撫でられたが、それを言うのは僕の方だ。


「いえ、こちらこそ、修学旅行に行かせてくれて、ありがとうございます」


「ううん、俺はお小遣いをあげたくらいだから。修学旅行の殆どのお金は馨のお母さんが出してくれたんじゃないかな?」


僕の母親、久しぶりに電話してみようと思った。



「桃ちゃん、おはよ」


砂糖先輩は修学旅行のお土産にチョコレートを私にくれた。きっとばらまき用のお菓子だろうけど、それでもくれるだけありがたい。


「修学旅行どうでしたか?」


なんてありきたりな質問をすると


「コアラにはすごく癒されるよ」


ってとても可愛いことを教えてくれた。

砂糖先輩は運動も勉強も学校生活も全てにおいて完璧で、優等生で、近寄り難いイメージを持たれがちだが、いや、現に私の友達が抱いているのだが、こうやって喋ってみると年相応というか、この人も私と同じ高校生なんだと思い知らされる。


「ああ、あと、海ではしゃぎすぎると先生に怒られるから、桃ちゃんは気をつけてね」


「ふふっ、怒られたんですか?」


「制服をびしょ濡れにしたら怒られた」


「それ、かなり面白いです」


優等生とは違った一面のある砂糖先輩がとても魅力的だと感じる。


担任の先生は昨日から少しご機嫌な様子だ。


「えーと、二年生が修学旅行から帰ってきましたね。色々なお土産話がたくさん聞けると思います。わかってると思いますが来年度は君達の番です。しっかりと聞いて来年度の参考にしてみると良いでしょう。それと、お土産をもらったらお礼の言葉を忘れないようにしてくださいね。以上です」


そう話している先生の人差し指には見慣れない蛇の指輪がしてある。


「塩ちゃんのその指輪、謎センスなんだけど」


と女子生徒に絡まれて、突っ込まれてる。


「可愛いでしょ?ニシキヘビ」


「えー蛇とか無理ぃ」


なんて拒否されて嬉しそうにしてる教師は塩先生だけだろう。


「景ちゃん、砂糖先輩と会った?」


と私よりも砂糖先輩のことが気になってるような友達に興味津々に聞かれる。


「うん、チョコレート貰ったよ」


「良いなあ、私も景ちゃんみたいに砂糖先輩とお近づきになりたーい」


笑いながら何だか嫉妬もされてそうで怖かったので


「あっ、でも、砂糖先輩、引っ越すらしくて、もう電車では会えそうにないんだ」


「え、何それ、つら!」


私の状況がつらそうなのか、砂糖先輩の話が聞けなくなるからつらいのか、どっちだろ。


「徒歩通学になるらしい」


「ええっ!それってまさか、先輩のために学校近くに引っ越すのかな?そしたら、超金持ちじゃん」


「そこら辺は私には分かんないよ」




「先生、腰が痛いんですよ」


と悩んでるみたいに言って自慢してくる。


「そんなの、俺じゃなくて医者かみーちゃんに言えよ。嫌がらせかなあ?」


「じゃあ、乗っかってくるのやめてください」


ああ、納得はした。けれど、答えはノー。


「嫌だあ、俺は最近機嫌がすこぶる悪い」


「知りませんよ」


「人間の体温が恋しいみたいなの」


「寒いだけでしょ?」


「うわっ、冷たあ!冷徹、残忍!」


「……わかりました、ブレザー貸しますから」


と馨くんがブレザーを脱いで渡してきた。そして、ニット姿で寒そうに袖口を伸ばした。


「いらない」


「ふふっ、そうですよね。このブレザーは貴方の美的感覚からするとダサすぎます」


そういう話じゃなくて、ただ単に君が寒そうだからだ。俺なんて、そこら辺のパーカーだし。


「確かに、エアコン付けよっと」


電気代の無駄とか思うけど、馨くんがいればまだ気楽だ。


「やっぱりお粥さんって、その、お洒落ですよね」


「それ、耳タコ」


「特に私服はパリコレみたいで」


若干、苦笑い気味


「驚いた?」


というか、引いた?


「はい、一段と貴方の格好良さが強調されててとてもお似合いでした」


「ははは、ムカつく」


「えー、褒めたのに」


「胡散臭い、嘘っぽい、普通にうざい。それで、何が聞きたい?」


「みかちゃんは約束を守ってくれましたか?」


俺の機嫌が悪いと嘘吹き込まれるとでも思ったのかな?さらにムカつくわあ。


「はい、プレゼント」


みーちゃんの真っ黒いタバコを渡した。


「うわっ、何この真っ黒いタバコ。身体に超悪そう」


「あははっ、俺と一緒のリアクションしてるんだけど」


「ああ、人生の汚点がまた一つ増えた」


そう笑って冗談を言える関係性まで距離を縮められた。


「ご馳走様でしたって、みーちゃんが」


「ふふっ、最っ高に可愛いですね」


「こっちは傍迷惑って奴ぅ」


「あっ、ちゃんと一本分だ」


「数えてたの?」


「はい、煙草の箱に印をつけて。でも、一本分少なかったから、たぶんこれですね」


「こっわ、独占欲の鬼じゃん」


「ふふっ、ありがとうございます」


「さっさと嫌われることを願うよ」


「そう言えば、どうして機嫌悪いんですか?」


と機嫌が良くなった馨くんが聞いてきた。


「君のそのうるさい口が塞がらないから、そろそろ縫おうかなあ?」


「そしたら、舌絡めてのキスができなくなっちゃう」


頬杖を付いて、可愛こぶって嘲笑う。


「ああっ!俺との約束は?話逸らしたでしょ?」


「そんなつもりは、なかったんですけどね」


ペカーっなんて効果音が聞こえてきそうなほど、いい笑顔を見せてくる。ムカつくわ。


「白々しい、で?君の秘密はなーに?」


「これです」


とスマホを見せられる。綺麗な一枚絵。裸体で寝そべっている。


「みーちゃん?」


「はい、それが僕の秘密です」


「恋人のヌードか。あははっ、最っ高に可愛いね!」


「んん、あんまりよく見ないでください。まだ質感がクソで恥ずかしいんで」


とずっと目を逸らして、口元に手を当てる。


「うんうん、あははっ、可愛いなあ」


「もう良いですか?」


しびれを切らして、スマホを奪われた。めっちゃ恥ずかしそうにしてんの、超笑える。


「いやあ、これはみーちゃんには言えないわあ」


「誰にも言っちゃダメですからね、特にみかちゃんには」


「わかってるわかってる」


自分の見えている恋人の色気を絵で表現してる時点でかなりアレなのに、それをオカズにしているのがバレたら、さらに変態チックで気まずいだろうし恥ずいだろうなあ

と妄想しては、笑っちゃう。


「完成したらさあ、俺の恋人にして良い?」


「えー?」


ゆっくりと首を傾げて、理解しかねると言った様子だ。


「言ってるでしょ?俺は絵が恋人だって」


惚れ込んだ綺麗な写真や絵は何日でも何年でも見ていられる。もはや俺の恋人なのだ。


「この絵に、惚れたの?」


まんまるのおめめ。可愛らしい。


「そう」


「何か、一瞬で消しそう」


と笑って目が泳ぐ。自信のなさがはっきりと見える。


「それなりならね」


「はあ、頑張ります」


俺の恋人フォルダには、みーちゃんや綺麗な子の絵や写真がたくさんある。懐かしんで電話してみると、死ねか、クズか、その類の暴言を吐かれ、まあ、だいたいは着信拒否されてんだけど。そんな俺の恋人達が可愛い。


「いいや、期待はしてないから」


芸術家に期待なんかしてはいけない。殺すことになりかねないから。


「お粥さん、美しさって何なんですか?」


その質問、俺に飽きるほどしてくるなあ。


「繊細さ、手間と時間と、気狂いさ」


「おお、良い俳句です」


謎に拍手された。


「君は何をそんなに悩んでるの?」


「それは、えーと、死ぬのは美しいですか?」


「詳しく」


「僕は、僕の理想は美しく死ぬことです。醜く生きるより美しく死にたいです。生きることは人生を汚すことじゃないですか。だったら、死ぬことは人生を美しくすることなのかなって」


「それは違うな、人生の色は拭えないよ。死んでも絵が乾くだけだからね」


「じゃあ、どうすれば美しく死ねますか?」


「修学旅行、どうだった?楽しかった?」


「いきなり何の話ですか?」


「俺が君みたいな高校生のとき、修学旅行でナイアガラの滝に行ったんだよ」


「へえ」


「ナイアガラの滝ってね、柵が乗り越えられるくらい低くて、間近で滝を眺められるんだけど。そのときに俺はさあ、その圧巻の美しさに吸い込まれそうになって、このまま死ぬのも悪くない、この絶景の一部になって死ねるのだから。そう強く思ったんだあ」


「それで?」


「で、実際に身を乗り出してみたんだよ。死ぬために。なのに、誰も止めてくれないんだ。そのとき、ああ、周りから見た俺はただの観光客なんだって。教師も同級生も俺が死のうとしてるのは気づかないんだって分かったよ」


今思い出しても、あの教師の笑顔に腹が立つ。俺の相談に乗ってくれてるようで、相談に乗ってあげてる自分が好きな奴だった。俺の悩みなんて、まったく理解してなかった。話した分だけ信じた分だけ無駄だった。ああ、大っ嫌い。


「あー」


「死んで俺という人間を証明したかった。俺の内面の病みを表現したかった。けれど、俺は何で死ななかったと思う?」


自分でも悩んでいる問い。


「んー、何ででしょうか?」


と困ったように微笑む馨くん。


「考える気ないね」


「僕は考える前に飛び降りますから」


「確かに、まじで君はそうだわあ。ごめん。俺はさあ、死ぬ前に家族のこととか友達のこととか回想しては、ああ、ろくなもんじゃねえって、何一つ、いい思い出が浮かばなかったんだあ」


「そんなとき、余計に死にたくなりません?」


「ううん、死にたくなくなった。俺は死んでから泣いてくれる人間が欲しいんだと、それに気づいたから。だってそれが、死を美しくする最大の要因じゃないかい?」


自分で自分の言葉で話している自分に驚いた。こんなのすげえ恥ずかしい。


「言えてます。それで、そういう人とは出会えましたか?」


「出会えてたら、俺は死んでるよ」


「じゃあ、僕が泣いてあげますよ。嬉し泣きで」


「ああ、ありがとさん」


ぼやっとした返事を返すと、馨くんは


「もちろん、冗談ですよ?わかってますか?わかってもらわないと困りますけど」


と懐疑心を剥き出しにして問いただされた。


「俺は死なないのが良いの?」


「はい、お粥さんは僕の美術指導ですから」


「そんなん俺よりうまい人はいくらでもいるし、君にはみーちゃんだっているじゃん」


「ダメです、喧嘩したときの仲裁役も慰め役も、みかちゃんの呑み友達も愚痴相手も、もちろん学校には美術教師も、必要です。それに、貴方と一緒にいると何だか心のままでいられます」


「初めて言われた」


「えー、それは嘘でしょ?」


と笑ってくる。可愛い生徒の相談はちゃんと聞いてあげたいと思う。


「馨くん、言っとくけど本当に美しい死なんてないよ。人間は死を美化しすぎなんだ」


「それ、僕が考えてたことその通りです」


「死なんて停止にすぎない。少年漫画っぽく言うと、生きていれば成長できるって感じ?」


「成長と退化、両方ですよ」


「あははっ、それだわ正解」


「お粥さんって、人生を楽しんでいるようで楽しめてない?」


「人生?そうだなあ、すっごい楽しい!」


「過剰表現は冗談と見なしますよ?」


「わかった、正直に言う。人生なんて、くっそつまんないよ。誰かさんに俺の可愛い子ちゃんは盗られるし、彼女は俺のこと一ミリも愛してくれないし、配達員からは孤独で寂しい人間だと思われるし」


「あはっ、他人の不幸は蜜の味ってのは間違いないです」


「共喰いすんなよ」


「あははっ、トドメ刺さないで。腹痛い」


と腹を抱えて笑ってるから、まじで腹に包丁でも刺さってんじゃないかと妄想してしまう。


「口に蜜あり腹に剣あり、かな?」


「ふふっ、座布団あげます」


こうやって生徒とくだらないことを話している俺は、寂しい人間かもしれない。

いや、違う。誰かに俺のことをもっとよく知って、認めて欲しいんだ。俺の存在を。

認めてもらって、認めてもらったところで、俺は何がしたいんだろ。

永遠の命なんていらないし、圧倒的なパワーも欲しくない、使えきれないほどの大金は恐怖でしかないし、有名になったって重箱の隅をつっつかれるだけ。


「ねーねー、恋ってなあに?」


「んー、ニューヨークチーズケーキ?」


「はあ?」


「東京で作られたニューヨークチーズケーキを食べるようなものです」


「余計にわかんない」


「けれど、美味しい」


「それは残念ながらわかる」


「それと、腰痛」


「ふぁっく、座布団返すわ」


早速、スマホでニューヨークチーズケーキを購入した。




進路相談を終えた俺のもとにまた一人。生徒がやってくる。


「塩先生、僕の第一志望は貴方の婚約者です」


「進路希望調査で遊ばないの」


砂糖 馨、俺の恋人。


「それで、新婚旅行で世界各地にある絶景を巡りましょう」


「良いね、そこで死に場所を決めんのも」


「嫌だなあ、その目的は」


「冗談、俺は自宅で馨に抱かれながら死にたいから」


「それなら、いつ死んでも後悔しないようにしないと」


と気早にキスを迫ってくる。


「どうしよ、そんなに体力が持たない」


「それでも、抱きしめられるくらいはあるでしょう?」


「じゃあ、俺が死体になっても抱きしめてて」


「涙で頬が濡れちゃいますね」


「おとぎ話じゃないから、生き返らないけど」


「ふふっ、謎の決意を感じます」


「ああ、あと、仏壇にはお酒と煙草。忘れないように」


「好き放題、楽しんでそう」


「だって、死んでんだもん」


「ああ、良いな。僕も逝っていい?貴方を追いかけて」


「ああ、良いよ」


それで何度も失敗して。


「やった、嬉しい」


無邪気に笑う君は有罪だ。


「……ははっ、俺も甘いなあ。馨に大義名分を与えちゃうのは」


「しょっぱいなあ、塩先生は何処からが殺人事件だとお考えですか?」


推理ゲームみたいに相手の心をさぐり合う。


「人を"物理的に"殺したら」


ダブルクォーテーションマークで強調して、言いたいことは言わせない。そんな、自殺のための大義名分だから。


「ああ、やっぱ、しょっぱいよ」


と靴を見つめて、不貞腐れている。


「俺のせいで死にたいの?」


「それなら、平等でしょ?」


あははっ、ゾクッとさせるブラフだ。この浮遊感が好き。




ニューヨークチーズケーキは、然るべき時、然るべき場所、然るべき人物を連れてきた。


「お届けものでーす。麗さん、やっと俺を呼んでくれましたね」


と自信満々に言う彼がおかしかったから


「あれー?この荷物、届け先を間違えてるなあ」


わざとらしく、その自信を崩してみた。


「え、いや、ここにはちゃんと」


キョドったのにかまけて、箱の宛名を俺に見せようとして、近づけて近づいてくる。

だから、俺はその箱を拒否するように片手で押し返した。


「おかしいな、君へのプレゼントなのに」


自分でも恥ずかしい台詞、言ってから後悔して脳内で何回も反芻してしまう台詞。だから、つらい記憶ってのは忘れない。


「ああ、あの、それって」


まごつく彼に腹が立った。


「いらないのなら、捨てて。俺の目の前で。うん、その方が気分が良い」


「俺のこと、好きってことで良いですか?」


はにかんだ顔が、小動物みたいで可愛かった。


「……はあ」


冷たい空気を深く吸い込んで、怒りを通り越して呆れてきた。


「いや、だって、全然会えなくて、個人的に会いに行きたかったけど、嫌われてると思うと勇気が出なくって、けど、こうやってまた会えたのが本当に嬉しくて、それにこんな素敵なプレゼントまで」


「君が幸せそうで何よりだよ」


「ふふっ、幸せにしてるのは誰ですか」


「俺以外の誰か、ああ、そのケーキの製作者かも」


「違います、貴方ですよ」


「ああ、そうなんだあ。俺、文学ってのは好きなんだけど、国語ってのは嫌いなんだよね。難しいじゃん?」


「その、勉強はどれも難しいです」


「そっかあ、知ってたわ」


「それで、一緒に食べませんか?」


「夜中にケーキは太るでしょ」


「あー」


「まあ、食べるけど」


「あはっ、可愛い」


リビングへと通して、相変わらず適度に散らかっている部屋と批評された。


「俺の教え子がさあ、恋はニューヨークチーズケーキだって教えてくれて」


「へえ」


「なのに食べてみても理解ができない」


「んー、濃厚でなめらかで、でも後味はスッキリしてて、何口でもいけちゃいそうな感じ。恋というより、キスに似てません?」


そう言う隣りに座っている子の顔を掴まえてキスをしてみる。何口か味わうと、その子は手に持っていたお皿を置いて、俺にニューヨークチーズケーキを食わせない気だ。


「食べられないんだけど」


「ケーキより美味しいものを見つけちゃったんだから、しょうがないです。そのまま食べられてください」


「嫌だね」


「いっ、舌噛むの好きなんですか?」


「うーん、好きぃ」


「それとも、血液の味が忘れられない?」


「さあて、どっちだろう?」


とチーズケーキを一口。確かに、ちょっぴり似てるかも。


「俺は貴方に噛まれた痛みがまだ忘れられないですよ」


「口内炎になった?」


「まあ、それは、数日間お粥しか食べれないくらいには」


「あははっ、笑えるわ。それで、お粥は美味しかった?」


「はい、市販のものでしたけど」


何でそんなことを聞くのか分かってない様子がまた可愛かった。


「今度は俺が作ってあげる」


「え、じゃあ、思いっきり噛んでください!」


と舌を出して、おどけている呑気な君に、俺はずっと悩まされてる、自分がヴァンパイアなのかと思えてくるくらい。

君の血液が俺の血液と混ざりあって、この体内に流れていると考えるだけで心臓の鼓動が強く響いた。俺の心を奪えても、俺の身体は誰にも奪えない。そう考えていたのに、内側から侵食されていく気分だ。崩壊していく。めっちゃ気持ち悪い。セックスで満たされてんのとはわけが違う。とにかく最悪な気分なんだ。俺の感性をかき乱していく。俺が死のうとすると身体に止められて自分の身体が乗っ取られたと感じるみたいな。

殴られても蹴られても、俺の身体のアウトラインを濃く描くだけで、特段、何かがいいわけでもない。生き生きとした表情が見られるってくらい。それよりも、俺は泣いてる顔が好きだから、痛がる顔が怯えてる顔が好きだから、サディスティックな人間と自覚した。でもそれも、たぶん飽きたんだろう。どーでもいいことには全部、「好きぃ」と答えていた。「綺麗だね」「可愛いね」なんてどーでもいいことには。もちろん、好きなことにも言うけれど、これにはハッキリと「嫌い」って言えるような人間になりたい。幸せそうな恋人同士を見ていて、俺の幸せの定義が揺らんだのか、はたまた良心というものを血液を通じて埋め込まれたのか。そう思ってしまった。

誰かと繋がっている、それが幸せって奴なんじゃないかなって。そういうの嫌いなはずなんだけど。血液を通じて、君と繋がっている感覚を感じてしまった、俺は林檎を口にした気分だ。


「あははっ、くっそまずいわあ」


良薬は口に苦し、なんて言うけど、ただの毒でしょ、これは。


「なんて、何だかんだ気に入っちゃってません?」


「はいはーい、少し黙って」


と首に流れた血液を舐める。そこから、服を脱がしていって


「食ってる途中にすいません、俺、仕事終わりで、汗かいてます」


「じゃあ、風呂でも入るかい?」


「最高、あっ、だから、"ニュウヨーク"チーズケーキじゃないですか?」


「あーーー、ふぁっく」

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