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第二十五話

あまり関わりのない友人から結婚報告や出産報告の年賀状が届いた。

彼らにとって年賀状とは幸せアピールツールの一つにすぎないと思う。

何があけましておめでとうだ。

幸せそうな写真を貼り付けて、わざわざご丁寧に俺に送ってきやがって。

新年早々に不機嫌な俺は紛れていた異様にシンプルな年賀状を見つけて笑った。


「あけましておめでとうございます」

「来年こそ年賀状で幸せアピールできると良いですね」


とメッセージをその年賀状の送り主へと送る。すると、電話がかかってきて


「これだから今の若い奴は」


と対して年齢差がないのにも関わらず、年寄りくさい説教をされる。年賀状を書くのが面倒で誰にも返さないと伝えたときも同じようなことを言われた気がする。


「碧先生、元気そうでなによりです」


「塩 蜜柑は?正月暇してんのか?」


受話器の向こう側でにやけてんのが想像できる。


「ああ暇すぎて箱根駅伝見てますよ、興味無いですけど」


正月はいつもつまらない記憶しかない。めでたいめでたいって、年が変わるのの何がそんなにめでたいのかよく分からないし。


「それじゃあ、初詣行くか?」


「えー嫌ですよ。なんでわざわざあんな鬼人混みに…」


「と言っても、暇なんだろ?」


それを言われたら、もう断る理由も見つからない。

結局、何故か分からないけど職場の先輩と初詣に来てしまった。


「ここ、満員電車とほぼ同じじゃないですか」


「電車通勤のつらさをよく味わえ」


私が嫌そうに言うと、対照的に明るく肩を叩かれて返される。徒歩通勤のありがたさを感じた。


「碧先生、五円ありますか?十円と一円しか無くて」


「はい、俺は願いが叶うように五百円入れるけど」


と五円玉を渡されてから得意気な顔をされる。


「こうゆうのは、たくさん払っても変わらないですよ」


とそんな陽気な先輩に現実を突きつける。


「うっそ、それはない」


多く払えば願いが叶う、をどれほど信じていたのかがリアクションから伝わってくる。


「もしそうなら、今頃、神様は金持ちの味方ばっかしてますよ」


お賽銭はただの神社の収入源。


「んー、やめよっかな」


と考え始める先輩は結構純粋な人だと思った。


「何願ったんですか?」


かなり悩んだ挙句、やっぱり五百円を賽銭箱に入れて、私の隣りで人一倍長く手を合わせて願っている先輩の願いごとが気になって仕方がないので聞いてみた。


「秘密、こうゆうのは言ったら叶わないんだよ」


と言われたから余程、叶えたい願いなんだろうと容易に想像できて、余計に気になってしまった。

ちなみに、私の願いごとはいつもと変わらずに、無惨な死に方だけはしませんように。


「塩 蜜柑、お守り買わないとお守り」


と病気平癒のお守りをおすすめされたが、厄除けのお守りの方が効きそう、なんて思ってしまった。


「私には防腐剤の方が必要ですよ、腐った蜜柑なんで」


「何言ってんだ、本当に」


笑えない冗談はやめろ、の顔してる。


「碧先生は恋愛成就ですか?」


「そんな、学業成就に決まってんだろ」


こんなときにまで生徒優先で頭が上がらない。ここの神社も学問の神様なんかが祀られてたり。

お守りを買うにも長い行列だ。

もし馨がいたら、もう僕が貴方のお守りになっちゃ駄目ですか?、なんて言われては煩悩を落とせずに色欲に囚われでもしていただろう。あーあ、ないない。


「巫女さんって、可愛いよな」


先輩も煩悩を落とせずにいるようだ。


「口説いたらどうですか?」


「いや、無理」


「じゃあ、私が口説こうかな?」


「え、やめとけ」


と即答された。


「何でですかあ?私じゃあ振られるからですか?」


「ええっと、そういうんじゃなくてだな。ほら、ちゃんと見りゃあわかるだろ。忙しそうじゃん?」


「あはは、そうですよね」


まあ、口説いたところで。だけど。


「塩 蜜柑」


「何ですか?」


「……除夜の鐘を鳴らした方が良い」


「碧先生も人のこと言えないですよ」


「確かにな」


肯定して苦笑いされた。不思議な感じ。


「学業成就、病気平癒のお守りを一つずつ」


と先輩が巫女さんに伝えていて、思わず止めに入ってしまった。


「私はいらないですよ?」


「いいから、持ってろ」


何がいいのか、よく分からないけど、先輩から病気平癒のお守りを貰った。

こんなことなら、伝えなきゃ良かった。少々の罪悪感が芽生える。


「絶対に治せよ」


なんて冗談でプレッシャーをかけてくるのはこの人らしい。

うまく返事ができない。


「何か食べるか?」


通りに並んだ色々な屋台。目に留まるものもある。


「ここじゃなくて、呑み屋行きましょうよ」


けれど、人混みはやっぱり苦手だった。


「車だから呑めないんだけど」


なんて運転を任せていた先輩に愚痴られた。



「塩 蜜柑。もうやめろ、呑みすぎ」


「吐かないレベルはまだマシですよ」


泣きそう、しんどい。


「お前って、やけ酒するよな」


「何ですかあ?何でそうやって、やけ酒って決めつけるんですか?」


「明らかに酔ってんのに呑むのやめないから」


「酒好きなだけですよお。それに、私の何処に、ストレスがあるって……」


あーあ、頭が重い。手で支えないと。落ちる。机に頭をぶつけそうになった。


「大丈夫か?」


「いや、大丈夫です」


笑顔を見せて、すいませんと軽く謝る。


「もう帰るぞ」


突然、そう言われ、驚き、酔いが覚めそうだった。


「え、まだ」


「ここで吐かれたら面倒だ」


と脇を掴まれて、半強制的に立ち上げさせられた。

居酒屋を出て、車に乗ると、本当に大丈夫か?と水を渡された。


「あはっ、大丈夫そうじゃないです」


車の助手席前のエアバッグ部分に頭を乗せて、しんどいけれども笑った。


「少し横になるか」


と助手席のリクライニングを下げて、毛布まで持ってきてかけてくれた。


「優しいですね、意外と」


「余計な一言あったぞ」


「ふふっ、冗談です。ありがとうございます」


「どういたしまして」


と運転席でスマホを見て、私の酔いが収まるのを待ってくれている。


「碧先生って、何でモテないんですか?」


「はあ?」


何言ってんだの顔。酔っ払いにしても無駄だと言ってやろう。


「今までは独身貴族様かとばかり思ってたんで納得できてたんですが、今は正直言うと理解ができません」


「俺もずっと理解ができない」


「ああ、そうなんですか」


「塩 蜜柑が何でモテないのか?」


「え、私ですか?」


「彼女いないんだろ?」


「まあ、はい」


「何で?」


「俺、死んじゃうから」


眠気に襲われ寝そうになりながら笑った。


「冗談でもそんなこと言うな」


と叱られた。馨なら一緒に笑ってくれたかな。


「冗談じゃ」


「本気ならなおさら言うな」


と最後まで言わせてくれない。


「愛する人と別れる苦しみは、どんなでしょうね」


この苦しみがそうなのかもしれないという仮説が浮かんできて、虚しくなる。

まだ冬休み明けには会えるから、まだ。


「さぞかし、つらいんだろうな」


「だから、私は誰も愛したくないんですよ」


誰も愛したくなかったんだけど。

もうこのまま、永遠の別れとなる前に、縁を切ってしまった方がお互いに楽になれる気がする。


「愛ってそんなもんか?」


「どういうことですか?」


「そんな、コントロールできるもんなんかなあって」


「そんなの、わかんないですよ」


そもそも、愛が何だかもわからない。


「俺はずっと愛してるんだけど」


「え」


不意に、ドキッとさせられた。


「そろそろ、やめたい」


と微笑まれた。


「何か、煙草と似てますね」


顔を合わせられずに窓の向こうを見た。


「ああ、かもな」


碧先生が愛してるものが仕事以外は想像がつかない。そもそも、何で愛するのをやめたいのかが謎だ。


「つらくないですか?禁煙と同じで、そういうの」


「そりゃ、つらいよ。つらいから愛したくないんだけど、愛さずにはいられないからさ」


「中毒、なんですね」


と俺が少し笑うと


「言い方、もっとあっただろ」


と中毒という言葉を気に入っていない様子を見せられた。


「ジャンキーとかですか?」


「うわ、悪化した」


若干、呆れられた。



「塩 蜜柑」


「はい」


「ああ、いや、何でもない」


沈黙の時間

外の景色を眺めて、酔いを消す。


「やっぱ、話していい?」


「碧先生って、話しにくいこと話すときに許可取れる人だったんですね」


「相変わらずのその減らず口はどうにかならないのか?」


「私なりのジョークですよ」


「笑えないからやめろ」


と軽く肩を叩かれたあとに嘲笑われた。


「それで、何ですか?」


「…その、もし何かあるなら俺が相談に乗るから、だから、気軽に?というか、俺で良ければだけど、話聞くよ?」


「ふふっ、ありがとうございます」


やけ酒してる俺に気を使ってくれたんだろう。

けれど、不器用に話す碧先生が少し可笑しかった。


「じゃあ、一つ質問していいですか?」


「いいよ」


「碧先生は火星に住みたいと思いますか?」


「ああ、また意味わからん話」


「火星って一日二十五時間あるらしいですよ。良くないですか?」


「寿命は変わんないって」


「でも、一時間得した気分になれます」


「それで?その一時間で何すんの?」


「んー料理の勉強ですかね」


何かするには時間が足りなさすぎて、何もしないには時間が余りすぎてしまうから


「え、料理してんの?」


「たまに、ですけど」


「へえ、意外と偉いじゃん」


「何処から目線ですか、それ」


「ん?お前の健康を気にかけている先輩目線」


「ふふっ、良い先輩ですね」


「やめろよ、そういうの」


「何でですかあ、せっかく褒めたのに」


「……照れるから」


「へえ、案外可愛いんですね」


「ほんっとにやめろ」


とちょっぴり怒られた


「私、本当は暇じゃないんですよ」


「何?やることあんの?」


「やることじゃなくて、やりたいことがいっぱいあります。なのにできてなくて、時間がたくさん欲しいです」


「だから、火星?」


「はい、料理の他にも写真映画読書旅行勉強etc」


「良いじゃん、やれば」


「でも結局、やったところで……」


「やったところで、何?」


「全部暇つぶしなんですよね」


「は?ふざけるのもいい加減にしろ」


「ふざけてないですよ、残りの人生の時間を無駄遣いしてる気分がして、やりたいことなのに楽しめなくて、ふふっ、意味わかんないですか?」


「ああ、意味わかんねえよ。じゃあ、この時間も無駄遣いなのか?」


「今日は楽しかったですよ、本当に。久しぶりの良い休日になりました」


「あーあ、なんでそういうこと言っちゃうかな」


「え、言っちゃダメでした?」


「そんなわけない、ていうか、そう言って欲しかったし」


「あははっ、何なんですかあ」


「ごめん気持ち悪いな、俺」


「え、何言ってるかわかんないですよ」


小さい声だったが、聞こえていないわけではない。だけど、わからないのは事実だ。


「駄目だ駄目だ」


「何がですか?」


「なんでもない」



何もない家に着いた。


「今日はありがとうございました」


家まで送ってくれた碧先生に感謝の言葉を述べる。


「ん、また新学期な」


「その言葉、先生みたいです」


「実際にそうだろ」


「ふふっ、まだ酔っちゃってますね」


「いつもと変わらんな」


「あっ、酷い人だ」


「それじゃあ」


と碧先生と別れたのが一月三日の出来事。



そして、一月九日。新学期の始まり。


「あけおめ、ことよろ」


「飴ちゃん、あけおめ」


「なあなあ、俺、ディカプリオから年賀状来たんだけど」


と笑いながらザキがやってきた。


「良いな、僕はソクラテスから来た」


「あははっ、まじかよ」


「正月に餅について考えさせられたよ」


「今年も楽しませてくれるな、霰は」


「ザキ、ちゃんと英語読めた?」


「あれぐらいなら俺でも読めるっての」


「じゃあ、ザキこれは?」


と飴ちゃんが僕とのトーク履歴をザキに見せる。


「は?何語だよこれ、この長文」


「ギリシャ語、ソクラテスが読めるようにね」


「馨ってまじで頭良いのか悪いのかわかんねえ」


「それ、全然読めない」


「でも、始めたのは飴ちゃんだから」


「こんな倍返しされるとは思わないじゃん」


「自業自得だな、霰」


「もう一生、暇つぶしには困らない」


冬休み明け。今年もこうやってまた過ごしていくんだろうな、としみじみと思う。



「塩先生、あけましておめでとうございます」


「馨、まだ怒ってんの?」


「いいえ、未読無視してすいませんでした」


「それに関しては俺が怒りそうなんだけど」


「ごめんなさい、これでやっと既読がつけられます」


「どういうこと?」


「みかちゃん、僕がいなくてどうでしたか?」


「暇すぎて死にそうだったよ」


「へえ、何してました?」


「テレビ見て、本読んで、餅食べて、映画見て、ああ、あと、初詣行った」


「一人で?」


「いや、碧先生と」


「ふふふっ、てっきり、浮気でもされてんのかと思いました」


「え?」


「みかちゃん、僕以外の人にも良い顔するから」


「するわけないじゃん、馨こそ何にも俺に知らせないで」


「新年早々、良いことがあったんですよ。それで、かなり忙しくて」


「何?良いことって」


「大晦日に母が家出しました」


と僕が拍手して嬉しそうに話すと


「それをそんなに嬉しそうに話すのはたぶん馨くらいだよ」


と笑われた。


「いやあ、やっとですよ。やっとあの人と別れてくれました」


「おめでとう」


「大掃除に見せかけて荷造りして、年越しと同時に引越し、年明けには荷解きで大忙しでした」


「引越し蕎麦が年越し蕎麦になっちゃったんじゃない?」


「そうなんですよ、笑えますよね」


「それで、馨は?」


「何処へでも好きなところに行きなさいって言われたんで、母と父のところを行ったり来たりしてます」


「なんで?」


「え、どっちもどっちじゃ…」


「違う、なんで俺のところに来てくれないの?」


「ふふっ、そんな可愛いこと言われるなんて思いませんでした」


「俺のこと、やっぱ嫌い?」


「好きですよ、めちゃくちゃに」


「じゃあ、なんで?」


「んー、流石に迷惑かな?と」


「意味わかんない、迷惑なわけないじゃん、馨のことだからもっとなんかこう言いにくい理由があるのかと思った」


「そんなの無いですよ」


「本当に?」


「本当です」


「信じていい?」


「もちろん」


「それで、連絡をくれなかったわけは?」


「みかちゃんが好きだから」


「なにそれ」


「好きだから、憎いんですよ」


「やっぱり、怒ってんじゃん」


「怒ってはないですって」


「さめたんでしょ?熱も夢からも」


「ふふっ、冗談言うのがうまくなりましたね」


「これは冗談?」


「またまた、これは本気です」


「ちゃんと言って、嫌いだって」


「分かりました。嫌いですよ、本当に」


「分かった」


「僕以外の人と楽しそうに喋るみかちゃんが嫌いです。あと、簡単に呑んで酔いつぶれてるみかちゃんも」


「ごめん」


「謝る必要はないですよ、それがみかちゃんですから」


「じゃあ、俺も言わせてもらうけど」


「良いですよ、言って」


「勉強ばっかしてる馨が嫌い、淡白な完璧主義者の馨が嫌い、間接的に攻撃してくる馨が嫌い」


「めっちゃ嫌いじゃないですか、なんで付き合ってくれてるんですか?」


「知らない」


「……別れますか?」


「え」


「みかちゃんは僕よりも付き合いやすい人と一緒の方が良いですよ、お粥先生とか?」


「絶対に無い」


「それじゃあ、碧ちゃんは?」


「はあ?」


「良いと思いますよ」


「お前、それ、まじで言ってんの?」


口悪いみかちゃんもまた一興。


「それってどういう?」


「揶揄ってんなあ、砂糖 馨の彼氏が誰だか分かってて言ってるのかって言ってんの」


「塩 蜜柑です」


「キスもセックスもしておいて、その扱いは無いんじゃない?」


「あははっ、何でそう僕の性癖ノックアウトしてくるんですか」


「砂糖 馨についてよく学んだからね」


「もう嫌いが見えないほど好きです」


「調子が良いけど、俺も好き」


「今夜は一緒に寝ませんか?」


「誘われなくともそのつもりだった」


「最高」

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