二十三話
「みかちゃん、楽しいですね。」
「馨、まだ電車の中だよ?」
これからテーマパークに遊びに行くというのに移動中からハイテンションである。着く頃には疲れそう。
「みかちゃんと一緒なら何処でも楽しいですから。」
「そっか。でも、もう少しテンション落とそうね。」
「はい、わかりました。」
中身は素直で可愛い子供だ。
窓から見える外の風景で心を落ち着かせているように見える。
薄暗い朝の景色。この時間が一番静かな気がする。
虚しくて胸が苦しくなる。
「みかちゃん。」
「何?」
「これはフィクションですか?」
と手を動かしては、見つめている。
「どういうこと?」
「僕はまだ夢の中にいるみたいなんです。」
不自然な静けさが、感覚をぼかしている。
「大丈夫、ちゃんとノンフィクションの世界だから。」
「そういう貴方も僕の妄想だったりして。」
と安心からか頬を緩ます。
「じゃあ、俺がいつもよりも数倍綺麗に見えてるの?」
「綺麗ですよ。現実のものとは思えないくらい。」
冗談で返した俺が恥ずかしくなるくらいの純粋で真っ直ぐな言葉。
顔を手で覆うことしかできない。
「隠さないで、顔見せてください。」
「無理。」
恥ずかしさで死んでしまうから。
「可愛いですね。」
「からかわないでよ。」
二人だけの空間に閉じ込められたような感覚。ノンフィクションなのか、フィクションなのか。
「みかちゃん。」
「何?」
「過去はフィクションですか?」
「ノンフィクションじゃないの?」
「ふふっ、僕もそう思いたいです。けれど、記憶と妄想って曖昧になりません?脳内でぐるぐると回っちゃって。」
「じゃあ、これも妄想かもしれないね。」
「どういうことですか?」
「だって、全ては脳味噌で捉えて見えているわけだから。脳味噌が狂ってたら、妄想も現実も区別がつかないよ。」
「んー、余計にこんがらがりました。現実離れして美しい人が目の前にいる、それは、僕の脳味噌がそう見ているだけですか?」
「そうだろうね。現実の俺はものすごく醜いから。馨が思う以上に。だから、それが見えないように脳味噌がフィルターでもかけてるんだよ。」
「みかちゃんは綺麗ですよ?」
「ちゃんとよく見て?」
じっと見つめられる。
「…わからないです。もしかして、隠してますか?」
「あはっ、そうかも。見られたくないもん。」
「僕は見てみたいです。自分の脳味噌にも騙されないで。」
「現実というのは残酷なんだよ。馨だってよく知ってるでしょ?」
「はい、現実逃避は得意技です。」
「それでも、現実を見てみたい?」
「どうでしょうか?現実は見たくないですけど、みかちゃんのことはよく知りたいです。」
たぶん、俺が自分から逃げてるんだ。ずっと妄想の中で生きていたいから。
「駄目、墓場まで持ってくつもりだから。」
「それなら、墓場でまた会うときに教えてください。」
「心の準備ができてたらね。」
死んでからも何回も会えたらどれだけ楽しいだろうか。どれだけ死の恐怖が無くなるだろうか。
そんな妄想を現実にするには現実味が全く足りてない。
夢の国なんて呼ばれているから、この世界は夢なんじゃないかと疑ってしまう。
幸せは全て他人事のように感じるから、幸せを感じる自分は今のこの自分とは違うと思う。
たぶん、これから起こるであろう幸せはもう一人の自分が僕から奪ってしまい、僕はそいつの記憶を妄想として夢見るんだろう。
「テンションの高い僕ってどんな感じですか?」
今の僕にとって、幸せな記憶とはエイリアンで、辛い記憶とは親友だ。
「よく笑ってて、たくさん触れてきて、甘えてきて、口説いてきて、たまに意地悪もされるけど、見てるこっちも楽しくなって一緒に笑っちゃうような、そんな感じ。」
そんないかにも惚れてるような言い方。
「じゃあ、テンションの低い僕は?」
「思慮深くて、時と場所と場合をわきまえてて、面倒見が良くて、自分のことよりも俺のことを優先してくれて、俺を甘やかしてくれる大人みたいな、そんな感じ。」
「ふふっ、面白いくらい正反対ですね。みかちゃんは、どっちの僕が好きですか?」
「砂糖 馨ならば、どれも好き。」
「適当に答えてません?」
「いや、そうじゃなくて。本質的に好きってこと。」
「僕の本質。何でしょうね。たぶん、みかちゃんを想う心から構成されていますよ。」
「そうなの?」
「だって、みかちゃんのことばかり考えてますから。」
「今はどんなことを?」
恥ずかしそうにそう聞いてくるのがとても可愛い。
「可愛くて食べちゃいたいって。」
「…ほら、俺代理。」
と言って、ポップコーンを渡された。
別にお腹が減ってるわけじゃないけど。
「みかちゃんも、食べてください。」
ポップコーンをつまんで口元まで持っていく。
「共喰いだから嫌だ。」
と塩味のポップコーンは断られた。
「キャラメルなら良いですか?それか、カレー味とか?」
「んー、砂糖たっぷりの甘いスイーツなら食べてもいいかな。」
「ああ、駄目。そういうのにはすごい弱い。」
僕達しか分からないようなそういう。
「ふふっ、ライバルだから?」
「まあ、僕があれば十分じゃないですか?」
「あははっ、おかしい。」
自然とテンションが高くなる。
この記憶が無くなりませんように。
「もうすぐですね。」
行列にしばらく並ぶと、コースターが見えてきて、僕達を待ち構えている。
「馨、怖いの?」
からかうように僕に聞いてくる。
「そんなことないですよ。」
自分でも分かる引き攣った笑顔だ。
勝手に心拍数が上がる。
「嘘、表情が硬い。」
「やっぱ、みかちゃんは騙せないですね。」
いつもならもっと自然にできるのに。
「こういうの慣れてなくて。」
遊園地自体、あまり来たことがない。未知のものは怖く見える。人間の性だ。
「手でも繋ぐ?」
「ああ、いや、手汗がやばいんでやめときます。」
「じゃあ、手首。」
と手首を一方的に掴まれる。可愛い。
「そういうの、反則ですよ?余計に心拍数が上がっちゃいました。」
「確かに、すごいドキドキしてる。」
脈拍を読み取られる。
何だか心を見られてるようですごく恥ずかしい。
「吊り橋効果、期待して良い?」
なんて悪い冗談。
「みかちゃんこそ、落ちないように。気をつけてくださいね。」
「俺を落とす気なの?」
「はい、恋に。」
「故意に?」
「あははっ、ドキッとしましたか?」
「まあ、吊り橋よりも人間が怖いって落ちは。」
なんとも僕らしい。
「Are you kidding me?It's not a joke.」
(からかってんの?それ、冗談じゃないよ。)
「No kidding. Well, are you killing me?」
(違うよ。じゃあ、俺を殺すの?)
「No way. You're killing me. 」
(んなわけないじゃん、超面白いね。)
「あははっ、頭がどうにかなりそう。」
「みかちゃん、大好きです。」
と小声で言われ、エアーでキスをする。
「馨、酔ってんじゃん?」
「ああ、でも、これからもっと酔いそうですね。」
とジェットコースターに目配せする。
「ふふっ、もうやめて。」
周りから浮いてしまう、二人だけで笑って。ふふっ、笑いすぎ。
ジェットコースターに乗ると、緊張と恐怖と期待が入り交じった感覚が何だかとても不思議だった。
「これ、やばいですね。」
見えないけど、アドレナリンが出てるんだろう。テンションが余分に上がる。
「うん、めっちゃドキドキしてきた。」
しかも、何でこんなにも可愛いの。いつもの三割増で可愛く見える。
これはこれで、やばい。
お姉さんの「いってらっしゃい」という明るい声がけに合わせて、ジェットコースターが動き出した。
地底走行車というコンセプトのもと、始めは水晶などの宝石がある洞窟の中を進んでいく。
「わあ、綺麗。」
「あっ、みかちゃん。ほら、好きそうなのがいますよ?」
宝石に癒されているみかちゃんとは対照的に僕はテンションが下がらないから、みかちゃんに地底生物を紹介した。
「本当だ、可愛い。」
みかちゃんの言う可愛いは女子高校生が言う可愛いとほぼ同義だと思う。
そんなことを考えていると、緊急事態が発生とのアナウンス。
次から次に驚くことの連続で何が何だかわからなくなりそう。
「うわっ、こいつ可愛い。」
とそんな中でもみかちゃんは相変わらずで、やっぱり可愛い。
あの怪物の可愛さは理解できないが。
そして、一気に急降下。
一瞬だけ、浮遊感が味わえた。デジャヴ。
「ああ、生きてる。」
感想として一言目に出た言葉。安堵感から表情が和らぐ。
あっという間だった。終わってからそう思う。
「ふふっ、楽しかった。」
そうやって報告してくれる、みかちゃんの笑顔はすごく可愛い。
「楽しかったですね。」
何の変哲もない会話。ただの友達同士みたい。
「次は何処行こっか?」
「できれば、あまり怖くないところにしてください。」
「さっきのが怖かった?」
「そんな、怖いのは一瞬でしたよ。」
「ふふっ、そうなんだ。」
「あっ、信じてないですね。本当なのに。」
「信じてるよ。ただ怖くなかったとは言わないんだなって思ってさ。」
「だって、それは嘘になるんで。」
「まあ、そうだね。よし、今度は子供の馨くんでも楽しめるところにしようっと。」
なんて意気揚々に地図を広げてる。
「子供じゃないですって。」
「これとか、どう?」
「んー、賛成です。」
なんでもない日のパーティ会場。
のティーカップの中。
「みかちゃん、もうちょっとくっ付きましょうよ。」
広いティーカップの中で一箇所に偏る。
「速く回すの?」
「はい、今の僕は紅茶に入っている砂糖ですから。」
「え、なにその楽しみ方。」
砂糖は紅茶に入れた瞬間に、溶けて消えてしまうけど。
ティースプーンでかき混ぜられる気分を味わえる。
「紅茶に塩って合うのかな?」
と自分がティーカップにいることに疑問を持っている様子。
「さあ?案外、美味しかったりして。」
今度、やってみようと心に決めた。
「なんでもない日、おめでとう。」
なんでもない日のパーティが始まり、陽気な音楽と共に、ティーカップが回り始めた。
ハンドルを回すとそれに合わせて、ティーカップが回る仕組み。
周りの景色は一切、見えなくて、みかちゃんだけが見える。
楽しくて、童心に帰って、ハンドルを回し続けた。
「やばっ、速い速いって。」
何が可笑しいのかわからないけど、二人で爆笑している。
「あははっ、酔っちゃいますね。」
ずっとぐるぐるぐるぐるして、このまま混ざっちゃえばいいのに。
お茶会が終わると、みかちゃんはティーカップから出て、ふらふらと歩き始めた。
「大丈夫ですか?」
とみかちゃんの肩を持って支える。
「こういうときの馨って、全然悪びれてないよね。」
と的確で鋭いストレートな言葉。
「よくご存知で。でも、心配はしてますよ?」
「自分でやっておいて。」
「だって、悪いことじゃないでしょ?」
「ふふっ、否定はしない。」
この状況を含めて、全部楽しんでるんだ。
「ちょっと一服してきていい?」
馨がお土産を選んでいる間に、近くにある喫煙所が目に入った。
俺にはお土産をあげるような友人もいないし、職場に持っていっても逆に怪しまれそうだしな。
「ここは夢の国ですから。」
なんて、何だかんだでいつも甘やかしてくれる。本数は減らしてるけどね。
喫煙所で煙草とライターを
「うわっ、やられた。」
心の中で思わず言ってしまった。
まんまと騙されて、思わず自分の滑稽さに笑ってしまう。
煙草の箱の中には三粒のチョコレート。
「ここは夢の国ですから、煙草がチョコレートに変わってしまったみたいですね。」
って、馨が言ってるのを安易に想像できる。
お土産を選びながら、内心笑ってんだろうなあ。
さて、ここで俺はどうするか。
このまま好物のチョコレートを戴くか?
いいや、やられっぱなしじゃつまらない。
「馨、お土産は決まった?」
「はい、見てください。あのハリネズミですよ。」
とアトラクションでも見つけていたキャラを見つけて嬉しそうに話してくる。
「好きだね、そいつ。」
「みかちゃんはこの恐竜ですか?」
と恐竜のかぶりものを渡される。
「ああ、好きぃ。」
「かぶってください。」
「ふふっ、どう?」
鏡を見なくとも、自分がおかしいのがわかる。
「あははっ、くそ可愛い。」
「でも、これはちょっと恥ずかしいかな。」
年齢的にも、見た目的にも。
「そうですね、僕もみかちゃんの顔がよく見える方が好きです。」
うわっ、さりげなくそういうの、好きぃ。
「照れちゃいましたか?」
なんてちょっかい出して。
「もう慣れた。」
嘘、全然慣れてない。今でも顔が赤くなりそう。
「そう言えば、煙草吸わないんですか?」
吸わないんじゃない、吸えないんだ。
悪戯好きの誰かさんのおかげで。だから。
「これから味わわせてもらう。」
煙草にはライターの熱が必要なように。
チョコレートには。
「ふふっ、了解しました。」
と受け取ったチョコレートを口に含んで、いたずらに微笑んでいる。
始めからこうなることを分かってたみたいに。
「みかちゃん、そろそろ食べても良いですよ?」
口説き方がいちいち可愛いのやめて欲しい。
さっきから二人きりになれる場所を探している。
「ん?」
「今日はいつもより砂糖多めにしました。」
俺の手を掴んで、裏路地まで連れていく。
「何を期待してるの?」
「食べないですか?」
と舌をちょろっと見せる。
「こんな人前で?」
「そんなにいないですよ。」
「盲目?可愛い。」
「はあ、誘ったのはみかちゃんじゃん。」
と目線を下げて、文句を垂れる。少し怒ってるかな?
「でも、馨も同じことしたよ。」
「え?」
「わかんない?煙草がチョコレートに変わってたんだけど。」
表面上で期待させといて、裏切ったんだ。
「それは、夢の国だからですよ。」
なんてばつが悪いのを誤魔化すように笑う。
「嘘つき。」
「ふふっ、ごめんなさい。煙草の件も、その後も。…嫌いましたか?」
「思ってもないくせに。」
「いや、そんなには自惚れられないですね。」
あれ、酔いが覚めた?自惚れではないのに。
「チョコレート、美味しかった?」
「んー、甘ったるいです。」
「あはっ、俺好みだ。」
煙草の箱からチョコレートを取り出して、舌の上で味わう。この甘さが幸せの証。
馨はポップコーンの塩味で甘味を消している。
「煙草より、好き。」
「ずっと魔法をかけてましょうか?」
「それは遠慮しようかな。煙草も好きだから。」
「どっちかって言われたら?」
「どっちもって答えるよ。」
「欲張りさん、ですね。」
「ついでに、馨も。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
恋人同士だけど、友達同士みたいに。
けど、よーく見ると恋人同士。なんて関係。
そこにいる恋人同士みたいに、イチャイチャとしたことはできない。
「みかちゃんには、とびきり可愛い子が似合いますね。」
「は?」
「女の子らしいフリルの付いた可愛い洋服を着てて、ヒールを履いてても、みかちゃんよりも背が低い。けど、スタイルが良くて、どんな系統の洋服でも似合っちゃうような。加えて、色素が薄い少しくせ毛の髪の毛に、宝石みたいに瞳が輝く、ぱっちりとした並行二重の目に、並行眉。鼻が高く、鼻筋がしっかり通ってて、唇はあまり主張せずに艶めいている。手のひらサイズの小顔に、白雪のような透き通る肌に見蕩れちゃう。そんな、お人形さんみたいな子。」
「で、何が言いたい?」
「不適任。」
と自分を指しながら、笑った。
「本当、何言ってんの?」
「客観的なイメージですよ。」
もし俺の隣りにそんな子がいたら、きっと彼女だと思われるんだろう。そんな客観的イメージ。
「そんなの、どうでもいいでしょ。」
「そうですね。けど、もしそうならもっと恋人らしい気がします。」
「俺は人前でベタベタするのは好きじゃない。」
「あはっ、うざいですね。僕。」
「別に。」
「庇わないで、そうだなって笑ってくださいよ。」
「馨、情緒不安定じゃん。」
「ふふっ、よく言われます。」
喜んだり、嫉妬したり、悲しんだり、笑ったり、表情豊かで面白いけど。
「みかちゃん。」
「ん?」
「僕が何したいか、分かりますか?」
と頬を触られる。
「お家でやろうね。そういうのは。」
顔を近づいて見つめてくる馨を避けるようにそう言う。
「正解は、目から落ちた鱗を取りたい。でした。」
なんだ、人魚姫か。
「詐欺師。」
「道化師って言ってください。」
「ペテン師。」
「天使、ですか?」
「あははっ、言うと思ったよ。」
「僕の声が出なくとも。」
「うわあ、風邪引いても安心だ。」
「そういうことじゃないの、知ってますよね?」
「あえて。」
「知ってた。」
泡になって消えてしまう結末は悲しすぎる。
「みかちゃん、海老が反り返る料理は?」
「何?」
「ジビエ料理。」
「あはっ、くだらなあ。」
「じゃあ、人魚が好きなお芝居は?」
「んー、人形劇?」
「ふふっ、我ながらくだらないですね。」
「このくだらなさが良いんじゃん。」
「みかちゃん、何かできました?」
「じゃあ、公園で遊んでいる魚は?」
「ふふっ、隣のクラスのスズキぃ。」
「あはっ、誰だよ。」
「正解は?」
「リュウグウノツカイ、ゆうぐうのつかい。遊具の使い?」
慣れてないから、笑ってごまかした。
「ふふっ、面白いです。」
って馨は言ってくれてるけど、その優しさが痛い。
「こういうのは、馨のがうまいね。」
「もう一つ、できました。」
「何?」
「値段ばっか聞く魚は?」
「いくら?」
「違いますよ、いくらは卵じゃないですか。」
単純すぎた。
「んー、答えは?」
「ハマチ、ハウマッチです。ふふふ。」
「やっぱ、くだらない。」
まあ、笑えるからいっか。




