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第二十一話

「勉強しないの?砂糖 馨くん。」


自習室には僕と彼だけ。

いきなり話しかけてきた。


「してるよ、美術の勉強を。」


ノートに手のデッサンを描いていた。

彼がムッとした表情を見せる。


「馬場くん、こういう冗談は嫌い?」


あれ、そういや馬場くんで合ってたっけ?

塾の同じクラスの人まで覚えてられないや。


「いや、少し残念なだけ。君も馬鹿なんだと思ってさ。」


驚いた。初めての会話で人のこと馬鹿って言っちゃうんだ。


「そう。」


まあ、どうでもいいか。

脳味噌が疲れて溶けそうなんだ。


「今回の模試で、塾内二位だったのに。期待外れだよ。」


と嘲笑ってくる。


「僕に何を期待してたの?」


と僕もつられて笑った。


「俺と同じ頭の良さ。」


県内一の進学校に通ってる彼と同じ頭の良さを?僕に?


「なんで?」


「良いライバルになるかなって。」


「そういうこと。でも、ライバルなら君の学校にいくらでもいそうだけど?」


「学校の奴らは、つまらないんだよ。勉強熱心じゃない馬鹿ばっかだから。あとは稀に天才がいるくらい。」


「へえ、そうなんだ。」


「馨くん、勉強好き?」


「普通。」


「俺は好き。新たな知識が増えるのは単純に嬉しいじゃん。」


感心する。勉強を素直に好きって言えるのは。


「じゃあ、馨くんが勉強熱心になれる理由は?」


「…親の期待に応えたいから、かな。」


ごめんなさい。罪悪感が湧き上がる。

もっと勉強をしないといけないのに。


「そっか、良い親御さんを持ったんだね。」


「え?」


「だって、期待するのは応援してるからでしょ?期待されてるなんて羨ましいよ。」


「馬場くんは?」


「俺は期待なんかされてない。高卒で良いって言われてる。だから、この塾の費用も大学の学費も全部自分持ちなんだ。」


「そこまでして、大学に行きたいの?」


「もちろん。将来、研究者になりたいから。」


「凄い、立派だね。」


僕とは大違い。

今日を楽しく生きるのが目標の僕とは。




「みかちゃん、僕は駄目な子ですか?」


「ううん、馨は良い子だよ。」


抱きしめて、よしよしと頭を撫でる。


「…甘やかさないでください。」


と少し怒られた。


「え、事実なのに。」


「僕はみかちゃんと一緒にいるのが幸せなんです。」


「可愛いこと言うじゃん。」


「けど、母の期待にも応えたいんです。」


「んー、良い子だ。」


「だから、僕を甘やかさないでください。」


と心に決めたような固い意思を感じる。


「わかったよ。私も少し我慢する。」


「でも、勉強の合間には甘えても良いですか?」


さっきとは違い、可愛らしい笑みでお願いされる。


「もちろん、たくさん甘やかしてあげる。」


休日、みかちゃんの家で勉強をする。

母はもう僕のことを半分諦めかけている。

苦しめてばかりで、申し訳ない。

その代わり、結果で恩返ししたい。


みかちゃんは僕にカフェオレを出してくれて、本を読み始めた。

生物学書、哲学書、医学書、オカルト誌まで。様々なジャンルを読んでいる。

みかちゃんは本の虫で、勉強が好きなんだろう。

だから、教師になったのか。納得がいく。


「みかちゃんは、なんで教師になろうと思ったんですか?」


晩御飯まで用意してくれる周到っぷり。

みかちゃんの手料理のレパートリーがどんどん増えていってることに成長と努力を感じる。


「んー始まりは、純粋に子どもが好きだから。それで、保育士とか幼稚園の先生とか目指してた時期もあったよ。」


「そうなんですか。」


新たな発見。みかちゃんは子どもが好き。

頭のメモに書いて残して記憶しておく。


「けど、高校生のときに良い先生に出会えてね。その憧れからかな。高校教師になったのは。」


「どんな先生だったんですか?」


「生徒ひとりひとりをちゃんと見てくれてて、人付き合いが苦手な俺にも声掛けてくれた優しい人。」


「仲良かったんですか?」


「うん、色々と話したよ。将来のことも自分のことも、価値観の共有や恋愛相談まで。その先生がいたから学校が楽しいと今でも思える。」


「その人、みかちゃんの恩師なんですね。僕も会ってみたいです。」


「ふふっ、最近は連絡してないなあ。教師になったことを報告して以来かな。」


「そのとき、どんなこと言われました?」


「おめでとうって言われたのと。あと、自分の考えを生徒に押し付けないようにって注意された。」


「その教え、ちゃんと守ってますね。」


「それは頑張ってんの。たまにできないこともあるけど。」


「ふふっ、そうですね。」


「馨は?将来の夢とかある?」


「画家、ですかね。」


「めっちゃ似合ってる。」


「夢のまた夢ですけど。」


「馨の強い意志があればきっと叶うよ。」


「なんででしょうね。そういう理想論。本当は嫌いなんですが、みかちゃんに言われたら無条件に励まされます。」


「そう、良かった。」


「好きな人、だからかな?」


「理想論と受け取ってないからじゃない?」


「あはっ、そうかも知れません。」




「ただいま。」


と言っても何も返ってこない。


「父さん、いたんだ。」


リビングで横になってテレビを見ている。

テーブルの上には空のカップラーメンとスナック菓子のゴミ。

これは母さんにまた怒られるな。


「馨、今まで何処行ってた?」


「恋人の家。」


「別にそれを咎めるつもりは無いが、あまり母さんを苦しめるな。」


何、急に父親らしいこと言うじゃん。


「わかってるよ。」


「それと、ちゃんと仕事しろ。」


きっと言いたかったのはこっちの方か。

お前のせいで、コンビニで飯を買う羽目になった。


「はい」


洗濯物を畳んで、干して、食器を洗って、ご飯を炊く。


自分の人生の主導権を自分が握っている気がして、最近はかなり充実している。

やるべきことをこなせば、あとは自由に過ごせるからだ。


勉強に、趣味に、恋人との時間。

人生はうざったらしいほど長いと感じていたが、今は時間が足りないと嘆きたいくらいだ。


「みかちゃん、おやすみなさい。」


そして、また明日。




心の傷は簡単には癒えない。

だが、傷つけることは簡単にできる。

時計を分解はできるが、組み立てはできないみたいに複雑なんだ。


クラスから浮いてしまって、もう一ヶ月以上経った。

日々がこんなにもつまらなく思えるとは、と驚きが隠せない。


クラスではガリ勉という立ち位置で勉強できるのが唯一の取り柄。

友達もあまり話しかけてくれなくなった。

と言うよりも、勉強の邪魔だからって私が遠ざけたのかもしれない。

それが、こんなにも悲しいなんて思わなかった。


学校ってつまんない。


「塩先生、少し相談しても良いですか?」


帰りのホームルームの前に話しておく。


「良いよ、桃原さん。」


担任は快く答えてくれた。


帰りのホームルームが終わった静かな教室で二人で向かい合わせに座る。


「それで、相談って何かな?」


「えーと、その…」


改まって言うようなことじゃないのは自分でもよくわかってる。でも、この罪を誰かに話して少しは楽になりたいのだ。


「学校って何のために行くんですか?」


「何のためだと思う?」


てっきり、勉強するため、などという大義名分を突きつけられるかと身構えていた。

だが、その必要は無かった。


「社会を学ぶため、だと思います。」


でも、この人は答える意志が無いのだと思った。


「うん、そう思うならそうなんだよ。」


「そんな曖昧な答えはいらないです。」


適当に流してるようで少し苛立ちを覚えた。


「じゃあ、仮に私が学校は勉強をするための場所だと言い切ったら、君はそれで満足するの?」


「…全然、満足しません。」


頭の中がぐちゃぐちゃで紙に丸めて捨ててしまいたい。

口では嘘をつけても、心にまで嘘はつけない。まあ、大抵の人はそう。


「私が言いたいのは、明確な答えなんて無いということ。自分の生き方に沿う理由を見つければいい。」


「でも、大まかには勉強するため、ですよね?学校で遊んでばかりで、勉強しない人を見ると、なんだか腹が立ちます。」


「ふふっ、そうなんだ。君は他人にあまり興味が無いと思ってたけど、そうじゃないみたいだね。」


「どういうことですか?」


「他人に自分の影を見てるってことだよ。それがお悩み?」


「違います。私が悩んでるのは、学校がつまらないことに対してです。」


「へえ」


「教師に面と向かって言うことでもないですけど、毎日、似たようなことの繰り返しで飽きちゃいました。」


「じゃあ、非日常を見つけるか、作ってみたらどうかな?そしたら、学校が少しは楽しくなるかもしれない。」


「どうしたら非日常を見つけたり、作れますか?」


「具体例しか出せないけど、友達作るとか、授業に積極的に取り組むとか。あと、教師と喋るのも君からしたら非日常だよね。どう、楽しい?」


「んー、わかんないですね。でも、なんとなくはわかりました。ざっくり言うと、能動的に動けってことですよね?」


「ふふっ、私よりも君の方が言葉のセンスが良いね。」


「あー、ありがとうございます(?)」


「勉強は楽しい?」


「いや、まあ、普通です。やらなきゃいけないからやってるって感じで。」


「そうなんだ。知識は財産だからやっといて損は無いよ。」


「そうですね。」


「趣味は?」


「え、趣味ですか?」


「答えたくなかったら、答えなくて良いよ。」


「アイドル、推してます。」


「あっ、俺と同じだ。」


「え、先生が?…イメージ無い。」


「あまり人には言わないから。」


「誰推してるんですか?」


「それは秘密。」


「簡単には教えてくれないんですね。」


でも、気持ちは分かる。

推しを誰かに話すのは、自分の好きな人を話すのと同じに感じるから。

なんだか、すごく恥ずかしい。


「うん。でも、それは君も同じでしょ?」


「そうですね、私も教えたくないです。」


「仲良くなったら教えてあげても良いけど、って感じ?」


「はい、信頼できる人にしか言いません。」


「一緒だ。」


じゃあ、砂糖先輩なら知ってるかな?


「でもそれ、隠してた方が良いですよ。学校の女子が泣いちゃいますから。」


「なんで?」


と笑いながら聞いてくる。


「わかってますよね?自分の人気。」


「ううん、知らない。」


と首を横に振る。


「嘘ってバレバレです。」


「けど、実際に他人に好かれようが嫌われようがどうでもいいんだよね。俺の人生の中では、他人なんて名前もない端役だから。」


「先生、ちゃんと人間してますね。」


「あはっ、なにそれ。というより、ちょっと喋りすぎた?」


「そうですね、もう帰ります。また明日。」


「はい、また明日。」


あの言葉は教師としての言葉では無いと感じた。

塩 蜜柑という人間の言葉だった。

確かに今日は非日常じゃないかな?

ちょっと楽しかった。




「砂糖先輩、おはようございます。ちょっとお話しませんか?」


いつもの私ならば、こんなこと死んでも言えない。

けれど、きっと昨日のこともあってか、なんだか話したくてしょうがなかった。


「良いよ、ちょうど勉強に疲れてたところ。」


と先輩は単語帳を鞄にしまってくれた。


「昨日、塩先生と話したんです。先輩、塩先生と仲良いですよね?」


電車内での数分。会話時間はそれしかない。


「んーまあ、堂々とは言えないけど。」


「どうしてですか?」


「塩先生が嫌うんだよ。生徒と仲良くするの。」


「そうなんですか、初めて知りました。」


「それで、どんなこと話したの?」


「そう、それなんですけど。塩先生ってたまに人間っぽいですよね?」


「どういうこと?」


突然、変なこと聞いちゃった。先輩が笑ってる。


「いや、その、いつもは教師って感じで、適当に対処してるんですけど、昨日話した時は何か妙に人間味があったんです。うまく言えないんですけど。」


「へえ、感情があったってこと?」


「ああっ、そういうことです。」


「例えば、どんなこと言ってた?」


「んー、他人に好かれようが嫌われようがどうでもいいとか、アイドルオタクだとか。」


「あははっ、生徒になんてこと言ってんだよ。ね。」


口が悪い先輩、初めて見た。でも、何か格好良い。


「ああ、まあ、そうですね。」


「あの人、自分と教師で面を分けてるんだよ。面白い人でしょ?たまにこんがらがってるけど。」


「そうなんですか。」


「一人称、どっちだった?私?それとも、俺?」


「ああ、そういえば、途中から俺って言ってました。」


「自分が出たんだね。きっと桃ちゃんが聞き上手だから。」


「そうですかね?」


「それか、桃ちゃんに興味があるとか?」


「そんなことあります?」


「さあ。」


「それよりも、塩先生の推しって知ってますか?」


「…推し?」


「アイドルオタクだって話しになったとき、秘密にされたんです。」


「ああ、知ってるよ。」


「どんな人ですか?」


「秘密って言われたんでしょ?僕の口からは言えないよ。」


「ですよね。それじゃあ、彼女とかの話は聞きませんか?」


「んー、それも秘密かな?直接聞いてみれば?仲良くなったら教えてくれるかも。」


「でも、生徒と仲良くするのは嫌うって。」


「塩先生はね、塩 蜜柑は仲良くしてくれるよ。」


「何が違うんですか?」


「人間味の有無、かな?」


それ、先輩とすごい仲良いって言ってるようなもの。

きっと塩 蜜柑にとって、砂糖 馨は助演男優なのだろう。




「桃原さん、ちょっとノート貸してくんない?」


スクールカースト上位はただ遊んで、ただ騒いで、私からすれば耳障り。

そんな人達にノートを貸すなんて心からしたくない。

授業中にわからなくて恥をかけばいいと思う。


「私もさあ、今回の宿題わかんなくてやれてないんだよね。」


嘘をついた。


「なんだよ、使えね。」


と愚痴を吐かれ、向こう側で


「ガリ勉のくせに、まじでいる意味ない。」


などと笑われてる。

ノート貸したら、私授業中どうすんだよ。

君らのために宿題してるわけじゃないんだけど。

なんでも願えば手に入るなんて思わない方がいい。


授業中、宿題の内容をランダムで指名される。


「今日は二十五日だから…」


やった、読み通り。

さっきの子が指名される。


「わかりませーん。」


とやる気無さげに答える。周りがそれを茶化して笑う。

なんだ、意味無いじゃん。

仲間内にはみんな優しいんだ。


私が間違えたら、冷笑されんのに。


先生もなんだか呆れてる。


「じゃあ、わかる人。」


手を挙げて、堂々と答える。

今回のは、自信がある。得意分野だ。

もちろん、正答。


優越感から、苛立ちが軽減された。

私はあの子らとは違う。

自然と口角が上がっちゃうな。


「勉強、楽しい。」


授業後、また話しかけられた。


女子トイレ、こんなとこで話すの?

理解できない。嫌なんだが。


「ノート貸してって言ったとき、アンタなんて言った?」


「ああ、そんなの嘘に決まってんじゃん。単純に貸したくなかったんだよ。」


私、凄い笑えてる。あんなにつまんないと思ってたのにこんなに楽しくなるなんて。


「はあ?意味わかんないんだけど。」


「私、嫌いなんだ。君らみたいに頭よりも口がよくまわる人。だからさ、わかってよ。」


「アンタさあ、ウチらのこと、馬鹿にしてんの?」


「あはっ、そうだね。今回の授業中なんて、見事なくらいに滑稽だったよ。思わず、笑っちゃった。」


「はあ?超ムカつくんですけど。」


あの子が私の胸ぐらを掴んで、突き飛ばす。

そのままバランスを崩して、床に座ってしまう。


「ブスで地味なガリ勉が何言ってんの?」


リーダー格の子が私を見下ろして嘲笑う。

おまけにスカートの上から太ももを踏まれた。


「本当、クラスのゴミじゃね?性格までクズいとか終わってんじゃん。」


もう一人の子が囃し立てる。

ああ、何だかもう泣きたい。というより、死にたい。

さっきまでは順調だったのに。


私に学校での居場所は無い。

授業にも出たくない。

こんなに頑張ったのに、結局は駄目だった。

どうしても勝てない。

怖い。


教室から遠い保健室に避難した。

保健の先生から「どうしましたか?」って声をかけられる。

さっきの恐怖がフラッシュバックしてきて、涙が溢れ出てくる。


「ほら、大丈夫だから。落ち着いて。」


と背中さすられて、椅子に座らせてくれた。

ティッシュで涙を拭いてくれる。

その優しさにまた涙が溢れ出てしまう。


「どう、落ち着いたかな?」


「はい、すいません。」


涙は止まったが、まだ鼻声のままだ。


「謝らないで良いんだよお。」


笑顔でそう答えてくれる。


「あっ、そうだ。これ書いて、クラスと名前だけで大丈夫だから。」


と紙を渡された。


「桃原さん、一年生かあ。担任は塩先生?」


「そうです。」


「どう?優しい?」


「んー、まあまあですかね。」


「さて、どうするか?クラスには…」


「あまり行きたくないです。」


「そっか。じゃあ、ここで休んでよっか。」


と優しく言われた。


「何か欲しいものがあったら言ってね。取りに行くから。」


しばらくベッドで横になっていた。

いじり慣れてないスマホで時間を潰すのは難儀だった。

何も考えたくないのに考えてしまってずっと寝れなかった。

長い時間をただ意味もなく過ごした。


「大丈夫ですか?」


「先生。ああ、大丈夫です。」


慌てて身体を起こす。


「なんで嘘つくの?」


「先生が大丈夫ですか、って聞くから。」


「ふふっ、そうだね。それで、何があった?」


とベッドの近くの椅子に座って、そう聞いてくる。


「先生は他人に好かれようが嫌われようがどうでもいいって言いましたよね?」


「ああ、そんなこと言ったね。」


「じゃあ、嫌われてもらって良いですか?」


「ん、良いよ。」


と二つ返事で了解してくれた。




「私のクラスの宿題実施率が低いと教科担当の方に怒られてしまってね。なので、今日から宿題チェックをすることにします。ほら、ノート出して。無理なら居残りさせるから。」


帰りのHRで担任の先生がそう言った。

名簿を持って、一人ずつ確認していく。


「桃原さん、ノート貸して。」


小声でリーダー格の子に囁かれた。

担任の先生に気づかれないようにノートを渡した。


リーダー格の子は居残りを免れたが、残りの二人はさすがに間に合わない。

結局、私もその二人も居残りだ。

しかも、私はノートを奪われたため、一から宿題をやり直さなければならない。災難。


「塩先生、何してんですか?」


砂糖先輩、塩先生に会いに来たんだ。


「宿題未実施者の居残り。」


「へえ、楽しそうですね。」


「これの何処が楽しそうに見えるんだ。というより、何しに来た?」


「恋人に会いに来たんですよ。桃ちゃん、教えてあげる。」


って私の机の前でしゃがんで、上目遣いで見てくる。天使か。

こんなイケメンの登場に周りがざわつかないわけがない。


「砂糖先輩、それはありがたいんですが…」


「何?早く終わらせようよ。デートの時間が無くなっちゃう。」


と言って、問題の解き方を教えてくれる。


「桃原さんって彼氏いたの?」「しかも、あんなにイケメン。」「意味がわかんない。」


って周りから次々と聞こえてくる。

私だって、こんな展開知らないんだけど。


「桃ちゃん、もしかして一人でできる?」


「ええ、まあ、はい。」


「そっか。桃ちゃん、頭良いもんね。」


と笑顔を見せられた。


「どうしよ、暇になっちゃった。」


「じゃあ、砂糖。他の人達に教えてあげて。」


と塩先生が言う。


「了解しました。」


と言って、クラス内を巡回し始めた。


「君は?宿題終わってるの?」


砂糖先輩がリーダー格の子に話しかけている。


「ああ、はい。それで、友達に教えてて。」


「へえ、ちょっとノート見して。」


と私のノートをその子から受け取った。


「よく書けてるけど、ここ間違ってるよ。」


私、何処か間違ったかな?


「何処ですか?」


とリーダー格の子も戸惑ってる。


「ここ、名前。なんで桃原 景って書いてあるの?」


ノートの表紙に書かれた名前を指差しで伝えてる。


「それは…」


「もしかして、奪った?」


場の空気が凍りつく。


「道理で一回目にしては簡単そうに解くなあって思ったんだよね。」


という先輩の声だけが響く。


「違うんです。桃原さんが悪いんです。アタシ達の悪口言ってきて、それで。」


とその子の取り巻きが反論する。


「それで?それが君達がノートを奪っていい理由になるの?」


と砂糖先輩が冷静に問いかける。

沈黙を貫いている。


「ちょっと廊下出て。」


先輩がその子達に似つかわしくない無愛想で伝える。

私もそれに恐る恐るついていった。


「桃ちゃん、これ返すね。」


と廊下に出ると、笑顔でノートを手渡してくれた。


「先輩、ありがとうございます。あとは自分でやります。」


「うん、頑張って。」


と肩を持たれて、応援される。

あの子達と向き合うと少し手が震えた。


「ごめんなさい。」


と頭を下げた。もちろん、反省の意を込めて。


「だけど、私は貴方達も悪かったと思う。だから、もう二度と傷つけるようなことはしないって約束して欲しい。」


そうやって面と向かって言ったが、手の震えが止まらない。


「僕からもお願い。桃ちゃんをあまりいじめないであげて。」


と先輩は私の頭を撫でてくれた。

緊迫した空気が少し解けた気がした。


「アタシはアンタのそういうところが嫌い。温厚で優しくて、真面目で頭も良くて、誰からも好かれてて、アタシよりも断然、可愛くて。それが全部全部、すごい気に食わなかった。」


「え、それって私のこと、褒めてくれてるの?」


「違う、馬鹿。嫌いだって言ってんの。大嫌い。だから、こんなに嫌がらせばっかして。…傷つけた。本当、アタシ最悪すぎ。」


「ううん、そんなことない。ちゃんと反省してくれてるから。ほら、仲直りしよ。」


手を差し出して、握手をする。


「これからもよろしくね。」


「多分、アンタとは仲良くはできない。」


「ふふっ、それでもよろしく。」




教室の中に三人で残った。


「先生、なんで砂糖先輩にやらせたんですか?」


「やらせたんじゃなくて、やりたいって言ってきたんだよ。」


「え、どういうことですか?」


「さあ、本人に聞いて。」


「先輩、どういうことですか?」


「桃ちゃんには借りがあるからね。恩返し。」


「そんな、恩返しすぎですよ。」


「じゃあ、今度は桃原さんが返さないとだ。」


「返せますかね?」


「返さなくていいよ。気持ちだけ貰っとく。じゃあ、僕はこれで。」


と先輩は去っていってしまった。

先生の携帯に通知が入る。


「私も行かないと、また明日。」


と言われ、また先生も行ってしまった。

また明日から楽しい学校生活ができると良いな。




「にしても、どうして彼氏設定なの?」


「そんな設定ないですよ。僕は事実しか言ってません。」


「え?」


「え?」


「…砂糖。一週間、土に埋まってろ。」


「ふふっ、嫌です。ほら、早くデートしましょうよ。」

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