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第十九話

「馨。次、体育だぞ。」


まじか。休み時間の始まりのチャイムと同時に突っ伏した身体を起き上げなくてはならない。


「寝不足か?」


「うん、ちょっとね。」


半分眠りながら体操着に着替えて、体育館に向かう。

最近、足の傷がストレスのせいで、増えたため長ズボンを履いていった。


今日の体育はよりによってバスケか。

重い長ズボンを捲し上げて、動きやすくした。


今日の体育はバレーボール。

バレーボールなんて腕痛くなるし、ボール上手く飛ばないし、なんでやらないといけないんだろ。最悪。


隣りはバスケか。あっ待って、砂糖先輩いるじゃん。会えるなんてラッキー。


「あっちー。一試合でこんなに疲れるとか鬼じゃん。」


と飴ちゃんが汗をかいて、息を切らしている。


「馨、無理すんなよ。」


「大丈夫。寝不足でアドレナリン出てるから。」


運良くザキと同じチームになれた。久しぶりに同じチームだ。これはすごく楽しそう。


「ザキ」と呼んで、パスを通す。

そして、そのまま流れるようにレイアップ。


「ナイシュー。さすが。」


「馨、スリーは?」


とザキが調子に乗って聞いてきた。


「ふふっ、わかったよ。」


ゴール下、ディフェンスを引き離して、ボールを放つ。

ボールは綺麗な放物線を描き、ゴールに吸い込まれるように入った。


「うわっ、お砂糖ちゃんえっぐ。」


とこの試合を観戦してる飴に囃し立てられる。


「案外、鈍ってないじゃん。」


「今日、なんか調子良いかも。」


歯車がピッタリと合って、ノリに乗っている感覚がある。

楽しい。ただ純粋に楽しいと感じる。

この楽しさにのめり込んで時間を忘れさえしてしまいそう。


「見て、あの人。超かっこよくない?」


そんな声がクラスの女子から聞こえた。

みんな、バレーのパス練習そっちのけで、隣りでやっているバスケの試合を見ている。

私もその一人。砂糖先輩、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、どれだけ完璧人間なんだ。

超格好良い。


「ほら、ちゃんとやりなさい。」


と体育教師から喝が入り、仕方なくまたパス練習を始めた。腕痛っ!!!


時間はあっという間に流れ、終わりの挨拶のために整列をさせられた。

そしてその時、馨が意識を失ったように倒れ、ガタッという音が体育館に響いた。

先生も生徒も慌てふためいている。


「先生、こいつただの寝不足ですよ。俺が保健室まで運ぶんで終わらせといてください。」


と冷静に報告を済まし、馨の腕を引き、おんぶする形で持ち上げる。


保健室まで連れてきたが、保健の先生がいない。

とりあえず、馨をベッドで寝かせた。


無理するなって言ったのに、頑張りすぎだ。

自然に起きるまで寝かせといてくださいとのメモ書きを残して、後にした。


目が覚めると、保健室のベッドの中にいた。

何故とボーッとした頭で考える。

服は体操着のまま。体育の時にぶっ倒れたのかな。

保健室のドアの向こうがうるさい。

休み時間か。どのくらい寝てたんだろ。


「失礼します。」


「歩夢ちゃん、会いに来たよ。」


聞き馴染みのある二人の声。


「ん?どこか悪いの?」


あっ、先生もいるのか。

カーテンが開いて、様子を見られる。

何だか少し恥ずかしいな。


「おはよ、ザキ。」


身体を起こすのが怠くて、寝たままの姿勢でそう言った。


「馨、起きてたのか。それとも、起こした?」


「うんん、二人が来る前から起きてた。」


「そっか。水とパンとゼリー買ってきたから、ここ置いとくな。」


「ん、ありがと。」


とさすがに起きないと駄目だと思って、身体を起こすと、


「まだ寝てていいよ。眠いだろ?」


と優しいザキの顔が目に入る。


「でも、授業は受けないと。」


「今、昼休み始まったばっかだから。」


「じゃあ、終わる頃にお願い。」


と水を一口含んで、また横になった。

…寝れない。

今は昼休みで、体育が三限目。ちょうど一時間寝たのか。四限、なんだったっけ?数学?数学か?


「ザキ、四限目なんだった?」


「数学。」


「あとで、ノート借りる。」


「ん。」


とスマホ片手にパンにかじりついている。

飴ちゃんはずっと保健の先生と話してるみたい。

飴ちゃん、あの先生好きだよな。


胡麻 歩夢(ごま あゆむ)。保健の先生。天然で可愛らしく、生徒、特に男子生徒から人気が高い。


「彼氏いんの?」


「いないよ。」


「やっぱ?歩夢ちゃん、彼氏できなさそーだもん。」


「むう、酷いなあ。」


「だって、理想超高いっしょ。」


「そんな高くないよお。」


「じゃあ、理想のタイプは?」


「理想のタイプ?んー、あたしを笑顔にしてくれる優しい人かな?」


「実際のところは?」


「三高は必須条件。」


「あはははっ、受ける。」


だが、実際は天然キャラを装っているだけ。

それを暴いてからというもの、飴がおもちゃにして遊んでいる。


「飴、少し静かにしろ。」


と言うと、了解とハンドサインで伝えられた。

馨、うまく寝れてなさそうだな。さっきから寝返りをうっている。


「馨、出てった方が良いか?」


「いや、ここにいて。一人だと寂しいから。」


「そっか。」


「あっ、何かやることあるならそっち優先で…」


と気遣いの一言。


「んなのないよ。強いて言うなら、馨の寝顔、拝みに来たくらい?」


「それはそれで少し恥ずい。」


と布団を顔元に近づける仕草が可愛らしかった。


昼休みは馨が寝たのを確認すると、もっぱらスマホをいじって時間を潰した。


「馨、起きろ。昼休み終わるぞ。」


ずっと寝かせてあげたいけれど、本人がそれを許さないだろう。


眠そうな目で授業を受けている。寝そうになった時は、太ももを叩いて、その痛みで目を覚ます。

それを後ろから眺めることしかできないのは何とも歯痒い気分だ。

痣はたくさんできるだろうし、切り傷もきっと増えているだろう。非常に心配だ。

そして、食欲よりも睡眠欲の方が勝るみたいで、買ってきたパンには手をつけていない。ここ最近で頬が痩せてしまった気がするし。

そりゃぶっ倒れて当然、と言ってやりたい。健康を疎かにしすぎだ。


帰りのHRの後、担任に話があると言われた。

今日、体育で倒れたことだろう。


「砂糖、今の調子はどうだ?」


「まあ、普通ですね。少し眠いくらいで。」


「そうか。今日、睡眠不足で倒れたって柿崎から聞いているが、大丈夫か?」


「はい、単なる睡眠不足ですから。寝れば治ります。」


「昨日の睡眠時間は?」


「んー、四時間ですかね?」


「何でそんなに短いんだよ。」


「最近、予備校に通い始めて、やることが多くなって、必然的に…」


「はあ、前もそれで遅刻してたよな?」


「でも、今回は週三のペースなんでいけるかなって思ってたんですけど。」


「何でこんなことが起こったんだ?」


「僕の効率が悪くて。というより、ちょっとした不眠症のせいですね。」


「え?不眠症?」


「最近、うまく寝れないんです。前からそうだったんですけど、ここ最近は特に寝れなくて。」


「原因はわからないのか?」


「わからないです。」


実際はわかっている。

でも、言ったところで母が許してくれないから。


もう自分はロボットなんだと思う。

母の命令で動き、それ以外は何もしない。

楽しいことも嬉しいことも全部忘れて、ただひたすら命令で動くだけ。


何でこんなことが僕はうまくできないんだろう。

こんな単純なことが。


ベッドの中で考える。

意識が行ったり来たりして、ずっと寝れそうで寝れない。

生きるか、死ぬか。

一瞬、魔法のように忘れていた想いが再び蘇る。

ああ、死にたい。

息するようにそのことを考え、囚われている。


自分の人生は真っ黒だ。

将来も、感情も、何も無くなってしまった。

こんな人生、捨ててしまいたい。

僕の母は何故、僕に人生を捨てさせてくれないのだろう。

僕の人生なのに。


昼休み。食事も取らずに、屋上へ向かった。

低い柵をあの時以来に乗り越え、校舎の縁に立った。

ここには誰もいない。

僕を見る人も、引き止めてくれる人も、誰も。

それが、こんなに虚しく感じられるのはきっとあの人のせい。


もう忘れたい。この痛みも。あの思い出も。


浮遊感に身を任せて、投じた。

秋晴れが綺麗な昼だった。



空から男の子が降ってきた。


「あはっ、ラピュタかよ。」


邪魔くさそうな木の枝に絡まって、目立った外傷はなし。多少、腕や顔を引っ掻いているが。まあ、軽傷だろう。


飛び降り自殺なんて初めて見た。しかも校内で見れるなんて。人生、長生きしてみるもんだな。


「粥川、何してんだ?」


と嫌悪の目で俺を見てくる。

何って?見りゃわかるでしょ。


「撮影会。」


一眼レフ持って、撮影以外の何があると思ってるんだ。


「そうじゃない。この状況はどうしたって聞いてんだよ。」


「…飛び降り自殺?」


質問の意図がよく分からない。見りゃわかるじゃん。何を聞きたいの?この人。


「は?」


と向こうも訳分からないといった顔を返してくるので、


「え?」


とつい笑ってしまう。


「よく分からないんだが。」


「同感。」


よく分からないといった点で一致してしまった。


「…何で撮ってんだ?」


と理解をしようと努めてくるが、俺的にはわかってもらわなくて結構なんだが。

めんどくさいから、一言で返そ。


「美しいから。」


「はあ、それもよく分かんねえ。」


とむしゃくしゃしたみたいで頭をかいている。

当たり前ちゃ当たり前。お前に美しいという感性が備わっているとは思えない。


「これは何だ?撮影会か?」


「そうだって言ってるだろ。」


呆れて物が言えない。

さっさとどっか行ってくれ。気が散る。


「じゃあ、信じるからな。」


と歩いてどっかに行ってくれた。

国語教師であの理解力の無さには感心するよ。


それにしても、この顔、やっぱすげー好み。

仰向けで落ちてきてくれてありがとうって心から伝えたい。

折れた木の枝、脱げた片方の靴、腕まくりしたシャツ、乱れた髪の毛、顔の角度、表情。

どれも完璧。

手直ししたら逆にこの美しさが壊れてしまいそうだ。

自然だからこそ、人工が入り込めない。

そんな空気感すら感じる。


飛び降り自殺って言ったら、まずはどんなことを思い浮かべるだろう。

飛び降りる前の恐怖?緊張?

いや、飛び降りてからの血飛沫。頭蓋骨の損傷。

まあ、それも良いが。

これがリアルだ。そして、これが真の意味で絶望だろう。


飛び降りたのに死ねなかったのだから。



暫くして、ムクリとゆっくりと起き上がった。


「おはよう、良い夢見れたかい?」


振り返ると美術教師がニヤついた顔で僕を見ていた。

背筋が凍る。自然と歯を食いしばった。


これじゃあ、僕は笑いものだ。


立ち上がって、木の枝や葉っぱを払い落とす。

何一つ、重症というものが見つからない。

ああ、でもやっぱ、一つだけは見つかったかも。傍からは見えないけど。


「傷。痛そうだから、絆創膏くらいは貼ってあげるよ。」


と言われ、美術室まで連れてかれた。

そして、腕や頬など数箇所に絆創膏を貼られた。


「傷隠しといてなんなんだけど、傷口抉っていい?」


たぶんこの人すこぶる機嫌が良い。

授業中には見せない笑顔。他人の不幸が好きなタイプかな。


「そのためにわざわざこんなことまでしてくれたんですか。」


「あはっ、そーゆー事。」


「良いですよ。もうどうだっていいですから。」


「自暴自棄って奴?」


「そうですね。何もかも嫌になりました。」


「特に何が嫌だ?」


「生きるのが、って言ったら抽象的すぎますよね。んー、愛せないのがつらいです。」


「あはははっ、失恋でもしたのかよ。」


こうやって笑い飛ばしてくれた方がいっそ楽って言うものだ。


「あはは、はい。失恋しました。」


「え、どんな感じで?」


すごく興味津々で聞いてくる。


「ロミオとジュリエット状態って言えばわかりやすいですかね?」


「まさか、死んじゃった?」


「いや、まだ死んでないです。そこまでじゃないです。ただの禁断の恋ですから。」


「あははっ、面白いね。そのワード自体。」


この人、酔ってんじゃないか?ってくらいテンションが高い。


「そうですか。ざっくり言うと、僕の母が許してくれないんですよ。恋愛そのものを。」


「それで、目を盗んで会いに行っては、ロミオ、貴方はどうしてロミオなの?とか言ってるわけ?」


「そんなこと言ってないです。まあ、そんなことをしてるのがばれまして、ついに僕の自由を奪われましたね。」


「ああ、なるほどね。だから、愛せないのがつらいか。」


「はい。」


「死ぬ覚悟ができてんならさ、二人で夜逃げでもしちゃえば?」


「教師がそれ言います?」


「俺は教師なんかじゃないって、一個人の意見。人生、捨ててんだろ?」


「…ダメ人間になった僕を愛してくれますかね?」


「それは相手次第でしょ。俺は顔さえ良ければ誰でもなんでもいい。」


「恋愛ってそんなに単純なんですか?」


「さあね。結果から言うと、俺は逃げられまくってる。」


「それじゃあ、参考になりませんよ。」


「あはっ、失恋話ならいくらでもできるよ。君より経験豊富だから。」


「楽しそうですね。つらくないんですか?」


「全く。好きなのは顔の造形美であるからね。関係性がどうなろうとあまり変わりはしないさ。」


「そうなんですか。僕はずっと相思相愛でいたいです。」


「ああ、若いねー。そういうの。羨ましい。」


「先生は違うんですか?」


「俺は理想よりも生きやすさを選んだ人間だからね。人生ってのは理想を捨てれば、案外楽に生きられるもんだよ。」


「…こんなこと言ったら失礼ですけど、僕は理想を生きられないのならば、死にたいって思ってしまいます。」


「あはっ、めっちゃわかる。だけど、その理想もやっぱ捨てたんだ。結局、死ねないからさ、適当に生きてんの。でも、いつかは死ねるからさ。それ待ち。」


「ああ、何かイメージ変わりました。先生って結構人間なんですね。」


「その前まで俺を何だと思ってたの。」


「猿と人間のハーフくらいにはちゃんと思ってましたよ。」


「うわっ、ひでえ悪口。」


「そんな、ただのジョークですよ。」


「おい、その一言で取り消せると思ったら大間違いだぞ。」


「ふふっ、ごめんなさい。」


なんだよ、ちゃんと笑えんじゃん。


「何か俺の話ばっかだから、俺からも君にシツモーン。飛び降りる瞬間、何思ってたの?」


「それは…えーと。」


「やっぱ、恋人のことは考えた?」


「そうですね。死んだら泣いてくれるかなぐらいは考えました。」


「じゃあ、何で飛び降りたの?恋人泣かすのに。泣き顔好き?」


「いえ、そうじゃなくて。恋人には愛されたまま死にたいじゃないですか。このまま離れてしまうのは怖かったんです。」


「単純なようで単純じゃないね。君は何を大事にしたい?」


「僕は、幸せになりたいです。」


「ん、そっか。」


君はまだ人生に抗うんだね。若さゆえかな。


「それなら、大いに悩みたまえ。醜態を晒せ。人生なんてもともと美しくないんだからさ。」


「そうですね。僕の人生、真っ黒ですよ。」


「ああ、そうかい。なら、乾いた頃に赤でも付け足せば良い。」


「ふふっ、お洒落です。」


人生は落書きのようなアートである。

まずはこの白いキャンバスに、心のままカラフルな色をのせる。次第に黒い色が現れてきて、色を全て飲み込むんだ。それで、俺の人生、真っ黒ってわけ。

とキャンバスを真っ黒に染めた奴がいたと懐かしむ。

今は何色だろうか。


「君ってさあ、セックスするとき、どんな感じ?」


「…いきなり何なんですか。」


「いやあ、個人的にとても興味があってね。」


「どうもこうも普通ですよ。」


「服は?全部脱ぐ?それとも、途中まで?」


「始めは途中までで、邪魔になったら全部脱ぎます。」


「じゃあ、キスは?どういうの好き?」


「ねっとり絡みつく感じのディープキスですね。とにかく気持ちいいじゃないですか。」


「あははっ、確かに。それじゃあ、好きな体位は?」


「んー、やっぱ顔が見えるのが良いですね。表情がすごい好きなんで。」


「へえ。なら、言葉攻めとかするタイプでしょ?」


「それはその時の気分ですかね?でも、結構してるかも知れません。」


「そうなんだあ。目隠しとか拘束とかは?しない?」


「したことないです。でも、願望はありますよ。」


「なんでしないの?」


「嫌われたら嫌じゃないですか。」


「嫌って言われたん?」


「いえ、言ってもないです。」


「あはっ、忖度しすぎじゃね?欲望のままに動けばいいのに。」


「貴方ならそうでしょうね。」


「だって、頭で現実は考えられないもん。でしょ?」


「ああ、面白いこと言いますね。」


「俺の知人のダメ人間なんか、暇さえあればニコチン摂取して、酒飲んで吐いて、二日酔いで死にそうなまま仕事をしては、またその金で飲むんだよ。」


「…飲まなきゃ良いのに。」


「あはっ。やっぱ、そう思う?俺もさあ、そう思うんだけどさ、飲まないとやってられないみたいでよ。」


「アルコール依存症ですか?」


「軽度のね。鬱っぽいから、酒に頼ってんの。まあ、これ以上やばくなったら、流石に止めるけど。」


「大変そうですね。生きるのって。」


「あはっ、君も生きてんじゃん。それとも、また死ぬの?」


「どうですかね?まあ、死ぬと思いますよ。」


「俺の知人もさあ、死ぬの好きなんだよね。はやく死にてえってめっちゃ言ってる。」


「自殺未遂経験者ってことですか?」


「ああ、そうだね。そうだって言ってたよ。でも、もう痛いから怖いって。今は自傷行為好きかな。だいぶえぐいっしょ?」


「いえ、頑張って生きてる証拠ですよ。」


「ん?君もすんの?自傷行為。」


「ええ、まあ。」


「どれどれ?見せて。」


と両腕を見ても、さっきの切り傷しか見当たらない。


「違いますよ。僕の場合、もっと見えにくいところにあります。」


「え、何処?すごく見たーい。」


「ふふっ、見せません。」


と意地悪っぽく笑う姿はとても魅力的に写った。


「どうすれば見せてくれる?」


「僕とこういう関係にならないと無理です。」


握りこぶしで小指を一本だけ立てる。

つまり、恋人とか愛人とかってことか。


「俺、君ならいけるけど。」


と座っている彼の頬を指で撫でて、首に手をまわす。


「丁重にお断りします。」


と笑顔で言ってくるのも愛嬌の一つ。


「やってみると案外気持ちよかったりして。」


って彼の上に跨って座り、顔をさらに近づけてみる。


「嫌ですよ。」


と目を逸らし、俺の身体を軽く押してくる両手の何とも可愛らしいことだろう。

本気で嫌なら、俺が倒れて頭打って死のうが関係ないって力で押すはずなのに。


「キスぐらいしようぜ。」


と顔を近づけようにも、両手で押されて、一定距離を保たれる。


チャイムが鳴った。五時間目の終わり。


「ほら、もう誰か来ちゃいます。やめにしましょう。」


「ん?そっちの方が俺的には唆るんだけど。」


と両手を掴み、身体を引き寄せ、首筋を舐めた。

突然のことで驚いたようで、身体がビクッと反応する。


「あはっ、可愛いいい。」


すごい蔑んだ目でこっちを見てくる。

嫌だったんだなあ。

でも、その表情が俺はたまらなく好きだよ。


力が抜けている彼の身体を抱きしめて、そのまま体重をかける。

椅子から落ちて、二人で床に倒れ込んだ。

手、痛っ。彼の頭を押さていた手が床との間に挟まれ、痛む。


「やめてください。もう離れてくださいよ。」


と彼は弱々しいといった様子でそう呟いた。


「じゃあ、最後にキスだけ。」


ずっと嫌そうな表情をしているが、もうやけになっているのだろう。抵抗する様子もない。


頭を支えて上体を起こし、顔を近づけ、唇同士を重ね…


「おい、何してんだ?お粥。」


と右側からものすごい圧力を感じる。

口調が明るめだとなお怖い。


ぎこちなく首を回すと、笑顔のみーちゃんがいた。


「えっと、これは…。」


「コンクリの下に埋めてやんよ。」


なにその可愛い口調から出る、怖い言葉。

腕を乱暴に引っ張られ、立ち上がると、重い拳が左頬に刺さる。

なにこれ、超絶痛え。


「馨、ごめんな。」


「何でみかちゃんが謝るんですか?謝るのは僕の方ですよ。僕が誘ったんですから。」


「はあ?何言ってんの?俺が言いよったんじゃん。」


「最初の発端、作ったのは僕ですよね?」


「でも、君、嫌がって…。」


「嫌がってませんよ。ただの演技です。」


とはにかんで笑ってる。


「ちょっと待って、馨。それどういうこと?」


ほら、みーちゃんも困惑してんじゃん。


「もう何もかも壊して欲しかったんです。人生、捨てちゃったんですよ。」


「それじゃあ、俺、殴られ損ってこと?ね、みーちゃん。」


「少し黙ってて。…馨、馬鹿だよ。お前。」


と低く冷たい声が響く。


「はい、そうですね。」


それとは対照的に明るく表面を飾っている。


「俺を悲しませたかったの?」


「いえ、そんなつもりは無いですよ。みかちゃんには笑顔でいて欲しいです。」


「俺は馨が他の人とキスしてたら悲しいよ。」


「ああ、馬鹿ですね。僕は。本当に。なんでそんな簡単なことがわかんなかったんでしょうね。」


って泣き出してる。まだまだ彼も幼いな。


「ねー、そーゆーの俺の前でやんないでくんね?」


みーちゃんの肩に両腕を置いて抱きしめる。


「ふふっ、ごめんごめん。」


さっきとは打って変わって余裕そうな表情。


「みーちゃん、一発殴らせて。さっきのお返し。」


「そもそも、俺の恋人に手出した時点でアウトだから。」


「あーあ、嫌だ嫌だ。なんで恋人なんて作んの?」


「んー、幸せになりたかったからかな?」


「ふーん。俺じゃあできねーわ。」


「そうでしょ?」


「でもでも、キスもセックスも餓鬼よりは上手いよ?」


「そういう問題じゃないんだよ。」


「まあ、ぶっちゃけ。俺は馨くんでも良いんだけどね。顔が良いからあ。」


みーちゃんから離れ、彼の頭を撫でて、下を向いた顔を上に向かせる。ほら、顔が好み。

頬を伝って涙が流れていくのが見えた。


「そんなに泣いたら涙が枯れちゃうよ?」


「そんなわけないじゃないですか。」


と泣きながら笑ってる。俺はこれで幼い頃、恐怖を覚えたのに。


「お粥。そこ俺の場所。」


「やだ。みーちゃん怖いもん。ね、馨くん。」


「ああ、そうですね。今は特に。」


「馨、大丈夫だよ。一発殴るだけだから。」


この発言で背筋が凍りつく。馨くんが俺を盾にして、身を守っている。


「さっき、人生捨てたとか戯言抜かしてなかったっけ?その分をうまく正すんだよ。」


「みーちゃん、何ならこいつ屋上から飛び降りてんよ。」


「は?」


「なんで今それ言うんですか。」


と後ろから叩かれる。


「だから、こんな傷だらけなん。軽傷だけど。」


「へえ、そんなこともしたんだあ。俺という存在がありながら。ね、馨。」


「違うんですよ、みかちゃん。ちょっと魔が差しただけで。」


「俺が死ぬまで愛せよ。つらいじゃんか。」


うわ、みーちゃん。こんなこと言うんだ。こんな顔すんだ。恋人の前じゃ。…めっちゃ可愛い。


「ごめんなさい。すごい反省してます。」


と俺から手を離し、馨くんはみーちゃんの方に近寄る。


「でも、みかちゃんのことは死んでもずっと愛しますよ。」


ああ、嫌だ嫌だ。こんな甘ったるい恋人ごっこ。聴いてるこっちが嫌になる。ったく、俺の前でやんなって。


みーちゃんはそんな馨くんの頭に軽く握りこぶしを乗せた。


「俺より先に死ぬな、馬鹿。」


と嬉しそうに微笑んでる。


「わかりました。」


と馨くんも嬉しそうに微笑んで、みーちゃんを抱きしめる。


「はよう帰れ。六限遅れんぞ。」


ともう俺は横から茶々を入れることしかできない。

失恋ってわけでもないけど、元々諦めてたけど、こう見せつけられると、柄にもなく嫉妬で狂いそうだ。


「じゃあ。」


と笑顔で去っていく馨くんに手を振るみーちゃん。

姿が見えなくなる。


「よし。これで俺のターンってことで。」


「んなわけあるか。」


と冷たくあしらわれ、キスしたい唇には煙草が触れる。

彼いわく、美術室の絵の具の匂いで煙草の匂いはかき消されるらしい。実に謎理論である。

立場として、ここで吸われるのは迷惑だと言いつつ、楽しみにしてる自分がいるから本気では断れない。

だから、美術室は微かに煙草の匂いがする。


「ほんっと、ダメ人間。」

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