第十二話
ニュースでは、今日も事故や殺人事件が報道されている。
そんな現実からも目を背けていたくなる。
死ということを忘れていたい。
目が覚めたら、好きな人が隣りにいる。
それが、どれだけ幸せか。
僕はわかっていなかったようだ。
「おはようございます。今日も可愛いですね。」
と寝顔にひとこと言って、起き上がった。
「おはよう。」
と眠そうに彼が起きてきたのは、僕が起きた二時間後。
「おはようございます。朝食できてますよ。」
テーブルに盛り付けられた白いお皿が置いてある。
今日の朝食は食パンのキッシュだ。
「ありがと。」
「みかちゃん、朝はパンで良かったですか?」
食材が結構あって、料理がしやすかった。
意外と自炊をしているのか。
「うん。だけど、こんなに美味しそうなパン料理は初めてだよ。いつもジャム塗るだけだから。」
「一人だとそうなっちゃいますよね。僕もみかちゃんのためじゃないとここまで頑張れないですよ。」
「ふふっ、本当に朝から幸せだよ。ありがとう、馨。」
「そう言ってもらえて、僕も幸せです。」
こんなに幸せでいいのだろうか。
でも、この幸せが続けば良いな。
「みかちゃん、スーツ姿も格好良いですね。」
「いつも見てるでしょ。」
「学校で見るのと、ここで見るのとは違うんですよ。」
「そうなんだ。じゃあ、行ってくるね。」
「はい、いってらっしゃい。」
と玄関先で手を振った。
どうせなら、いってきますのキスでもして欲しかった。
なんて、僕には贅沢な望みだな。
あーあ、仕事休みたかった。
まあ、明日からまた休みと思えば、頑張れるってものか。
昼飯に弁当なんて持って行ったことが無かったので、隣りの先輩からちょっかいを出される。
「塩 蜜柑。手作り弁当なんて珍しいな。」
さて、どうするか。
前回、彼女はいないと発言してしまったばかり、作って貰ったは考えにくい。
ここは自分で作ったというていで話そう。
「私だって、たまには弁当くらい作りますよ。」
「へー、料理出来るんだな。意外。」
「まあ。」
弁当箱の蓋を開けると美味しそうな唐揚げ弁当。
ほうれん草のソテーと卵焼きも入ってて、彩りも豊かだ。
「おお、美味そう。」
そりゃそうだ。馨が作ったんだから。美味いに決まってる。
「ちょっとくれないか?」
と箸を持って、待っている。
「絶対に嫌です。」
と弁当を死守した。
馨が俺のために作ってくれたものだから。
「えー、冷たいねぇ。最近の若者は。」
「もう若者でも無いですよ。」
「今年でいくつだっけ?」
「二十五です。」
「まだまだ若いじゃん。人生これからって感じ。羨ましいな。」
人生もあと少し。終盤にさしかかっている。
こんな希望の無い人生。もう沢山だ。
「おかえりなさい。」
玄関を開けるとそんな声が聞こえた。
久しぶりだ。もう何年も聞いてなかった気がする。
「晩ご飯食べますか?上手く作れたんです。」
と嬉しそうに話す彼が愛おしく見える。
「うん、ありがとう。」
とそんな彼を抱きしめて、一日の疲れを癒した。
みかちゃんがいない間はとても暇だったので、家の中を見回ってみた。
幼少期のアルバムでも見つかればと思っていたが、一つの古びた絵本を見つけた。
その内容は子ども向けというにはあまりに残酷だった。
そして、僕には衝撃的な内容だった。
「馨は今日、何してたの?」
「僕は家事全般やってましたよ。買い物もしてきました。みかちゃんの好きなお酒は買えなかったですけどね。」
「ふふっ、ありがとね。明日からは俺が料理するよ。」
「できるんですか?」
「前回よりは上手くなってる気がするし。」
「あはっ、楽しみです。」
「馨って凄いよね。何でもそつなくこなして。本当に良くできた優等生って感じ。」
家事全般、全てちゃんとこなしている。ちょっとぐらい手を抜いてても別に叱りやしないのに。
「全部、みかちゃんに褒めてもらうためですよ。」
「ふふっ、良い子だね。」
「それに、家では僕が家事をやらないといけないですから。ちょっとした癖、ですかね?」
「そっか。両親が共働きってのも大変だね。」
「みかちゃんこそ母子家庭ですから僕よりも大変だったんじゃないですか?」
「俺の場合は母方が裕福でね。お手伝いさんが全部やってくれてたんだ。」
「ああ。だから、料理もろくにできなかったんですか。」
「言い方酷いよ。金持ちのお坊ちゃんは嫌いかな?」
「何となく僕とは違う世界に住む人みたいで、羨ましいです。でも、みかちゃんがそうなら何かイメージが変わりますね。」
「金持ちそうに見えなかった?」
「はい、今も見えないです。」
「何か貶されてる感じ。」
「違いますよ。良い意味で、ですから。」
「馨。俺が死んだら、遺産相続してくれないか?そんなには無いけど、大学卒業くらいまでならありそうだから。」
「うーん、お断りします。」
「え、何で?無理して家に残ることも無くなるのに。」
「確かに魅力的な話ではありますけど、みかちゃんがいなくなるなんて考えられないですから。」
「俺はただ馨に幸せになって欲しいだけだよ。お金はその可能性を広げる。だから、馨にあげたいんだ。」
「では、正直に話します。僕はお金のために貴方を愛してるわけではないです。だから、一切そんな話はしないでください。」
「わかったよ。ごめんね。」
「すいません。僕も強く言いすぎました。」
「ううん、馨の気持ちがわかって嬉しい。」
「貴方は本当に優しいんですね。」
ストレスが溜まりそうなくらい穏やかな表情しか見せない。
「みかちゃん、一杯飲みます?」
と風呂上がりのみかちゃんにキンキンに冷えたビールを手渡した。
「うわっ、冷たっ!これ、まさか冷凍した?」
「バレました?でも、きっと美味しいですよ。そこはちゃんと調べたんで。」
「そうなんだ、ありがとね。じゃあ、早速いただこうかな。」
とソファに座って、ビールを一口。
「んん、美味い。夏は冷えたビールに限るね。」
「僕も飲んでいいですか?」
あまりにも美味しそうに飲むので、こんなお願いを言ってみた。
「駄目だよ、未成年なんだから。」
「少しだけ。」
「ふふっ、この味が知りたければもっと大人になるんだね。少年。」
「僕はもう子供じゃないですよ。」
「ん?俺からしたらまだまだ可愛い子供だよ。」
「そうなんですか。早く大人になりたいです。」
「えー、俺はずっと子供が良かったな。」
「お酒、飲めなくなりますよ?」
「あっ、それは嫌だ。大人で良かったかも。」
「みかちゃん、僕と貴方は釣り合ってますか?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
「気になりますよ。子供だなんて言われたら。」
と少し俯いて答える様は愛らしくて、少し子供っぽいってのは秘密。
「ふふっ、ごめんごめん。さっきのはただ大人ぶっただけだから。」
「じゃあ、子供っぽいだなんて思ってません?」
「うん、馨は馨だよ。そして、俺に釣り合うのも馨だけ。」
「ふふっ、みかちゃんって口上手ですね。僕以外にもそんな言葉を言ってないか心配です。」
「その言葉、そっくりそのまま返したいな。馨だって、そんなところあるよ。気づいてない?」
「え、いつ、どんなこと言いました?」
「無意識か。怖ぁい。」
「というより、みかちゃんが僕から言葉を引き出してるんじゃないですか?超口上手ですから。」
「んー、よくよく考えればそうかも。」
「うわあ、みかちゃんの方がよっぽど怖いです。」
「ふふっ、なーんて。そんなことできないよ。俺は馨が大好きだから、少しでも喜んでくれる言葉をかけたいの。こんな事、馨以外には絶対にしない。信じてくれる?」
「ああ、可愛すぎて反則です。嘘でも信じますよ。」
「嘘じゃないって。本当に大好き。」
と突如、押し倒されてキスをされた。
「みかちゃん、もう酔ってるんですか?」
「ううん、まだ素面だよ。馨の可愛い反応が見たいからね。」
ってぎゅーっと抱きしめて、「好き」「大好き」と何度も言ってくる。
「…酔ってるじゃないですか。」
恥ずかしさで顔が火照ってきた。
「馨、俺のこと好き?」
「好きですよ。大好きです。」
「どのくらい?」
「全部、食べちゃいたいくらい好きです。」
「何それ、全然わかんないんだけど。」
「わかってくださいよ。みかちゃん、本当に美味しそうです。」
「凄い複雑。」
「そうですか?案外、単純ですよ。」
「ふふっ、そっか。」




