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6-2 君は「魔王の花嫁」だから

 ああ嫌だ、この感じはきっと良くない。

 

 ――次は何を言い出すつもり? 


 僕の背筋を走った悪寒は、思案するように黙り込んだリイを前に膨れ上がる。

 

「こんな風に見えて、魔王様も大変なのね……」

「……どんな風だよ」

「私の知らないところで一人で悩んでいたなんて」

「大半は君のせいでね」

「ちゃんと話してくれれば助けにもなれたわ。ずっと側にいたのに水臭いじゃない。私、そんなに頼りなかった?」


 水臭いとかそういう次元の話ではないと言ったところで、己の無知を省みるリイには届かなかった。

 まるで、僕が嘘をついていたとでも言わんばかりだ。

 自分はどうなのと、うっかり挟みそうな余計な口をぎゅっと噤んだ。


「私ったら全然気付かなくて……無神経なこともたくさんしたわよね、ごめんなさい」

「それ、まさに今の話だね」


 僕は一体、どんな姿を想像されているのだろう。打ちひしがれて謝罪され、尋ねるのも嫌になった。

 リイの順応性は独特だ。

 幼なじみと思っていた相手が実は魔王で、今日から花婿ですと宣言されても、僕に対する恐怖や忌み嫌う様子はどこにもない。

 繊細な見た目に反する図太さ。

 リイの神経を鍛え上げた環境が少々恨めしい。

 

「リイは? 他に聞きたいことないの?」

「聞きたいこと?」

「じゃあ、何か言うことは?」

「え、そんな……急に言われても……」


 それはそうだろう。矢継ぎ早な質問に、人生の終わりを信じていたリイがすらすら答えられるわけがない。

 困惑した様子は嫌でも分かる。

 しかし、ここで優しさを見せては僕の負けなのだ。

 リイが混乱しているうちに話をまとめてしまいたくて、強引に僕のペースへと持ち込んだ。


「どこに行きたい? 何がしたい? 自分で言うのもなんだけど、僕はそれなりに甲斐性のある旦那だよ。リイのためなら夢も希望も叶えてあげる。だから、ほら、何か言ってみて?」


 僕がほしいのは前向きな意見で、見当違いの謝罪でも死への渇望ではない。

 そのために、いくつかの提案を織り交ぜながら間断なく喋り続けた。

 道化のようにへらへら笑いながら、魔王とも思えぬファンタジーな言葉を選ぶ僕は、氷の魔王にでも見られた日には氷柱の餌食か冷凍保存の刑だろう。

 いや、涙代わりに氷の礫を放たれるかもしれない。


 それなのに。


「……ねえ、私の体も不老不死になったのかしら?」

「不老不死……」


 僕の頑張りに返されたのは、忍耐力を試しているとしか思えない言葉だった。


 ――おい、この小娘。僕が尋ねたのはそんなことだったか?


 リイは真剣だ。真剣に、馬鹿馬鹿しい想像で顔を曇らせている。


 ――なあ、神よ。これはなかなか、結構な仕打ちじゃないか。


 八つ当たりでも何でも、リイにぶつけられない諸々の悪態は、門前払いを覚悟で神様へと投げつけた。

 しかし、どんな状況にあろうとも。

 リイの事情を優先してしまう辺りが、僕が僕である所以なのだ。


「……今はね、年も取るし寿命もある。「魔王の花嫁」と言ってもリイはただの人間だから」


 そんな僕の葛藤など知りもせず、当のリイからは、ふうんと分かったような分からない返事が返された。


 どうやら、大いなる誤解があるようだ。

 僕たちだって不老不死ではない。波にさらわれる砂のように命は削られ、いずれ無に帰る。その時間が、人間に比べてひどく長いというだけのこと。

 リイと同じように成長した僕の体は、リイの側にいて不審がられないため体裁を整えてきたものだ。

 魔王としての覚醒を機に全ての体裁を解き、氷の城を出た後で再び手を加えたのは足元の影だけ。

 だから、今の僕の姿が違和感なく映るなら、多分、ようやく、このくらいの背格好まで本来の僕が育ったということなのだ。


 人間の世界にいる限りリイは老いていく。

 そして僕には、このままの姿でリイを看取る日が必ず訪れる。


 リイが次に抱いた懸念はそこだった。


「私だけが皺くちゃになって、いつか、あなたを置いて逝くの?」

「……それが、この世界の約束事だからね」


 裏を返せば、僕の世界では別の結末が待っているのだが。

 リイには人間らしい人生を送らせてあげたい。今の僕には、そんな風に思う余裕があった。


「皺くちゃでも、リイなら可愛いよ」

「魔王が人間なんかを嫁にするわけがないって言ったのは、そういう意味もあるんでしょう?」


 本心からの慰めにも、リイの硬い表情は崩れない。


「じゃあ、リイはずっと辛いままだった? 悲しい気持ちは癒えなかった?」


 僕が一緒にいながらと続けると、少しだけ目元が緩む。


「……あなたがいなかったら、そうだったかもしれないわ」


 僕は。

 リイの音楽を、リイ自身を僕がどれだけ欲しているか、むしろ伝わらない理由が分からない。

 リイが人並み外れて鈍感で、何に対しても興味が薄くて、意外にも現実主義なところが邪魔をしているのは言うまでもないが、もしかしてこの僕にも非があったのだろうか。

 伝える努力を惜しんだとか、分かりにくかったとか。僕なりの表現方法が、そもそもリイにそぐわなかったとか。


「私がいなくなったら、私の代わりを探すの?」


 それはそれで複雑そうに、リイは言った。

 誰かを身代わりにするという発想自体が僕の中のどこにもない。だから、意思疎通の難しさを突きつけられて、無意識に言葉の裏を嗅ぎ取ったのは、哀れな男の淡い期待なのかもしれない。

 でも僕は、僕が僕である所以を変えられず、女の子が喜ぶ陳腐な台詞を吐いた。


「リイの代わりなんていないよ」


 一般的に、女の子はこういう台詞が好きだ。

 リイのお供で居酒屋に入り浸っていた僕は、そこで繰り広げられる茶番を見続けていて、疑いもせずそう認識していた。


「そんなことは聞いてないのよ!」


 間髪なく切って捨てられた、今日、この時までは。

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