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6-1 僕が「魔王」だとしたら

「人間じゃないとしたら、あなたは?」


 リイは。

 気味悪がりもせず、ちょっと首を傾げて、待ちに待った言葉を僕にくれた。

 黒髪が風に泳いで、ひどく印象的だった。

 

 僕は魔王で、君の花婿。

 君はそれだけを知っていれば良い。

 

 何度も考えたとっておきの台詞を。

 最大の見せ場でやっと切り出せる喜びに震えが走る。


「僕は、魔王だよ」


 僕に涙があったなら、間違いなく目尻に滲んでいたことだろう。

 言えた。ようやく言えたのだ。

 達成感が突き抜けた。


 そんな風に一人で感極まっていたから、用意した次の台詞はすぐに出なかった。余韻を味わうように、たっぷりと間があいた。

 他人の気持ちに疎いどころか土足で踏み荒らすのが得意な、あのリイが相手だとも忘れて。


「魔王ですって? 魔王様? あなたが?」


 沈黙を守るリイはそこらをぐるっと一周し終えたのか。

 かちり。

 何かが噛み合う幻聴を聞かせた後、それはもう盛大に、この僕に向かって気炎を吐いた。


「本当のことを教えてって言ったじゃない!」

「今言って……」

「魔王様がこんなに優しいわけがないでしょう! 嘘をつかないで!」


 虚を突かれた僕は、不当な非難にもかかわらず、大爆発に煽られて僅かに後ずさる。


「人間を片手で捻り潰すのが魔王様よ! 冷酷で、血も涙もなくて、たった一瞬で私を殺してくれるのよ!」

 

 残響が辺りに落ちた。

 波音と、鳥の声と、リイの荒い息。

 全部の音がごちゃごちゃになって耳を覆う。

 評価の高さに満更でもなかった僕は、叫ばれた本心を受け止め損ねた。


 ――殺してくれる?


 不可思議な言葉は何度も反響して、僕の理解を遅らせていた。


 それは、殺してほしいという意味で?

 誰が、リイが?

 死を望んでいた?


 ――いや、でも、リイは。


 朝がくれば行けるところまで行って、夜になれば僕に火をおこさせると。そうやって二人で旅をするのは楽しそうだと微笑んだのだ。

 

 あれもこれも。

 本当は、その気もないのに。


 ――騙したのか、僕を。


 感情とは裏腹に、言われてみれば腑に落ちる。

 他人事のように語る未来、熱のない眼差し。

 理解できなかったリイをなぞるように思い返していたら、僕の喉はからからに渇いていた。

 何か言おうにも音が出ないほど。


「あなたが魔王様なら、私はずっと生きて行かなきゃいけないじゃない!」


 僕がどう思うかなんてやっぱり微塵も考えず、平気でひどいことを口走るから。

 反射的に、リイの両腕をわし掴んだ。

 指先に当たる骨を砕きそうなほど、加減もせず動きを封じて、そのままの体勢で睨み付ける。


 ――黙れ、小娘。


 僕との未来が拷問にも等しいと言うのなら、本物の拷問の日々を味わわせてやろう。

 人間じみていても僕は正しく魔性の王。望みどおり一瞬で殺すことも、生きたまま地獄に落とすことも気分次第だ。

 今ここで、食い殺すことだって。


 ぎりっと、噛み締めた奥歯が嫌な音を上げた。尖った犬歯が口腔を抉る。

 そうしなければ、残忍で嗜虐的な衝動を抑えていられなかった。

 

「……生きて行けばいいじゃない。僕の隣でリュートを弾いて、ぼろぼろの婆さんになるまで粘ってみたら? リイの骨なら、欠片も残さず食べてあげる」


 落ち着くように何度か唇を舐め、ようやく絞り出した声は、自分のものとは思えないほどにざらついていた。

 僕は魔王だと、もう一度言い聞かせる。

 そうすれば、僕自身が冷静になれるような気がしたから。


 ――死ねるものなら死んでみろ。


 挑戦的に笑みを作れば、ようやく魔王らしさを感じたようで、リイが鋭く息を飲んだ。


「君は「魔王の花嫁」でしょ? 僕の花嫁が僕の許可なく死ねるとでも?」


 ――君の居場所はここにある。


 もうちょっと言い方があるだろうに、今の僕は何もかもが限界で、本当に伝えたいことが言葉にできない。


「……殺してくれるの?」

「殺すくらいならわざわざリュートを取り返してこないでしょ、馬鹿馬鹿しい」

 

 僕の薄いせせら笑いに、リイは怯え、硬直した。


「考えてもみなよ、花嫁になった途端に殺すと思う? 七年間も側にいた僕が君を? ふざけてるの?」

「……あなたはその……本当に……」

「魔王だって言ってるでしょ。魔王で、君の伴侶だ」


 リイにも僕にも、考え、整理する時間が必要なのに、荒立つ僕は問答無用で事実を叩きつける。


「くだらない作り話に乗って森まで迎えに行ってやったのは誰? 親切丁寧に面倒を見てやったのは? 君が見たいって言うから、南の海に連れてきたんだけど?」


 馬鹿だ馬鹿だと貶しているけれど、大きさの割にリイの頭は賢くできている。

 だから、これだけ言えば大丈夫だろうと狙ったとおり、リイはちゃんと理解していた。


「それじゃあ……」

 

 波音に持って行かれそうな声で、僕に確かめるのだ。


「事故にあってお城に帰れなくなったのは……」

「「事情」があって」

「人間の世界で人知れず苦労を積んでいるのは……」

「積んではいない」

「全部、あなたのこと?」

「……どうかな」


 素直に頷きがたいところだが、その、聞くに哀れな魔王とは僕のことだ。


「解釈の行き違いが多分にあるけど、君の思っているとおりで間違いない」


 すると。

 リイの顔に、表現しがたい同情めいた色が浮かび上がった。

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