5-1 水平線に昇る朝日
生まれたと、僕が初めて自覚したのは、この国の王都に近い森の中だった。
僕の姿形は人間の子供そのもので、ふらふらと街を歩けば迷子かなんて声をかけられたりもした。
人間はおもしろい生き物だ。
生意気なことに彼らにも個体差があって、悪なる者は魔の気配をまとい、まれに出会う善なる者は奇跡のような光を放っている。その落差に、僕は夢中になった。
ところが、僕の成長速度は基本的に遅い。
初めて親しくなった同じ背格好の子供は、とっくの昔に墓の下に引きこもってしまった。
当時の僕は魔王の力をほとんど使えず、見てくれを誤魔化す術がなかったので、あっという間に面倒を招いた。
仕方なく、微々たる力を振り絞ってはいくつもの国を転々とし、ようやく、一人歩きを不審に思われない外見を手に入れた頃。
『最北の街ロンバルトは音楽の都』
大層な二つ名を戴く田舎街の噂を耳にした。
それで、まあ、結果として。
僕は、至極満足しているわけである。
眩しさを嫌がるようにリイの睫毛が揺れる。
お目覚めの時間だ。
昇ったばかりの朝日を遮るものはなく、まだ眠いリイは起きて早々に顔をしかめていた。
――寝起きは悪いんだ、意外にも。
新発見だ。
この先ずっと、何がしかの発見をするたびに、優越感にも似た奇妙な喜びが僕を満たすのだろう。
それは、願ってもない未来だった。
やがて、目視で確認できるほど太陽が空に引き上げられ。
いまだ眠そうな黒い双眸が、ふと、何かを探すように左右に動いた。
眠る前に見えた暗い木々も仄かな焚き火もない、がらっと様相を変えた景色に戸惑い、驚いているのだろう。
「……おはよう、リイ」
そっと言葉をかけると、すごい勢いでリイがこちらを向いた。
「良かった、いた!」
「なに、どうしたの?」
「あなたがいないんだもの! どこに行ったのかと思ったじゃない!」
僕を探したと訴えた後で、決まり悪くおはようを言い足して。
そんなリイに、僕は自然と微笑んだ。
「探してくれたんだ?」
「一人で行ってしまったのかと思ったのよ……もう!」
抗議を受けたところで喜ぶなと言う方が無理がある。
僕の顔は崩れっぱなしで、リイの興奮に拍車をかけた。
「ねえ、ここはどこかしら! 笑ってないで教えてよ!」
僕が連れてきたのだと疑いもしない声音は、僕の異質さを十分に理解していた。
その上で、態度も変えず恐れもせず突っかかってきたリイは、今日も愛らしく唇を尖らせている。
――良い感じだ。
こういうのを、ささやかな幸せと人は呼ぶ。
「海だよ」
「え……? あ、そう、それはね、私でも分かるのよ」
「僕が怖くない?」
「それよりも、目が覚めたら知らない場所にいた方が怖いわよ! ねえ、本当に、ここはどこなの?」
リイは、大真面目に水平線を指差した。
波打つ海面は朝日を照らし、眩しすぎて何もかもが白飛びしている。
リイに見せようとした海の色は、もう少し日が昇らなければ本来の姿を現さない。
「青い海だよ、ロンバルトとは真反対の」
君が見たいと言った、南の海。
浜に打ち付ける波の荒さはどこも一緒で、僕の言葉も途中でかき消されてしまったが、リイの横顔を見る限りちゃんと届いていたようだ。
「これが……南の海?」
青くないんだけど呟かれて、思わず苦笑した。
「太陽がもう少し高くなれば違って見えるよ」
「潮の香りも波の音も同じなのに?」
「砂の色もこの花も、ロンバルトにはないでしょ?」
リイを連れてくるに当たって、僕は迷った。
初めて外の世界に出るなら、今までと似たような環境の方が戸惑いは少ない。でも、変わり映えがしないのも事実だ。
それなら、王家の霊廟がある王都はどうだろうか。父親の墓参りという特典付きだ。でも、王都の刺客に怯え続けたリイは、王都そのものに悪印象を抱いているかもしれない。
でも、だけど、と。
いつかは気に入った街に腰を下ろすとして、しばらくは旅行気分を味わいたい僕は、考えついた候補を全て次点に回した。
記憶に新しいところで、リイは何と言っていたか。
選択を迫られた僕は、二日前のリイの言葉に勝負を託した。
「そう、ね。見たことがないわ。丘の上にも、こんなに大きなお花は咲いてなくて……」
リイが横たわっていたのは、海岸沿いに自生するラッパ型の花の上だ。生命力溢れる野草の強い茎と大きな葉が、地面の凸凹を誤魔化してくれると狙って、というか他に選択肢がなくてそうなった。
掬えばさらさらと指を落ちる白砂には乾燥した貝や珊瑚の欠片が混ざり、多分、痛い。
抱いていても良かったのだけれど、起きた時のリイが可哀想で今回は諦めた。
「綺麗ね……」
緑の隙間から覗く白い砂に気を取られ、リイの台詞に感嘆が混じる
ロンバルトに比べれば、見えているこの景色でさえうっとりするには十分だ。
「この砂は、珊瑚という動物の死骸が粉砕されて積み重なったものだよ」
「動物のっ!」
「……ああ、リイが想像したのとは違うかもしれないね」
珊瑚の欠片をつまみ上げた僕は、森を徘徊する獣との違いから説明を始めた。




