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4-4 炎の子供

 大前提として、雛のうちは魔王の力が使えない。

 全くではないけれど、七年前にリイの頭を覗き見たのがせいぜいというところだった。

 しかし僕は、この七年間、人の世界に交わるために体裁を整え続けた。

 そこにきて、リイが持ってきた怪しい話を調べるため、結果、机に突っ伏さなければ体を支えられないほどに力を酷使した。ロンバルト侯爵やリイの叔父の頭を覗くだけならまだしも、わざわざ墓場に繰り出して、死んだ人間の記憶を辿ったのだ。

 あれは本当にきつかった。

 リイ個人がどうなろうと興味がないなんてうそぶいておきながら、その実、僕は頑張った。


 そんなこんなで。

 魔王への扉をこじ開けてしまったがために、僕は、予定外の早さで覚醒の時を迎えたのだ。




「減らず口め。馴染みない気配がしたから様子を見に行っただけのこと。こんな人間、早々に連れてゆくが良い」


 氷の魔王は、すっかり興味が失せた顔でリイを顎でしゃくった。

 その姿に、案外、親切心から拾ってくれたのかもしれないと思ってしまった。

 大きな力にはそれだけで雑魚どもが吸い寄せられる。雑魚だけならまだしも、馴染みのない気配を感じた大物が釣れる可能性も否めない。

 それこそ、今の僕では太刀打ちできないような。

 先輩風でもなんでも、新米魔王の所有物を守ろうとしてくれたのならありがたい話だった。


 礼のひとつでも言うべきか。

 考えているうちに、僕を眺め回すのにも飽きた氷の魔王が、いやに人間臭い表情でぶつくさと並べ始めた。


「しかしお前、本当に幼いが大丈夫か? その様子では世界の方も安定すまい。ぼこぼこ穴を開けて、よそ様に迷惑をかけるなよ」

「……気をつけます」

「うちにだけは近付かないでくれ、私はもう隠居したいのだ。血の気が多い魔王にも気をつけろ。この花嫁どころかお前も軽く一捻りだろうよ」


 軽く一捻り。

 決して誇張ではない表現に身を引き締める。


 重なった世界の数だけ魔王がいる。隠居間近の老王もいれば、人間が思い描くとおりの血塗られた恐怖の王も多い。

 僕の幸運は、リイを目に留めたのがこの男だったことだ。

 そうでなければ、リイはとっくに消されていた。


「魔王の力は使わないことだ。力を使えば、どうしたってその影響で歪みが広がる。最悪の場合はお前の世界ごと壊れるぞ」


 リイを守るための教訓ならいくらでも受け入れる僕は、師に教えを請う弟子のように大人しく氷の魔王を仰ぐ。


「お前、無茶をして目覚めたのであろう? あるべき時間というのはそれだけの意味がある。機が熟すまで大人しく待っておれ」


 さすがは年の功だと、含蓄のある話もついでに胸に刻み込んだ。

 その態度に気を良くした氷の魔王は、まるでちょび髭を直すかのような仕草を見せて、自信たっぷりに後を続けた。


「大人しくしていれば一方的に攻め込まれることもあるまい。何かあれば言え。お前が炎の一族であろうと構わぬぞ。そんな阿呆は私が始末してやろう」

 

 遠慮なく言うがいいと、いやに気前よく約束するものだから、僕はありがたく話に乗った。


 ちらりと足元に目をやれば、反逆者たちの恐怖に染まった顔が氷の下からこちらを見ている。

 物言いたげ、なんて可愛いものではない。

 断末魔の悲鳴が聞こえるならば、氷も溶かす阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 ――冷凍保存か、悪趣味な。


 始末を頼めば、また一つコレクションが増えるということだ。


 ――燃えてしまえ。


 まだまだ続きそうな武勇伝の気配に、それこそ僕は遠慮なく切り込んだ。


「ご忠告ありがとうございました。僕はこれで」

「もう行くのか、まだ良かろうに」

「僕の花嫁が起きる時間ですから」

「はっ、これだから炎の一族は!」


 王の言葉に触発されて、張り詰めた空気がにわかにさざめいた。


『左様でございますな、炎の一族は腑抜け揃い……』

『されど王よ、我ら氷の一族においても最近の若い連中ときたら……』

『おぬしの育て方が悪いのじゃ、一族の恥なんぞ氷柱の錆びにしてくれるわ……』


 魔王が年寄りなら配下も若くない。そんな彼らから見て、頭に卵の殻を乗せていそうな僕は暇つぶしの良いカモである。

 内輪もめにも似た悪態に耳をふさぎ、進み出て、素早くリイを取り返す。

 抱き上げれば、両腕にくったりと温もりが落ちた。


 ――リイ……。


 僕の胸に、ようやく安堵が広がった。


「幼き王よ、また来るが良い!」


 最後には好々爺の笑顔で、氷の魔王が高らかに吠える。

 友好の証か、きらきら輝く氷の礫が大量に口から飛ばされた。


 ――ああもう、汚いな!


 しかし僕は、人間どもの処世術を見て育った魔王である。

 上手く立ち回る術は当然に身に付いていた。


「光栄です」


 祖父に微笑む孫のように、僕は心にもない仮面を張り付ける。


 ――こんなところ、二度と来るか。

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