4-3 氷のお城
焦る気持ちを抑えて森に降り立った僕は、残された気配を確認してすぐに後を追った。
巣立ったばかりとはいえ、リイに色濃く刻まれているのはこの僕の所有印だ。それを承知で連れ去るような猛者はそうそういない。
だからこそ、くっきりと鮮やかな軌跡を目印に、容易に追跡することができた。
重なるいくつかの世界をまたぎ、過たず犯人の居城に辿り着く。
そして僕は。
謁見の間と思しきだだっ広い空間で仁王立ちしている。
床や玉座に続くきざはしは、どれだけ磨き上げたのかぴかぴかに輝いている。光を放つ青みがかった透明感が、この世のものとは思えぬほどに美しい。
――この世、じゃないな。
太陽も月も存在しない世界に光源となるものはない。照らすものがないのに、それでどうして「光を放つ」になるのか。
さきほどから感じる息苦しさの原因もこれだ。
――氷の城か……。
この城は、遠くに見える主不在の玉座を含め、乱反射を浴びる壁や柱や天井に至るまでが全て氷で作られていた。
支配するのは氷の魔王。
僕を招いた城の主が、うっそりと腰を上げる。
相手の目と鼻の先に、黒髪を散らして横たえられたリイ。
胸は穏やかに上下している。
それでも万が一を懸念すれば、思春期の少年のように反発するだけが能ではない。
ただでさえ氷の城と相性が悪い僕は、考え得る限り丁寧な言葉で初対面の挨拶を済ませた。
「これはまた、随分と、幼い王が来たことだ」
多分、相当に年を食っているはずなのに、相手の声にはなお漲るような張りがあった。
率直に言うと無駄に大きい。
年輪の違いを見せ付けるように呵々と笑って、苛つく僕をマイペースに見定めている。
「ふん、炎の一族か。連れているのも幼いな。まだ雛じゃないのか?」
僕から見れば間違いなく年寄りで大先輩に当たるその男は、姿を隠したまま付いて来た僕の後方を見て鼻を鳴らした。
おかげで謎が解けた。
一の配下は、人型を取れるほど成熟していないのだ。姿を現さないのは現せないからで、それは間違いなく、僕の状態と関係している。
「人間どもが、魔王に花嫁をと騒いでいたそうだが。気が早いことだ。幼いお前にはまだ早かろう」
僕も、一の配下も、歪みから湧き出した連中も確かに幼い。
それは事実なのだけれど、こうも連呼されると僕の苛々が黙っていないのもまた事実で。
「その娘を返してもらおう。僕の所有印が見えぬほど耄碌してはいないはず」
「ふん、若さは武器だが両刃の剣だ。幼すぎてそんなことも知らぬのか」
「先に手を出しておきながらよく言える。勉強になります」
負けじと鼻を鳴らしてやった。
世界、という概念は人それぞれかもしれないが、多くの人間が思い描く「世界」の括りで言うなら、何もたったひとつしか存在しないという話ではない。
だって、魔王が統べる世界だけでも無数にある。
次元をずらしながら少しずつ重なって、互いに影響を及ぼしつつも独立して存在する。
そのうちの一つが人間の生きる世界だったり、あるいは僕が支配する新しい世界だったりというだけのこと。
覚醒したばかりの僕も目の前の老いぼれも、魔を統べる者たちはみな生まれながらに魔王として君臨するわけではない。
卵で生まれ落ち、孵化を迎え、結構な時間を雛として過ごす。その間に物を知り、世界を知り、自分の力を知っていくのだ。
僕と同時に出現した僕の世界は、人間どもの世界からほど近い次元にあった。卵の僕は何を間違えたか転がり落ちて、結果、長い雛の時代を人間世界で過ごすことになったのだ。
魔王の覚醒を待つように、主不在の世界は半分眠った状態で静かに育まれていた。
お互いの成熟具合は比例するから、僕が幼ければ僕の世界も当然に幼い。
それ故に。
覚醒時期を無理に早めてしまった僕も、叩き起こされてしまった僕の世界も、誰が見たって驚くほどに幼かった。




