4-2 王の慈悲は誰に降る
――なるほど、そういうことね。
残念ながら、生首に見えたそれにはちゃんと胴体が繋がっていた。
言わずもがなリイの叔父である。
驚きすぎたのか、ただただ虚ろな眼差しは屋敷だったものの変わり果てた姿に向けられている。
だから、妻子の無事は僕が確認してやった。
他にも巻き込まれた者がいないか気配を探り、ほっと胸をなで下ろす。
重ねて言うが、無駄な犠牲は望んでいない。
そんなことをすればリイが離れていくからだ。
数を打って大当たりさせた幼い配下たちも、その辺りを良くわきまえていた。だから、僕の望みを正確に汲んでこの結果なのだ。
微妙に誉めてほしいオーラを放つ一の配下に、僕は、振り向きもせずぶっきらぼうに応じる。
「十分だ。みなにもそう伝えてくれ」
言い終わるや否や、ぶわりと空気が波打った。
その、ただの人間には濃すぎる闇の気配に、男の目は大きく見開かれた。正気を取り戻すどころか落ち着きをなくして暴れ出すが、倒れた建材に挟まって抜け出せない。
あの男はと、僕が口走ったせいで全てを失ったリイの叔父。
――罪人にはお似合いの姿だ。
あえて目の前すぐのところに降り立つと、僕を見上げる阿呆面は恐怖に染まった。
――まったく似ていないんだな。
わずかでもリイに通じるパーツがなくて安心する。
僕は、七年間のうちにこの男と相対したことがない。視界に入ることはあっても興味が湧かず、記憶に残さなかった。だから、これが最初で最後のご対面である。
以前から感じていたけれど、リイはきっと父親似だ。
小さな顔に行儀良く並ぶ通った鼻梁やくっきり二重の瞳、微笑みの形を絶やさない口元、おまけのようなエクボまでも、この国の王族に見られる特徴を色濃く継いでいた。
目も口も、ついでに瞳孔まで開いていそうな割にのっぺりした印象が拭えない男の娘はやはりのっぺりした顔立ちだし、もっと言えば、街のほとんどの人間が喜怒哀楽を刻みにくい平坦な造りをしている。
良くも悪くもリイが目立つわけである。
記憶に沈む王族の顔ぶれを思い浮かべて納得した。
「まさか……だって……花嫁を……」
とっくりと眺め回す僕の視線は、男にはさぞ恐ろしいものに映っただろう。
悲鳴をもらそうにも歯の根が合わず、今にも落ちそうな頬の肉は小刻みにぷるぷるしている。
――生贄を差し出したのになぜ、と言いたいのか?
土埃を積もらせた男の頭は、僕の正体をまあまあ正しく理解していた。
自然災害ならばロンバルトそのものが壊滅するし、これだけの騒動が起きて様子見に現れる人間が誰もいない。
僕だけが、平然と立っている。
天罰か魔の報復か。そこまで絞れば自ずと答えは出るはずだ。
リイを見習って穏やかな微笑みを作った僕は、教えてあげようかと優しく優しく問いかけた。
「どうする?」
「ひ、ひぃぃっ!」
しかし、酷い反応だ。
背中に黒い翼でも見えるのか、この様子では何を言っても無駄だろう。
僕はあっさりと見切りを付けたのだが、僕が従えるものたちはそうはいかない。
ざわりと怒気が膨らんで、破裂音が闇を裂いた。
『我が王よ、いかように』
王をおざなりに扱われ敵意を抱いてしまったのだ。
煮るか焼くか、僕の好みどおりに処分してくれるらしい。
――面倒だなあ。
上に立つ者として誉められない考えが頭を過ぎったけれど、腕を組んで一応考える。
「いかように、ねえ?」
「ひゃあ……う……ま……!」
いや、用は済んだ。
本当に煮るなり焼くなりしたければ、屋敷が潰れた時点で男は死んでいた。
眠りながら僕を待つリイを思うと、殺す価値すらない男はモノクロに沈む。
――もう、いいや。
そう思って身を翻したのに。
僕の足は、精一杯の命乞いに引き止められた。
「た、助けてく……!」
思わず振り向いて、恥知らずな男を凝視する。
――助けてくれ、だと?
その台詞。
――僕は、リイの口から聞きたかった。
お前じゃないと呟けば、僕を囲むように胸の高さまで瓦礫が浮かび上がる。
木材や硝子や、何に使われていたのか分からない金属の破片までもが、男の顔に狙いを定めている。
「死んでくれと人に言うなら、自分が死ぬ覚悟だってあるんだろう?」
人間は脆い。
こんなゴミが刺さるだけであっけなく昇天できる。
僕の合図ひとつで命運が決まると分かっていたのだろう。もしくは浴びせた殺意のせいだろうか。
男は、呆気なく意識を飛ばしてしまった。
『我が王よ』
僕の背に、喜色混じりの声がかかる。
負の感情を好む彼らは、僕の怒りに湧き上がっていた。
――嬉しい? これが?
僕は、男から視線を外した。
「捨て置け」
ざわ、ざわざわ。
陰に潜む小さな気配が身じろいだ。
本心ではもうひと暴れしたかったのだろう。多くのちびっ子たちは、挫かれた楽しみに不満たらたらな様子を覗かせながら、世界の割れ目に吸い戻されていく。
それもこれも、僕の興味が失せてしまったのだから仕方ない。
やがて、頑なに姿を現さない一の配下だけが残った……というのを気配で感じた。
「お前は行かないのか」
『我は、我が王のもとに』
「あ、そう」
じゃあ姿くらい見せれば良いのにとまでは言わず、僕は、リイを置いてきた暗い森に思いを馳せる。
ロンバルトの闇に浮かび上がる影。
そこにぽつんと、仄かな焚き火。
やや下の位置で横たわるリイ。
リイの様子を窺うように屈み込む、大きな何か。
「なんだと!」
眼裏に広がった絶対に見えるはずのない光景に、絶対にあるはずのない異変を認めた僕の緊張は瞬時に振り切った。
侵入者である。
「リイっ!」
咄嗟に叫んで、何も考えず瓦礫を蹴る。
高く高く浮き上がり、頬を切る風をもろともせずリイを目指す。
僕が街を後にしたのと、焚き火の横からリイが消えたのは同時だった。




