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3-3 父の面影、神の素顔

『私は王都の刺客に狙われている』


 いきなり聞くと正気を疑う台詞だが、表現がオーバーなだけであながち嘘ではない。

 その理由を知っている僕は、知っているよと一言告げてやれば済む話なのに、未だ気持ちが収まっていなかった。

 罪悪感に押しつぶされて、しょんぼりと縮こまるリイ。

 そんな姿を前にしても、僕は素知らぬ顔を通した。


「ねえ、王都の刺客に狙われるような何があったわけ? 僕はそんなに怪しかった?」


 肯定されるとそれはそれで腹が立つ質問に、リイは遠慮がちに言葉を返す。


「……怪しかったわ」


 その瞬間、焚き火の炎が天を突いた。




 八年ほど前、長く床に伏せっていた先王の弟が病死した。葬儀は現国王と数人の重鎮だけでひっそりと執り行われ、死んだことすら後になって公表されたという孤独な王子だ。


 この王子こそ、リイの父親なのである。


 王弟として生まれ落ち、やんごとない環境でやんごとなく育てられたリイの父は、ある日、公務で訪れた王都の一角でリイの母と出会う。

 その時リイの母は、はるばる王都まで布地の買い付けに同行していた。

 接点のない二人が奇跡的に交わって、彼らはたちまち恋に落ちる。

 しかし、ロンバルトと王都は簡単に行き来できる距離ではなく、文を交わそうにも身分差と郵便事情が立ちふさがる。

 明日は決別の日、という夜のこと。

 悩み抜いた王弟殿下は城を出た。

 そして、ロンバルトへ向かう船に乗り込んだ。


 リイの祖父は、遊び半分で出かけた娘のとんでもない土産に驚いたが、追い返すことはしなかった。

 従業員として雇い入れ、仕事と共に庶民の生活を教え、いずれは跡取りにと期待をかけていた。

 ロンバルトは最北の地。そして、王家との因縁浅からぬ街。二心なく、ひっそりと暮らしていれば、ロンバルト侯爵の不興を勝ってまで王家が手出しすることはあるまい。

 しっかり監視は付いていたが、家族の願いどおり、無理に連れ戻されることも命を狙われることもなかった。


 だが、それは結果論だ。

 突然の国王崩御にも跡目争いが起こらず、王都の情勢が安定していたからこそ成立した話。

 何せ出奔した事実は伏せられ、公的には病気療養とされている。王位継承権もそのままだ。

 何かがどうにかなってしまえば、生まれた娘だって無事の保証はない。

 だから、リイは隠されるようにして育った。




「両親のお墓にね、眠っているのは母様だけなの。父様は、父様の家族って名乗る人たちに連れて行かれたんですって」


 父親の亡骸にも会えなかったリイは、しばらく現実を理解できなかった。


「事故を目撃した人やみんなが、二人とも即死だったって……さほど苦しまず逝けただろうって言うから……父様も死んでしまったんだなって……」


 僕の目には平気そうに映ったリイが、そこで言葉を詰まらせる。


 ――これを、わざわざ喋らせる必要があったわけ?


 言わせなければ良かったと今さら思う。

 僕に反省を促す沈黙を置いた後、リイは、顎を上げて笑顔を作った。

 その痛々しい泣き笑いが、僕の胸を更に抉った。


「父様は、父様が真面目に暮らしているか神様に見張られていると言っていたわ。不真面目だと罰が下るんですって。でも、真面目にしていても、神様の気分次第で罰を与えられることもあるんですって」


 傍迷惑な神様だ。

 幼いリイが唇を尖らせると、一生懸命に生きていれば必ず認めてもらえるよと父親は言い含めた。


「それであの事故……神様は父様の一生懸命を認めなかったのよ。血も涙もないと思わない? 私は絶対に許さないわ」


 神様のせいじゃないってとっくに知っているけれどと、炎の向こうで大きなリイが自嘲する。

 相槌の代わりに、僕は、熾火のように小さくなってしまった炎に木ぎれをくべた。


 僕が持つ情報もここまでだ。

 この先は、初めて聞く振りをして「へえ」とか「ふうん」だとか馬鹿みたいな演技をしなくて済む。

 そう思うと、暗鬱とした気分が少しだけ救われた。


「おじい様が亡くなってすぐにね、父様の墓参りに行こうって叔父様が言い出したの。墓にも参らせてもらえないのは可哀想だって。もしかしたら父様の家族に会えるかもしれないって」


 悲しみに暮れるリイには当然意味が分からない。

 なぜ、叔父が父の墓の場所を知っているのか。

 なぜ、今言うのか。


「会ったんですって、父様の家族の使いの人に。父さまは王都の大貴族で、亡骸はその家に運ばれた。私のことは家族と認めないけれど養育を頼むって」


 叔父の姑息な性格は見抜かれ、父親の本当の素性は教えられていなかった。

 それで良かったのだとリイは言う。

 大貴族を名乗るなら口先だけで頼んだりはしない。きっと、叔父の手にはかなりの金が入ったのだ。愛してもいないリイを哀れんだのは、王都に押しかけてさらに金をせびる算段だったのだろう。


 結局。

 王都云々の話は立ち消え、金にならない姪は下働きに落とされた。

 しかし、そのおかげもあって、リイは集められるだけの情報を集めることができた。


「決め手になったのは父様のリュートなの」


 まだ祖父が存命の頃、リイは何度か領主館でリュートを披露したことがある。

 その時、このリュートをどこで手に入れたのかと、ある客人がリイに迫った。


「あの子はとにかく装飾が特徴的でしょう? だから、王宮で目にしたリュートに違いないって。亡くなったばかりの前の王弟殿下が弾いていたリュートに違いないって」


 上手い理由を付けた祖父のおかげでその場は収まったが、リイの記憶にはずっと残っていた。

 ひとつひとつの情報を積み上げて全体を読み解いた時、リイは自力で真実に辿り着く。


 自分に流れる血の、明かせない秘密に。


「父様は、王様を裏切るような真似をしないか見張られていたのよね。そうじゃなければ、いくらロンバルトだろうと、人知れず連れ戻すことはできたもの」

「……そうかもしれないね」

「誰かが父様の存在を邪魔に思えば消されてしまうんだって、父様は私に教えたかったんだわ。王都から来た刺客にずっと監視されていたなんて、生きた心地がしなかったでしょうね」


 その娘である自分は、王位継承権こそないものの、頑なに人前に出さず育てられた経緯を思えば警戒するに越したことはない。


「だから……私の近くにするりと入ってきたあなたを刺客だと思ってしまったの。ごめんなさい」


 リイの動きに合わせて黒髪が流れた。


「本当にごめんなさい!」


 気にするなとか、もう怒ってないよとか、何か一つでも気休めを言ってやれたらと思うのに、下げられた頭をただ見ていることしか今の僕にはできない。


 僕も、ようやく真実に辿り着いていた。


 リイが本当に恐れていたのは、何かをしてもしていなくても、誰かの都合ひとつで命を刈り取られてしまうことだ。

 確かに、その恐怖と比べれば叔父の横暴なんて可愛いものだろう。

 リイの命を握る、王都の刺客と比べれば。


 ――つまり、それが、僕だったということか。

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