表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

3-2 王都の刺客

 森のそこかしこから、突如として獣の雄叫びが上がった。

 と同時に、目の前すぐのところで爆風が巻き起こり、直撃を受けた祭壇が木片を散らす。

 貧相な造りだから壊れるのも一瞬だ。

 風の音に紛れてばきばきと聞こえたが、それもすぐに飲まれて消えた。

 僕の辞書に加減という文字はない。

 少なくとも僕自身に害はないはずだから、真後ろのリイも安全に違いない。風に煽られながらそう結論付けた僕は、再び手のひらを開いた。

 すると、嵐はぴたりと止まり。

 祭壇だったものは、今、自然の摂理に逆らって宙に留まっている。


 ――次は火か。


 僕は、役者のように気障ったらしく指を鳴らした。

 次の瞬間、空中に躍り出たのは真っ赤な大蛇だ。龍のような巨体には炎がはぜ、胴体をくねらせるたびに火の粉が降りそそぐ。

 蛇のくせに野太い咆哮を轟かせるから、空気どころか僕たちの体までびりびりと震えた。

 大地を覆う草や苔に赤い星がいくつも落ちる。

 その光景を前に。

 知らず、僕は首を傾げていた。


 ――間違えた?


 僕の隙は、顔前すれすれまで迫る火炎を許した。咄嗟に払いのけても勢いを殺しきれず、吐き出された熱風がリイの肌を撫でる。

 背後で悲鳴を飲む気配がした。


 ――加減を覚えないと。


 本当は、人魂くらいの小さな火種を呼んだつもりだった。

 それが、何がどうなったのかこの有り様だ。


 ――イメージ不足? 指示が漠然としていたせい?


 抵抗を失った物体は音を立てて落下する。

 火に包まれた木片も、異様にゆっくりと旋回しながら木くずのてっぺんに着地した。

 初めての荒技はとても成功とは言い難く、吐き出した息は苦い。

 僕は、今後の課題を厳粛に受け止めた。




 可愛らしい炎は軽やかな音を立てて木片を舐め、積み重なった全ての木材に燃え移った。

 一応、イメージどおりの焚き火である。散乱する木片を順にくべれば、一晩でも二晩でも維持できるだろう。


 ――さて、どういう反応を見せてくれるかな。


 意識を切り替えると、いたずらが成功した子供のようにわくわくした。高鳴るはずのない胸もどきどきしている。

 人外の力をここまで見せ付けたのだから、いかなリイでも、せめて泣くくらいの反応は見せるはず。

 期待を抱いて振り向けば、大きく見開かれた黒い瞳にぶつかった。


 ――これは、もしかして?


 今までにない表情だ。

 自然、僕の喜びは加速する。

 何と切り出せばより効果的か、欲を出して必死に考えを巡らせた。


 そんな僕は、らしくもなく浮かれていた。

 結果。


「すごいわ。王都の刺客は何だってできるのね!」


 僕の興奮は、僕以上に興奮したリイの一言で台無しにされてしまった。




 リイは少食なので、そのリイが明日の朝までしのぐ程度の食料なら容易く確保できた。

 水もだ。

 僕は、ある特徴を思い出して樹木を探した。傷付けた表皮の隙間からぽたりと伝う透明な樹液は、人間が口にしても害がない。

 大きな葉で即席のコップを編み、不思議そうなリイに手渡してやる。

 その間、僕は一言たりとも喋らなかった。

 だって、さすがに雰囲気で分かるだろう。樹液を水代わりにすることも、僕がひどく怒っていることも。

 幹にコップが添えられたところを見届けて、僕は焚き火に戻った。


 準備は整った。

 辺り一帯は薄闇というより完全な夜だが、実際にはまだ夕方で、リイが眠くなる時刻には程遠い。

 だから、焚き火を挟んで向かい合うリイが伏し目がちなのは、彼女なりに何かを考えているということだ。

 待ってやりたいが、僕にはあまり時間がない。

 もうすぐ、本来の居場所に呼び戻されてしまうから。


 ――仕方がないな、本当に……僕は。


 僕の長所は幼なじみに甘いことだ。

 怒りの理由を知らないリイに苛々しても意味がないと、荒れた感情は地底深くに封印する。


 いいかな、と。

 声をかければ、リイの顔が緩慢に上がった。


「今まで、ずっと、何年も、僕を刺客だと思っていたの?」


 王都の刺客。

 言葉の響きもその正体も、物騒さを比べれば「魔王の花嫁」と良い勝負だろう。

 不名誉な誤解に驚いた僕は、次に、自分の身の上をリイが知っていることに驚いた。

 出会った当初、僕が記憶を覗いた時のリイにその情報はなかったから。

 

「……他に考えられないでしょう。どこからどう見て色々考えたところで理由がないもの」


 他に、私の側にいてくれる理由がない。

 監視されていると警戒しながら、他に親しい人間もいなくて友人関係を続けてしまったのだと、懺悔するように言われた僕。

 

 ――おい、小娘。

 

 何だろう、この感じ。

 怒りたいんだか泣きたいんだか。人間じみた感情の高波が頭から僕を飲み込んだ。

 リイが、僕といた七年間を否定する。僕たちが過ごした時間を、まるで悪いもののように言う。

 その言い方はあまりにも。


 ――哀れじゃないか、僕が。


 たったの七年間。

 僕にとっては、何十倍もの月日にも勝るかけがえのない時間なのに。


「……君が言う刺客かどうかは分からないけれど、王都の使者ならとっくに引き揚げたよ」


 王都の刺客とは、きっと、六、七年前に大金を置いてロンバルトを出た年寄りのことだ。年がら年中リイにべったりの僕による情報では、あれ以来、リイを狙う刺客などいない。

 年寄りが唯一接触した相手は叔父で、金を受領したのも叔父だから、本人が知らないのも無理はなかった。


「嫌々なのに付き合ってくれていたんだ、七年間も。我慢させて悪かったね。じゃあ僕はこれで……」

「私の勘違いなのよね、刺客じゃないのよね! ごめんなさい! だからもう少しゆっくりして行って!」


 立ち上がった僕を引き止める、精一杯伸ばされた細い腕。

 もちろん、リイを置いて行くつもりはない。

 数拍ほどもったいぶった後で渋々座り直す僕は、そんな演技までもお手の物だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ